第7話 ネットで知り合った女の子
非現実的としか思えないような猛烈な超常現象を体験した翌日、いつもどおりとしか表現しようのない月曜日が始まった。五月ももう十三日が過ぎたらしいな。
「おにーちゃんは今日も寝坊助! えーい」
「……ん? おわっ!?」
妹は入ってくるなり俺の掛け布団を思い切り引っ張りベッドから引きずり落とした。しかしここまではお兄ちゃんも想定済みだ。何せ毎日されてるからな。情け容赦ない妹は掛け布団さえも奪おうと小さい手で引っ張ってくるが、それでも必死に抵抗して籠城を続けていると、
「圭太! あんた本当にいつまで寝てるの! 早くしないと遅刻するわよ。あんたって子はどうしてこう毎日毎日言われないと起きないのかしらね! 由紀も学校に行く準備しなさい」
「はーい! ほらお兄ちゃん怒られたー」
突然やって来たおふくろという火山が噴火した。もう掛け布団っていう砦も役に立たなくなった俺は無条件降伏するしかない。
食卓にやって来た俺の前には新聞紙と睨めっこしながら一向に朝食に手をつけようとしない親父がいるし、これから食べ終わってダッシュで学校に向かうことも同じだ。
テレビを観ると、昨日の吸血鬼と餓鬼のことはニュースで報道されていないようだった。あいも変わらず行方不明者が増えてるっていうニュース特集ばかり。
今思い出してもゾッとする。化け物が現実に現れるなんて。何より昨日のことを警察に言わないとダメじゃねえのって考えつつ、頭がおかしいガキだと判断されかねない懸念もあり、一体どうすればいいのか分からなかった。
やっぱりというか、俺が学校に到着したのは正門が閉まるギリギリだった。HRも午前中の授業もいつもと変わらないし、昨日のことなんてまるで夢みたいに感じていた頃、沙羅子が背後からやって来た。ちなみに今は昼休みだ。
「ねえ圭太。この前南口駅前のカフェにいたらしいじゃん」
「あん? ああ……いたぜ。ちょっと野暮用でな」
「ふーん。女の子と一緒にいたんでしょ? 光慶の制服着てたらしいじゃん。何キッカケで知り合った人?」
後ろに突っ立っている沙羅子は突然ルカのことを聞いてきた。多分鎌田の奴が言いふらしてんだろうな。別にお前には関係ないだろって思ったけど、妙な誤解されちゃかなわない。怠そうに見上げつつサクッと答えてみる。
「ネトゲ関係の知り合いだよ。すげえ変な奴でさ。これといって話も弾むわけじゃないし、怠かったな」
「ふーん。そっか……。ていうかアンタ、その首どうしたの!?」
沙羅子が驚くのも分かる。だって俺の首には今包帯が巻かれているからだ。いや〜実はさあ、昨日の夜吸血鬼に噛まれちゃったんだよねー……って言って信じてもらえる可能性は、年末の宝クジで一等を引き当てるより困難な気がした俺は、
「いや〜実はさあ、ちょっと近所にいる野良猫を振り回して遊んでいたら噛まれちまったんだ。いつも遊んでやってるのに酷いよな!」
「え? アンタ近所にいる野良猫にそんなことしてんの。超ドン引き! 動物虐待じゃん!」
「……冗談だよ。ちょっと転んだんだ。そん時に切っただけだ」
「圭太のことだからマジだと思った! 昔からトロいんだから気をつけなよ」
「トロくなんてねえよ、ほっとけ!」
「……あ、あのさ。話は変わるんだけど、圭太に相談したいことがあるんだ」
沙羅子の奴妙に改まってんな。一体どんな相談を持ちかけようっていうんだ。
めんどくさい予感。
「何だよ? 金なら貸せねえぞ」
「違うよ。あの人のこと。後でチャットするから。お願いね!」
それだけ言うと、沙羅子はそそくさと俺の席から離れて女子グループに溶け込んでいく。口頭じゃ言えない相談って何だよ。ボーイッシュと言えば聞こえがいいが、アイツは俺から見てただ単に乱暴なだけにしか見えない奴だ。暴行事件とか起こして逮捕寸前か、星宮さんに本性がバレたかのどっちかだろう。
沙羅子の話も気になったが、昨日のことに比べれば大したことでもない。吸血鬼を殴りまくった感触とか、弓矢でやっつけたことが時折脳裏に浮かんできて、その度に俺はドキドキする。普通に生きてればあんな経験をすることはないだろう。
俺はスマホを取り出してCursed Heroesを起動させた。昨日の戦いを思い出していたら、アーチャーの基本ステータスを見てみたくなったからだ。細かいパラメータではなく、おおよそクラス毎のざっくりとしたデータ詳細がゲーム内にはある。アーチャーのデータはこんな感じだ。
=======
☆アーチャー
体力:B
精神:B
攻撃:A
耐久:C
速度:B
Cursed Skill:S
=======
以前もこのデータは目を通したことがあるんだけど、改めて見るとビックリする。ランクが高いほど強いってことなんだけど、アーチャーの耐久ってCしかないのか。自動車のドアをぶっ壊す程のパンチでダメージがなかったのに。じゃあ耐久A以上ってどんなタフネスなんだ?
ちなみにルカが使っているソードナイトのデータはこんな感じだった。
=======
☆ソードナイト
体力:B
精神:C
攻撃:A
耐久:A
速度:A
Cursed Skill:A
=======
全体的に能力値が高え。ただソードナイトは近距離戦しかできないっていう弱みがあるので、アーチャーやソーサラーといった遠くから攻撃できる存在のほうが役に立つこともある。それと、ソードナイトは状態異常攻撃を防げるかどうかを決める『精神』がCなので、混乱状態になって仲間を襲う危険性もある。
現実では決して混乱しないでくれよ、頼むぞ。もう関係ないけど。
体育の授業を終えて、六時限目が始まる頃にスマホが振動した。ゾクリと体が強張る。まさかまたモンスターが現れたっていう通知か。いやいや待て、もし通知が来たとしたって俺が行かなきゃならない義務なんて何処にもありはしないんだ。
右の首筋に疼くものを感じながら、俺はゆっくりとスマホをポケットから取り出して覗き込むと、一通のチャットが届いていた。ワガママお嬢様ルカからだと分かって、自然と深い溜息が漏れる。
今度は何だよ。
『昨日の怪我は大丈夫だった? あたし達は噛まれてもゾンビにも吸血鬼にもならないから安心しなさい。今回チャットしたのは他でもないわ。今日から毎日SNSでCursed Heroesをやってる人を見つけては、手当たり次第にダイレクトメッセージを送ってほしいのよ。そうすればフレンドになってくれる人も必ず出てくるわ! 完璧な作戦でしょ? じゃあお願いね!』
どこが完璧なんだよ。手当たり次第にダイレクトメッセージを送れって、そんなのただの出会い厨じゃないか。
吸血鬼……そうだった。大変なことを俺は忘れていたらしい。どんな映画や小説でも、吸血鬼に噛まれた奴って自分も同じく生き血を求める化け物になっちゃうんだった。
でも、ルカのチャットを読む限り問題ないらしい。本当かよ。マジで不安になってきた。まあゾンビに噛まれた時も大丈夫だったけど、英雄の呪いって何なんだ? ルカは肝心なところを教えてくれないから困るんだ。
それとこのネットナンパ的提案は是が非でも却下しとかないといけない。俺は五分もしないうちに返信した。
『パス。俺手当たり次第にメッセとかしたくないから。後はお前一人で頑張れ。健闘を祈る』
二十分後、数学の授業をただぼうっと聞いていた俺のスマホがもう一度振動する。お次は何だよ。テーブルの下からこっそりと確認すると、またワガママお嬢様からだった。
『ダメよ、ダメダメ、絶対ダメ! 検討を祈る暇があったら協力しなさいよ! 初めて会った時、あたしに付き合ってくれる約束したでしょ。こっちでもやるからとにかくお願い。それと今度アンタのバイト先に行くからね! 面接で』
俺は先生が早々と消してしまった黒板の字など全然気にならなかった。
まず驚いたのは、最初に付き合ってと言ったのは男女の云々ではなかったってこと。ゲームのことに付き合えってことだったのか。てかあの言い方は完全に間違ってただろ。アイツ気が強くて覇気がある感じだけど天然なのかな、もしくは不思議ちゃんかな。
まあどっちでもいい。問題は最後に書かれていた三文字だ。俺のバイト先に面接で来るだって? 勘弁してくれよ。俺はとりあえず適当にルカの言葉を受け止めつつ、店に来るのはやめろというような内容で返信をした。でもルカから返信は来ない。
あんなワケわからん奴がバイト先の同僚になったら困る。マジで。
だがルカはどうにも頑固な性格をしていると思われる為、学校終わりに今日はシフト休だったが喫茶店に行ってマスターに事情を説明した。絶対にルカを採用しないようにとゴリゴリに念を押す。今にも眠り出しそうなほどトロけた表情のマスターはウンウンと頷いていたが、本当に分かっているのか不安だ。
夕暮れの空にいろんな不安を思い描いては溜息をついて歩く俺は、ほとんど人気のなくなった駅にトボトボと入って電車を待つ。ベンチに腰掛けて暇つぶしにスマホを開いた。
「しょうがねえなー。ちょっとだけ協力してやるか」
俺は登録しているSNSのアプリを起動させ、タイムラインを開いて無数のユーザーが呟いている様をぼーっと眺めている。そういえば最近投稿してなかった。まあ反応してくれる奴なんて鎌田とか沙羅子とか、最近親しくなった高校のクラスメイトくらいだから、あんまり面白くもなかったんだ。
Cursed Heroesのことを呟いている奴なんているのかな。俺は虫眼鏡のマークをタップして、適当に検索をかけてみる。Cursed Heroes、Cursed、ch……思いつく限りの単語を入力してみるが、引っかかったものといえば海外のアーティストだったり他のゲームだったり芸能人だったり、全然違う奴ばかりだった。
ダメじゃん。というか、三百万ダウンロードしてるっていうのに呟く奴がいねえのかよ。どう考えてもおかしい気がする。今超恐ろしいイベントをしてるって時なのに、何でネット上に全然情報がないんだ?
やがて俺の最寄駅に向かう電車が到着した。貸切り状態になっている電車内で、角席に座った俺はもう少しだけ検索を続ける。
「ユーザー検索ならヒットするかな……」
呟いている奴がいないなら、今度はユーザーを検索してみるか。望み薄な感じだったけど、意外や意外。何人かはプロフィールでヒットした。なぜかは分からないけどちょっとだけホッとする。
さて、次はこのユーザー達にダイレクトメッセージを送信するって話なんだけど、はっきり言ってやりたくない。もしかしたらヤバイ奴がいるかもしれないじゃん? 自分から関わるようなことしたくないんだよね。それに俺自身が変な奴だって思われるのも嫌だ。
だから悩みつつも、淡々とユーザーのプロフィールを眺めているだけの作業になっていた。僅かばかりヒットしていたユーザーを全員見終わりそうなとこで、俺のスワイプしている右手が止まった。
「お……この人良さげじゃね?」
プロフィールの内容はこんな感じ。
ーーーー
めいぷる@ch
LJK3 落書き、ゲーム、Cursed Heroesやってます! クラスはプリーストで、現在フレンドさん募集中です! のんびりまったり勢ですがよろしくお願いします。無言申請失礼します。コミュ障で人見知り( ; ; )
地域:関東
ーーーー
簡易的なプロフィールだけど、この人ならダイレクトメッセージ送ってもあんま嫌がられない気がする。まあ実際送ってみないと分かんないんだけど。イラストが得意な人みたいで、Cursed Heroes以外にも沢山の可愛いゲームキャラクターのイラストが表示されていた。
とにかく俺は右上の歯車マークをタップしてメッセージ送信画面を表示させ、適当な内容の文章を作ってみる。一通でも送っておけばルカの奴に言い訳できるだろうし、この人だけで終わりにしてもいいだろ。
というか、もうメッセを送ったっていう事実があればいいやと思い始めた。参加する気のないイベントにこれ以上首を突っ込みたくないし。
さて、まず第一に俺は見ず知らずの人にネット上でメッセを送ったことがなかった。どんな文章がいいんだろう。「絡もー!」とか「良かったらお話しませんか?」とかかな。
いやいや! 違う違う。これはよくネットで叩かれてる出会い厨そのものだ。こいつキモいわーってスクショ付きで晒されるかもしれない! 俺はそんな奴にはならねえぞ。
もっと常識ある感じにしてえなぁ。「初めまして。同じくchをプレイしているケータでございます」……いや! これは妙に硬いし不自然だ。あんまり長文にしてもドン引きされそうだし。
悩んだ末に送った内容はこうだった。
『めいぷるさん初めまして! 俺もCursed Heroesをプレイしている者なんですけど、フレンドが増えなくて困っていたんです。もし良かったらフレンドになってもらえませんか? ご検討お願いします。迷惑でしたらこのメッセ無視しちゃって下さい。すみません』
けっこう長くなっちゃったけど、不審者感もなさそうだしまあいっか。よし、俺のやるべきことはもう終わったぞ。これでルカへの協力も終わり! Cursed modeにも二度と参加しない! 終了!
……とはならなかった。その日の夜にめいぷるさんから返信が来たからだ。
『ケータさん初めまして! 私も困っていたんです。フレンドになっていただけるなら、こちらからお願いしたいですー!』
おお! なんかいい感じの返信返って来たじゃん。じゃあやっぱりフレンドになるか。関東住みってことは……ルカとCursed modeにも参加できそうだ。待てよ、あんなヤバイことに参加させちゃっていいのか。良い筈がない。そっちを誘うのはやめよう。ルカの計画なもうどこの際知ったことか。
『返信いただけて嬉しいです! 良かった! では俺のIDを書きますからフレンド申請お願いできますか?』
画面にIDまで入力し終えて送信する。LJK3ってことは俺より二学年上だな、とか考えつつ突然部屋に乱入して来た妹とアクションゲーム対戦プレイをして散々負けた後、風呂に入って宿題に手をかけた時に返信がきた。
『圭太さんですよね? 申請しておきましたー。あ、それとお聞きしたいことがあるんですけど、Cursed modeには参加されていますか? 私、本当は参加したいんですけど、とても一人じゃできなくて』
あれ? この人Cursed modeに参加したいとか言ってるぞ。まずいって。昨日経験した俺が言うんだから間違いない。ルカの思惑とは真逆になってしまうが、これは止めておくに限る。
アプリにログインしたところ、確かにめいぷるさんからフレンド申請がきていた。直ぐに承認し、SNS側から返信を送る。
『申請ありがとうございます! 先程承認しました。Cursed modeには昨日参加させられてしまいましたが、あんなものやらないほうが身の為ですよ。実は殺されかけたんです、俺。だからゲームの中だけで楽しみませんか。これからヨロシクです!』
ここまで書いておけば普通の女の子はビビって挑む気になれないだろう。
もうやり取りすることはないかもしれないと思っていたが、めいぷるさんからの返信は十分もしないうちに来た。丁度宿題をやり終えてベッドに寝っ転がった時で、鎌田かルカ又は沙羅子のお悩み相談と思っていたんだが。
『そうなのですね。やっぱり怖い……。でも私、どうしても参加したいんです。いきなりすみませんが、直接お会いして聞かせてもらってもかまわないでしょうか?』
信じ難い返答が来た。殺されかけたと言ったのに、どうしても参加したいって。一体どういう事情があったらそんな考えに到達するんだろうか。直接会ってと言われても、俺ネットで知り合った人と会うなんて初めてだし。
でも、正直言うとちょっとだけ会ってみたい。なんかプロフィールを見ている感じだと、可愛いし。
『直接会ってですか? じゃあ、今度の金曜日とかどうっすかね? 南口駅前に午後五時とか』
『分かりました! ありがとうございますー。南口駅前ですね。よろしくお願いします!』
待ち合わせが決まってしまった。めっちゃ可愛い女の子だったらどうしようといらんことを悩み出している自分がいる。悶々としてなかなか寝つけず、脳内は完全に当初の目的を忘れてピンク色の妄想が広がっちまった。
そして、亀が歩くような速度で時が流れた後、やっとのことで金曜日になった。
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