第25話 ルカ達と遊園地に行った
六月一日土曜日。
今日はルカとめいぷるさん、ランスロットに午後から会うことになっている。でも今のところ何処に集まるのか何時に集合なのか全然決まっていない。
いいのかよこんなんで。
午前中に俺はCursed Heroesのことを警察に訴えに行った。まあ実際のところは近所の交番に向かっただけなんだけど。予想していたが警察のおじさんは、やっぱり俺の言うことを全く信じてはくれなかった。
「ああ、そうなの。大変だったよね。じゃあこれからパトロールがあるからさ。あんまりのめり込まないように、ちゃんと勉強はしたほうがいいよ。頑張って」
大体この一言で済まされてしまった。そうだよな、普通に考えて信じてもらえるわけないんだ。分かっちゃいたけど、モヤモヤした気持ちが晴れないまま家への帰り道を歩いているとルカからのチャットが飛んできた。
『おはよ! 午後二時にサイバーに集合ね!』
マジかよ。サイバーっていうのはこの辺りじゃ有名なデッカイ遊園地のことだ。お疲れ会とかいうのは遊園地でやるのか?
毎回のごとく文句を垂れつつも、結局のところ俺は集合時間よりも早く現地に到着していた。遊園地の入り口前で半袖のTシャツ姿で突っ立っている俺に、遠くからオーバーに手を振って歩いてくる女は間違いなくルカだった。
「早いじゃん圭太! 二人は?」
「もうすぐ来るんじゃねえの」
「こんにちは〜」
いつも通りのおっとりした声とともにめいぷるさんがやって来て、少し後ろからランスロットの姿も見える。
「みんな集まったわね! じゃあこれから遊園地で遊びましょう」
「おいおい、お疲れ会っていったらご飯でも食いに行くもんなんじゃねえのか?」
「そういう考えは古いわ。こういうお疲れ会があってもいいじゃないの! じゃあ行きましょっ」
「まあ、別にあってもいいんだけど……っておい! 引っ張るなこら」
いつも通り強引に引っ張られていく俺。めいぷるさんとランスロットもトボトボと後ろを付いてきて、謎のお疲れ会なるもんが始まった。遊園地の中に入るともう人が溢れかえってきて、満員電車に乗る一歩手前みたいな気がしてきた。勘弁してくれよもう。
「めいぷるちゃん、あなた何か乗りたいものある? ジェットコースターとか?」
「え? わ、私……ジェットコースターはちょっとぉ。メリーゴーランドとかにしたいです」
めいぷるさんらしい。俺もめいぷるさんとメリーゴーランドに乗りたい。できれば二人で。
「いきなりメリーゴーランドはつまんないわ。ランスロット、あんたは乗りたいものとかある? ジェットコースターとか?」
「そうだねえ、僕は噴水前で行われるショーが観たいな。もう数分で開催されるらしいよ」
俺も気になってた。結構有名な俳優が出るみたいだし、この際だから観ておきたい。
「ショーも良いわね! でも最初はもっと派手なやつにしたほうが楽しいわよ。圭太はジェットコースターに乗りたいの?」
「お前どうしてもジェットコースターに乗りたいんだな! 俺は何でもいいよ」
「じゃあジェットコースターに決まり! 早速行くわよ」
ほぼ自分の意見だけを押し通すルカに流され、俺達は都内でも有数の高さと距離を誇ると言われるジェットコースターの列に並ぶ。ランスロットとめいぷるさん、子供みたいに騒ぐ女と俺の順番だった。
俺は一番後ろなので三人の様子がはっきり分かるんだが、小学生みたいにウキウキしているルカとは対照的にめいぷるさんはオロオロし始めている。
「ううう」
「大丈夫ですかめいぷるさん? なんか顔色が良くないですけど」
興奮してキョロキョロしているルカを尻目に、俺はめいぷるさんを気遣った。ランスロットの奴は全然気にしてないみたいだ。ナンパでも考えてやがるのか。
「や、やっぱり私ジェットコースターはやめておきます。怖いのです」
すっと列から脱出しようとするめいぷるさんの腕に、お化け屋敷で出てきそうな白い腕が力強く掴んで引っ張る。言うまでもなく俺の前にいる奴だ。
「ひゃあっ」
「どうしたのめいぷるちゃん? もうすぐ乗れるのに!」
「の、のの乗りたくないんです。怖くって」
「そうだったのね。知らずに誘って悪かったわ。ごめんなさい」
「い、いえ〜。そんな。じゃあそういうわけで私……? あ、あのあの」
ルカの手は依然としてめいぷるさんの右腕を掴んだままだ。
「今回はいいチャンスね! ジェットコースターの恐怖なんて、ピーマンが嫌いなこととそんなに変わらないわ。克服しましょ」
「食いもんの好き嫌いとジェットコースターの恐怖は全然違うわ!」
思わずめいぷるさんより先に突っ込んでしまった。強引さではきっと日本一なのかもしれない。
「え、えええー。そんなあ。私には無理で、」
「あ、もう僕達が乗る番だよ」
ランスロットの声と同時にルカはめいぷるさんをライドに押し込みやがった。前の席で猫に追いかけられるリスみたいにパニック状態になっためいぷるさんを乗せたまま、無情にもライドがゆっくりと坂道の頂点に登ってしまった。可哀想に。ちなみに遠くに垂直ループが見える。
「ワクワクするわねー。いよいよ始まるわよ!」
「お前なあ、ちょっとは黙ってられないのかよ」
「わひいっ。こんな、こんなに高いなんて。死んじゃいますう!」
めいぷるさんが死なないことを祈っていると、ライドは一気に坂を急降下していき、俺は人の心配なんてしてられないくらい絶叫しちまった。ルカは気持ち良さそうに声を上げ、ランスロットは後ろから見る限り何も変わらない。
一周終わって元の箇所にライドが到着した時、しばらく席を立つことができないでいるめいぷるさんがいた。放心状態とはこのことだろう。反対にルカは乗る前より元気になっている気がする。
「あ、あの……もう終わりましたよ。大丈夫ですか?」
「……はい。なんとか……」
俺の差し伸べた手を掴んだめいぷるさんの上目遣いは、二歳年上とは思えないほど可愛らしく見える。もしかしたら今日遊園地に来たのは正解だったのかもしれない……と一瞬思ったんだが、
「次はゴーカート行きましょう! ゴーカート!」
「ねえねえ、バイキングがあるわよ! 海賊気分に浸れるわ」
「コーヒーカップがあるわ。めいぷるちゃん早く!」
百メートル走を延々繰り返しているような勢いでルカは俺達を引っ張り回した。コーヒーカップなんてルカが思い切り回すからエライことになっちまった。
「きゃあああああ」と叫ぶめいぷるさん。
「あははは! 何これ、超回るじゃん。おもしろーい!」
「おいルカやめろ! やめろってこのバカ! 回し過ぎだ」
ランスロットはとにかく遠くを見ている。疲れてはいないみたいだけど、流石にルカの行動にはついてこれなくなっているらしい。
コーヒーカップが終わって、やっとメリーゴーランドか噴水前に行くのかと思ったら、次はお化け屋敷の前でルカは足を止める。
「今はまだ真夏じゃないけど、お化け屋敷もこの際行っておきたいところね」
「まあ、お化け屋敷って言ったら定番だからね。いいんじゃないかな」
ランスロットは余計なことしか言わないから困る。めいぷるさんは嫌です! って書いてある顔を横にプルプルと振ってる。
「え……えええー。やめましょうよっ。メリーゴーランドに行きたいです」
「めいぷるちゃん嫌なの? ……じゃあやめよっかな」
今回は意外と素直に言うことを聞いてくれるみたいなので、俺は内心ホッとする。
「そうだよ。だってお化け屋敷なら、一昨日嫌ってほど経験したじゃんか。次行こうぜつぎ」
俺の一言にハッとするルカ。急に真剣な顔になると、
「やっぱり行きましょ! 夜の中学校とどっちが怖いか確かめるのよ」
「ぴええ! 勘弁してくださいー」
「お、おーい! なんで急に変更するんだよ」
結局入ることになっちまった。すいませんめいぷるさん、今のは俺のせいですと心の中で合掌しつつ屋敷内へ入る。料金を支払うと、当たり前だけど真っ暗な通路をひたすらに進むのみだった。
まあ、中学校では本物のお化けと対面していたこともあり、作り物やメイクをした女の人は全然怖くなかった……俺は。
「うう……うううう」
「め、めいぷるさん。足が止まっちゃってますけど」
どうやらめいぷるさんは一昨日の経験をした後でも、怖くて堪らないらしい。そうだ! ルカが言っていた吊り橋効果とやらを、今こそ実践する時がきたんじゃないか。そう思った俺は薄暗い通路でめいぷるさんの隣に足を運ぶが、前からやってきた奴に引っ張られて阻まれてしまった。
「ルカ! おいこら離しやがれ」
「めいぷるちゃんにはランスロットがついてるから大丈夫よ! 早く来て」
ランスロットの奴が微笑を浮かべてめいぷるさんのお化け避けになっているのを恨めしげに一瞥した後、俺はルカと隣で狭い通路を歩いて行くことになっちまった。なんでこうなるんだよ。
「お前は怖くないのか?」
「全然……。一昨日本当に怖い思いをしたばっかりだからね。全然怖くないわ。怖くない……怖くない」
「嘘つけ。本当は怖いんだろ」
さっきからずっと右手の指が俺のTシャツの裾を掴んでいるのが証拠だが、頑固というかプライドが高いのか、なかなか認めようとしないのがルカの性分だった。
「怖くないってなんども言ってるでしょ! 心頭滅却すれば火もまた涼し! つまり怖くないと言っていれば恐怖心なんて石をどかした後のフナムシみたいに飛び去って行くのよ」
「気持ち悪い例えするな! 怖い上にグロ要素まで加わるだろ!」
「怖くない、怖くない、怖くない、怖くない、怖い……きゃー!」
「怖いんじゃねえか! おわっ?」
突然天井から降って来たお化けの作り物にビビったルカに飛びつかれて、俺は思わず仰け反って唸っちまった。
「な、何よもう。こんなチャチなお化けであたしを脅かすなんて十年早い……!? ちょ、ちょっと圭太っ」
「お、お前が抱きついて来たんだろうが」
ビクッと小さくジャンプして俺から離れるルカに呆れつつ、長いようで短かったお化け屋敷の出口から脱出した。後から悠々とランスロットもやって来たけど、めいぷるさんに至っては電池切れ寸前のロボットみたいにカクカク状態だ。あーあ、親密になれるチャンスだったかも。
気がつけばもう夕方になっていて、メリーゴーランドが終わると次は観覧車に乗ることになった。今日は本当に嵐みたいな一日だったと思う。まだおわってないけど。
観覧車の景色にしばらく見惚れていたルカだったが、なぜか突然挙手して高い声を上げた。
「じゃあみんな、これからお疲れ会のメインを始めます!」
「え? これからメインなのか。何をおっぱじめるつもりだ」
ルカはバッグからスマホを取り出すと、
「五分前くらいにランキングの最終結果が出たわ! この通りよ」
スマホの画面にはCursed modeの画面が映し出されている。一位から十位はこんな感じだった。
=====
ランキング結果のお知らせ
いつもCursed Heroesをプレイしていただきありがとうございます。
お待たせ致しました。
Cursed modeのポイント集計が終了し、ランキングが確定しましたので報告します。
一位 シャドウナイト
二位 リンディス
三位 むらぴー
四位 red
五位 LvMAX、武器種D5以外マルチ参加拒否
六位 くも
七位 名無し
八位 ルカ
九位 ヒドルストン
十位 ランスロット
十位以降の順位に関しましては、こちらをご確認ください。【三十位まではこちら】
これからもCursed Heroesをよろしくお願いします。
=====
ルカが八位か! ランスロットの奴も十位にランクインしてやがる。……あれ。俺とめいぷるさんがいないな。神社の時沢山倒してるから、普通に上位に入ってるかと思ったんだけど。
【三十位まではこちら】って箇所をタップしてみると、実は俺は十二位だったらしく、急いで報酬画面に遷移した。貰えるのはスタミナ回復薬百個と一千万らしい。い、一千万って!
