第36話 幽霊駅に現れたゲート

『俺達今日幽霊駅に行くんだ。お前最近暇なんだろ? 一緒に行こうぜ!』


 六月十三日木曜日。古い付き合いの友人である鎌田から、唐突なチャットが来たのは午前中のことだ。いきなりブッとんだ誘いだけど、コイツの場合珍しいことじゃない。

 とりあえずお断りのチャットを送信した。


『俺は勉強が忙しいからパスだ。大体都内に幽霊駅なんてあるのかよ』

『何だよ。最近マジで付き合い悪くねー? 都内じゃなくて、ちょっとだけ市内になるんだけどさ。動画UPしようと思ってんだよ。もしかしたらすげえ金になるかもしれねえじゃん』


 肝試しなんてこの梅雨空の時期にやるものかね。しかもお金になるなんて到底思えないんだが。


『心霊スポットとかの肝試しとか、他の奴らだってやってるだろ』

『へへ! みんな工夫が足りてねえんだよ俺は編集のプロだぜ。すげえヤバイ画像をサムネイルにして、タイトルとかも明らかに何か事件が起こりました的な感じにしちゃえば再生数伸びまくりだ。圭太、今なら友人特典でタダ乗りさせてやるぞ』


 だから、画像を盛ったりタイトルを工夫したりするのもみんなやってんじゃんと突っ込みたかったが、鎌田の奴は頑固だからやめておいた。


『断る。せいぜい頑張ってくれ』

『ちぇ! サムネの画像はお前か沙羅子にしようと思ってたんだけどな』


 一瞬チャットの文章を見て固まってしまう。沙羅子を? 一応確認はしなきゃいけないと思って、


『お前沙羅子を連れて行く気かよ? ちょっと前に拉致されたりした奴だぞ! マジでやめとけよ』

『いやー、だってよお。沙羅子のほうから参加したいって言って来たんだぜ』


 信じられん。あれだけ怖い思いをした沙羅子が自分から?

 鎌田のチャットは続く。


『一度怖い思いをして辛いから、そういう所に行ったら克服できるかもしれない。とか言うもんだから、俺もいいかなと思ったんだ。一応止めたんだぜ』


 本当かよ。ショック療法みたいなことを自分で考えたっていうのか。何もなきゃいいんだけど。


『じゃあ、そんなワケだからよ! 圭太には俺の動画教えておくから、コメントとかマイリス宜しくな!』

『ああ、分かった分かった! チビったりしないように気をつけてな』


 鎌田の奴、オカルト好きがだいぶこじれて来ている気がする。あんなに見た目スポーツマンなのに、どうしてそういうネタばかりを追いかけているのか不思議だ。

 チャットしてた時は、俺はさして気にもとめてなかった。




 夕方になって、俺はタクシーに乗り込み後部座席で都内の風景を眺めていた。助手席にはルカ、隣はめいぷるさんに一番奥はランスロットという順番だった。


「なあ、パトロールってどういうこと?」


 俺の問いかけに、助手席でスマホをいじっているルカが反応する。


「そろそろだと思うのよ。Cursed mode一周年記念イベントが、三日もトウキョウで開催されない筈がないわ! もうちょっとでモンスター達が現れる筈だから、先手を打って街中を周っておくの。そうすればモンスターが出現した時あたしたちが一番乗りよ」


 納得できるような、できないような微妙な内容だと思った。タクシーのメーターが上がり続けて、単純に金の無駄なんじゃねえのって言っても聞きそうにない。


「もう都内からは離れているようだね。トウキョウ市内まで来ているようだけど」


 ランスロットが案内標識を見て気がついたようだ。昭和を感じさせるような小さめのビルがいくつか並び、大きな工場やお城みたいなラブホテルが並んでいる。ルカはふふん、と言いたげな目つきをキザ男に向けて、


「今度は市内を巡ってみるのよ。この辺りは今まで全然モンスターが現れなかったでしょ。だから今回は出てくるかもしれないわ」


 めいぷるさんは物静かに、ちょっとぼうっとした顔で前の景色を眺めている。俺は少しばかり隣にいる美女に見とれそうになっちまってたから、慌てて目を逸らしてスマホを見た。チャットの画面を開くと、また鎌田から着信があったらしく妙なテンションの文字が目に入る。


『廻廊家駅に到着したぜー! 一人来れなくなっちまってよ、沙羅子と二人だけだ。マジで怖え』


 これにはビックリだ。大体心霊スポットの動画を撮ってる連中って、最低でも四人くらいで行くもんだと思ってたんだが。ちょっと無謀すぎる気がする。


『え? たった二人で無人の駅に入って行くのか? 危ねえって、やめておけよ』


 鎌田からの返信は来なかった。何だか嫌な予感がしてきてソワソワしている俺に、めいぷるさんが気がついて俯き加減に見つめてくる。


「あのー。圭太さん、どうしたんですか? なんだか落ち着きがないですよ」

「へ? いやー、別に。普段と変わんないと思いますけどね」

「んー。そうでしょうか。私にはちょっと違うように見え、」

「出たわ! 出たわよみんな!」


 突然こっちを振り向いて大声を張り上げるルカに、俺とめいぷるさんはビクリとして飛び上がりそうになった。


「な、何だよいきなり! 何が出たって?」

「もう! さっきまでの会話で分かるじゃん! モンスター出現の通知が来てるわ」


 うわ……。本当に来やがったのか。まあ、確かに今はタクシーで走り回っているから、場所によっては駆けつけやすいとは思うが。ていうか、もし反対方向とかだったら思いっきり出遅れるけど、そうだった場合どうするつもりだったんだろう。


 まあいいや。ルカの考えなんて理解できるはずもない。不思議ちゃんと天然ともう一つ何かをブレンドさせたら出来上がるような変人だからな。


「場所は廻廊家駅って所みたい。今は無人の幽霊駅ね! いかにもモンスターが出て来そうな場所だわ」


 俺は小さなため息をしつつ運転手のおっさんの背中を眺める。


「そうか……今度は幽霊駅かよ。また厄介なところに……!? ちょっと待て! 今廻廊家駅って言ったか?」


 マジで飛び上がった俺を、運転手さん以外のみんながガン見した。


「へ? 言ったわよ。それがどうかしたの?」

「や、やべえ。俺の友達が行ってんだよそこに! 運転手さん! ちょっと廻廊家駅まで急いで下さい!」


 俺は落ち着きの感じられる後ろ姿に大声を上げた。運転手さんは返事こそしないが解ってくれたらしく、心持ちさっきよりも速度を上げて突き進んだ後山道に向かうと、意外とすぐに駅は見つかった。


「圭太さん、お友達ってもしかして。あの女の子ですか? 星宮邸にいた……」


 タクシーを降りぎわにめいぷるさんが、ちょっと心配そうに上目遣いで訊いてくる。


「はい。それともう一人男がいまして。やべえな、何とかしないと」


 一番最後に降りたルカがハッとした顔で俺に詰め寄り、


「あー! 解ったわよ圭太。以前カフェにいた……えーと。鎌倉君だっけ?」

「鎌倉君じゃねえよ、鎌田だ!」


 ランスロットは無人の駅に思うところがあるらしく、しばらく無言で立ち尽くしていたが、いつになく真面目な顔で振り返って俺に言った。


「もうお二人は中に入ってるんじゃないかな? 急がないと、圭太君の大切な友達がモンスターの餌になってしまうよ」

「解ってるわよ! みんな、ダッシュで行くわよ。あたしについて来なさい!」


 ルカは走りながらインストールをして女騎士になり、俺も続くようにアーチャーになって駆けていく。背後からランスロットとめいぷるさんが追ってくる足音を聞きつつ、一気に駅入口の階段を降りて行った。パッと見一番下が分からないくらい階段が長いみたいだ。


「みんな、ここからは何が起こるか解らないから、とにかく慎重に行くのよ!」

「お、おう!」

「はいー」

「了解した」


 めいぷるさんもランスロットもいつも通りだ。

 慎重に行こうと指示を出しつつも、全く何の警戒もしていないみたいにルカの足は加速していく。


「おいおい! お前こそ慎重に行けよ」


 俺の声が聞こえたのかは解らないが、ルカは階段を降りきるなり急に立ち止まった。女騎士の背後に追いついた俺達は、広がる風景を見て沈黙するばかりだ。誰しもがテンションガタ落ちになる光景だと思う。


 真っ黒な地下鉄のホームって、とにかくもの凄く不気味だってことに今更ながらに気がついた。ホームはどうやらいくつもあるようで、階段も沢山あって入り組んでいる。

 そして肝心のゲートの位置が、どうもはっきり解らない。


「これは探すのが大変ね。でもダラダラやっていたらゲートからモンスターが出て来ちゃうし、鎌足君と爽やかちゃんも襲われるわ」

「鎌田と沙羅子な! 爽やかちゃんって何だよ」


 ランスロットは真っ暗なホームを見回して、杖を自分の肩にトントン当てながら考え事をしているようなそぶりを見せる。どんな仕草も絵になるのは羨ましい限りだ。


「ここは手分けして探したほうが良さそうだね」


 ルカは即答の代わりに大きく頷いた。


「決まりね! でも一人ずつじゃ危険だし、2ー2で分けましょう」


 ぎゅっと、俺の左腕を何かが掴んだ。ギョッとして振り向くと、めいぷるさんが背後からちょっぴり泣きそうな顔でこっちを見つめている。俺のパートナーは決まった。


「解った! じゃあ俺達はあっちの一番奥にあるホームから見ていくことにする。めいぷるさん、行きましょ、」

「ちょっと待ちなさい!」


 ルカがギラついた目で俺達の前に立ちはだかる。スゲえ迫力だ。コイツなら何かのゲームでラスボスが務まりそうな気がする。


「アンタとめいぷるちゃんじゃバランスが悪いでしょう」

「え? そうか。別に問題ないと思うけどな」

「問題ありありよ! 組み合わせはあたしが決めます」

「え? ちょっと待てよ! そっちこそ勝手に決め、」


 ランスロットは苦笑いして、ポンっと俺の肩を叩いた。


「彼女はリーダーだからね。素直に従うべきだよ」

「……ちぇっ! しょうがねえな。じゃあ誰と誰にするんだよ?」


 ルカはまるでほとんど考えてなかったかのように、0.5秒もかからずに返答。


「めいぷるちゃんはランスロットと行きなさい。後は分かるわね、以上」

「了解した。さあレディ、あちらへ行きましょう」

「は、はい。よろしくお願い致しますー」


 何だよ。俺はまたルカと組まなきゃいけないのか。まるで心の声でも聞こえたかのように女騎士の顔面がすぐ近くに来て、ワケもなく俺はどきっとする。


「何よその不満そうな顔は! めいぷるちゃんとがそんなに良かったわけ!?」

「べ、別にそんなワケじゃねえよ! ほら、さっさと行くぞ」


 こうしてダラダラしている場合じゃない。もしかしたら鎌田や沙羅子が殺されるかもしれないんだ。いや、殺される可能性は冗談抜きで高い。視界に表示されているレーダーをちらちら確認しつつ、俺とルカは一番近くにあるホームを走る。


「もうけっこう近いはずなのよ。でも、あ……あれ? 圭太」

「え? どうしたん……!」


 あっという間にホームの一番奥まで行った時、俺とルカには微かに見えた。果てしなく続くように見える線路の向こう側に、薄っすらと赤い光が揺らめいている。


「ゲートね。まだ実体化していないわ。圭太」

「ああ、解ってる」


 俺は弓を構えてチャージアタックの溜めを始めた。アーチャーになると人間体だった時よりもずっと目がよく、暗闇でもはっきりターゲットが解る。線路には沙羅子達がいないことも確認できた。


「これで今日は終わりだ!」


 勢いよく指先から離れていった矢は、目にも止まらない速さでぶっといレーザービームとなって赤い揺らめきを直撃した。俺が持っている固有スキル「ゲートブレイカー」は、ゲートが実体化してモンスターを放出する前から攻撃して破壊することができる。


「凄い! やったじゃん!」


 破壊されて少しずつ消え去っていくゲートを見て、ルカは飛び上がらんばかりに喜んでいる。そんなに喜ぶことか? と思って呆れつつ隣で眺めていた俺だったが、背後から足音が聞こえてちょっとビクリとなって振り返る。


「なんか今、足音聞こえなかったか?」

「そ、そうね。ランスロット達かしら? 行ってみましょう」


 俺達の一番近くにある登り階段から何か音がして、確認しようと俺とルカは慎重に一段一段登り始めた。


「それと圭太。ゲートは一つとは限らないわ。ここには複数のゲートが出現するかもしれないの。まだ気を抜いちゃダメよ」

「そっか……確かにな。望むところだ」


 俺達の足音以外聞こえなくなった地下鉄の階段は、息苦しさと汚さと不気味さが混じり合って、本来なら一分だって留まりたくないんだが、ルカが隣にいると何となく大丈夫そうな気がしてくるから不思議だ。


 ゲートの存在は確認できないし、モンスターもレーダーには表示されていないから、俺達は焦らずにゆっくり階段を進む。


「うん? ルカ……この辺り、最近誰か通ってるぞ」

「え? どうしてそう思うのよ」

「すっげえ埃にまみれてるじゃんこの階段。よく見ると足跡がついてる。俺達はここを登るのは初めてだから、違う奴らがいるんだ」


 ルカは階段を見つめると納得したように頷く。


「確かにそうみたいね。この先に……あ!」


 突然ルカが何かを見つけて階段を駆け上がり始めた。よく解らなかったが俺は必死に後を追い、階段を登り切った時にアイツらを見つけた。

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