第23話 運営への抗議
俺のバイト先である喫茶店の窓際席に座り、優雅に紅茶を飲んでいたルカの様子が一言で変わった。
静かに席を立つと、いつも強気なワガママ女にしては珍しく不安そうな顔で、
「アンタ、星宮からカイのことを何か聞いてた?」
「へ? いや、俺はカイのことについては何も聞いてねえよ」
ソファに座っていた俺は呆気にとられてルカを見上げてる。数秒くらいしてから小さな溜息を漏らしつつルカはどっかりと椅子に腰を降ろした。
「そう。だったらいいわ、全部話してあげるわよ。カイっていうのはね、簡単に言えばCursed Heroesの大ボスなのよ」
「大ボスってことは、もしかしてゲームを作ってる社長……ってわけ?」
ルカは白くて細い首を横に振って呆れ顔をしてやがる。俺の思考がアホだって言いたいのか。
「違うわよ、もっと少年漫画的な思考で考えてちょうだい」
「少年漫画的な思考ってなんだよ。つまりカイがラスボスってことか?」
「まあ平たく言えばそうなるわね。奴はCursed modeでモンスターを作り出している張本人だわ。あたしの目的はランキングで一位になって目立ちつつ、大ボスであるカイを倒すことよ。そうずれば名声も報酬も同時にGETできるのよ、最高じゃない?」
いよいよ呆れるぜ。ルカの目的はしょーもないものとしか思えない。ランスロットの奴は目の前にいる女を買い被りすぎなんだ。まあ、それはともかくとして。気にあることは別にある。
「モンスターを作り出しているだって? とんでもねえバケモンじゃねえかよ! カイって名前からすると人間っぽいけど、モンスターなのか?」
「ええ、人間よ。奴はあたしたちと同じ人間でありながら、モンスター達を使って世界を滅ぼそうとしている悪党だわ。星宮だって、カイに作り出された存在に過ぎないのよ」
ルカの言い分でどうしても納得できないのはこの部分だった。
「さっきも言ったけど、俺には星宮が作り出された存在とか、そういうもんには見えねえんだよな。ゲームの中じゃなくて、実際に別世界で長く生きて来た奴って感じに見える。廃神社のゴーストの時も思ったけど」
ふふん、と声に出しそうなほどのニヤケ顔を見せるルカ。
「ああ、ホントよくできてるわよね。だからー、ゲームの世界を現実だと思っていたのよ奴らは。アンタは何も気にしなくていいの」
「気にしないわけにはいかねえ。今回俺の友達がどんな酷い目に遭わされていたか。どれだけの数の死人が出たか解らねえんだ。許せる話じゃねえよ。俺はCursed Heroesの運営を許せねえし、どんな方法を使っても止めるつもりだ」
キョトンとした顔になって俺をガン見するルカ。こうして見るとやっぱ可愛いんだよな。
「方法って?」
俺はじっと見つめてくるルカから目を逸らして頭を掻くと、
「それは……そうだな。例えば警察とか、消費者庁とか、えーと、」
「やめておきなさいよ。アンタはただ恥をかくだけだわ。誰も信じないし動くはずないんだから」
「うるせえな、やってみないと解らないだろ! とにかくもう俺は戦わないし運営を野放しになんてさせねえ! 何もかもみんなあの運営のせいだろ! もう沢山なんだよ。俺の友達がどんな目にあったか知ってるだろ! もっとちゃんと教えてくれよ、知ってるんだろお前!?」
身を乗り出して大声を出した俺に対して、姫君とか言われてた女からは何の返答も返ってこない。窓の景色をぼうっとして見てる様子だった。なんか言ってくれよ。
「……雨。振ってきたわね」
「うん? ああ。そんなことより俺の話を聞い、」
言いかけた俺のすぐ側にマスターがやって来ていた。たまに忍者みたいなんだよなこの人。まあ、足音がしないだけなんだけど。
「お待たせしました〜。これは奢りだよ。開店以来の、売上新記録を更新してくれたお礼さ」
「え! 本当にくれるのー! ありがとうマスター」
ルカはマスターが持って来たパンナコッタを美味しそうに食べていて、俺の話など聞いていなかったみたいにニコニコ顔になっちまった。実は今日追加された新メニューだ。
「アンタはいろいろと悩みすぎだし考え過ぎよ! 圭太って意外と想像力が旺盛なのね。きっとあたしとめいぷるちゃんの裸とかも想像してそうだわ」
「裸なんて想像してねえよアホ!」
しょうもないことばかり言い出すルカに呆れた俺が、体を後ろに剃らせて腕を組んでいると、今度はルカが前のめりになって覗き込んでくる。
「じゃあ下着姿は?」
「下着……ねえよ!」
嘘だった。本当はちょっとだけある。
「今ちょっと間があったわ。まさかと思ったけど……正直に言いなさい。夜な夜な想像の世界であたしのことを脱がしているでしょ!」
流石にそこまで卑猥な想像はしてないぞ俺は。自信を持って言える!
「お前なんか脱がさねえ! どんなに俺が若さを持て余してエロ動画を何本も観まくったとしてもお前だけは絶対にない! 絶対にだ」
「じゃあ現実には?」
「……は?」
「想像の世界では絶対にないんでしょ。現実だったら脱がしたいわけ?」
「な、何言ってんだよお前はアホか。どっかのネジが外れてるんじゃないですかルカさんは」
「あたしが良いわって言ったら?」
「そ、それは……」
口籠りつつそわそわしだす俺を見てルカは俯き加減になって震えだし、やがて声を上げて笑った。
「あははは! アンタ顔がタコみたいに真っ赤になってるわよ。今絶対想像してたでしょ?」
こ、こいつ。俺が想像を掻き立てるように誘導しやがったな。ちくしょうめ。
「じゃあ今日の話はお終いね! あたしに聞きたいことがあったらいつでもチャットしなさい。電話は夕方以降なら受けつけてあげるわ」
「ああそうかい。いろいろ気を使わせて悪いな」
「全然気を使ってなんかいないわよ。星宮と戦っている時、アンタには助けられたからね。ちゃんとお礼を言わせてもらうわ。ありがとう!」
こいつ普通にお礼を言う時があるのか。かなり意外な一言だったから少々驚いちまった。
「いや、そもそもお前らが助けに来なかったら俺死んでたし」
「圭太、アンタちょっとずつカッコ良くなってるわよ。……彼女になってあげてもいいかな」
しれっと爆弾発言を放ちつつルカはすくっと立ち上がる。言葉の爆撃はまず俺の脳天を直撃し、心臓を破壊するような勢いで叩いた後に顔面を熱でもあるんじゃないかってくらい熱くさせやがった。
「へ? お……おいそれって、」
「交際をOKした後、一秒後には振ってるけどね」
「お前絶対付き合う気ねえな! 俺を凹ませたいだけだろそれ」
「一秒は言い過ぎたわね。二分と三十秒くらいで振るわ」
「刻んでくるんじゃねえよ! まだまだ全然短いわ!」
出入り口の扉に着くまでファッションモデル並みに優雅な足取りだったルカは、最後にひまわりみたいな笑顔を見せて、
「じゃあねー! また今度っ」
と言って去って行きやがった。結局肝心なことは解らずじまいじゃねえか。例によってデレデレ顔になって俺に近づくマスター。これは面倒くさいやり取りを始める前振りだ。
「圭太君〜。君の青春はもうラブコメディになってきたんじゃないか。おじさん羨ましいねえ。この歳ではもうラブコメの主要人物にはなれないからなあ。おじさんは見守るしかあるまい」
「完全な誤解ですよマスター。じゃあ洗い物したら俺帰るんで」
マスターはカウンターでコーヒーを一杯飲んでから、皿やコーヒーカップを纏めて運んでいる俺を一瞥すると、
「そういえば君、途中怒っていた様子だったね。ああいう話し方は良くないよ。女の子っていうのは強そうにしていても、内心では傷つきやすかったりするものさ。折角のチャンスなのだから」
年配者のアドバイスをしっかり聞いている風に頷いて、俺はそそくさと台所に消えた。絶対ないって。ルカのハートはきっと鋼鉄で出来てる。熊や軍隊よりもおっかない化け物と戦いまくれる女なんて見たことないし。
結局俺はルカに引っ張り回されているだけなんだよな。だけど、Cursed Heroesの運営だけは何とかしなくちゃいけないと思った。このままじゃまた誰かが殺されちまう。
いや、今こうしている間にも、もしかしたら誰か死んでいるかもしれない。
バイトが終わった俺は家に帰ってCursed Heroesをプレイしていると、どうやら明日でCursed modeが終了するっていうことに気がつく。いやー良かった。でもお知らせには第一弾って書いてあったよな。
これから第二弾とかもあったりするのだろうか。
考えてもしょうがない。もう俺は参加することなんてないんだからさ……って思ったのは何回目だろ。いつまでもダラダラ付き合っている訳にはいかないよな。
電気を消して真っ暗になった部屋の中で、ベッドに潜り込んだけど全然寝れそうにない。
モヤモヤと頭に浮かんでくるのは昨日見た悪夢だった。次々と首を斬り落とされていく人達、地下通路に飾られていた生首のコレクション、全身傷だらけで変わり果てた姿になった沙羅子、そして悪魔と解っているとは言え……人間の姿をした星宮を殺した自分。
そんな時だった。急にスマホがバイブレーションして俺は飛び起きる。
「なんだよ、ビックリさせやがって!」
俺はスマホの液晶を一瞥すると、すぐに怒りは溜息になって消えた。チャットを送ってきたのがルカだったから、またしょうもない内容かと察したからだが、
『圭太。chの運営を刺激するような真似はしちゃダメよ。絶対に』
いつになくマジな空気感のあるメールだったが、俺は素直に忠告を聞く気に離れなかった。だってそうだろ? 人が死にまくっているゲームを開催している張本人達なのに、逮捕もされないで普通に活動できてるっておかしいじゃないか。
だから俺はルカの言うことを聞かなかった。Cursed Heroesをもう一度起動させて、タイトル画面をまじまじと見つめる。あった。タイトル画面の隅のほうに問い合わせ窓口がある。
お問い合わせっていう表示をタップするとメールを作成できる画面に遷移した。俺は思いつく限りの丁寧な文章を考えた挙句、五分もしないうちに完成したメールをすぐに送信した。
内容はこうだった。
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初めまして。Cursed Heroesをいつも楽しく遊ばせてもらってます圭太というものです。
今回お問い合わせさせていただいたのはゲームのイベントに関することなんですけど。
現実の世界にモンスターが出てくるっていう狂った遊びをいつまで続けるつもりなんですか? どんな技術を使っているのかは知らないんですが、やっていることはもう犯罪だと思ってます。
明日にでも警察に言うつもりです。脅しじゃありません。
俺はあなた達が許せません。
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半分怒りに駆られながら作った内容は、今読み返してみると酷いもんだと思う。本当に脅しじゃなかった。俺は警察に行く気満々だったんだ。
次の日、俺が日本の歴史について語る先生の話が子守唄としては最高だと考えている矢先に、運営から返信が返って来やがった。
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圭太様。
いつもCursed Heroesをお楽しみ下さいまして、ありがとうございます。
運営事務局の風祭です。
ケータ様におかれましては、Cursed modeに大変ご不満を抱かれているとのことで、私どもとしましても心苦しい限りでございます。
お怒りの中申し訳ございませんが、イベントに関しての今後の予定などは個別にお答えすることが出来かねます。公式サイトやSNSにて告知してまいりますので、お待ちくださいますと幸いです。
今回圭太様からいただきましたお声は、私が大切にお預かりし、関係者各位にお伝えさせていただきます。
他にもお困りのことがございましたら、お気軽にお問い合わせ下さいませ。
これからもCursed Heroesを宜しくお願い致します。
Cursed Heroes 運営事務局 風祭
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な……な……。
なんだよこの肝心な部分をはぐらかした返信は?
俺はもう完全に歴史の授業なんか頭に入らなくなっちまった。警察の下りとかまるで無視してるじゃねえか。頭の中は苛立ちでもう沸騰しきっていて、どんどん冷静さを欠いていったことを覚えてる。
俺はすぐさま返信をすることにした。
そしてしばらくの間運営とのやり取りが続くことになったんだ。何かに足を取られてずるずる落ちていくような、そんな嫌な予感を感じながら、俺はメールを送信する手を止めることができなかった。
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