でも、一千万円じゃなくて、一千万Gって書いてある。つまりゲーム内の金だ。急激に萎えちまった。
「何だよこれー」
「え? どうしたのよ圭太。ガッカリしちゃって」
ルカはスマホを降ろすと、本当に不思議そうな顔でこっちを見つめてる。
「だってさ、お前とランスロットは実際に現金が貰えるって話なんだろ。俺ゲーム内通貨じゃん」
「ゲーム内通貨だって大事じゃない。装備の強化には必要だし、Lv上げにだって使うでしょ」
ランスロットは暗くなった街並みを眺めながら、ボソッと呟くように、
「君達のおかげで初めてランキング入りすることができたよ。現金もちゃんと口座に振り込まれていたからね」
「幾ら入ってたんだよ?」
「三十万くらいさ」
上位は数千万がざらなのに、十位となると随分安くなるんだな。差がありすぎじゃねえか。
「ルカ、お前は幾ら貰ったんだよ」
「あたしは四十万。超嬉しかったけど、上位に入れなかったのは悔しいわね。仕方ないか、レアモンスターとか退治できなかったし」
ランスロットの隣にいるめいぷるさんは何も言わずに俯いている。そうか、彼女だけランキング入れなかったもんな。
俺の隣にいる女はシュッとした動きで立ち上がり、マラソン大会の選手宣誓みたいに気合いの入った声で、
「今回はあたし達上位に食い込めなかったけど、次回は絶対みんなでランキングを独占するわよ!」
俺はため息まじりにモチベーションの塊みたいな女を見上げ、更にため息を漏らすしかなかった。
「次なんてないだろ。俺はもう充分だ。Cursed modeがまた開催されるとしても参加しない」
「圭太。どうしてそう輪を乱すようなことを言うのかしら。みんなが頑張ろうとしているのよ。ねえランスロット」
「そうだね。正直このくらいの報酬では満足できるわけがない。続けて参加するよ僕は」
うんうんとルカは頷き、次にめいぷるさんに微笑を向ける。
「めいぷるちゃんは?」
「私……私も参加したいです。この次も」
まあ、お父さんの病気を治せるアイテムをGETできるまでは辞めるつもりないんだろうな。でも、次があるとしても俺はもう付き合っていられない。めいぷるさんのことを考えると気がひけるけど、そろそろ付き合うのも限界だった。
「頑張ってくれよ。成功を祈ってるぜ」
ルカは体重なんて全くないんじゃないかと思うほど音もなく座ると、
「祈ってないで参加してよ! そういえばアビリティは解放したの? 何だったのよ効果は?」
「……まだ解放してない。もうちょっと待ってくれよ。明日の経験値獲得イベントでLv上げるからよ」
観覧車を降りた後、ようやく俺達は帰ることになった。ルカの奢りでタクシーを拾って最寄り駅までたどり着いた時には、料金メーターは四桁近くまで届いていたが、おじさんらしき運転手は特に気にする様子もない。
「じゃあねー! またチャットするわ」
「お疲れ様でしたー」
「はいよ。お疲れー」
ルカとめいぷるさんに応えるように手を振り、俺は駅から歩き慣れた自宅への道を歩き出した。
「現金が手に入らなかったのは残念だったねえ、圭太くん」
「おわっ!? ランスロット。何でここにいるんだよ」
何食わぬ顔で隣を歩いてきたランスロットにビビる俺。肩をすくめて笑うキザ男はいつもどおりの口調でこう切り出した。
「君は僕に訊きたいことがあったんじゃないかな? だから気を利かせてタクシーを降りたのだけども」
「あ! そうだった、肝心なことを忘れてた。何度も言ったが、お前には訊きたいことがあるんだった」
「教えてあげようじゃないか。僕が何故星宮を追っていたのか、君にGPSを付けたりUSBを渡したのか……全てをね。そうだな、話をする場所はあそこでいいかい?」
「俺のバイト先か? 別にいいぜ」
バイトの日じゃなかったけど問題ない。俺とランスロットは喫茶店に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます