第11話 怪物の不意打ち

 山の上に建てられたもう誰もいないお寺の敷地内で、俺とクリーチャー達の戦いは始まっていた。


「ち、ちくしょうー! これならどうだぁ」


 続けざまに三回放った俺の弓矢は、全て迫り来るクリーチャーどもの脳天に命中し、グロテスクな頭部ごと吹き飛ばした。


「よ、よし! やった。これなら、これならいける!」


 と思ったのは一瞬だけ。目前に広がるクリーチャー達はさっきよりも増えていた。


「お、おいおい。ちょっと待てよおい!」

「ブウウウウ、ガアア!」


 ゲートからはどんどん奴らが溢れ出て来やがる。パッと見ウチのクラスの連中全員より多いから、五十匹はいるんじゃないだろうか。この状況は俺一人では無理だ。何より怖すぎてたまらない。


 昔の人はよく言ったものだが、逃げるが勝ちだという言葉で思考回路をいっぱいにした俺はくるりと振り返りお姉さんの元へ走る。


「え? ちょっとあな……きゃ!」

「逃げましょう! マジで食われますから」


 思っていたとおりだった。お姉さんをちょっとだけ押して抱え込み、思い切り抱き上げて走ることができるほどに、今の俺には腕力がある。


 よし、後はこのまま走って逃げ切り、お姉さんを逃して自分も帰ろうとか考えていたが、そういえばめいぷるさんのことを忘れていたとハッとしていた時、お寺の障子がぶっ飛ばされて何かが目前に飛んできた。


「ヒュウゥウウウ」

「うわ! こ、こっち来んな」


 真っ赤な体とデカイ口を広げたクリーチャー二匹に回り込まれたらしい。背後から迫ってくる奴らの汚らしい呼吸が耳に届き、お姉さんを抱える手が震え始めた。


「どうするの? 私達、」

「どうって……どうって……それは……」


 実は耳も良くなっているらしく。後ろにいるクリーチャーの一匹が飛びかかってきたことが分かる。今振り向けば、前にいる奴らが噛みつきにかかる。もしかして詰んじまったのか?


「こうしなさいよ! バカ」


 何かが俺の真横を一瞬で通り過ぎたんだ。新幹線かってほど早いそいつは、振り向いた瞬間にはクリーチャーの一匹を真っ二つに切りさいて返り血を振りまいている。


「……ルカ!」


 この姿を見たのは二度目だ。俺の脳内彼女にしたい女NO1のルックス(ルックスだけだ、中身は無理)がクリーチャー達に立ちはだかっている。なんて頼もしいんだ。俺は初めて希望の光を見たような気分になったが、実は前にいたクリーチャー達が迫っていることに気がつかなかった。


「ゴオオオ!」

「う、うあ。うあああ!」


 真っ赤な顔が崩壊しそうなくらいに口を広げて、俺とお姉さんの目前に迫っていた。本当にすぐそこ、数ミリ程度前に広がっている井戸の底みたいな口は、なぜか動画の一時停止みたいに止まっている。


「あ? な、なんだ?」

「君は少々隙がありすぎるね。圭太君」


 神社の中から一つの影が近づいてくる。そうだ、こいつはルカと一緒に喫茶店にやって来たキザ男、ランスロットだった。ウィザード特有の黒いマントがよく似合ってる。俺はもう一度クリーチャーに視線を移すと、三匹とも冷凍庫に長期保存されたみたいにカチカチに固まっていた。


「お前がやったのか、これ?」

「勿論。僕はウィザードだからね。凍結魔法なんてお手の物だよ」

「た、助かった。とにかくありがとうな!」

「悪くない気分だが、今君がすべきことは彼女を逃がすことだね。一刻も早く」


 ランスロットに言われて、確かにそうだと納得して周囲を見渡す。クリーチャー達は尚も増殖していて、ルカとランスロットだけではきっと抑えられないだろう。しかも残念なことに、俺たちは完全に包囲されていたんだ。ここは俺も……俺もやらないと。


