第5話 ルカのフレンド探し

 五月十二日日曜日。

 清々しいほどの快晴に恵まれた休日だったが、俺は電波女もしくは自己中女としか思えないルカに言われたとおり、南口駅の改札前にやってきた。


 ルカに言われたからではないが、Cursed Heroesは今までどおりプレイを続けている。キャラLVも50まで上がってきたので、現在の上限であるLv65まではそう遠くない所に来ている。


 今俺がやっていることと言ったらゲームとバイトくらいなもんで、勉学をするべきなのに怠惰にふけっている高校生の典型だろうな。


 でもこうして暇を謳歌してられんのも今のうちかもしれない。来年になればオフクロは俺を予備校に入れようとか言い出すかもしれないし、担任の数学教師加藤は入学して間もない生徒達を勉学に駆り立てる気満々だったからだ。でも、化け物に追いかけ回される青春よりはずっと良いだろうな。


 そんなことを考えながら改札から急ぎ足で出て行く人達を眺めていると、ここ最近見覚えのある顔が子犬みたいにはしゃぎながら手を振っていることに気がつく。


「お待たせー! ちゃんと待ってたわね。じゃあ早速行こっか」

「行くって何処にだよ?」

「あたしたちの仲間を探しに行くのよ! 今日はその為にアンタを呼んだの」

「は? 仲間?」


 何のことか理解できない俺を置いて行くかのように、ルカは駅前通りを歩き出した。納得なんて全然できないんだけどついて行く自分がちょっとばかり嫌になっちまう。


「おい! 仲間って何だよ。俺はお前の仲間になんてなった覚えはねえぞ」

「あら? そんなこと言っちゃって本当に良いわけ? あたしと組まないと、きっとアンタはランキング入りはできないと思うなー。一人で戦うより複数で戦ったほうが効率が良いし、結果的にポイントも沢山貰えるのよ」


 居酒屋とかパチンコ屋とかカラオケ屋とか風俗店とかが並ぶ通りを、ルカはずんずん突き進んで行く。一体何処に連れて行こうってんだよ。それにだ、こいつはだいぶ勘違いしている節がある。


「待った待った! 俺はわけの分からないイベントに付き合うつもりなんてねえ! 勝手に話を進めるなよ」


 そこまで言って、やっとルカはキョトンとした小動物のような顔でこっちを見上げた。


「え? 嘘ー。アンタ本当にそれで良いの? これは滅多にないチャンスなのよ。よく言うじゃない。チャンスっていうのは大体の場合、チャンスだって分からないものなの。目が眩む程の大金が手に入っちゃう簡単なお仕事よ。自分から降りるなんて愚の骨頂だわ」

「全く意味が分からん。どう考えても簡単なお仕事には見えないね、俺には。進んでやるなんてアホの骨頂だよ」


 何に騙されてんのか知らないけど、巻き込まれんのはゴメンだと心底思っていた。


 ルカは急に繁華街のスクランブル交差点前で足を止めて、頬に手を当てて考えているようなポーズを取っている。


「実はね、あたし一緒に戦ってくれる人を探そうと思ってSNSにも募集の投稿をしたし、攻略サイトのフレンド募集掲示板にも書き込んだのよ。それなのに誰一人コメントしてくれないわけ。超妥協してあげてるのに何のかしら。嫌になっちゃう!」


 まあゲームでフレンドを作る方法としては一般的だよな。確かにルカは相当上位ランクに入りそうな強さなのに、どうして誰も志願してこないのか不思議だ。


「はあ……。そいつは大変だな。ちょっと書き込み見せてみろよ」

「これよこれ! ほら〜、まだ誰も反応してないじゃん。おかしくない?」


 フレンド募集掲示板にはこう書かれている。


=====


ニックネーム:ルカ 投稿日 (2019/5/8 22:11)


皆さん初めまして!

ルカと申します。この度初めてフレンド募集をすることにしました。

まったり勢、ガチ勢、中途半端勢、どんな人でもとりあえずOKです!

最低限の条件としては、


・Lv65に到達していること

・武器はDarkness5の物を装備していて、かつLvはカンストしていること

・Cursed modeに一緒に参加できて、ちゃんと戦う覚悟がある人

・私の作戦に必ず従える人


上記に当てはまっていればどなたでも受け付けます!

