第26話 どこまでが本当で、どこまでが嘘なのか

 街ゆく女達がこっちをチラチラ見る頻度が多くて、俺はいつになく嫌な気持ちになった。


 なぜかと言うと、その視線は俺に向けてではなく隣の男に向けられているからだ。長い髪をなびかせて颯爽と歩くその姿は何だか俳優みたいだが、一緒にいる男からすれば全く気分がいいもんじゃない。


「あれ? おかしいな……閉まってる」


 遠目に見えたバイト先の喫茶店は灯りが消えていた。今日のこの時間は普通に営業しているはずなんだけど。


「圭太君も知らなかったとなると、臨時閉店したようだね。場所を変えるしかなさそうだ。しかしさっきの寄り道は意外だったよ、まさかあんなお店に君が入るなんて」

「うるせえな! 誰にも言うんじゃねえぞ恥ずかしいからな」


 実はルカ達と別れてからここに来るまでに、俺はランスロットを連れてとある場所に行っているんだが、それは少し後で話させてくれ。


 クローズって札がかけられた喫茶店のドア前に誰かが立っている。小さな後ろ姿を見るかぎり女の子だろう。何度かドアを引っ張っても開かないことが解ると、こっちが声をかける前に走ってどっかに行っちまった。もしかしてマスターの孫とかだったりするのかな。


 ぼーっと走り去る女の子を眺めていた俺を、ランスロットはクックと笑った。


「ほーう。君はああいう女の子が好みだったのかい? どうりで、ルカさんやめいぷるさんにもガッツかないわけだ」

「はあ!? 何言ってんだよちげえよ! 俺はただマスターの孫とか、そういう子なのかなって思っただけなんだよ。間違っても俺をロリコン判定するんじゃねえ」

「そういうことにしておこうか。近場にカフェがあるんだけど、そっちで話さないか?」


 俺が了承する前にランスロットは懐から取り出したタバコに火を付けて、堂々と口に咥えたまま歩き出した。まあ、こいつなら見た目は大人に見えるだろうから厄介なことにならないだろうけど、歩きタバコはよくない。


 カフェは本当にすぐ近くにあって俺は初めて入ったんだが、どうやらうちの店よりは遥かに儲かっているらしく、埋まっていない席はほとんどなかった。五分くらい待ってから店員さんに案内されたテーブルは窓際で、男二人で座っているには勿体無いくらい、夜景が綺麗に見える場所だ。


 テーブルの向かいに座ったランスロットはコーヒーを注文をすると、足を組んで静かに俺を見つめてくる。こういう仕草に女はクラっとしちゃうもんなんだろうか。俺には一生解りそうにない。


「まずは僕からでいいかな? 君もあまり時間がないだろう。前菜の後にメインディッシュがきて、というような順序立てた会話は、今回の場合あまり適さない。いきなり本題から話させてもらうよ」

「お、おう。言ってみろ」


 ランスロットは切れ長の目を真っ直ぐにこちらに向けてくる。


「正直に言うよ。僕はずっと星宮を追いかけていたし、同時にルカさんも監視している。二人ともマークしなければいけなかったのは、僕の雇い主に依頼されていたからなんだ」


 いきなりとんでもないことを言い出しやがった。なんの脈絡もなくだ。俺じゃなかったら全く通じないくらいの端折り方してきやがる。


「は? 星宮はもう解ってるけど、なんでルカまで監視してるんだ? お前の雇い主って誰のことなんだよ?」


 一介の高校生に何かを依頼するなんてことがあるのか。店員さんが運んできたコーヒーを眺めながら、ランスロットは悠長に語り出した。


「Cursed Heroesを止める為さ。僕の雇い主はとある大きな会社の実質的なトップにいる存在でね。どうしてもこの殺人ゲームを止める必要があると思っている。でも公には動くことはできないんだよ、誰一人としてね。どうしてだと思う?」

