第24話 Cursed mode最終日
「圭太! 何やってんのよもぉっ。全部狙って!」
「無理だ! 無理だってっ」
五月三〇日木曜日の夜に、本来ならバイトもないので家に帰っているはずの俺が、今は使われなくなっちまった中学校内を走り回っている。めいぷるさんとランスロットも一緒だ。
何故こんなことをしているのかっていうと、この古びた校舎はCursed modeの舞台になっているからだ。どうやらモンスターを召喚するゲートが教室かどこかに発生していたらしく、今は討伐にきている最中というわけ。もう参加しないと思っていた俺なのに、結局ルカやめいぷるさんに頼まれると断れないんだよな。
長い廊下の一番奥にうっすらと見える教室の扉が開いて、火事から逃げてるみたいな勢いでゾンビが走って来る。この付近では最後の一匹だろう。立ち止まって冷静に弓を構えた俺は二秒もしないうちに矢を放ち、六十メートル以上離れた距離から撃退することに成功した。
「よ、よーし。やっとゾンビどもがいなくなったぞ」
「やるじゃん! じゃあこのまま進みましょ」
この辺りはあらかたやっつけたし、もう走り回らなくてもいいだろう。というか、ルカが俺達をやたらと急かしているから走っていただけなんだけど。
今は校舎の三階にいる。レーダーにはまだ数匹モンスターのマークが表示されているから、そいつらを全滅させるまではここを出てはいけないだろう。外に逃がしちまったら大変だ。
でも、ここに来て俺とめいぷるさんはなかなか足が進まなくなった。どうしてなのかと言うとこれは当たり前の話なんだが、夜の学校はとっても怖かったからだ。しかも、本当に化け物が出てきちゃうとなれば尚更だった。走るのをやめて冷静になると恐怖感が倍増している。勘弁してほしい。
「はひいいっ。こ、怖いですう」
「大丈夫ですかめいぷるさん。し、慎重に進みましょう。慎重に……」
「二人ともどうしてそんなにノロノロしてんのよ。早くこっちに来なさいよ! モンスターが逃げちゃったじゃないの」
そう言いつつもルカだってなかなか進もうとしてないんだよな。ランスロットだけがさっさかと奥に進んでは、ゴーストとかゾンビとか人魂みたいな奴らを蹴散らしているようだ。今ちゃんと戦えているのはランスロットだけだろうな。もう姿が見えなくなっちまったけど。
「ルカ! お前こそもっと進んでいけよ。俺達は後方支援だ! 迷わず進め」
「いいから早く来てよ! ランスロットが孤立してるじゃないのバカ」
「ああああ。私怖すぎて……きゃーっ」
「うおお!?」
めいぷるさんがモンスターでも何でもない蜘蛛を見て飛び上がった。釣られて俺も飛び上がり、ルカはビクリとしてこっちを見た後、しきりと周りをキョロキョロしている。いくらモンスターが弱い奴ばかりだと言っても、ここは無理だよ。
「け、けけけ圭太さ〜ん。ここ神社よりずっと怖いです」
「大丈夫ですよ。俺達がいるんですから」
腰が引けている俺が言っても全く説得力がないなとか考えていたら、後ろからネズミが足元をミニ四駆みたいに駆け抜けていきやがって、めいぷるさんは発狂寸前の悲鳴をあげて跳ねた。
「ひゃあああっ!」
「きゃああ! ネズミ! ネズミ!」
今度は俺たちのちょっとだけ前を歩いてたルカが飛び上がって剣を振り回している。金髪の騎士っていう凛々しい風貌でオタオタしている姿は、動画でも撮っておきたいくらいレアだと思う。頼むから俺たちに斬りかからないでくれよ。ランスロットの奴は今どうしてんだろ。
そんなことを考えつつ歩いていると、実は意外にもラッキーだと思える事象が一つ発生していることに気がつく。ネズミの奇襲によって恐怖の臨界点を超えてしまっためいぷるさんが、ぴったりと俺の左腕にくっつきながら歩いていて、柔らかくて大きな胸が微かに触れているのが分かったからだ。た、堪らん。
「はあはあ……も、もうモンスターいないんじゃありませんか? 帰りませんかあ」
電池切れすれすれみたいな声でルカに訴えるめいぷるさんだが、ビビりつつも帰ろうとしないルカはなかなか根性があるというか、何というか。キッと強く睨むような目でこちらを一瞥すると、
