第71話 ランスロットの奇襲
ランスロットのマンションは一度来ことがあったけど、細かい場所なんて覚えてられるわけがない。
でも大河からもらったマップがあったおかけで、迷うことなくここに到着することができた。今はボロマンションの入り口前で、実はもう俺はアーチャーに変身している。
鎌田には電話したりチャットを送ったりしているけど、何の反応もないから不安で堪らない。もしかしてアイツもう中に入っちまったんじゃねえのか、と思っていた時だった。
「う、うわああー!」
上から聞こえてくる悲鳴は、多分鎌田の声で間違いない。俺は勢いよく入り口に飛び込んで階段を上がると長い廊下を突っ切り、ランスロットが隠れていた突き当たり右手の部屋に到着する。
「大丈夫か!?」
弓を構えた俺がドアを蹴破って部屋の中に突入すると、言い難いが黒くてとっても気持ち悪いあの虫から逃げ回っている鎌田がいてため息を漏らす。まあ、非常に不愉快な虫だけど、こいつに殺されることはないからな。
奴はビビりつつ俺に懐中電灯を当ててきたが、以前見たことがある顔だと解ると少しずつ落ち着いてきて、
「ひえええ!? あ……アンタ以前幽霊駅で会った人っすよね? どうしてここに来たんですか?」
お前が俺の警告も無視してここに来たからだろうが! と言いたかったがやめた。今の俺は普段とは全然違う顔をしているから、小学校からの友達だろうが気がつかないだろう。
「ここに悪魔が出現すると聞いてな。ちょっと調べに来たんだ。お前はなんでここにいる?」
「あー……ちょっと、面白い動画とか撮れないかなーって思って。ははは」
コイツはいつも動画を撮って金を稼ごうとしてるな。もっと地道に行けよ地道に……とか考えつつ部屋の中を見渡していると、以前来た時と同じく殺風景だなと感じた。床の魔法陣以外は。
「ここには女の幽霊が出るって噂だったんですけどね。今のところ出てこないっすわー。でもここが完全にヤバい場所っていうのはハッキリしましたよ。だって床一面に妙な魔法陣が描いてあるし」
「ああ。こんな魔法陣なんて床に描いてるのは相当イかれた奴だ。お前はさっさと逃げたほうがいい」
よくこんな怖え所に一人で来れるなコイツ。俺は一応大河に頼まれていた調査とやらをしようと思ったが、灰色のコンクリートに包まれた部屋にはベッドと本棚しかない。以前来た時より本は増えているようだった。
「……これは?」
俺は一冊だけ妙に分厚い本を見つけて、どうもそいつが気になって手に取った。タイトルは英語で書かれている。
「儀式の方法?」
直訳するとこんな内容だった。シンプルすぎる題名だとは思うが、中も全部英語になってて俺にはさっぱり解らない。ただランスロットが付箋を貼っていたページがあったので開いてみた。魔法陣の上に奇妙な物体を置いている絵は、どっかで見た光景と似てる。
「これは……あのモンスター召喚装置みたいじゃねえか」
「え? なんかあったんすかー」
鎌田が横から俺の読んでいる本を覗いてきた。どうやらこの本には、カイが行ったモンスター召喚と同じようなことが書かれているみたいだ。
「へえー。異界からモンスターを召喚させる方法……って書いてあるっすね」
「お前読めるのか?」
「はい! 俺こう見えても英語得意なんすよ」
鎌田はそんな特技があったのか。ちょっとでも活かせばモテるのになー。
「うーん、しかしどうにもいかがわしい内容っすね。この儀式」
「……なんて書いてあるんだ?」
「悪魔を召喚する為のゲートを作り出す為には、膨大な魔力が必要である。魔力を得るためにはまず第一に、儀式を行う者がそれ相応の犠牲を払わなければならない。儀式を請け負う悪魔に対し、自身が最も大切にしているものを差し出さなくてはならない。悪魔が望むなら、自らの眼球であろうと自身の妻であろうと差し出す必要がある」
