第13話 校門前にいた男
毎度毎度だが、朝になると妹は誰よりも早く俺の部屋に来る。こいつもしかして、ここを自分の部屋のスペアだと思ってんじゃないだろうな。
「おにーちゃーんおはよ。昨日はどこ行ってたの? ねえー」
「だから天体観測だって言ってるだろ」
「おにーちゃん嘘ついてるでしょ。その顔は嘘ついてる時の顔だよ。由紀には分かってるんだからね」
「あー昨日見た北斗七星はマジもんで綺麗だったなー」
「え? そんなに綺麗だったの! 写メは? 由紀も見たいー!」
ちょろいなこいつ。布団に馬乗り状態の妹を軽くいなすところから今日という日は始まった。未だに親父のサンタクロース変装を見抜けない奴だから、昨日のことを本当に伝えても信じてしまいそうだ。でも言わない。万が一だが巻き込まれることになったら困る。ちなみに今年のサンタ役は俺の予定だ。
食卓に行くとこれまたいつもの光景だった。親父もおふくろもいつもどおりで安心する。ただ一つ違っていたのは、朝のニュースが俺に関係のあることだったくらいだ。神社で謎の悲鳴と爆発音。そして巨大な花火が打ち上げられたらしいとのこと。警察が駆けつけた時には何もなかったと。
花火っていうのは、多分俺が撃ったCursed Skillのことだろう。すげえ派手だったし。
「この神社……あたし達の住んでいるところから近いわ。本当に物騒ねえ」
「凄い悲鳴や爆音が聞こえたってことは、多分悪戯だろうな」と親父。
「使われてない神社だからと言って、悪戯するなんて最低だわ。圭太、アンタはこんなことするんじゃないわよ」
「やるわけねえだろ、俺が」
と言いつつも、俺は犯人の一人だったのでドキッとした。昨日俺とルカ、ランスロットにめいぷるさんは、都内でも一番大きな廃神社で化け物どもと殺し合いをしたんだ。それはもう怖くてたまらなかったし、実際死にかけた。
だから二度と参加はしないと、昨日は誓いを立ててから布団に潜ったけど寝つけなかったので、
『俺はこの次こそ絶対に参加しないからな!!!』とルカにチャットまで送ってしまったくらいだ。
三分もしないうちに返って来た返信文は、
『この前もそう言って参加してくれたわよね。アンタってもしかしてツンデレなの? ちょっと古くない?』
という怒りのボルテージを0からMAXにさせてくれるほどイラつく内容で、おかげでなかなか寝つけずにいたところに沙羅子からの恋の(多分恋だと思うんだが)相談チャットが飛んで来て、それを無視していたら今度はランスロットがチャットアプリのフレンド申請してきた。お前ら、もういい加減にしろ。
おかげさまで必要以上にイライラしながら俺は通学路を歩くことになり、走って来た鎌田の奴がヘラヘラしながら近づいてきても相手にする気にもなれない。
「よう! 聞いたかよ。廃神社の事件」
「あー。なんかニュースでやってたな。誰かの悪戯だろ」
興奮気味に唾を飛ばした喋り方はマジで勘弁してほしい。
「お前なあ、あんなモン悪戯な筈ねえって! 悪霊が出ちまったんだよ、きっと誰かが呪い殺されちまったに違いねえ! 今度現場検証しに行こうぜ」
「悪霊が花火なんて打ち上げるかよ。遠慮しとく、お前一人で行って来い」
いつの間にか鎌田の隣には影山がいる。
「最近物騒なニュースばっかりだよね。行方不明の人はどんどん増えてるっていうし、鎌田の言う心霊現象とは思えないけど、とにかく何かある気はするなあ」
影山は不安そうな顔で言った後、教室に入るまで黙り込んだままだった。最近エキセントリックなことばっかりでHRの内容が酷く退屈に感じる。いや、HRが退屈なのは最初からか。
イライラの最大要因は化け物と戦ったせいかもしれないし、ただ単に寝不足なのかもしれないし、ルカのチャットのせいかもしれない。噴火寸前の苛立ちは体育の時間にやったサッカーで発散するしかなかった。
