第6話 はじめての変身
Cursed Heroes運営から俺に届けられたメッセージはこんな内容だった。
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圭太 様へ ダウンロードのお願い
運営事務局の風祭でございます。
いつもCursed Heroesをプレイしていただき、誠にありがとうございます。
本日より圭太様のデータを、現実空間にてインストールすることが可能となりました。
初回インストールのやり方に関しましては、下記の順番で実行をお願い致します。
※二回目からは更に簡易的な方法でダウンロードが可能になります。
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1 敵モンスター発見時に、スマートフォンにて当該アプリを起動。
2 タイトル画面より「Cursed mode専用インストール」をタップ
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この度はインストール実施までお時間をいただくこととなってしまい、誠に申し訳ございませんでした。
ご案内は以上となります。
他にもお困りのことがございましたら、どんな些細な事象でもお問い合わせ下さい。
Cursed Heroes運営事務局 風祭
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今もなお左手をルカに引っ張られて走り続ける俺は、開いた口が塞がらないどころか広がっていた。
何だよこのわけ分かんねえメッセージ。いつ俺がそんなこと頼んだんだ。お困りのことがございましたらって……このメッセージをもらったことに一番困ってるわ!
「ねえ、どんなメッセだったの? ねえってば!」
「……インストールできるようになりましたって書いてある」
「やったじゃん! 早速これからなってみなさいよ、アーチャーに!」
「俺はなりたくねえー! 早くこの手を離せー」
俺の希望なんて聞く耳も持ちそうにないルカに引っ張られ続け、とうとう学校の体育館より広い工場に不法侵入を果たした。錆びついた扉を二人掛かりで開いた先には、デッカイ車数台を乗せたままのベルトコンベアーがうっすら見えたので、ああ自動車工場だったっけと考えていると、
「もうゲートから出ている可能性が高いわよ。気をつけてね」
「ゲート? 何だよそれ」
しゃがんで学生鞄をゴソゴソしているルカは、さっきまでとは全然温度感の違うマイナス2度くらいの声で、
「モンスター達の通路よ。ゲートがなければアイツらはこっちに来れないの」
「へ、へえ〜。この前のゾンビ達もゲートって奴を通ってきたのか。……ちょ、ちょっと待てよ! じゃあそれを閉めないといつまでも出てくるのか?」
勘弁してくれよ、この街がモンスターシティになっちまうだろ。ルカはようやく鞄から見つけ出した懐中電灯をつけて立ち上がり辺りを照らしながら、幽霊みたいに音もなく歩き出した。常に懐中電灯を携帯している高校生なんてコイツくらいだろう。
「大丈夫よ。ゲートは出現している時間に限りがあるの。それより気をつけなさい。アイツらはもうここにいるはずよ」
「……あのさ、これってやられに行くようなもんじゃね? 一旦帰って警察をだな、」
「ここで倒さないとモンスターが街に出るわよ。それに警察じゃ対処できない。危険と分かってても、今行くしかないの。大丈夫よ、アンタは私の盾になるっていう素晴らしい役目を全うできるの。尊い犠牲だわ」
「お、お前俺を盾にする気かよ! 絶対嫌だからな」
「あはは! 冗談よ」
ここが化け物の巣窟かもしれないのに笑ってられるなんて、すげえ神経してると思う。何もかもが錆びついた工場の中を俺達は歩き始めた。ゾンビ共に襲われた記憶が蘇ってきて、変な汗と寒気と体の震えと恐怖心がじわじわと湧き上がってくる。
マジで帰りたい。このままじゃ気がおかしくなりそうなので、隣にいるルカにさらりと声をかけてみることにした。
「あ、あのさー。変身しないの? いるんだったらもう変身しておいたほうがいいと思うぞ」
「まだよ。無闇にインストールするのは逆に危険だわ。時間制限だってあるし、一度インストールしたら、次にできるまで時間が掛かるの」
「へ、へえ〜。それはまた知らなかった」
適当な返答しかできない自分が嫌になるが、内心怖くて堪らないからこれでも頑張ったほうだった。ゆらゆらと辺りを照らし続けるライトが小さくて、どうにも心細くなってくる。ほとんど暗闇の中で、俺とルカの足音だけが響いている。
「それに、今回はアンタに戦ってもらいたいからね」
ルカの声が工場内に響き渡り、俺は内心ヒヤッとしている。モンスターがいるなら大声で喋らないほうがいいと思うんだが、黙っているほうが怖いのも事実だった。
「あ、あのなあ……俺は絶対に、」
二人の足音とは違う、ボールが落ちたような音が聞こえて俺は歩行を止める。今は丁度工場の中心くらいにいると思うんだけど、どの方向から聞こえてきたのか分からない。
「い、今……」
「近いわ……。準備して」
何を? と問いかけようとした矢先に、俺の背後にふわりとした風が舞い込んできて、
「きゃっ!」
ルカの悲鳴。
「お、おい!」
振り返った時には既に懐中電灯が地面に落下していて、持ち主が視界から消えてしまっていた。何かがぶつかっているような音が聞こえる。ルカの奴、まさかさらわれてるのか!?
俺の心臓は胸を突き破りそうな程強く叩かれ始め、体が震えて言葉が出なくなり、闇の世界に飲まれていく予感を感じた。
どうすればいいのか分からなかった。もしかしたら彼女は怪物に? 冗談ならやめてくれよ。笑えないぞ。
「ルカ……ルカ!」
やっと喉から声が出たものの、返答がない。でも足音は近づいてる。このいかにも体重の軽そうな、猫でも歩いて来たんじゃないかと思うような足音。ルカだな。もしかしてどっかにつまづいて転んだとか、そういうオチかと思った俺は、
「おいおいルカ……ビックリさせんなよ」
懐中電灯を拾い上げた右手で前を照らす。目前にいた何かは、一瞬で横に飛びのくように移動した。ルカじゃない。ガサガサと異様な音が俺を中心に回ったように感じられる。何かの気配を後ろに感じたとほぼ同時に、両肩をガッチリと掴まれてしまった。
「久しぶりの生き血だ……」
背後から聞こえたおっさんの声と同時に、右側の首筋に勢いよく何かが当たり、それは鋭くゆっくりとめり込んでくる。首筋が火傷みたいに熱くなり全身に痺れが走った。
「うわあ……ああああ!」
学校の注射なんて問題にならないくらい痛い。そいつは勢いよく首筋から血を吸っていて、自分の体から大事なものが奪われていくのが分かる。俺は必死に体をばたつかせるが背後にいる何かは離れようともしない。
こんなところで俺は、ワケも分からず殺されるのか。
そう思った時だった。
「……む、むぐぅ!?」
背後にいた何かが急に首筋から離れて、後ずさったような足音が聞こえる。ガックリと崩れ落ちた俺は、荒い息遣いのまま振り向いてそいつを見ると、さっき一瞬だけ見えた青白い顔のおっさんと目が合う。
「貴様……まさか、英雄の呪いを? ごふっ!」
「え、英雄ののろい? ……何言ってんだよぉ化け物!」
喋るおっさんの口元からでっかい犬歯が覗いていて、青白い顔といい貴族然とした出で立ちといい、よく映画に出てくる吸血鬼そのままだった。俺の血と思われるものが口からドロドロ垂れ流している。吐いてるのか。
俺はフラフラになりながらもそいつから逃げようとするが、どうにも上手く走れない。パニック状態になってよろよろ歩きつつも、恐怖と疲労と血を抜かれたショックで前のめりに倒れてしまう。
やばい、このままじゃきっと死ぬ。後ろから吸血鬼野郎の声が聞こえる。
「ふう、ふう。お前の血は我らにとって猛毒……。ふう、ふう。何の益にもならぬ……。だが見過ごせぬ、ここで殺さなくては。いずれ我らが殺されるに違いない」
背後からゆっくりと音が近づき、俺はどうしようもない恐怖に叫びそうになったけど、声もちゃんと出せないから呻くしかなかった。ふと気がつくと、目の前にスマホが落ちている。さっき噛まれた時に落としたらしい。
「あ……! そ、そうだ。そうだ!」
もうこれにすがるしかなさそうだ。右手を伸ばしてスマホを掴んで前に傾かせ、震える手でロックを解除する。足音が近い。奴はもう二、三歩後ろまで来ているだろう。
「もういい! インストールでも何でもしてくれ! とにかく死ぬのは、」
「さようならだ。少年」
俺の首をデカイ両手が包む。きっと骨を折る気だこいつ。吸血鬼が両手に力を入れるのと、俺がCurse mode専用インストールをタップしたのはほぼ同時だった。メキメキと自分の首から嫌な音が聞こえて、何かがズレて来るような感覚があって、骨が曲がっちゃいけない方向に動かされているのを実感する。
「……ぐえ! あああ!」
吸血鬼が叫ぶ。万力よりも強い力が入ったと思った瞬間に、両手の圧力が嘘みたいに消えていったかと思うと、スマホが宙に浮いて俺を見つめていた。液晶からCursed Heroesのタイトルロゴが浮かび上がり、ゆらゆらと青い光が立ち昇っていく。
「何だ……何なんだ……これ」
まるで日光を浴びているような暖かさを全身に浴びつつ俺は立ち上がる。体の中に何かが入ってくるのが分かった。それは頭のてっぺんから爪先まで浸透するように入り込んできてる。楽しいかどうかは置いておいて、妙に気持ちいいことは確かだった。
鮮やかな金色の光が目前に浮かび上がっている。俺はこのマークを知っていたんだ。Cursed Heroesで俺が選んだキャラクター……アーチャーの紋章で間違いない。本当に変身なんてできるのかと、不安と興奮が脳内で駆け回った。
やがて青い光が収まり、体全身が落ち着いたところでもう一度振り返る。まるで昼間みたいに工場の中がよく見えるようになった。俺の目には暗視スコープでもついてるのだろうか。あの吸血鬼野郎が、冷や汗を浮かべながら後ずさっていやがる。両手が溶けているように見えるんだが、俺のせいか。
いいや、自業自得だね。そう誰かの声が聞こえた気がした。
それともう一つ気がついたことがある。俺の視界にいろんな記号や数字が見えているんだ。これはCursed Heroesの戦闘中の画面と瓜二つだった。右上の体力ゲージと装備品グラフィック、左下のCursedskillゲージとその他コマンド画面……全部ゲームで見ていたものと一緒だ。
レーダー機能もある。外で俺と同じマークの誰かがいて、多分今も戦ってる。もしかしてルカなのか。
「お、お前……我の両手を、よくも……よくも」
「よくもだって? お、お前が悪いんだろ!」
さっきまであった恐怖心も薄れ、心の奥底から戦いたいという気持ちが湧き上がってくるみたいだ。勇気までインストールしたのかは知らないが、ここまで来たらやるしかないだろ。でも、どうすんだ?
「うう……ぶおお」
吸血鬼が大口を開けて宙を舞い、上から俺に飛びかかってきた。どうしていいか分からない俺はとっさに右へ飛び退いた。奴は諦めずに追いかけてきて、思い切り右手を振りかぶって殴りかかってくる。冗談じゃねえとばかりにデカイ拳を掻い潜った時、地震の縦揺れみたいな振動と鈍い音が工場内に響いた。
これはヤバイ。世に晴れ晴れと出荷されるはずだった軽自動車の助手席ドアがベッコリと凹んじまってる。こいつどんな怪力なんだよ。
「死ね! 小僧」
「や、やべえ!」
吸血鬼はなおも俺めがけて走ってくる。暗い工場の中を走り回って逃げようとしたが、機材とかいろいろあって上手く逃げれず、出口付近までやっときたところで上から回り込むように吸血野郎が来やがった。
きっと俺だけじゃなくて、人は上から来るものはなかなか反応できないんじゃないかと思う。この時、吸血鬼のおっさんが勝ち誇った顔で放ってきた右拳に反応が遅れ、思いっきり顔面を殴られてしまった。
「うああっ! ……あ?」
着地した野郎は明らかに戸惑いの表情を浮かべてこっちを見ていた。恐らく全体重を乗せて放った一撃は、はっきり言って痛くも痒くもなかったんだ。正真正銘ノーダメージ。自分でも驚いたね。
「こ、この野郎ー!」
今度は俺が奴を殴る番だった。喧嘩も格闘技の経験もないからただ左右のフックを繰り返しているだけだったが、VRでボクシングをしているよりも激しい連打が何発も顔面にヒットし続け、野郎はあっという間にフラフラになった。
なんていうか、この感覚は気持ちいい。
怒りか恐怖心の反動か分からないけど、おさまりがつかなくなった俺は奴の胸ぐらを両手で掴み、そのまま反対方向へ投げ飛ばした。野球部時代でも経験したことがない勢いで壁まで吹っ飛ぶ姿は、まるでアクション映画にありがちな派手さがあった。
「ギャウウ!」
壁にめり込んで静かに床に倒れこんだ吸血鬼は、呻きながら立ち上がろうとするが上手くいかないらしい。今なら倒せるよな。そう思った俺は、一つ試してみることにした。
視界に映っているコマンド画面から、武器を装備する画面を呼び出す。どうやら俺の意思がタップ代わりになるらしい。やっぱりVRよりすげえ。
「すっげえ……あり得ねえよ、こんな……あ!」
愛用の鉄の弓があった。すぐさま装備を選択すると、左手に光の束が現れて徐々に弓に変化していき、数秒もかからずゲームで使っていた鉄の弓が現れた。ただ、デザインはけっこう違う。こんなにメカっぽい感じじゃなかったし。
「ふう、ふう。小僧めが……」
やっとのことで中腰まで立ち上がった吸血鬼野郎に、俺は鉄の弓を構えてみる。弓の弦が光になっていて、ゆっくりと右手で引ききると弓矢が姿を現し、いつの間にか弦ではなく弓矢側にある
「そんなものが当たるか。覚えていろ小僧」
吸血鬼は飛び上がり、屋根の小さな穴から脱出を試みようとしていた。でも、もうここにきて焦る必要はないと、何となく分かったんだ。ゲーム内でも表示されていたターゲットロックが、今アイツに出来ている。
屋根から逃げようと背中を向けた奴に、俺は向けていた弓矢を放った。飛ぶ鳥を落とす勢いっていう言葉があるけど、今の俺にはそんなに難しい行為じゃないと思う。上手く言えないが理屈じゃなくて、なぜか分かるというか、体が理解しているようだった。
「ぎやああ…ああー!」
奴の胸から上を光の弓矢が打ち抜き、工場の屋根を貫通して抜けていった。頭を吹っ飛ばされた胴体は人形みたいに地面に落下して砕け散る。やがて砂みたいに全身が消え去っていった。まるでレーザービームじゃないか。終わってみれば楽勝だった。
ていうか鉄の弓ってこんな攻撃だったか? 明らかに違うと思うんだが別にいい。俺は急いで工場を出た。
「ルカ……ルカー!」
どうやら足も速くなっているらしい。ものの数秒で工場から出た俺を待っていたのは、餓鬼を斬りまくっていたソード・ナイトだった。こっちを振り向くと、あからさまに眉にシワを寄せて、
「もう! ちょっと時間かかり過ぎじゃない?」
「か、開口一番がそれかよ。もうちょっとあんだろ!」
「ま、あたしも餓鬼達に連れ去れちゃったから、文句言えないけどね。油断したわ」
ルカを襲ったのはこいつらだったのか。周りは餓鬼っていう低級悪魔の死体が散乱してる。最後の餓鬼を垂直に斬り倒してから、ルカはただ立ち尽くしている俺に歩み寄り、シャンプーの宣伝とかで見るような爽やかスマイルを作った。
「意外とカッコイイわよ、今のアンタ」
「そ、そうかな」
金髪の女騎士はあっという間に黒髪の少女に戻り、嬉しそうにバンバン肩を叩いてくる。全然痛くねえけど気分は悪い。
「うっそー! まだまだカッコ悪いわ。全然イケメンじゃないし」
「う、うるせえな! お前だって可愛くねえよ」
「あたしは可愛いわよ。アンタの目がおかしいわ! 絶対」
「けっ、言ってろよ。あ、そうだ! この姿からどうやって戻すんだよ?」
ゾンビの時と同じく、餓鬼の死体は黒い煙と一緒に消え去っていった。全くワケの分からないことばっかりだ。ルカは遠足に行く前の小学生みたいにはしゃいだ感じで、
「それはノーヒントよ。アンインストールの方法は自分で考えなさい。じゃああたし帰るから」と言って本当にツカツカ歩き出した。
これにはマジで焦った。今の顔と服装で家に帰っちまったら、きっと変質者か強盗と間違われちまうよ。道路にあったカーブミラーに映った顔には変な縦線が入ってるし、髪は白っぽい水色になってる。マジで別人なんだけど。
俺はスキップでも始めそうな意地悪女の後ろ姿を必死で追いかけて、五分くらい話し続けてやっと解除の仕方を教えて教えてもらった。イラついたのでもう二度とこの姿にはならないぞと言ってやった。
家に帰って見たのはいつも通りの風景。俺の声を聞くなり玄関に走ってくる妹と、仕事で疲れ切ってプロ野球を観戦している親父と、晩御飯の支度で忙しい母親。
平凡な日常っていいもんだな。すげえホッとした。
今日のことは多分一生忘れないと思う。興奮のせいかしばらく眠ることができなかった。そして俺は次の日から、ルカの希望どおり本格的にフレンド探しをさせられることになる。
嫌なんだけどさ。なぜかいつも付き合わされちまうんだ。ルカは嫌だって言ってる奴を従わせる魔法でも使えるのか。めんどくせ!
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