一緒に頑張りましょう( ^ω^ )

いつでもコメ待ってまーす♪



=====


 ……読み終えた後はただ呆れるしかなかった。最低限の条件って……どう考えても欲張りすぎというか高望みしすぎだ。一体何処を妥協したんだよ。特に一番最後の条件が酷い。俺なら絶対志願しない。


「これで志願してこないなんておかしいわよね」

「いや〜。あれじゃないか……もうちょっと条件を緩くしてあげたほうが来ると思うぞ」

「これ以上妥協するのは無理よ! フォローしきれないわ」


 お前のフォローをするほうが大変だぞ、と言いたくなったが面倒だからやめた。ルカはスクランブル交差点の前でずっと立ったままだ。


「ネット上で募集しても誰も来ないなら、リアルで作るしかないじゃん? だから、この界隈では一番人通りの多いここにやってきたってわけよ!」

「リアルで作るってどうするんだよ? まさか一人一人声を掛けるっていうんじゃないろうな?」

「チッチッチ! そうじゃないわ。一人一人携帯の画面を見ていくのよ。これだけいればchをやっている人は誰かしらいるはずよ。見つけたら速攻で声を掛けてカフェとか公園もしくは人気のないところに連れ込むの。後はあたしとアンタでプッシュプッシュよ! これでいけるわ」

「いけるわけねえだろ! 人気のないところに連れ込むって、お前は危ない誘拐犯かよ」


 スレンダーな体で胸を張っているルカははたから見て相当美人だろうが、喋ってる内容を聞いたら大半はドン引くだろう。かくいう俺が一番ドン引きしている。


「大丈夫よ! とにかく先ずはここでchをしている人を探し出すの。あたしは向こう側で探してくるから、アンタはここで探して。見つけたら直ぐに声を掛けつつあたしにも連絡すること!」

「俺はまだやるとは言ってねえぞ。とりあえずネットで気長にコメントが来るのを待ったほうが」

「ダメよ! こうしている間にもライバル達はどんどん徒党を組んでいるに違いないわ。今を逃したらあたし達は孤立して、きっと細々とゾンビ達しか狩れない毎日を過ごすのよ。ランキング圏内なんて夢のまた夢になっちゃう!」


 俺はそのゾンビ達を狩るつもりすらないし、間違っても毎日戦うなんてごめんだ。ライバル達なんてあやふやなもんを意識する気にもなれない。こいつは言い出したら聞かないタチみたいだからマジめんどくせー!


 そうこうしているうちに信号が青に切り替わり、こっちを見ながらルカが歩き出した。


「じゃああたし行ってくるから、いーい? 今日の目的はあくまで、真面目に仲間を作ることなんだからね! 間違っても勝手に帰んないでよ。じゃあ後で連絡するわ」

「あ……あー。分かった分かった」


 ルカは風を切るように長い横断歩道を歩き去っていく。迷いのない後ろ姿は、戦国武将ならきっと大物になれたんじゃないかって思うほどだ。やれやれ、何で俺がこんなことに巻き込まれなくちゃいけないんだろうな。仕方なくボーッと横断歩道の近くで立ち尽くし、いつも見慣れた人混みを観察することになった。


 しかし、こうして見るとスマホを弄っている人ばっかりじゃん。中には自撮り棒みたいなので自分を映しながら動画を配信していたり、独り言なのかはっきりしないけど多分通話している人もいる。結局のところ、Cursed Heroesをプレイしている人を見つけることができないまま一時間が経過した時、俺のスマホから軽快な着信音が鳴り出した。


「圭太! chやってる人は見つかった?」

「見つかってない。一人もな」

「もーう! どうしていないのよ。どうして! ちょっと作戦会議しましょ」


 そう言うと一方的に通話は切られ、今度はスクランブル交差点がはっきり見渡せる10階建ビルの二階にあるカフェに入って行き、作戦会議とやらが始まった。


「もー! なんで誰も遊んでいないわけ? 国内でも超沢山ダウンロードされてるはずなのに」


 ルカはぷんすか怒りながらモンブランを食べつつ紅茶を飲んでいる。俺が頼んだトースターはまだ来ないらしく、普通だったら今の状況ってデートに見えなくもないんだけどな、とか考えながら待っていた。


「さあな。俺もリアルでプレイしているのを見たのはお前だけだよ」

「超おかしいわ! このままじゃあたしとアンタだけで戦うことになっちゃうじゃん」

「俺はやらねーって! それよりどうすんだ? もう帰るか」

「まだよ。まだ終わらないわ! 諦めない限り可能性は0じゃないの」


 いい加減諦めてほしいんだけど、この分だとまだまだトライする気満々だ。不意に誰かが後ろから近づいてきた。やっと俺のトースターが焼けたのかと思って振り向いて見上げたところ、全然店員じゃない奴の顔があった。