最初から最後まで走りまくって、気がつけば二点ほどゴールを決めていた。汗をかいたのでグラウンド近くにある水道で顔を洗っていると、
「圭太凄いじゃーん。どうしたのあんなに頑張っちゃって」
後ろから沙羅子の声が聞こえる。どうやらサッカーを見ていたらしい。
「大したことねえよ、あれくらい。前より反応が遅くなっちまったし」
「ううん、圭太は全然変わってないよ。ねえ、今暇なんでしょ。サッカー部入ったらいいじゃん」
なんだ、サッカー部の勧誘かよ。これで一体何回目か分からん。俺はため息を漏らしつつタオルを肩に巻いて、興味なんて100%ないぞっていう冷めた視線を送る。
「サッカー部にはもう入らねえよ。入っても活躍できそうにないしさ」
「圭太なら大丈夫だよ。中学でも頑張ってたじゃん」
「負けてばっかだったじゃんか」
「負けてばっかでもいいじゃん。あたしは一生懸命頑張ったなら、勝てないまま終わっても無意味じゃないと思うし。そんな人ならずっと応援していたいよ」
珍しい考えだなと思う。沙羅子は中学校の時、負けることが見えていて、実際に負けてばかりだった俺達サッカー部をわざわざ応援に来たりした。結果よりも大切なものがある……っていうのが口癖で、正直俺にはよく分からない。
中学三年の時、俺は口には出さなかったが本当は試合に勝ちたくて、全国っていう舞台に上がってみたかった。でもチームは簡単に予選敗退して、関東大会にすらいけずに終了。
自分の中学のグラウンドに戻り解散した時、俺はみんなが帰ってもグラウンドに残っていた。いつも冷めたことを言っていたが、内心では本気で勝ちたかったんだ。帰って妹に顔を見られるのが嫌だから残っていた。どうしても我慢できないもんが目頭から溢れてきていたから。
その時、沙羅子はなぜか俺のところに来た。最悪なタイミングだったけど、こいつは俺を馬鹿にもしなかったし文句も言わず、腫れたまぶたが気にならなくなるまで隣に座っていた。それ以来、俺は沙羅子がちょっとだけ苦手だ。
「それよりお前、星宮さんと二人きりで飯食いに行くって話はどうなったんだ?」
「ああ。うん……。また行くことになったよ。今度はAタワーで」
「Aタワーかよ! すげえな。あそこって都内で一番高級な店ばっかりなんだろ。相当好かれてるぜお前。上手くいけば超絶玉の輿になっちまうな!」
今度は沙羅子が興味なさそうな顔になった。あれ? 好きなんじゃないのか。クルッと背中を向けると、
「別に星宮さん、そんなつもりないよ。お話がしたいって言われたからだし」
いや、この反応は多分逆だ。沙羅子の奴、本気で星宮と付き合おうとしてんな……と俺の直感が告げている。
「まあ、キッカケっていうのは些細なことから始まるからな! 頑張れよ」
「そんなつもりじゃないって言ってんじゃん。あ、ちょっと圭太!」
沙羅子が引き留めようとしてる感じの声を気にせず校舎に戻った。俺はこの件ではちょっとばかり邪魔になりそうだからな。ただ、もし沙羅子が遊ばれるようなことがあったら嫌だな、とは思ったりしたんだけど。ちょっとだけ。でも大丈夫だろ。彼はそんな人には見えない。
そんなこんなで六時限まで授業は滞りなく進み、俺は睡魔と格闘しながら昨日のことをぼんやりと考えていた。どうしても引っかかっていることがあったからだ。あのゴースト女がまだ人間の皮を被ってやがった時に、『こことは違う世界から来た』っていう発言。一体どっから来たっていうんだ。
今日は友人連中はみんな用事があったらしく、俺は久しぶりに一人で下校することになった。トボトボと校舎を出て外を眺めていると、校門付近に昨日見たような人影を見つける。キザったらしく右手をかざすように上げる姿を見て、一瞬無視しようか考えちまった。
「やあやあ圭太君。元気そうじゃないか」
馴れ馴れしい奴め。お前と知り合ってからまだ数日しか経ってないぞ。
「ランスロット? なんでここにいるんだよ」
「嫌だなあ。朝に送ったチャットを見ていなかったのかい? 君に用事があるから校門で待っていると言ったじゃないか」
「ああ、悪いな。見てなかったわ。つうかいきなり学校の校門に来るか? 普通」
「まあ確かにね。でも今日のうちに直接話しておいたほうが君の為ではないかと思ったのさ。そういえば先程から女子生徒の熱い視線を日光のように浴び続けていた。彼女達にとっては僕は余りにもまばゆい存在に……ちょっと圭太君! 待ってくれ」
要するに俺はモテるってことを伝えに来やがったのかこの野郎。やっぱり無視して去ろうとしたところへ、キザ男はそろそろと隣に並んで歩き出した。
「手短に言ってくれよ。何の用だ?」
「君にCursed modeについて話しておかないとと思ったんだよ」
「チャットに書けばいいじゃん。わざわざ学校来なくてもさ」
「学校に来ることに意味があったのだけどね」
「は? どういう意味だよ?」
「昨日我々と一緒に戦っていたプレイヤー達がいただろう。その中にね、インストール前に君と同じ制服を着ていた人がいたんだよ」
通学路に一つだけある長い横断歩道のちょっと手前で、俺は不意に足を止めてしまった。俺と同じ制服を着ていた奴がいた? ランスロットはニヤッと笑って、
「僕と同じく遅れてきたメンバーに一人だけいてね。君は離れていたから分からないだろうが、なかなかの腕前だったのさ。恐らく君とルカの次にクリーチャー達を倒していたんじゃないかな。ライバルの下調べも必要だろう。丁度いい機会だから足を運んだというわけ」
「マジかよ……俺の知る限りではいねえな。chをプレイしている奴なんて」
俺と同じように帰路についている学生達が、今日はなんとなく気になる。三百万ダウンロードしてるってことを考えれば、そりゃー同じ高校内でプレイしている奴もいて不思議じゃない。
「しかしね、結局のところ見つからないんだよ。まあ会う機会はこれから幾らでもあるだろう。Cused modeは毎日開催しているのだから」
「毎日だって? 昨日久しぶりにやってたけど、しばらくなかったじゃん」
ランスロットは俺と一緒に横断歩道を渡りながら、さっきまでとは違う訳知り顔の笑い方に変わった。笑い方にも色々あるんだな。知らなかった。
「君の住んでいるエリア内には、しばらくなかったというだけだよ。恐らくゲートは日本中のどこかに必ず毎日出現しているんだ。昨日ほど大きい物は初めてだったと思うけれど、小さなゲートなら幾らでも出現しているはずだ」
この発言には動揺しちまった。
「う、嘘だろ! 日本中に発生しているっていうのか? じゃあとっくに化け物が現れたってニュースかネットに出回るだろ!」
「君の疑問は真っ当だね。どう考えても普通はそうなる。だが、現在のところ何処からも漏れていない。恐らくは大きな情報操作というか、上手い具合に揉み消している連中がいるんだろうと僕は考えているんだ」
なんてことを言い出すんだ。俺が駅構内に入ったところでランスロットは足を止めて、
「勿論そんなことをするのは個人では絶対に無理だし、数十人、数百人程度のグループでは成し得ない。恐らくは巨大な組織が関わっていることじゃないかな。僕は今Cursed Heroesそのものを調べ続けている。ルカさんにはそんなことは無駄だからやめろと言われてしまったのだが」
俺はとりあえず振り返って奴のすました顔を眺める。何から何まで信じられないことばかり言いやがる。
「じゃああれか……特撮モノにありがちな秘密結社でも国内にあるっていうのか? そもそもなんでお前はCursed modeが毎日やってるって知ってんだよ? ネット上に全然書き込みなんて無かったのに」
「ふうん。君は日頃から興味がないと言いながら、ネット上の書き込みがないか調べていたわけだね。実はね、確たる証拠はまだ無いんだ。でももうじき見つかって、君に示すこともできると思ってるんだよ。楽しみに待っていてくれ」
「別に待たねえよ。バカバカしい!」
ランスロットは一瞬だけ微笑んだが、すぐに真顔に戻って改札近くで立ち止まってる俺に歩み寄ってきた。目の前まで来たというか、ちょっと歩み寄り過ぎている。
「ちけえよ! 気持ちわりいな」
「おっと失礼。どうしても確認しておきたいことがもう一つあってね。君はルカをどう思う?」
囁くような声で言ってきた。別にこの場にアイツがいるわけでもないのに。
「どうって? ただのゲーム好きで、リアルな殺し合いにハマってるヤバイ女って感じだろ」
「ただのゲーム好き……か。ただ楽しくて堪らなくて、実際にお金も貰えるから意気揚々とプレイしていると」
「ああ、そういう奴だと思うぜ。アイツ」
ランスロットは腕を組んだまま二、三歩下がると、ウチの高校の生徒会長みたいに精悍な顔つきを作って、
「僕は君の考えとは逆だね。彼女はきっと、このイベントを本当に好きなわけじゃないと思う。確証があるわけじゃないが、昨日戦っている姿を見て感じたんだ。それと、お金が目的っていうのも多分違うな。彼女からは僕のようなハングリー精神を感じない。もっとギラついているものなんだよ、お金が欲しくて堪らない人間っていうのは」
「全部お前の勘みたいなもんじゃないか。俺には欲望丸出しの女に見えるね」
奴は公務員の募集ポスターに出てくる男みたいに爽やかな微笑みを作った後、クルリと背中を向ける。
「そうかい。僕と君の人を見る目はどちらが正しいか、今後が楽しみだよ。やはり君とは良い協力関係が築ける気がする。ではこれからバイトがあるから失礼するよ。簡単なデスクワークだけど、時給は千六百円もするんだ。素晴らしいバイトだろ? じゃ」
と言い残して出口を曲がって行った。俺は驚きの好条件バイトの情報を聞きつけて思わず走って追いかけたが、
「せ、千六百円!? ちょっと待てよ! 俺にも紹介してく、れ……」
気がつけば奴はいなくなっていやがった。昨日もそうなんだけど、普段から魔法が使えるみたいに消えちまうんだよな。お前との協力関係だって? 冗談はやめろよ。一体何を協力するっていうのか。
そう思って改札を通って電車が到着するのを待っていると、俺は持っていた学生鞄がちょっと開いていることに気がついた。普段は絶対開けないサイドのチャックが開いているから、どうも変だと思って中を確認したら、
「あれ? これは……USB?」
全く見覚えのないUSBだったので、俺のものではないことは間違いない。じゃあ誰だ? と思った時に、さっきランスロットの奴が妙に体を密着させて来たのを思い出し、多分アイツで間違いなさそうだと納得した。一体何が入ってるんだろ?
やっと帰りの電車がやってきた。最近ほぼ毎回のように遅延していて嫌になっちまう。そして噂をすればなんとやら。帰りの電車の中で俺の携帯は軽快にバイブレーションをして、ルカからのチャットを着信したわけだ。
『今度の土曜日、みんなで集まって作戦会議しましょう! 南口駅前に十時集合ね!』
ちょっとは俺のスケジュールとか聞けよな。まあ、特に何も用事はないんだけどさ。そしてあっという間に土曜日が来ちまって、俺は登校日でもないのにダッシュで駅まで向かう羽目になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます