第29話 俺はあいつを友人だと思っていた
真っ暗になった世界で何かが揺れる。
一定間隔で揺れる小さな地震で、俺はやっと目を開けた。
「ん……あ、あ……あ?」
「圭太さん! 起きたんですね! ルカさん、ランスロットさん!」
俺を見下ろして涙を溜め込んでいるめいぷるさんが見える。何だろうこの景色は。めいぷるさんの顔よりも胸のほうが近くに見えるんだが。
「圭太! もう少し寝ていなさい。しばらくは大丈夫だから」とルカの声。
「そのとおり。事は上手く運んでいるんじゃないかな」
ランスロットの声が聞こえたあたりで、俺は起き上がろうとしたがちょっと戸惑っちまった。多分ここは車の後部座席で、俺はめいぷるさんの膝の上で寝ていたらしい。
「……どうなってんだよ一体? あれ? 怪我が」
いつまでも膝の上で寝ていたら申し訳ないので、やっぱり俺は上半身を起こした。めいぷるさんの左側にずれて前をみると、運転席にランスロットがいて助手席にルカがいる。
「圭太さんの怪我は寝ている間に治療しておきましたから、もう心配ないですよ。ルカさんも、お話ししていたとおりの峰打ちでした」
「へ? 峰打ち?」
めいぷるさんの言っていることがよく解らなかったことを察してか、ランスロットが話を引き継ぐ。
「君が死んだと見せかけたんだよ。ルカさんの一撃は上手く急所を外して君を気絶させた。正直峰打ちじゃないけどね。ギリギリ死なないレベルの一撃だったのさ。そしてターゲットが死んだと見せかけてプレイヤー達を引きあげさせ、僕らは隠しておいた車で逃げている途中ってわけなんだ」
そうか。めいぷるさんがいれば、確かにほとんどの傷なら完治させられる。でも、正直無茶苦茶だな。
「じゃあ……俺を殺すっていうのは嘘だったのか」
「本当だったほうが良かったわけ? あたしが仲間を手にかけるわけないじゃん。失礼しちゃうわ」
助手席から聞こえる声は、いつもの感情の起伏に富んだルカの声だった。こいつらが裏切ったりしない奴らで本当に救われた気がしたが、どうも面と向かって礼は言い難いんだよな。いつになく深い溜息が出た。
「おっと圭太君。まだ安心しないでくれよ。あくまでも一時的にしか誤魔化せていないんだ。今頃彼らも気がついているはずだよ。君がまだ生きてるってね。ターゲットが死んでいるのに、レーダーの反応がいつまでも残っていたら誰でも勘づく。だからこうして逃げてるんだ」
「逃げてるって……今何処を走ってるんだ?」
外の景色を見る限り、どうやら高速道路を走っていることは解るけど。
「あたしたちもはっきり解んないわ。とにかく高速道路をずっと走っているわけ。市街地に出ちゃったら、近くに住んでるプレイヤーが襲ってくるでしょ? 後一時間こうやって時間を稼ぐのよ。そうすればイベントは終わって、アンタは狙われなくなる」
そうだった。Cursed Heroesは何処の地域だって遊んでいる奴がいるはずなんだ。イベント時間切れの一時まで何としても逃げ続けなきゃいけない。辺りの景色がやけに早く感じたので違和感を覚えた俺は、
「逃げ切れるかな……なあランスロット。ちょっと早すぎねえか? 今って何キロ出してんだ?」
「えーと……200キロ超えてるね」
「は! に、200キロぉ!?」
目が飛び出そうになるくらい俺はビックリした。隣のめいぷるさんが気のせいかソワソワしていた理由はこれか。よく見れば車内はけっこう狭いし、スポーツカーか何かか。
「早すぎだろ! もうちょっとスピード落とせよ! 完全にスピード違反で捕まるだろうが!」
「ダメよ! スピードを落としちゃったらプレイヤーに追いつかれちゃうわ。ランスロット、このままかっ飛ばしなさい!」
「なんて恐ろしい指示を出しやがる。追いつかれるわけないだろ」
「今のあたしだったらこの速度でも普通に追いつけるわよ。アンタを担いで逃げるのは面倒だから車にしたけどね」
そういえばまだ女騎士の格好してるな。流石ソードファイターだけあってスピードは段違いか。めいぷるさんとランスロットもどうやら変身したままらしく、生身に戻ってんのは俺だけみたいだ。
「まあ、事故っても僕らは死なないからね。圭太君だけだよ昇天するのは。はっはっは」
「笑い事じゃねえよ! ていうかランスロット……お前やっぱり高校一年じゃなかったんだな」
「ん? どうしてそう思うんだい?」
ランスロットは不思議そうな声で問い返してくる。だってそうだろうよ。
「お前車運転してるじゃねえかよ。普通自動車の免許を持ってる時点で、お前が一六歳ってことはないだろ」
「ああ、そうか。確か試験が必要なんだったね。僕は免許を持っていないよ。必要かな?」
「な……お、お前……ちょっと……」
絶句した。つまりこういうことか。無免許で運転している奴が200キロを出している車に、今俺達は乗っているわけだ。急激に落ち着きがなくなってくる。というか、このままじゃやっぱり死ぬ。
「今すぐ俺とめいぷるさんを降ろせ! どう考えてもヤバイってこれ!」
「僕の運転はたしかだから安心しなよ圭太君。うん? 何か遠くのほうから車が来ているようだね。プレイヤーかな?」
「あれは……アホか! プレイヤーじゃなくてパトカーだ!」
「任せてくれ。振り切ってみせよう」
「任せたくねえ! ルカ、何とかしてくれ」
ルカは後ろ姿を見る限り平然としていて、何にも気にしていない様子だったが、一つだけ妙な行動を取っていた。
「大丈夫よ。ランスロットは運転のプロよ。それよりもさ、もう溜まったわけ?」
「もう少し必要だよ。やれやれ、どうしてこんなM男のような行為をしなければならないのか……」
ルカは剣の鞘でちょくちょくランスロットを叩いている。思い切りというわけではなく、あくまでも我慢できる程度のものだとは思うけど、何でやっているか全く理解できない。
「ルカ……お前なんでランスロットを叩いてんだ?」
「あたしね。定期的に誰かを痛めつけていないと我慢できない病気なの。禁断症状が出ると誰彼構わず斬っちゃうのよねー」
「滅茶苦茶怖いこと言ってんなお前!」
「冗談よ。これは必要だからやってることなの。アンタは気にしなくて大丈夫よ」
「気にするわ! 無免許運転な上に運転妨害までしてんじゃねえか! 頼む。もういっそ捕まってくれ。死ぬよりマシだ」
なんてことだ。今日はずっとハラハラしっぱなしじゃねえかと考えていたところで、スマホが振動して俺は飛び上がりそうになった。こんな時に一体誰だっていうんだ? しかも通話だ。
最初は沙羅子だと思った。次に考えたのは鎌田だが、どちらでもなく意外なやつからの電話だったんだ。
「……もしもし」
『ああ、圭太君。ごめんね、こんな夜遅くに電話しちゃって』
またため息が出る。なんでこんな時に影山から電話なんてくるのか。
「何の用だよ、影山」
『んー……。なんて言えばいいのか。君に謝らなくちゃいけないことができちゃってね』
「謝らなくちゃいけないこと?」
『そうなんだよ。僕としたことがさ。間違えちゃったんだ』
何の話をしてやがるこんな時に。俺は頭の中が徐々に沸騰してきた。普段ならこんなにイライラしないんだが今日は別だ。
「間違えたって何がだよ? 俺は今忙しいんだ。悪いけど明日学校で聞くから、」
『間違えて殺しちゃったんだよ。君のご家族をさ』
数秒の間俺は言葉が出てこなかった。真っ白になった頭で、パトカーに追われている景色を見ながら考える。冗談、きっと冗談に違いない。
「お前一体何言ってんだ。つまんねえこと言ってんじゃねえ」
『うん? 僕の言葉が信じられないか。まあそうだよね! この際だから正直に言うよ。僕も君と同じCursed Heroesのプレイヤーで、ずっと前からゲームをプレイし続けていた。神社で戦った時も僕はいたんだけどね。君、気がついてなかったでしょ』
影山がCursed Heroesのプレイヤー? 今のいままで聞いたことなかった。ランスロットが言っていたのは影山、お前だってことなのか。
「…………」
『さっきさ、圭太君だと思ったんだよ。僕もつまんないミスしちゃうよね。君の妹さんとお母さん……殺しちゃった』
「……嘘だろ? なあ」
信じたくなかった。影山が俺の妹とおふくろを手にかけるなんて。あるわけないと心の底から思いたかった。
『嘘なんてついてないし、これはつまらない冗談でもないんだ。ねえ、帰ってきなよ。そうしたら解るって! 僕は今どうしても君に会いたいんだ。今は警察がマンションに溢れかえってるよ』
スマホを持つ手が震えた。周りの景色も何もかも気にならない。とにかく家に帰りたい衝動に駆られる。妹とおふくろは死んでいないはずだ。早く二人の顔が見たい。
背中が冷たくて汗が止まらない。
「ケータさん?」