確かにこの内容はなかなかハードだな。でも大河はそんな話はしてなかったんだよな。もしかしたらこの本はパチもんかな。いや……ランスロットが読んでいた本だ。きっと間違いは書いてないんだろう。
だとしたら、カイは悪魔とやらに一体何を差し出したんだ? アイツはもしかして、ゲートを召喚する為に正常な心を捧げたとか? 今のところは推測の域を出ないけどあり得る話だ。鎌田が興味津々で読んでいる最中に、俺は本棚の奥に何かがあることに気がついた。
奥に手を伸ばしていくと、実はもう一冊分本が入る空間があった。中に写真ファイルみたいなものが一冊だけ収納されてる。
「これはなんかの似顔絵かな?」
「みたいっすね。へえー。すげえ綺麗な姉ちゃんじゃないっすか」
中には写真じゃなくて三昧の絵が入っているだけだった。凄く精巧な人物画みたいで、全部で三枚ある。一枚目はランスロットが広い草原に立っている絵。二枚めは黒くて長い髪をした女の人の絵で、プリーストに変身している時のめいぷるさんに服装が似てる。
「えー。すげえ! これもしかしてコスプレとか見て描いたんですかね?」
鎌田がちょっと感動している。三枚目にはゲームのキャラクターみたいな四人の連中が描かれていた。ランスロットと派手な鎧を着た男の間に、一人の女子が剣を上げて笑っている。
「この女の子とか、如何にもRPGの勇者みたいな感じじゃないっすか? 痛いわー」
「うん……まあ、そんな感じに見えるな」
女勇者って感じなのかな、この子。元気に笑っている勇者っぽい女子の後ろに、茶髪の女性がいるがこっちは落ち着いて見える。もしかしたらこれは、ランスロットの仲間達じゃないのか?
「ところでお兄さん。あんたも確か金髪の女子とー」
「危ねえっ!」
俺は咄嗟に鎌田を掴んで横に飛んだ。ギリギリのところで二人とも躱すことができたそれは、まるで氷でできた刃だ。ボロマンションの壁に思い切り突き刺さっていやがる。
「ひ、ひええっ! な、なんだあ」
「静かにしろ!」
テンパり床にヘタレ込んだ鎌田に囁きつつ、俺はしゃがんだまま氷の刃が飛んで来た方向を注視した。懐中電灯なんて無くてもプレイヤーにははっきり先が見えるが、敵の姿は確認できない。やっぱり来やがったか。
「まさか君が来るなんてね。予想外だったよ」
聞きなれた声が向こうから聴こえてきた。
「俺もだ。まだここに根城を構えていたなんてな。ちょっとばかり間抜けじゃねえか? ランスロット」
鎌田は突然襲い掛かられて恐怖心に駆られているのか、震えたまま動けない。おかしいな。ランスロットがいるのなら、視界にあるレーダーに映る筈なのに。今ここには俺の反応すらない。
「僕のことを調べに来たようだが、そんな真似をしたところで無駄だよ。カイの居場所は、僕にも伝えられていないのだから……ね!」
「ちぃい!」
今度はオンボロの壁を粉砕しつつ、四本くらいの刃が飛んで来やがった。俺はしゃがんだまま真っ直ぐ飛び、鎌田を抱きかかえて部屋の反対側まで転がった。振り向くと奥の壁には氷で作られた刃が五本も突き刺さってて、腕の中にいる鎌田はブルブル震えてやがる。
「ひいいい! こ、こんなの聞いてねえよー! 勘弁してくれぇ」
だからここには来るなって言ったじゃんか。俺は悪態をつきたくなったけど、ランスロットの位置が掴めない以上余裕がない。
「君は不思議だと思ったことはないかな? 僕が英雄そのものであるとしたら、わざわざCursed Heroesに依存する必要があるのか。レーダーに自分が映っていたり、Cursed Skillが使用できたり、アビリティも使えると言うのはおかしいのではないか……と」
言われてみれば確かにそうだ。奴の小さな足音が聞こえる。どこに移動しているんだ? 俺はしゃがんだ姿勢のまま鎌田から手を離し、近くにあったベッド脇に移動した後、恐らく奴がいる方向へ弓を構える。