「まだモンスターは残っているでしょ! さっさと行……!? って何してんのよアンタ達!」
めいぷるさんはハッとして俺の腕から離れた。ルカの奴余計なことに気がつきやがって。ずんずん俺達の側に大股で歩いてくると、噴火寸前の顔になってるのがハッキリ解った。怖え。
「どうして戦っている最中に腕なんか組んでるのよ! このラッキースケベ!」
「あのなあ、ラッキースケベっていうのは人を指して使う言葉ではなくてだな。つまり、」
「いいから、さっさと来なさい!」
「お、おおーい!? 引っ張んなよ」
「ああっ。ま、待ってくださいー」
ルカは俺の腕を強引に引っ張って教室が並ぶ廊下を進んで行く。焦るめいぷるさんの声と足音が後ろで聞こえる中、レーダーにモンスターマークが表示されている男子トイレ前で立ち止まる。きっとランスロットはこの中だ。
「圭太……入って様子を見て来て。あたし達ここで待ってるから」
「は? 何でだよ! お前も一緒に来いよ」
「あたし達は入れないでしょ男子トイレなんだから。行きなさい早く」
「ぐ……なろぉー」
もう廃校になってんだから男子トイレも女子トイレも関係ないだろうがと考えつつ、恐る恐るハゲたドアを開けて中に入ると、ランスロットが小便器より少し後ろの辺りで天井を見上げていた。
「化け物はいたか? ランスロット」
「おかしいねえ。レーダーには確かにここが表示されているんだけど、どうにも見つからないんだ」
明かりのないほぼ真っ暗なトイレは、不潔さと不気味さが半端じゃない。どうしてランスロットはこんな場所でも平然としていられるのか不思議なくらいだ。
「圭太君。一回アンインストールして普段の姿に戻ってみてくれないか? 敵も油断して出てくるかもしれない」
「はあ? やるわけないだろ! 化け物が襲って来たらどうするんだよ!」
「ふふ、その時は僕が君を守るよ……多分ね」
「多分じゃダメだ! 絶対守れ。大体お前さ、俺に発信機みてえな物をつけてみたり、」
「し! 聞こえないか?」
パリパリ……っと何かが剥がれているような音がして、トイレ全体がちょっとだけ揺れる。不安になった俺がそわそわと周りを見ているうちに、音がどんどん大きくなってきて、地震でもこんなデカイ音はしないとか考えていると勢いよく天井が抜けて何かが落下した。
それはあり得ないほど巨大な黒蛇。どう猛な目は直ぐに俺達を見つけて獲物と認識したらしい。静かに睨みつつ迫ってくる。
「ここでは不利だね。出よう!」
「あ、ああ!」
ランスロットは朽ち果てる寸前のドアを思い切り蹴り飛ばして開くと、外で待っていたルカとめいぷるさんがギョッとした顔でこっちを見た。
「デッケエ蛇がいるぞ! こいつもモンスターか!?」
「ええ、そうみたいね」
蛇がそこまで苦手じゃないのか、ルカはけっこう冷静だった。俺達四人は廊下まで走って退避したが、蛇は足がないっていうのにすげえ速さで追いかけてくる。振り返りつつルカがエクスカリバーを構えて奴に向かって行き、ランスロットと俺、めいぷるさんは援護するように少し後ろについた。
天井に頭がくっつくほどデカイ蛇は迫力こそあったが、いざ戦ってみると大したことはなさそうだ。ルカがなんかの動画の早送りみたいなあり得ない速度で全身を斬りまくり、ランスロットが電撃魔法で痺れさせ、俺がピンポイントで矢を当てていく。めいぷるさんは白い気弾をひたすら飛ばし続けていた。
「全然余裕だな。これならもう勝てるぜ!」
「……いや、どうかな」
ランスロットが怪訝な顔をして蛇を観察していると、奴は俺が予想していない行動に出た。一瞬でルカに巨大な体を巻きつかせて身動きを取れなくしちまいやがった。
「ぐ! ……うう」
「ルカっ!」
「きゃあっ、ルカさん!」
俺とめいぷるさんは焦って蛇に攻撃を続けるが、締め上げている力を緩める様子はない。骨が軋んでいるような嫌な音が聞こえる中、ルカは剣を持っていない左手をこちらに向けると横に小さく振った。大丈夫って意味か?
「アビリティを使うつもりかな」
「は? アビリティってなんだよ!?」
隣にいたランスロットは意味が解っていない俺をみて呆れ顔になると、
「お知らせを見ていないのかい? 今日のアップデートで実装されたじゃないか」
アプリのアップデートなら確かにあった。俺は見ていないから解らないんだが、このピンチを切り抜けられるのかよ。不安に苛まれてやっぱり弓を向けた時、ルカの体全身が光り出したのが見えて構えを解いた。
「それでは逃げようかね」
「へ?」
と俺が間抜けな返答をした瞬間、それぞれの足元に小さな魔法陣が出現する。ランスロットの魔法の一つか?
「ちょっと待てよ! お前ルカを見捨てるつもり、」
「僕が見捨てるのは蛇のほうさ」
ランスロットの意味不明な返答が聞こえたときには、ルカを中心に猛烈な爆発が巻き起こっていて、気がつけば俺達全員が光りに包まれていた。
「う、うわあー!」
「きゃあああ」
何もかも理解できないまま、俺は気がつけば校門前に立ちすくんでいた。めいぷるさんもランスロットもいる。
「ど、どうなってんだよ? これは」
「僕のCursed Skill……エスケープってやつだよ。簡単に言うと、安全な所へ逃げられるのさ。いくつか制約もあるけどね」
あの魔法陣はやっぱりランスロットが作り出したものだった。でも戦闘ではそこまで役に立たない気がするけど。俺はキョロキョロと周りを見たが、今一番心配な奴がいないことに気がつく。
「あ、あのう。ルカさんは?」
めいぷるさんが言うよりも早く俺は駆け出していた。もしかしたらあいつ、蛇に締め上げられて死んじまったんじゃないだろうな。もしそうだったら。自分でも意外なくらい焦っていた。
誰も使っていない取り壊し予定の校舎は、三階に関して言えばもう取り壊しが終わっちまった。ほぼ全部吹き飛ばされてなくなっていたからだ。あの時ランスロットが助けてくれなかったら、俺達もどうなっていたか解らない。
「終わったわー! 敵は全滅よ」
校庭の真ん中辺りからお気楽な感じで歩いてくる姿は紛れもなくルカだった。もう変身は解除している。怪我してるんじゃないかって心配は拭えないから、俺は急ぐ足を止めれない。
「やったわ! アプデ早々使ってみたんだけど、なかなかいいわね!」
「なかなかいいわねじゃねえよ! もしものことがあったらどうするつもりだったんだよ!」
興奮気味に話しかける俺に、ルカは首を傾げている子犬みたいになって、
「その時は死んじゃうしかないんじゃん? まああたしならアビリティを使わなくったって、あの状態でキャベツみたいに千切りにすることだって出来たのよ。今度アンタにしてあげるわ」
「怖いこと言うな! ニュース番組で報道でもされたいのか?」
やっと安心した。どうやら最後のCursed modeも終了したらしい。めいぷるさんとランスロットも、変身を解除して俺達の側までゆっくり歩いて来る。
「あたしより圭太のほうがニュースに出そうよ。世紀の大痴漢とうとう捕まる! みたいな」
「俺は痴漢なんてしねえよ! せめて大怪盗とかにしてくれ」
「さっきめいぷるちゃんにしてなかった?」
「あれは違うだろ! めいぷるさんが……いや、なんでもねえ」
もじもじしているめいぷるさんは俺達の話を、熱にうなされた子供みたいに赤くなって聴いていた。ランスロットは微笑を維持したまま何も言わない。なんか喋れよな。
「あたしにはアンタの考えはお見通しよ圭太。吊り橋でしょ?」
「あん? 何の話だよ」
「吊り橋効果を狙ってめいぷるちゃんの側にいたんでしょ? いやらしいわ! 女の子目当てて神聖な戦いに参加するなんて」
「な!? 誰が女の子目当てだ! 吊り橋なんて狙ってねえよ。ていうかお前がいつも強引に俺を巻き込むんだろうが」
「めいぷるちゃん、圭太と一緒に行動しちゃダメよ。ドサクサに紛れて胸をタッチしようとした圭太に押されて吊り橋から落下するわ」
目を丸くするめいぷるさん。
「ふああ! こ、怖いですね……」
「タッチする勢いが強過ぎんだろ! 最初っから突き落とす気満々じゃねえか! めいぷるさん、こいつの言うことはスルーしちゃって下さい!」
ずっと話を聞いていたランスロットが、遠くを見つめてぼそりと声を出した。
「君達……そろそろいいかな。警察がやって来るようだよ」
「や、やべえ! 早く行こうぜ。あ……それからランスロット、お前が陰で何してんのかとか、今度ちゃんと説明しろよ!」
そんなこんなで俺達は中学校を後にした。終わってみればあっという間だ。
家に帰る途中、電車の中で俺はアプリを起動させてお知らせを確認すると、こんな内容が書かれていた。
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アップデートのお知らせ
2019年05月30日 12:00にVer.2.7.1を公開しました。
※強制アップデートを、2019年05月30日 15:00ごろに実施する予定です。
今回アップデートをしていただいたプレイヤーの皆様に、感謝の気持ちとして、闇鉱石1000個をプレゼントいたします。
Ver.2.7.1の詳細は下記のとおりです。
■主なアップデート内容
・アビリティの追加
キャラクターそれぞれに現状一つ、固有のアビリティを解放させていただきます。
アビリティの内容はクラスとキャラクターにより異なります。
アビリティの詳細に関しましては、キャラクターのステータス画面をご確認下さい。
・新規イベントの実装準備
・シンクロアタックの実装準備
・一部のキャラクターの能力値の上方修正
■注意事項
アビリティはLv 65に達していないキャラクターには解放されません。
アップデート情報がストアに反映されるまで、多少の時間がかかる場合があります。
端末本体内の一時保存データの蓄積を原因として、アップデートできない場合がございます。
アップデートが行えない場合は、端末本体の電源を切り数分お待ちいただいた後に、あらためて端末本体の起動とストアからのアップデートをお試しください。
今後ともCursed Heroesを宜しくお願い致します。
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へえー。そうなんだ……という感想しか俺は持つことができなかった。じゃあ俺にはどんなアビリティが追加されているのか見てみようか、とステータス画面にいくと、なぜか画面下のアビリティがグレーアウトしている。
あ、そうだった。俺まだLv65になってなかったわ。ちくしょうめ。
ちなみにフレンドのアビリティを確認していくとこんな感じだった。
ルカ:オーラ 自身を中心とした魔法攻撃を発動できる。使用後一定時間が経過するまで、再使用不可
めいぷる:反転攻撃 通常攻撃後、敵が受けている能力値の+を−に変える
ランスロット:ゲージUP 自分と、近くにいるプレイヤーのCursed Skillゲージの上昇率がアップする
ルカがあの巨大な黒蛇をやっつけたのはこのアビリティだったわけか。ランスロットのはすげえ便利だと思うんだけど、めいぷるさんのはイマイチよく解らない。しかもまた新しい機能も追加されるらしい。
それにしても運営は、昨日送ってた問い合わせなんて全然気にも止めてないみたいだ。明日こそ警察に行ってみようかと思っていると、電車が最寄り駅に停まる。親にどやされない時間帯には家に帰ることができてホッとした。
なんか開放感を感じる。やっとのことでCursed modeは終了したわけだ。でも待ち焦がれていた平和な毎日が始まる……ってことにはならない。
なぜかというと、ルカがお疲れ会をしようと言い出したからだ。
めんどくせー。
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