 腕の中にいたお姉さんがガタガタ震えている。普通に考えたらそうなるが、今は何とか堪えてもらいたいところだ。だが彼女は抑えられなかったらしい。


「きゃああ! か、囲まれちゃってる。何なの、何なのよこれ!」

「落ち着いてください。何とかしますから。あー、でも。何処にお姉さんを非難させればいいんだ」


 ランスロットが杖から火を出して向かってくるクリーチャーを牽制しながら、こっちに杖を向けてくる。なんの真似だよそれは。


「彼女の避難場所を探しているなら、こうするのが一番かな」

「え、ちょ、待て! 待てって!」

「残念、待てないね」

「うわあああ!」


 俺の懇願を奴は無視しやがった。杖から放たれた特大の炎は地面を這うようにこちらに向かってくる。あと少し俺がジャンプすることが遅かったなら、きっとお姉さん共々黒焦げになっちまったに違いない。


「あれ? ここは……」

「す、凄いわ……あなた一体」


 お姉さんが驚きのあまりアイシャドウで煌めく瞼を見開いていて、俺も同様に目を丸くして下を眺めていた。軽く後ろに飛んだつもりだったのに、お尻の辺りを火傷することを覚悟していたのに。

 俺は神社の屋根まで飛び上がっていたんだ。


「まあまあのジャンプだったね。僕達はみんな標準的にそのくらいの身体能力は備わっているんだよ。素晴らしい力だろう?」

「はっ……はっ……何がまあまあのジャンプだ! 味方を攻撃するなんてあり得ねえ。無茶苦茶だ!」


 ランスロットの野郎は肩をすくめて静かに笑い、ゲートの方向に歩いて行った。ルカはゲートの手前でクリーチャー達数匹を相手に、まるでフィギュアスケートみたいに縦横無尽に動き回り斬撃を決めていく。俺の視界からは神社の全貌が見渡せるが、どうやらここに来ているのはルカ達だけじゃないみたいだ。


 見たこともないおっさんや俺と同い年くらいのヤンキーっぽい奴、いかにも昼間はサラリーマンしてるんだろうなって感じのにいちゃんなど、五、六人はこの場に集まって来ていた。


「この人達……全員プレイヤーか」

「あの、あのあの……降ろしてもらえる?」

「あ! すいません」


 ぼーっとしたままお姉さんを抱きかかえていた俺は、慌てて彼女を瓦の上に優しく降ろした。服がはだけてしまっていて、これはちょっと目のやり場に困るが、いまはそんなことを言ってられる状況じゃない。彼女はただ静かにしゃがみ込んで、俺と一緒に周りを観察していた。


 そんな時に気がついた。化け物達を排出し続ける悪魔の扉が、徐々に全体的に光が弱まっていき、段々と透けてきていることを。ゲートには時間制限があるってことを思い出した。ルカが言ってたな。


 クリーチャー達は黄色い汁を口から垂らしながらプレイヤー達に次々と襲いかかり続けている。数は恐らく、さっきまでの2倍はある。倒しても倒しても増えているんだ。このままじゃヤバいことはガキでも分かる。


「よし……ここから一匹残らず倒してやる」


 内心恐くてたまらなかったが、俺はとうとうもう一度弓を構えることにした。クリーチャーどもはこちらに登ってはこないから、静かに狙いを定めることができる。ゲームの中でも高いところには来れない連中だったし、多分大丈夫だ。だけど、念のためお姉さんに声は掛けておこう。


「あの……お姉さん! 俺から離れないで下さいよ。何があるか分からない」

「へ? わ、わわ分かった!」


 俺の近くに彼女はすり寄ってきた。まずはランスロットがいる手前側から狙うことにする。弓の弦を精一杯引っ張りきると薄っすらとした光の矢が姿を現し、自然と指が矢を掴んでいる。もう対象はスナイパーライフルのようにロックオンされていて、俺はしずかに息を吐きながら弦を離した。


「ギィイイア!」

「おっと! やっと始めてくれたのかい、圭太君」

「うっせえよ。もうやる以外ねえだろ!」


 俺の矢はランスロットの前方にいたクリーチャーの頭部を貫いた。手前から一匹ずつ倒していくことを決めたものの、化け物達は右に左に俊敏に動き回っている。ランスロットは奴らに囲まれているのに、捕まる直前でヒラヒラとかわすと、追いかけようとするクリーチャーを焼き鳥みたいに燃やしていた。


