第19話 悪魔王との戦い

 自分でも何だか分からないが、俺は今星宮の別荘内にあるガレージに入っていた。


 入っていた……という変な表現をなぜ使ってんのかと言うと、途中から自分が何処にいるのかさえ解らないままただ走り続けているからだ。


 確かにガレージだったはずの空間には、急勾配の地下トンネルみたいな通路があって、刀を持った星宮から逃げる為に俺はそこに入り込んだ。奴はずっと笑っていたり、時折俺の名前を呼んだりしながら距離をあけずに追いかけてくる。電波が入らないからインストールもできないだろう。こいつはやばい。


 テレビ局でお偉い人達を斬り殺して、機動隊のお兄さん達をもれなく殉職させた星宮は、まるでこの状況を楽しんでいるとしか思えない。どうやらマスコミの連中も殺していたらしく、さっき見た死体の山にはスーツを着た連中も混じってた。


「そうそう! そのまま真っ直ぐに進んで下さい圭太君。後少しでいいものが見れるからねー」

「う、うるせえ! このイカレ野郎! 来るんじゃねえ」

「ははは! 私がイカレているだって? 勘違いというものですよそれは。私がイカレているとするなら、人間なんてみんな狂ってます」


 何の説得力も感じない軽口を背中に受け止めつつ、俺はトンネルを突き進む。やがて両サイドに牢屋のような物がいくつも現れて、中には椅子に座っていたり吊るされていたりしている人々がいた。誰もピクリとも動かない。

 死んでるのか、全員。足が止まりかけた。


「マジなのかよ……ここにいる人達は、まさか」

「察してくれましたか。そうですよ、ここにいる死体はみんな行方不明になっていた連中です。拉致していたのは私と、私が雇っている会社の連中です。こうやって拷問にかけて一人一人と綿密なコミュニケーションを図ることが私のアフターファイブでした」

「な、なんてこった。アンタが犯人だったってのか!」


 振り向くとうっすら星宮の姿が見えたので、俺は焦ってまた走り出した。喜べよ鎌田、お前が教室で言ってた推理は的中していたぞ。今の俺からしたら最悪な真実だったけどな。


 なおも走り続ける俺の前に、今度は両脇にずらりと並べられた棚が現れた。洞窟みたいな内装とはミスマッチのそれは、直視しているだけで吐き気と目眩をもよおしてくる。


「嘘だろ……これって……」

「私の秘蔵のコレクションですよ。是非とも君には見せておきたかったんです。そして君は、もっとも私のお気に入りになるでしょうね」


 棚には今まで殺した人間の首が並べられていて、腐らないようにホルマリン漬けにしている。しかもご丁寧に一人一人名前を入れてやがる。俺はもう精神が擦り切れるどころかレッドゾーンに達していて、発狂寸前になっていたところに、


「う、うわああー! なんて奴だ! なんて……!?」


 まだ空白の箇所にあったネームプレートが目に止まる。そこにははっきりと俺と沙羅子の名前が書かれていた。

 沙羅子の首はない。まだ殺されていないと信じたい。


「おっと。そこはまだ完成してないんですよ。喜びなさい。寂しくないように、君の隣にしておいたんですから」


 星宮の声に気がつきもう一度俺は駆け出した。やっとのことで広い部屋に出たんだが、どうやらここで行き止まりらしい。灰色のコンクリートに包まれた空間は体育館よりずっと広く、天井に幾つもあるライトが全体を照らしていた。沙羅子はいない上に、ここには何もない。


 俺はフロアの中心まで来て振り返る。もう逃げ道はない。勘弁してくれよ、こんなところで人生を終えるしかないのかよと、絶望の中で叫び声をあげそうになった。


 そんな時ふと一つの考えが頭をよぎる。ただの予想だけど、星宮は今完全に人間ではない悪魔になっていて、恐らくはCursed Heroesのレーダーにも検知されているんじゃないか。奴は一時期何らかの方法で電波を遮断できていたが、機動隊を襲撃していた時はもう電波が通っていたはず。


 だとしたら、星宮を狩るためにプレイヤーがこっちにやって来ていてもおかしくはない。もし時間を稼げれば、俺にもまだチャンスはあるんじゃないだろうか。だから、なるべく話を続ける努力をしようと考える。


 それに、どうしても知りたいことが残っているしな。星宮は刀を右肩に乗せて悠々と部屋に入って来た。左手に持ったリモコンをいじったような仕草をした後、奴の背後にシャッターが降ろされる。万が一でも逃がさないように。


「て、てめえ! 楽しいのか、こんな真似をする意味があるのかよ! 沙羅子は今何処にいるんだ?」

「逃げ場が無くなってしまいましたね。楽しいですよ。半分は趣味ですが、半分は必要だからやっています。私はね、元いた世界では国を治めていたんですよ。悪魔達の王です。でもそれは長く続かなかった。せっかく築き上げた理想郷を人間という愚かな生き物に壊されてしまったんです。せっかく飼い慣らしてやったのに私を裏切るなんて……糞以下の存在ですよ。全くね」


 星宮は何だか楽しそうに話している。過去の栄光ってやつなのか知らないけど、ちっとも楽しい話題じゃないな。飼い慣らしていたっていう表現が胸糞悪い。


「お前が王だったって言うのか? 元いた世界ってなんだよ! ゲートから出てきたはずだろ……どうして討伐されてないんだ?」

「世界に名前などありませんから、この場合説明するのが少し難しいですね。話せば長くなりそうです」


 そうだ。長い話をしてくれよ。それだけ俺が生き延びるチャンスが上がるからな。


「人間に倒されてしまった私は、一度は地中深くに封印されてしまいました。ですが人間の中でも物好きな奴がいるんですよ。興味本位で私を封印から解放してくれました。とっても感謝しましたよ、殺しちゃったんですけど。あはは! そんな時にゲートが現れ、この世界に呼ばれたのです。いや〜驚きましたよ。文明が全く元いた世界とは違っていて、もう見るもの全てが衝撃的でした」


 こいつのいた世界っていうのは、俺達の世界より文明が遅れているのか。


「私を呼び出した者はこう言ったんですよ。この世界を変えてやる為に、是非とも君の力を借りたいとね。普段なら人間の頼みなど露ほどもきかない私ですけど、面白い男だったから協力することにしました。会社とやらを立ち上げたり、裏では人間を拉致してはここで拷問を続けていたんです。負の力を高めていくために必要なことでした。まあ、半分は楽しくて仕方なかったということもありますけど」


 どうやら吸血鬼やクリーチャー達とは違って、ある男に望むべくして呼ばれたってことらしい。そんなことってあるのか? どうも理解に苦しむけど、そいつのことは後回しにしよう。もっと説明がいるワードがある。


「負の力? なんだよそれは」

「私達悪魔や悪霊、あらゆるダークサイドの存在にとっての恵みの力とでも言いましょうか。負の力が高まるほど我々はこちらで活動することができる。ゲートもより大きく、より沢山出現させることができるんです。スマホを見てごらんなさい」


 言われるがままに俺はスマホを取り出した。今は電波が通らないが、地上にいる時に一件着信していたらしい。


「……モンスター出現中?」

「実はね、先程暴れていた時と丁度同じタイミングで、都内で一つゲートが出現していたんです。私もさっきレーダーには映っていたでしょうが、恐らく見向きもしないでしょうね。だって今ゲートに出現しているのは、途方もない数のレアモンスターばかりなんです。ランキングで上位に入る為には必須でしょう。つまり何がいいたいのかと言うと、みんなゲートに出現したモンスターにかまけて誰もあなたを助けには来ないという話です。時間稼ぎなんて無意味だということ。お解りですか圭太君」


 これはまずい。星宮には俺の考えはお見通しだったらしい。何処までも人を弄ぶことが好きな奴だ。これには流石に焦っちまった。


「く、くそ!」

「さて、今度こそ逃げ場はありません。君だけは殺しておかないと大変なことになると、カイに念を押されていますからね」

「カイ……あ、アイツか! じゃあお前を呼び出したっていうのは……」


 覚えている。ランスロットに渡されて見たUSBの中にあった動画で、小さな女の子が動画の主を呼んでいた。確かにカイって名前の奴だったんだ。


「おや、ご存知なんですか? それは意外でしたが、まあ気にするほどじゃありません。じゃあ……首をもらいます」


 星宮の真っ赤な目が輝きを増し、体を包む黒い瘴気みたいな奴が吹き出し始める。汗が吹き出して寒気がしてきた俺は、猛獣にバッタリ出くわした羊みたいになっちまった。


 星宮がこちら目掛けて走ってくる。悪意の微笑を浮かべながら振り上げる刀をどちらに避けようか考えている暇もないくらい奴は早かった。刀身が目の前に迫って来た時大気が震え、強烈な爆音と同時に俺達は吹き飛ばされていく。


「う、うわああー! ……あ?」


 すげえ勢いで向こう側にあったシャッターが吹き飛ばされ、続けざまに飛んで来た光弾みたいなものが星宮の背中に命中した。勢いよく爆発が巻き起こり今度は奴と俺が吹き飛んだ。俺は精々が数メートル程しか飛ばなかったが、直撃していた星宮は俺を超えて反対側の壁付近までぶっ飛んでいったようだった。


 天井のライトを見つける俺の耳に、聞き覚えのある声が聞こえる。


「失礼。ノックが強すぎたみたいだね」


 立ち上がって振り向くと、どっかで見覚えのあるウィザードの服装を着た長身の男が優雅に歩いてくる。


「ら、ランスロット!? お前どうして……」

「遅くなってしまったね圭太君。以前君にキスできるくらい近づいたのは、何もUSBを渡したかっただけではなかったんだよ。右のポケットを見てごらんよ」

「右のポケット? ……これって!? もしかして」

「まあ、GPSみたいなものかな。ちょっと友人から借り受けていてね」


 こ、この野郎……。何スパイみたいなことしてんだよ! ていうかそんなもの何処で手に入るんだ? 質問しようかと思っている矢先、ずんずんと歩いてくる奴が俺の隣まで来て一言、


「星宮……あなたを倒しにきたわ。覚悟しなさい」


 ルカが変身しているソードナイトだった。月のような肌がいつもより冷たそうに見える。


「おやおや……これはこれは。姫君ではありませんか。お久しぶりですね」


 壁に背中を寄りかからせて立ってる星宮が、またよく解らないことを言いやがった。姫君? このワガママ女が?


「へ? お前何言ってんの?」


 突っ込まずにはいられない俺。


「アンタは気にしなくていいわ。せっかくのレアモンスター討伐を諦めて助けに来たんだから、感謝しなさいよね!」

「ま、まあ……感謝はしてるけどさあ」

「星宮、今からアンタをギッタンギッタンにしてやるわ! 圭太! いつまでその冴えない格好でいるつもり?」

「いや、俺ここじゃダウンロードできねえし」

「電波が通じなくても、もうアンタはアーチャーになれるのよ。それは呪いなんだから。さっさとインストールして参加しなさい!」

「圭太さん、ルカさんのおっしゃってることは本当ですよ。早く!」


 背後から猫のような声が聞こえたと思ったら、プリーストに変身しているめいぷるさんだった。俺は頷きつつCursed Heroesを起動してみる。電波がないはずの場所で、本当にログインができている。


 そして、Cursed mode専用インストールが始まった。


「ま、マジかよ……本当に始まりやがった」


 インストールは以前よりも早く終了し俺はアーチャーになった。これなら逃げる必要はない、正面から戦ってやる。


 だが星宮はまだ余裕の笑みを浮かべたままだ。状況は圧倒的に不利だっていうのに、どうして焦らない?

 答えは直ぐに分かった。

 奴の兵隊と思われる連中がゾロゾロとやって来たからだ。


「舐められたものですねえ。私は王だったのですよ。自分だけでこの世界にやって来るはずがないでしょう。追い詰められてるのは私じゃない。……貴様らだよ。でも安心していいぞ。生け捕りにしてたっぷりと可愛がってから殺してやるからな!」


 俺達の背後からやって来たのは、オークやスケルトンに鎧騎士、魔犬や吸血鬼という怪物集団だった。つまり、星宮がこちらに召喚された時、一緒にゲートからやって来たってことなのか。


「きゃああ! モンスターがこんなに」と震えるめいぷるさん。

「何処に隠していたのだか。これでは分が悪いね」


 ランスロットはため息混じりに化け物どもを眺めている。でも、集団戦なら俺だって役に立つはずだ。Cursed Skillさえ使えれば一瞬でカタをつけられる。それに、今右手に握られている弓は、新しく獲得した最高レアリティの武器だ。


「だ、大丈夫だ! ルカ、星宮の相手をしておいてくれ! 雑魚は俺が片付ける」

「やっと乗り気になったの圭太? 解ったわ。そいつらを倒したら加勢してちょうだい。ようやく見つけたんだから、ここで必ず倒させてもらうわ……星宮!」


 ルカは星宮に向けて走り出し、ランスロットはその場を離れず杖に魔力を込め始める。めいぷるさんも同様に杖を構えてルカを追いかけ、俺は走って来た魔犬に弓を向けた。星宮の余裕に満ちた声が聞こえる。


「かかって来いよ小娘。ジワジワとなぶり殺しにしてやらあ!」


 俺にとって最初のボス戦が始まった。

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