「…………解らん」


 俺に解るわけがないだろ。

 ランスロットは左手を上げて窓の外を指差した。何処を指差しているのか解らず困惑している俺をよそに、


「あのタワーを作り上げた会社こそ、Cursed Heroesを運営している連中だよ」


 ああ、そういうことか。ランスロットはAタワーを指差していたのか。今や日本、いや世界中で莫大な利益を上げている大財閥Aグループ。その象徴ともいえる巨大なタワーは、今最も人が溢れるスポットになっている。あれ? でもちょっと待てよ。


「おかしくねえか? ゲームのオープニング画面とか、公式ホームページに名前は出てなかったぞ」

「公には関わっていないことになっているね。ただ、彼らが関わっていると見て間違いないんだよ」

「どうして言い切れるんだよ?」

「カイが絡んでいるからさ」


 またカイか。俺は怠くなって不意に天井を見上げた後、しばらくしてからランスロットに顔を戻した。


「最近しょっちゅう聞く名前だな。どういうことか全くわかんねえ」

「カイはAグループの跡取りなのさ。三人兄弟の長男であり最も優秀な男。現在ではまだ彼らの父親が実権を握っているようだが、それも今年中には交代することになるというのが金持ち連中の予想だよ。彼はCursed Heroesの開発に関わっていることが目撃されているんだ。となれば、Aグループが関係しているのは間違いないという話をされたよ」


 ルカもこいつも星宮も、どうしてカイとやらを気にかけるんだ。ランスロットのタバコが灰皿で潰されている姿を見ながら考えていた。


「Cursed Heroesを表立って批判することは、裏についているAグループを批判していることと変わらない。相手は世界中から見ても三本の指に入るという大企業だよ。日本にいる誰であれ社会的に抹殺することができるだろう。そして証拠も完全に消し去ることができる。奴らを止める為には見えないところから動かなくてはいけない」

「それでお前を雇ったってわけ? まるでドラマだな」


 ランスロットは二本目のタバコに火をつける。こいつはけっこうなヘビースモーカーなんだろうか。


「僕はね圭太君。以前はけっこう名の通った泥棒だったんだよ。どんな汚いことでもやってきたのさ。何せ貧しかったものでね。人にはない特殊なスキルを幾つも持っている。彼らはそんな僕の腕に目をつけたのだろうね」


 泥棒が警察に捕まってもいないで、高校生活を送るなんていう話が現実にあるのか。いや、俺には到底あり得ないことだと思う。鎌田だって信じないだろう。


「名の通った泥棒が高校に通っているっていうのか? 漫画じゃあるまいしあり得ないだろ」

「ああ、そうだよ。世の中には君の信じれれないことだって沢山あるんだ」


 サラッと流しやがった。もういいや、突っ込むのはやめよう。


「話を戻すけどよ、なんでルカを監視してるんだよ」

「彼女自身には特に大した執着はない。だがカイとルカさんは恐らく面識があり、ルカさんに張り付いていれば必ずカイを見つけることができるという話なんだ」

「見つけるだけで一苦労みたいな言い方だけど、カイって奴は何処にいるのか解らないのか」


 ランスロットは窓の向こうに見えるAタワーを眺めながらぼそりと呟くように、


「ああ、解らない。彼自身というよりも、彼の所在が僕らには謎だ。ここ数ヶ月誰も見つけたことがないらしいよ」

「ふーん。見つけるだけで超レアってわけか」

「だからさ。僕は遠目で小さな奇跡を待っているよりも、近づいて確実にチャンスを掴もうと思ったんだよ。ルカさんが書き込んだ掲示板にコメントをし彼女と君に近づいた。後はイベントをこなしていくうちに、いずれカイが尻尾を出してくれるはずだと踏んだ。今のところ順調だと思うよ」


 いつの間にか目前のイケメンは正面を向いてこっちを見据えていた。濁りの見えない瞳の奥には、一体どんな企みがあるんだろうか。それとも本当は何も企んでないのか。


「じゃあ俺達と会った時のお前の話は嘘だったわけだな。カリスマユーザーであるルカさんと一緒に戦いたい、お金がほしいとか抜かしていたじゃねえか」

「嘘ではない。僕は確かにルカさんと一緒に戦いたいと思っていたし、お金がほしいことも本当さ。スリルとお金、僕は片方だけ貰えるのでは満足できない。欲が深くてね。それと僕のニックネームはアーサー王物語から取ったんだよ。ルカさんは僕にとってのアーサー王……忠義を尽くすつもりなのさ」


 スリルとお金……か。まあ泥棒なんてやる奴が求めそうなもんだけど。さて、肝心なことを教えてもらおうか。


「ふん。で、お前を雇っている奴って誰だよ?」

「おっと圭太君。ここで雇い主が誰かを言うわけにはいかないよ。守秘義務ってヤツだ、解るだろ」

「なんだよ! 結局肝心なことは誤魔化してるじゃねえか。言えよ」

「これでもサービスをしているじゃないか。わかったわかった。焦らされるのが嫌いな君に、一つ良いことを教えてあげよう。この先Cursed modeが開催されたら、その時は大混戦になる。必ずだよ」


 それの何処が良いことなんだって訊こうとする俺の言葉を待たずに、ちょっとだけ身を乗り出したランスロットは話を続ける。


「まずはCursed Heroesのモンスター達。これは当然だよね。次にゲームのプレイヤー達だ。上位ランカーや下位ランカー達が潰し合いを始める可能性は充分にある。そして次に、僕を雇っているそれなりに大きな会社の連中さ。彼らだって僕に任せきりって訳じゃないのかもしれないよ」

「マジかよ……すげえごちゃごちゃしてんじゃん」


 目の前のイケメンは楽しそうに笑った。バトルロワイヤルみたいになるっていう状況は、俺からしたらただの地獄絵図だ。


「そうだ。まるで巨大な渦のようになってこの街を、日本を、いや最終的には世界を飲み込んでしまうかもしれない。全てを巻き込む渦の中心にはカイがいる。彼を早い段階で捕まえることができれば……あるいは何も起こらずに世の中は平和なままだろうね」

「随分と規模の大きな話になってきたな。いくらなんでもあり得ねえ。お前は一つだけ勘違いしてるよ。俺はCursed modeが次に開催されたとしても参加なんてしない。死ぬかもしれない怖いゲームに巻き込まれるのは沢山だ。お前らで勝手にやっていてくれ」


 ランスロットは溜息混じりにソファに体を預けた。失望してんのかただ疲れているのか、どっちでもいいが。


「……言うと思ったよ。聴き飽きたセリフだ。さっき言ったばかりだろう。この渦は全てを巻き込むと。君はもうただの傍観者に戻ることなどできないんだよ。いずれそのことを、身をもって知ることになるだろうさ」

「巨大な台風でも来るってか。小学生でも信じないと思うぜ」


 俺も聞いているのが怠くなってきたから、そろそろ帰ろうぜと言うと、ランスロットはまだ言い足りないことがあるようで、


「もう少しだけいいかな。ルカさんはやはり君のことをいたく気に入っているようだね。カイが渦なら、君は彼女にとっての鍵なのかもしれないな。君という存在を得て……未知なる扉を開こうとしているのかもしれない」

「思わせぶりなことばっかり言うんだなお前。あんなアホ女に気に入られたら、俺がすげえ必殺技でも覚えるっていうのか?」

「アホ女……か。君は彼女のことをまだ解っていないよ。いつか君も、本当の彼女に会えるといいね」


 この時だけは今までと口調が違っていた。何か暗くて寂しげな声だったことを覚えてる。


「……は?」

「話が長くなったね。ここは僕が払っておくよ。では」

「あのさ。最後に一つだけ聞いておきたいんだが」


 ソファから立ち上がってカウンターへ向かうランスロット。うん、どう見ても高校生には見えない。俺はつい忘れていた疑問を、心の奥から掘り返して訊いてみることにした。


「……なんだい?」

「あのUSBの動画はなんだ? 映っていた連中は誰なんだよ?」


 長髪のイケメンはクスッと笑うと、さっきまでは全然違う明るい笑顔を振りまいてから去り際に言った。


「全ての始まりだよ。カイと仲間達さ……最後に出てきた少年は、多分悪魔」


 あの少年は星宮だったのか? じゃあ、アイツとカイが出会ってこのゲームが始まったってことか。カフェから出た俺のスマホにランスロットからのチャット通知が来やがった。おやすみとか言うつもりか。


『彼女におめでとうと、よろしく伝えておいてくれないかい』

『何で会ったこともないお前の言葉を伝えるんだよ。まあいいや、適当に伝えとく』




 ランスロットと別れてから俺はすぐ家に帰った。実は今日はもう一つやらなければいけないことが残っている。そろそろおふくろと親父の準備も終わっているだろう。


「おにーちゃんお帰り! ねえねえ、お土産はー?」

「俺は旅行とかに行ってたわけじゃねえぞ。たまたま帰るのがちっとばかり遅かっただけだろ」

「もーう、ケチ! 今日は友達も遊んでくれなかったし宿題は難しかったし、ホントつまんない!」


 そう言って頬を膨らませながら、テクテク妹はリビングへ走っていく。よし、このバッグの中身を見られてないな。おふくろと親父も打ち合わせどおりリビングにいる。


「ただいまー! おふくろ、飯は?」

「まだよ! それよりあんた、ちゃんと持ってきた?」


 小声のおふくろに頷くと、俺はいつもどおり自分の部屋へ行く。妹はやっぱりついてきた。


「ねえー。今日は何処行ってたの? 鎌田くんと遊びに行ったの? アルバイト?」

「どっちでもねえよ。本当に退屈な付き合いがあっただけだ」

「退屈な付き合い? 誰と一緒だったの?」

「キザな男がいてさー。そいつが……あれ?」

「ひわっ!? え、え! 何これー?」

「停電かな? 由紀。ちょっと親父とおふくろの所へ行ってみろよ」


 突然電気が消えて真っ暗になっちまった。妹は驚きのあまり右に左にキョロキョロしてから、リビングのほうへ小走りになって向かう。俺はバッグからゴソゴソとある物を取り出す。


「おかーさーん! おとーさーん! あれれ? ねえお兄ちゃん、誰もいなくなってるよ!」

「えー? そんな筈ないなあ。もっとよく探してみたら?」

「えー。でも本当にいないもん」


 隠れていた親父が静かに部屋の電気を点けると、眩しい光と一緒に妹は跳ねたみたいに見えた。


「ふわあっ!? あ、あれ? これって……」


 妹がテーブルの上に置いてあるケーキを見つけた瞬間に、ソファの陰に隠れていたおふくろがクラッカーを鳴らしたものだから、妹は体にバネがついているみたいにもう一回大きく跳ねた。


「ひえう!」

「由紀ー。誕生日おめでとう!」


 おふくろの声と控えめな親父の声が合わさって、妹はようやく自分がお祝いされていることに気がついたらしく、近所の街灯よりずっと明るい笑顔を見せる。ちなみに俺は言えなかった。恥ずかしくてさ。


「……え、え! わーい! やったやった。ありがとう!」


 よし、この辺りで渡せばいいだろう。俺は背中に隠してた可愛いアニメキャラの絵がふんだんに入ったアクセサリーセットを取り出す。


「あー。こほん、これはあれだ……俺からだ」

「あ……これ、あたしが前に欲しいって言ってたオモチャ。わああ! ありがとうお兄ちゃん! あたしお兄ちゃん大好き!」


 妹の笑顔は近所の街灯から太陽光くらいに照度が上がって、プレゼントを貰う前に抱きついて来た。まあ、このくらい喜んでくれるなら、俺が店で買った時の恥ずかしさも浮かばれるってもんだ。買い物の時ランスロットは目を白黒させてやがったからな。マジで恥ずかしかった。


 妹へのサプライズは成功して、俺達家族はなんだかんだで楽しい夜を過ごした。きっとこんな日常が続いていくんだろうな……そんなふうに思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る