 動き回る標的というものは、止まっている的より何倍も難しいものだ……と狩猟をしていた親戚のおじいちゃんは言っていた。


 まず動きを予測することから始めないといけないし、こっちが想像したとおりに動くことはほとんどない上に、予想が的中したからといって自分が正確に狙えるかと言えば話は別で、普通ならほとんどが外れてしまう。


 だけど、俺の弓矢は(レーザーみたいに飛んでるけど、まあ多分弓矢だ)今も血で染まっているような化け物にあたり続けている。もう五匹目を倒したらしい。不思議な感覚が脳内を支配しているのが分かる。


 なんていうか、狙っている相手に矢を当てるために何処で弓矢を放せばいいのかが、今の俺には分かってしまう。


「すげえ……どうなってんだよ、俺」


 ルカはといえば、クリーチャーが出現していたゲートのすぐ側で、時代劇みたいに迫り来るクリーチャー達をぶった斬り続けている。煌めく刀身が赤い体を切り裂くたびに、緑色の汁が飛び散って悲鳴が轟く。見ているだけで吐きそうになってくる。


「あれ、ゲートが……無くなった?」


 俺は弓を止めてルカがいる先を見つめた。ネオンライトさえ優しく見えるほどの真っ赤な光は消え失せ、幽霊がいなくなるみたいに化け物専用扉がいなくなった。ってことは、もうクリーチャー達は増えないんだろうか。


 今残ってるクリーチャーを倒せば、多分終わりだ。でも何十匹いるのか数えられないほど多い。

 俺は恐怖より、早く終わらせて家に帰りたいって気持ちのほうが強くなった。


「後少し。後少しで終わりだ!」


 俺の視界に表示されているCursed Skillゲージが八割ほど溜まってきている。ということは、もう少しであれが撃てるのか? 考えるなり弓矢を放つ速度が上がり、集中力が高まっていく。

 良かった、俺帰れそうだ。


「凄いのね。あなた……信じられない光景だけど」


 後ろからお姉さんのか細い声が聞こえる。そうだ、この人のことをすっかり忘れていたし、めいぷるさんもどうなったんだろ。まあきっとめいぷるさんは怖くなってUターンしたとかいうオチだろうなと思っていた時、お姉さんは俺の背中に優しく触れてきた。


 きっと怖くてたまらないんだろう。その気持ちは分かる。


「俺だってまだ信じられないですよ! とにかく安心してください。きっともうすぐ終わりますから。いや、絶対終わります!」

「ありがとう。本当に夢みたい。あの変な扉も無くなったわね」

「そうっすね。どうやらあそこから化け物が出てくる仕組みみたいだけど、とにかく良かった」

「あの扉の向こうは、何処に繋がっていたのかしら」


 俺は弓を引いては放し、引いては放しを繰り返しながらおねえさんの声を聞いている。どうやらゲーム内と同じく、矢が無くなる心配はないみたいだと思って、さっきよりも余裕が出てきた。


「さあ、地獄とかに繋がってるんじゃないですか。それにしてもマジで怖かった」

「私は地獄ではないと思うな。きっとこことは違う、ああいう生き物が普通にいる世界から来てるんじゃないかって思うの」

「へー。面白い推理ですね。どうしてそう思うんですか?」

「推理じゃないよ。あの扉から一番最初に出てきたのは……私なの」


 Cursed SkillゲージがMAXになり、いよいよ必殺技が撃てると興奮気味になっていた俺は、危うくお姉さんの一言を聞き逃すこところだった。最後の一言だけ、今までとは全然違うおじさんみたいな声だったことを覚えている。


「う……あああ!」


 身体中にまるで焼けるような痛みが走り、震えた声を上げることだけが精一杯。電気ショックや火傷ともきっと違う、全身を針で刺されるような痛みを俺は忘れられない。二度と体験したくない悪夢だ。まるで自分の細胞一つ一つを引き剥がされるような感覚に発狂寸前だった。


