第12話 初めて必殺技を使ってみた

 神社の屋根上でめいぷるさんを支えている俺の背後にゴーストがいることは分かっていた。


 でも、だからといって目を背けているわけにもいかないじゃんか。いや、きっと人間は本当に危ない存在には目を背けるってこと自体できないんだろう。


 俺が振り返った先には、やっぱりというかゴーストがいた。骨だけになった顔が目の前にいる。


「う、うわあああ!」


 どうしてこういう時って、分かっていても悲鳴を上げちまうんだろ。


「ケータ! あんた達、って……このバカクリーチャーども邪魔よ!」


 やっとルカは俺たちのピンチに気がついてくれたみたいだけど、周りにいるクリーチャーどもに足止めを喰らっちまってるみたいだ。ランスロットの野郎は姿も見えない。だって今はゴーストが俺の視界全てを占めているからだ。奴は静かに俺の首に両手を添える。


 何しやがる気だ!? って言おうとしていたけど、例の電気ショックみたいな攻撃が始まっちまって、俺はまともな言葉を発することもできやしなかった。


「うがあああ!」

「ケータさん、ケータさん!」


 めいぷるさんの声が聞こえる。この黒い電気みたいなものは何だ? どうやらめいぷるさんは何ともないみたいだが、このままだと俺ごと地面に落下してクリーチャー達の餌になっちまう。


 どうすりゃいい? じっとしていたら俺はきっと殺される。いやだ、まだ死にたくないって思いつつ、感電してるみたいな俺は身動きが取れない。


「ケータさん! か、回復をしますー」


 へ? めいぷるさん、そりゃないって。この状況で回復したって意味ないだろうよ。とか思ってるうちに、プリーストのスキルである回復魔法ヒールが、俺の体を癒し始める。彼女も相当テンパってるらしい。


「がああ! め、めいぷるさん。そんなことしたってー。あー!」


 もう情けない声を上げるしかない。俺の体には回復魔法の暖かい光と、ゴーストの魔法と思われる冷たい電撃が両方注がれ始めていた。はっきり言って滅茶苦茶だ。例えば熱湯と氷水を同時に浴びてるような感じ。


「グ、グググオオ!?」


 意外な反応だった。俺とキスするんじゃないかっていうくらい目前にいたゴーストの顔がカクカク揺れ始めてる。何が起きているか分からないが、ゴーストは俺の首から両手を離し後方へ下がっていった。何とか動けるようになったみたいだ。


「は……はあっ。今引き上げます!」

「あ、ありがとうございます」


 めいぷるさんを片手で引き上げた俺は、今もなお彼女の回復魔法を浴び続けていて、だんだんと体が楽になっていくのを実感した。針で刺されているような激痛は全く無くなり、筋トレで超回復した後の軽快なコンディションに近い感じがする。


 引き上げられためいぷるさんは、不思議そうにソワソワしながらゴーストと俺を交互に見ている。


「あ、あのあの……どうしてゴーストさんは突然攻撃をやめたのでしょう?」

「うーん。俺にもよく分かんないっすよ。でもとにかく……?」


 何かが背後から飛んできた。ランスロットの奴が優雅な着地を決めて、こっちを見て口角を上げる。カッコいい登場した、とか思ってんだろうな。


「あなたの回復魔法が、圭太君を通してあのゴーストに注ぎ込まれ、ダメージを与えていたのですよ。回復魔法というものは、ああいう輩には害でしかないのです。ともあれ、彼を助けていただいて感謝します。レディ」

「は……はあ」と、間の抜けたような返答をするめいぷるさん。


 俺は奴の言葉回しにイライラしっぱなしだった。だけど、この降って湧いたようなラッキーを逃す手はない。周囲を見渡せば、クリーチャーどもはまだわんさか動き回っていて、おじさんのプレイヤーとかは息切れを起こして苦しんでいる。


 ランスロットは俺の考えなどお見通しとばかりに、


「圭太君。分かっているとは思うが、ジャンプしてからCursed Skillを使うようにしなさい。神社が邪魔になって攻撃が当たらない奴もいるだろうからね。神社の中とか、矢が当たらなかった奴は僕らでなんとかする」

「わ、分かってるさ!」


 分かってなかった。確かに、障害物に当たっちまったら無駄になる。俺は思い切りしゃがみこんでから、垂直跳びの要領で飛び上がってみた。足場に違和感を感じるっていうか、瓦屋根が大きく崩れたのが分かる。


「……え? おおおお? 嘘だろぉ」


 ある意味爽快な気分だ。だって自分が、まるで空を飛んでいるような錯覚を覚えるほどの高さまで浮き上がっていたんだから。あまりの絶景に当初の目的を忘れかけた俺は、慌てて下を向いてターゲットを確認する。気味の悪いゴーストといい、全身真っ赤なクリーチャー達といい、蟻のようにわんさかいやがる。


「よ、よし。全員ロックオンできてるぜ」


 俺は弓を構え、視界に映るカーソルを意思で動かしCused Skillをタップした。弓が、弦が、体全身が、きっと全てが光を発している。俺の全てに大きなエネルギーが溜まっていくような不思議な感覚は、どんなスポーツをしていても感じることはなかったもんだ。集まっているエネルギーは、恐らく弓に全部溜まっている。


 心の中で、さあ撃てっていう言葉が聞こえた気がした。俺はその言葉に従ったんだ。


「うおおおお!」


 指を離した時、弦が大きく揺れて弓が爆発したような気がした。実際は爆発じゃねえんだけど、そのくらいの勢いで何本もレーザーが飛んでいったんだ。圧巻だったね。


「ギヤアアア!」


 どいつが叫んだ悲鳴なのかは知らない。ゆっくりと下降していく俺は、自分が放った弓矢が全部の化け物に命中し、どの化け物も倒れ込んで動かなくなった後に消え去ったところまで確認した。ルカとランスロット達の活躍によって三分の一くらいまで減っていたゴーストとクリーチャー達は、俺の矢によって全滅した。


 ゴーストの奴は脳天から串刺しみたいになって、震えながら消えていった。マジで怖い奴だったと思う。


 Cursed Skillを初めて使ったわけだけど、こいつはちょっとだけ気持ちいいかもしれない。

 で、後はランスロットみたいにカッコよく着地するだけなんだけど、結論から言うとダメだったんだよね。


「お、おわあああー!」


 俺は勢いよく神社の屋根を突き破って一階広間まで墜落して、人生で最大の尻餅をつかされることになっちまった。


「い、いてててて……ちくしょー。何でこうなっちまうんだよお」

「アハハハ! アンタって本当にダサくてドンくさいわね。本当に十代なワケ?」


 真っ赤に腫れ上がってるんじゃないかと思う尻をさすっていると、金髪の女騎士がケラケラ笑って近づいて来た。ダサいとか言われると流石に傷つくからやめてほしい。


「うるせえな! 初ジャンプだったんだよ。誰だってこうなるわ」

「ふーん、じゃあ次はカッコよく決めるのね。楽しみにしてるわよ」

「次はない! こんな怖えこともうできねえよ」

「えー。いいの、彼女はもうあたし達の仲間になったのに?」

「は?」


 何を言ってるのか分からずにキョトンとしていたら、穴が空きまくっている障子が開いてめいぷるさんとランスロットが入ってくる。まさか俺がいない間に。


「この子、めいぷるちゃんって言うのね! 自己紹介はさっき終わったわ。今日からあたし達の仲間よ」

「はい! ルカさんと一緒ならとっても心強いです。よろしくお願いしますー」


 そのまさかだった。なんてことだ。めいぷるさんが参加するのを止めるつもりできたってのに。ささやかながら抵抗でもするか。とにかく異議を唱えてみる。


「待ってくれ! 彼女は元々怖がりで、戦いなんて出来る人じゃないんだよ! だからCursed modeなんてとても無理なんだ」

「そうかな? しっかり戦えていたよ。僕の目の前で、彼女は勇敢にもゴーストを追い詰めていたんだ。素晴らしい勇気と判断力だったと言えるだろう」


 キザ男が割って入りやがった。こいつ要所要所で邪魔なんだよな。


「おかしいわねー。アンタとランスロットの話には食い違いがあるわ。でも、どっちかって言うと嘘ついてるのはアンタっぽいわね。あたしもチラチラ見てたけど、めいぷるちゃん頑張ってたし!」

「あ、ありがとうございますうー」


 ちょっと照れ気味に頭を下げるめいぷるさんを見て、俺は盛大なため息を我慢することができなかった。どうなっちまうんだ、これから。


 ルカは何か知らんが上機嫌みたいで、俺のすぐそばまでスキップみたいに近づくと、握手会のアイドルみたいににっこりと笑ってみせた。うん、認めたくないがルックスはいい。


「とはいえ、今回のMVPはやっぱアンタね! 凄かったじゃない。ご褒美に何かしてあげてもいいわよ、何がいい?」

「ご、ご褒美? いらねえよ、そんなの」


 急に言われてもな。考えてないし。


「あっそー! アンタにとってこんなチャンスは、地球の自転が止まっちゃうくらいの確率しかないと思うんだけどねー」

「じゃあほぼ0じゃねえかよ!」

「それはそうと、今度みんなで集まって作戦会議をしましょう。アンタのとこの喫茶店で」

「何度も言ってるが、俺は今回限りだ。喫茶店にも来ないでくれ」

「何その営業意欲のない返答! あたしが来なくなったらマスターが悲しむわよ、それでもいいワケ?」

「別に悲しまねえよ。ちょっと売上が落ちるだけだ」

「あたしが来なくなったら、多分あの店潰れるわね。今月中に」

「なんで分かるんだよ? そう簡単に潰れねえよマスターの店は!」

「きっとアンタもバイト先を探して路頭に迷うんだわ。そこでベンツの後部座席に乗ったあたしがたまたまやって来て、ボロを纏って変わり果てたアンタを見て涙を流しつつ、これでご飯でも食べなさいって十円を渡すのよ」

「バイト無くなったくらいで路頭に迷うか! しかもお前超金持ち設定なのに十円ってケチ過ぎだろ!」


 ランスロットはクックと笑いつつ、一人障子の向こうに歩き出して、


「今日は本当に素晴らしい体験をさせてもらったよ。僕はこれからも、君達の役に立てるよう精一杯精進するつもりだ。改めてよろしく」


 そんな奴に向かって、


「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」とめいぷるさん。


 結婚するワケじゃないんだからその返しは変じゃないか? ルカはまるで地球一偉い人みたいに胸を張って両手を腰にやり、


「ランスロット。アンタの活躍こそ大したものだったわ! これからもあたしについて来なさい! それとチャットのグループに招待しておいたから入っておいてよね」


 ランスロットは得意の薄ら笑いを最後に見せて夜の闇に消えて行った。一人で帰んのかよと思っていたところに、突然ルカが変身を解除してから小走りになって門にやって来た車に手を振っている。


「呼んでおいたタクシーが来たわ! まさに計算通りよ」


 俺とめいぷるさんはルカを追いかけつつ、ちょっと背筋が凍る思いがした。お前の計算とやらがずれていたら、タクシーの運転手さんの命日は間違いなく今日だったし、俺たちは殺人現場に居合わせたことになってたんだぞ。

 まあ、俺が色々と言っても聞きそうにないんだけど。


 周囲を見渡すともう他のプレイヤー達はいなくなっていて、例によって化け物達の死骸も消えちまってる。普通死体は残らないとおかしいはずなんだけど、ルカの奴に聞いてもちゃんとした回答は来なかった。


「あたしも前は気になったけどさ、別にどうでもいいじゃん。ゲームのキャラクターだから消えちゃうんじゃない?」


 納得できねえよそんな説明じゃ。


 やっとの事で帰宅した時には深夜0時を回っていて、帰宅が遅くなったことで親父とおふくろから超説教を喰らい、クタクタになって眠ることになった。


 散々信じられない経験をしまくっている俺だったが、実はここまでは全然マシだったんだ。化け物もSFも存在するっていうなら、タイムマシーンだって存在してほしかったと思ってる。

 まずは翌日の学校のことから話すよ。

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