めいぷるさんの声が聞こえたが、俺は返答もできずに固まっている。気がつけばルカが振り向いてこっちを見つめていた。気の強い普段とは違う、何か心配そうな瞳。
『……ごめん圭太君。僕は一つだけ嘘をついちゃってた。実はね、間違えて殺したんじゃなかったんだよ。わざと殺してみたんだ。だって生身の人間を殺せる機会なんてなかなか無いじゃん! どういう方法で殺したか知りたいかい?』
「影山……お前」
電話越しでも笑い声を上げているのが解る。こいつは同じ人間なのか、もしくは悪魔なのか。
『実は恨みもあったしね。君は僕の先生を殺しちゃったんだから。まさか忘れたわけじゃないよね?』
「は? 先生って誰だよ。俺は誰も殺したことなんてねえ! 教師だろうが何だろうが、」
『ああごめんごめん! 教師っていうのとはちょっと違うんだ。僕にとっての恩師みたいなものかな。世間じゃ行方不明って話だけどさ。僕はもう知ってるんだよ。星宮先生を殺したのは君だって』
星宮……先生? あの本物の悪魔と影山が仲間だったのか。バックミラーにパトカーが映っている。少し後ろに何か小さな赤い物が薄っすらと見えた。
『僕は彼とは凄く親しい仲でね! まだまだ教えてほしいことが沢山あったっていうのにさ。さて、どうする? 戻ってくるかい』
「…………」
『もう何が何だか……って感じかな? じゃあもういいよ。追いついたし』
後ろで爆発音が鳴った。混乱した俺が後ろを振り向くと、追いかけていたパトカーが火だるまになって踊るように動き回った後に防音壁に激突した。
あっという間に赤いスポーツカーが俺達の真横に追いついたかと思うと、左ハンドルを握っていたのはさっきまで俺を襲っていたハンマー野郎で、後部座席の奥に見たことのある顔が映っていた。
「か……影山! お前!」
めいぷるさんの姿に隠れてはっきり見えない顔を凝視していると、後部座席手前に座っていた赤いフードを被った奴が俺たちをガン見していることに気がついてハッとする。
「やべえ! ランスロット」
「ん? どうした圭太く、」
ランスロットの声と赤いフードの目が光ったのは同時だった。さっき俺の部屋を思い切り爆破した魔法が、今度は車が飛びあがっちまうくらいに吹き飛ばしてしまったんだ。
「きゃああー!」
「う、うああ、ああー!」
めいぷるさんと俺の悲鳴が車内に響き渡っている中でも、ランスロットはいやに冷静な感じだった。ルカは衝撃で前方に飛び出した俺を掴んで引き寄せる。タイミリミットが来たのか、変身が解けてルカは元の姿に戻っていた。
「大丈夫圭太!? ランスロット! まだなの?」
「丁度溜まったよ。始めよう」
俺たちを乗せた車は防音壁すらも飛び越えてぐるぐる回りながら落下していく。無数の魔法陣が視界に見える中、今度こそ人生の終わりを覚悟していた。今度こそ死ぬかもしれない。
忘れられなかったのは、一瞬だけ見えた影山の卑しいニヤケ面だった。
結論から言うと俺は死ななかった。今度もまた知らない天井を見上げて呆然としている。老廃化してひび割れたコンクリートの殺風景な部屋の中で寝っ転がっていた。見事なまでに灰色の世界だ。
「こ……今度は何だよ。ここはどこだ?」
「僕の家だよ」
上から声がしたような気がして顔を上げると、コーヒーカップを片手にファッション誌に出てくる俳優みたいなポーズで立っているランスロットがいた。少し後ろからめいぷるさんが黒い髪をなびかせて走り寄って来た。
「ケータさん! 今度こそ死んじゃったのかと思いました。良かったですお二人とも無事で」
「……はい? お二人ともって」
ふと体の左側に何か重いものが乗っていることに気がつく。長い髪といつもより華奢に見える体。ルカが眠ったようにじっとしていた。あの爆発で吹っ飛んでいた瞬間、こいつは俺のことを守ってくれたらしい。また借りが増えちまったな。
「彼女はまだ気絶しているようだけど、見たところ大丈夫さ。それとここに来ればもう安心だよ。周りを見てごらん」
俺はルカからそっと離れて立ち上がると、ただっ広い部屋の中を見回した。部屋自体は30平米くらいの1Kだが、ベッドと床にある魔法陣以外特に何もない。魔法陣は部屋の床全体に描かれているようだった。
ルカがランスロットを叩いていたのは、奴のCursed Skillゲージを溜める為だったのか。ゲージは攻撃するか、もしくは攻撃を受け続けることで溜めることができる。そして溜まってからエスケープを使用してここまで飛んだわけか。
「Cursed Heroesのレーダーはね。ゲート、モンスター、プレイヤーの三種類を表示させるように出来ている。この魔法陣は一時的に僕らの存在を隠すことができるんだ。時間は短いけど、まず見つかることはない。コーヒーを入れたから寛いでくれ」
「待ってくれよ。じゃあ最初からここに来ていれば良かったんじゃないのか?」
ランスロットはコーヒーカップを口に運ぶと、苦笑いをしながら首を横に振って、
「君を匿っていることが奴らに見られる恐れがあった。別にバリアってわけじゃないからね。踏み込まれたらお終いなんだ。この家は特定されてない自信があったけど、念には念を。あり得ないくらい遠くから瞬時に移動すれば流石にバレないと思い、ルカさんと決めた作戦さ」
俺は二、三歩忙しなく家の中を歩き、今後のことを考えようとした。影山の言うことが本当だったら俺は。吐き気すら感じる現実が待っているかもしれないけど、それでも確認するしかない。
めいぷるさんは焦る気持ちが分かっているらしく、歩み寄って優しく両手で俺の右手を包んだ。
「今急いではいけませんよ。後三十分経てばイベントは終わりです。もうケータさんは狙われません。そうしたらすぐにお家に向かいましょう」
「……はい」
はやる気持ちを抑えつつ俺は頷き、とにかく時間が過ぎるのを待った。三十分が三時間くらいに感じられる中、やっとのことでルカが目を覚まし、寝ぼけ気味に俺に飛びついてくる。
「圭太! アンタ本物? 圭太なの!?」
「どう見ても俺だろ。顔洗ってこいよ」
「良かった。そのツンデレ感はやっぱりアンタね。多分そろそろ時間でしょ? 帰るわよ」
「俺はツンデレじゃねえって! もう大体終電終わってるかもだな」
「タクシーにすればいいじゃない! ほら、早く行きましょ」
ルカに連れられて俺とめいぷるさんはマンションを出ると、直ぐに捕まったタクシーに乗り込んだ。それにしても絶妙なタイミングで捕まえるなと感心していると、ランスロットがボロマンション二階の窓から手を振っていた。
帰り道は三人とも特に言葉を交わさなかった。雑談なんてできる空気じゃなかったし、喋る気自体なかったから。運転手のおっさんすらも寡黙だった。一番最初に俺が最寄り駅に辿り着いて降りる。
「圭太。どうなったか、後で教えてね」
「ああ、ありがとうな。めいぷるさんも、今回ホントすんません」
ルカの言葉とめいぷるさんのお辞儀に手を振って応え、俺は家まで走って行った。マンション付近では今も野次馬が集まっていて、報道陣とか警察の車でごちゃごちゃになっていた。
俺は四階に辿り着いて、破壊されたドアの向こうへ歩いて行く。
「圭太! お前無事だったのか!? どうしていたんだ今まで?」
中に入っていた警察の人達よりも早く親父が気づいて、俺に駆け寄ってくる。こんなに汗をかいている親父をみるのは久しぶりだった。両肩を揺らされた俺は力なく頷いて、どうしても知りたいことをまず聞いた。
「暴漢に襲われて逃げてた。あ、あのさ……おふくろと由紀は?」
必死さに溢れていた親父の顔が急にシュンとなった。部屋のリビングは荒れ果てている。どうしてもはっきり答えを言わないことに焦った俺は、警察の人に構わず歩き回った。
二人の姿はない。ただ、床に二つの真っ黒な跡だけが残っていた。まるでおふくろと妹の姿をそのまま焼き移したような、奇妙な跡だけがそこにあったんだ。
俺はガックリと膝から崩れ落ちて、しばらく何も考えられなかった。警察の人がしきりに俺に話しかけてくるが、答える気力さえ出てこない。
「影山……あの、野郎……」
俺は小さく呟いた。もう戻らない時間、戻らない家族。
涙も出ない状態でボーッとしたまま、ただただ影山の名前を口ずさみ、しばらくしてから警察に事情聴取をされることになった。
俺はCursed Heroesのことも影山がやったってことも、知っている限りは全部言った。ただ、刑事さんは首を傾げたままで、やっぱり信じてもらえないんだって悟る。その日は学校を休んだ。誰も文句は言わなかった。
次の日になって俺は、影山に会う為だけに学校に向かった。
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