「……ちぃっ」って声を漏らしたのは、多分お姉さんだったはず。


 背後で何かがぶつかった音がして強烈な痛みは消えた。前のめりに崩れ落ちて汚い瓦に突っ伏した俺は震えながら考える。何が起きてんだよ一体。


「ケータさん、大丈夫ですか!?」


 この声は知ってる。この恐ろしいゲームに参加したくなかったけど、いやいや来ちまったのは彼女の為だ。何とか顔だけで振り向くと、泣きそうな顔をしためいぷるさんがこっちを覗き込んでいた。この全身白い服装はプリーストのもので間違いない。


「……めいぷるさん。来ちゃったんですか」

「はい! でも道に迷っちゃって。なかなか辿り着け、きゃあ!」


 何かが自動車みたいに急接近して来て、めいぷるさんの首を掴んで持ち上げている。マジで信じられなかった、だってさっきのお姉さんが、全身骨と髪の毛だけになってたからだ。これはゴーストって奴じゃないのか。つまり、このゴーストは人間に成り済まして俺を殺そうとしたってことか。そして今は、めいぷるさんを。


「ああ……うああ!」

「めいぷるさん! くそ」


 このままじゃめいぷるさんが首を締め上げられて死んじまう。焦った俺は仰向けになって側に落ちていた鉄の弓を拾うと、震えて力が入らない指を強引に引っ張り矢を放った。


「グェア!?」


 ゴーストは俺の矢を脳天に喰らって、両手で掴んでいためいぷるさんを離して後ずさりしている。良かった、めいぷるさんは喉を抑えて咳き込みつつも、命に別状はなさそうだった。


 でもゴーストって物理攻撃は効かないんじゃないか、と思ったが俺の放っている弓矢はレーザーのようであり、もしかしたら霊体にも効果があるのかもしれない。だけど、他のクリーチャーより遥かにタフな様子だ。あんまダメージがない感じがする。


 一難去ったものの、問題はここからだ。


 俺はさっきのゴーストにやられた何かによって、ほとんど体を動かせないほどダメージを受けてしまっている。何をされたのか分からないが、ちょっと動く度に全身に激痛が走っているので、立ち上がることも辛い。高いところから落ちて背中をぶつけた時のような圧迫感と吐き気もある。


 こんな時、どうすりゃいいんだ?


「ケータさん、回復させてあげたいところなのですが、あのお化けみたいな人が襲ってくるのでできません。なのであなたの代わりに、私がお化けさんと戦います」


 俺の少し前で可憐な背中を見せているめいぷるさん。プリーストである彼女が単独で戦闘するのは無茶だ。それを止める為に来たっていうのに、こんな状態になっちまった自分が嫌になる。俺は痛みに耐えつつも、必死で体を起き上がらせようと力を込める。


「待ってください! 幾らなんでも無理でしょ。俺を回復させて下さいよ」


 と言ってはみたけど、俺を回復させる暇は明らかにないっぽい。だってゴーストの奴またこっち目掛けて自動車顔負けの速度で迫っていたからだ。


「こ、こ……このぉ!」


 めいぷるさんが両手に持ったステッキの先から放った白い気弾は、円を描くようにゴースト目掛けて飛んで行ったが、ちょっとあれは頼りないって。小学校時代に俺が投げていた遠投のほうがまだ迫力があったに違いない。


 ゴーストの奴には当然決まらず、めいぷるさんは再び至近距離まで接近されちまった。


「きゃああ!」


 今度は捕まらなかったけど、めいぷるさんはゴーストの胴体に弾かれる形で吹き飛んだ。このままでいくとクリーチャー達がひしめいてる地面に落下しちまう。


「あ、危ない! めいぷるさん」


 俺は宙を舞った彼女を助けようと、激痛を堪えて必死に右腕を伸ばした。彼女の細い右腕をギリギリのところで掴んだが、身を乗り出しているこの姿勢はいつまでも続けられない。マジで落ちる寸前で怖い。


「ご、ごめんなさい。私、こんなつもりじゃ」

「ぐ……おおお。黙ってて下さい。今引き上げ、」

「あ! け、ケータさん!」


 めいぷるさんが目を見開いてる。これは至近距離で俺の顔を見て惚れたとかじゃないことははっきりしている。間違いない、背後にゴーストの奴が佇んでいるんだろう。

 俺は答えを分かっちゃいつつも、静かに振り向いた。

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