「圭太じゃん! 珍しいなお前こんな所で!」

「圭太君じゃないか! こんにちは」

「うわ……鎌田、影山」


 昔からの友人である鎌田と、高校に来てからつるむようになったインテリ眼鏡の優等生影山がいる。ちなみに影山はまだ中学一年くらいにしか見えないあどけなさがあって、テストの成績は毎回学年で十位以内に入っている。なんで俺たちみたいな成績カースト下位の奴らとつるんでるのかね。世の中って不思議だ。


 話を戻すが、まさかこんな都会のカフェでばったり会うなんて思わなかったから俺は言葉に詰まってしまったんだ。これが不味かった。


 鎌田は俺とルカを交互に見て、徐々に驚きの顔が浮かび始めている。


「え? ちょ、ちょ、誰? 誰なん? この娘誰?」

「ああ、知り合いだよ。知り合い」


 本当にただの知り合いか? と言わんばかりの疑問符ありありな表情を出しつつ、普段より120%増しの興味津々顔で鎌田は笑っている。


「そうなのかー! こんにちは。俺鎌田! コイツは影山って言うんだ。圭太とはいつも学校でつるんでんだよ」


 突然好青年フェイスに切り替えた鎌田の挨拶を、ルカはじーっと眺めていたが、どうにも興味がなさそうな感じがする。微笑の仮面を被ったような感じで、


「同じ学校なんですね。あたしルカって言います」


 とだけ返事して後は黙ってしまった。鎌田はあまり話したくないっていう空気を感じ取れていないのか、ルカを見てデレデレしている。そこまでは良かったんだけど、次の言葉がすげえ余計だったんだ。


「なんだよ圭太ー。お前今は女の子とは遊ばないとか言ってたくせに! 隠れてデートしてるなんてなー」

「え!? いやいや、デートなんかじゃねえよ」

「またまた〜。いいんだぜ、隠さなくってもよ!」

「本当に違うんだ! デートする気なんて全然ねえよ、全然!」


 こんなに慌てたのは久しぶりで、俺は思わず立ち上がって弁解しようとしたけど、影山が気を使ったのか用があったのか鎌田の肩を叩いた。


「そろそろ僕達は帰ろうよ。鎌田もお父さんの手伝いをしないといけないだろ?」

「あー。もう怠いこと思い出させんなよお。じゃあなー圭太!」


 親のラーメン屋の手伝いをしなくてはいけなかった鎌田は、しぶしぶ影山に連れられてカフェの自動ドアから去って行った。全く面倒な奴だなと思って溜息をついてふと正面を見た時、もっと面倒くさい奴が残っていることに気がつく。なんか睨んでるんですけど。


「な、なんだよ?」

「……別に!」


 ルカはプンプンしているというか、目つきがちょっと釣りあがっていて、怒ってる以外何者でもない表情だった。俺は何も余計なことは言ってないんだけどな。気まずくなり更に帰りたくなったのでルカに、


「そうだ。今日これからどうするんだ? てかもう帰ろうぜ。こうして探していたって見つかるわけないんだし」

「ダメよ! ここで諦めるわけにはいかないって言ってるでしょ。次の作戦は決まったわ。ついてきて!」


 必死の提案は一秒もかからず却下されてしまった。ついて行きたくねえー。颯爽と椅子から立ち上がってカウンターまで歩き出すルカの姿を、俺は呆然と見つめていた。


 ゲーム目的のフレンドが欲しくてしょうがない女の足が止まった場所は、駅から徒歩五分という好立地な映画館だった。こんな所でゲームのフレンド探しなんてできんのか。


「お、おいおい。何でこんなとこに入るんだよ?」

「実はねー。ここにいる気がするのよね! あたしたちの仲間が! じゃあ行きましょ」


 何でここに仲間がいるって気がするのか分からないが、結局俺達は映画館に入り、どういうわけか今映画ランキングで週間一位になっている邦画を観ることになってしまった。


 普通映画を観るっていう行為は難しいことなど何もなく、至ってスムーズに事が進むはずなんだが、ルカの場合そうもいかなかったらしい。券売機を数回タップした後固まってしまいそわそわしている。


「えー。あれ、えー……」

「どうしたんだよ? さっさと買えよ」

「あたしが観たい映画がないんだけど、これ壊れてるんじゃないの?」

「はあ? 違うよ。次へっていうのを押せばあるって」

「……あ。本当だ」


 その後も散々席の選び方とかをレクチャーしているうちに、結局は全部俺がやった。実は映画館に来たのは初めてだったらしい。一体どういう生活をしてきたのかと、映画の内容よりルカの人生が気になってしまった。


 時間帯的に他の客はまばらで、隣にいるルカはキャラメル味のポップコーンを食べながら楽しそうに鑑賞している。


 エンドロールも終了し、シェアしていたポップコーンの空箱を捨てたルカは満足そうな顔でスタスタと映画館を出て行く。おいおい。


「超面白かったー! やっぱり口コミで一位になるだけあるわね。今度レビュー書いておこうかな」

「レビューは好きに書いたらいい。仲間を探すっていうのはどうなったんだよ?」

「うーん、あたしの見立てではそれらしい人はいなかったわね! 次に行きましょ」

「全然探してなかっただろ! 今度は何処だよ」


 能天気女が次に立ち寄ったのは、俺が知る限り街で一番大きなゲームセンターだった。ああ、まあゲーム好きは集まりそうだな。なんて少しでも納得しかけたが、仲間を探しているようにはとても思えない程UFOキャッチャーに熱中し始める。小学生か。


「あ! いけるいける……えー! ちょっとー。なんで今ので持ち上がんないのよ? 引っかかったのに」

「いや、これはさ。もっとピンポイントで釣り上げないといけないんだよ」

「え? ちょっと待ってよ、そんなの無理じゃん! 詐欺だわ詐欺。クレームもんよこれは」

「いやいや……UFOキャッチャーしたことないのか? 普通はこういうもんだぞ」

「難易度が高すぎるじゃない! こんな理不尽を黙っているなんて絶対よくないわ。すいませーん! 店員さーん!」

「分かった分かった! 俺が取る。ちょっと待ってろ」


 多分こいつはゲームセンターにきたのも初めてだったんだろうなと思いつつ、俺は結局千円を消費してご希望のぬいぐるみをやっとPRIZE OUTに落とすことに成功した。こんなに集中力を使ったのは久しぶりだったけど、ルカは飛び上がらんばかりに喜んだので悪い気はしない。


 大事な千円を犠牲にしたことは悔やんでも悔やみきれないが。俺たち一体何してんだ。


「やったー! アンタすっごいじゃん。あたし前からこの熊ちゃん欲しかったんだよねー。ありがと!」

「今度は自分でGETしろよな。そういや仲間探しはどうしたんだよ?」

「んー。どうしようかなあ、やっぱ普通に町をぶらついてても見つからないわよね。あ! 通知来た」


 そりゃそうだ。ルカはスマホを取り出して何かを確認しているみたいだ。何の通知だろ? とか考えたところで、何故か俺のスマホが小刻みに振動した。また学校のグループチャットで、どうでもいい共有事項でも書いてんのかと思ったが、


「あれ? Cursed Heroesからの通知じゃん。モンスター出現……? お、おい! これって!」

「また現れたみたいね。じゃあ早速討伐に行くわよ」

「え? 討伐って。お、おおちょっと待て!」


 状況が飲み込めない俺の腕を強引に引っ張ってゲーム好き女が走り出した。プロレスでもやってんじゃないかってくらい握力が強くて、握られてる腕が痛い。ブラックホール並みの吸引力というか、単純に強引すぎるというか、抵抗しつつも引っ張られる俺はいつの間にか繁華街を抜けて住宅街にいる。


「あのゾンビみたいなのが出て来たっていうのか?」

「今度はあんな雑魚じゃないと思うけどね! まあ行ってみれば分かるわ」

「お前いつも戦ってんのか? つうか俺行きたくないんだけど! この手を離してくれ」

「そうよ! じゃなきゃトップになれないし。アンタも今日ダウンロードすればいいじゃん。きっと楽しいわよ」


 あんな化け物と殺しあうことの何が楽しいんだよ。俺は溜息をしつつ、さっきのスマートフォンの通知を開いた。レーダー機能……確かにある。マップは詳細にできていて、俺達の位置が手に取るように分かる。緑のマークが自分ってことで、多分赤色のモヤモヤ光っているマークがモンスターだろう。


「もう直ぐ近くまで来ているわ! あの工場の中よ」

「うわ……確か何年も前に潰れた所だったよな。本当に入るのかよ……」

「勿論よ! ここまで来てやめるわけないでしょ。全速前進!」

「全速後退させてくれ! 頼む」


 マジで俺も参加しなくちゃいけないのかよ。

 嫌な予感と同時に俺はスマホに新たな通知がきていることに気がついた。Cursed Heroesからの通知だ。走りながらアプリを開き、お知らせ欄を確認すると、どういう訳か俺個人に運営からメッセージが届いていた。


「お、おい。俺に運営からメッセージが来てるんだけど」

「ふーん! なんか良いことあるんじゃない? どんな内容なの?」


 嫌な予感しかしねえぞ。実際にメッセージの内容を開いた俺は声も出せなくなっちまった。

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