「瘴気の力の影響は深刻だった。僕とて本来の力をここで発揮することはできなかったんだよ。この世界では大幅な弱体化を余儀なくされてしまった。Cursed Skillと似たような特技もあったんだけどね。ここでは使えなかった」
ランスロットの足音はまだ聴こえる。多分大体の位置は掴めた。見てろよ。
「僕を連れて来た天使は、これでは無力だと思ったのだろうね。実は天使からけっこう力を借りているのさ。擬似プレイヤー状態といったところかな。だからCursed Skillも使えれば、レーダーに映ることもあったわけさ」
「ホイホイ秘密を喋ってんじゃねえよ。余裕のつもりかっ!?」
俺は彗星弓から矢を放った。目標が解らないけど、とにかくやられてばかりではいられない。矢は真っ直ぐに向かい、ロックオンはされていなかったので壁をぶっ壊しつつ飛んで行った。
「残念……僕はそこには……いない!」
次の瞬間に俺は目を疑った。明らかに俺達の背後や側面から、また四本くらい刃が飛んで来たからだ。
「な、どうなってんだよ!?」
しかも標的は常に俺じゃない。震えて固まっている鎌田だ。俺は一気にダッシュして鎌田を突き飛ばすと、持っていた彗星弓で二本の刃を受けたけれど力負けしてぶっ飛ばされた。
「うわああー!」
「ひええ! お、お兄さん。大丈夫っすかー!?」
俺がさっき半壊させた壁に自分自身が飛び込む形になって、すげえ大穴を開けて転がりつつも周囲を見たが、アイツはやっぱり見つからない。今はもう部屋を突き抜けて廊下に飛び出している。
「テメエ……本当は何処に隠れていやがるんだよ!」
「忘れてはおるまい。君がターゲットにされたイベントの時、ここだけはレーダーに映らないと話していたよね? 床の魔法陣だけではないんだよ。レーダーを妨害する結界をこのマンション周辺には張り巡らせてあるんだ。僕の正確な位置は、君が自分の感覚で察知する他ないだろう。まあ、その前に君は死ぬけどね!」
「……くそっ!」
今度の標的は俺だった。氷の刃は四方八方から壁を突き破って飛びかかってくる。アーチャーの動体視力は人間の何倍も優れているのか、一本一本を見定めながらギリギリでかわしつつ、俺は飛んできたそれぞれの方角を見渡す。
「そうか……お前はあらゆる方向から魔法を作り出して打ち出すことができるんだな?」
「いかにも。僕はその気になれば……このマンション毎爆破できるんだよ」
「…………」
俺は黙って策を考えていた。コイツはここまで狡猾な真似をする男だったか? もう心底見損なっちまった奴の言葉は、まるで脳内に直接響いてくるようだった。
「ここを盛大に吹き飛ばしてしまったら、君は逃げれても彼は無事じゃ済まないだろう。大事なお友達が消し炭になる未来はお好みかな?」
「趣味の悪いこと言いやがるな」
「ははは! だが心配はいらないよ。君に一つ良い提案をしてあげよう」
「あん? 良い提案だと?」
鎌田はまだ怖くて動けないんだろう。俺は静かに周囲を見渡しながらしゃがみ込んで、ランスロットの気配を探るしかなかった。
「そうだ。異界の英雄達は、自分が認めた存在にしか力を貸さない。最強のアーチャーが唯一認めた君は、僕から見てとても魅力的だ。どうだろう……僕と組まないか?」
「……俺に、お前と組めだと?」
耳を澄ましても、何処を見回しても奴はいない。おかしい。レーダーに映らないのなら奴だって目視で狙う以外ない筈だ。
「そうとも。この世界は明後日に壊滅的な被害を受けるだろうが、人類が絶滅するわけじゃない。モンスター達が介入してこれる日々は長くは続かないんだよ。選ばれた存在だけが生き残り、本当の楽園を生きることができる。僕の口添えがあれば君は直ぐに仲間に入れるんだ。もう何の苦労もなくなるよ」
俺は静かに周りを見渡すが、やっぱり奴はいない。どうしてこうもはっきり声が聴こえるんだ。
「何の苦労もなくなるなんて嘘だ。信用できるか」
「本当なんだよ。どんな暮らしも思いのままだぞ。君が望む美女も贅沢な暮らしも。あんな女からは離れて、僕のところへ来ないか?」
「あんな女? あんな女って何だよ」
急激に頭に血が上りそうになった。仲間だった奴をあんな女呼ばわりするのか。決して裏切らないと言ったくせに。奴は中間距離を最も得意とするウィザードだ。恐らくは俺からも本当は見える距離で、隠れつつ攻撃している。だがアイツはどんな手で隠れているのかが解らない。
奴を見つけるにはどうするか。俺はとにかく時間を稼ごうと考えていると、あの写真ファイルのことを思い出した。
「ランスロット。お前本棚の奥にファイルを隠していたな。あれがお前の異界の仲間達ってわけか?」
「…………」
「アイツらが今のお前を見たらどう思うんだろうな。きっと軽蔑するだろ。欲に駆られて平気で人を裏切る。最低な野郎だったんだってな」
「僕がいつ裏切ったのかな? こうして君に手を差し伸べているよ。僕の魔法で消し炭にするなんて余りにも惜しいと」
何が手を差し伸べているだ。単なる脅迫じゃねえかよ。そんな時思ったんだ。アイツは結局のところ俺と同じプレイヤーであり、俺と同じ恩恵を受けている。あったじゃねえか。近くにいる前提だが、アイツをハッキリ特定する方法が。
「ふざけんな。ところでさ。あの中に黒くて長い髪をしたプリーストみたいな女がいたな……あれがお前の女だろ?」
「……よく解ったね。いかにも僕と彼女は……?」
「そこに居たな……ランスロット!」
確認するのは一瞬で充分だった。振り向いた俺の視線には、白いチェーンの先が見えている。Cursed Heroesのシステムであるシンクロを発動させた俺は、今ランスロットと繋がっていた。
瞬時に彗星弓を構えて矢を放つと、十五メートルほど先にいる何もない筈の空間が歪み、バリアを剥がされてダメージを受けたウィザードが姿を現わす。普通なら死んでもおかしくない威力だっていうのに、アイツのバリアも相当な強度ってことか。でも次は防げない。
「ぐぬうう!」
やっぱりアイツは俺の近くにいた。そして最も安全に命を狙えるのは背後だと踏んでいたんだ。どういうわけか体を透明にしていたみたいだけど、これも魔法だってことか。俺はゆっくりと立ち上がると彗星弓を向ける。
「余裕を見せすぎだ。どんなに美味しい条件を出していようが、俺はお前とは違う。仲間を裏切るつもりもねえし、カイの思いどおりになんてさせねえ!」
キザ男は右手に持っていた折れた杖を見てため息を漏らすと、黒いローブについている埃を払っている。あの杖はいつもランスロットが使っているものとは違う。
「まさかシンクロアタックを使って、僕の居場所を特定するなんてね。そうだった。僕は戦っている最中にシンクロを許可するのが面倒だったから、自動で許可するように設定していたままだった……」
シンクロアタックは本来両者の同意があってこそ成立するシステムだが、戦っている真っ最中に同意するのが面倒なユーザーの為に、【自動許可】っていう機能が用意されてる。ランスロットは何でも効率よく考える男だったことを俺は忘れてなかった。
「ふん。交渉決裂……か。君の気持ちは伝わったよ。ああそれと、種明かしをするとね……この杖は自身を透明にすることができる力があるのさ。借り物だけど、もう直せそうもないな」
「余裕のつもりか。お前はもう逃げれねえぞ!」
「ははは! 君は一つ忘れているんじゃないかね。僕のアビリティは何だったかな? 僕は他のプレイヤーよりもCursed Skillゲージが溜まるのが早いのさ」
ランスロットは突き当たりの壁に背中を預けると、ファッションモデルみたいに脚をクロスさせたカッコつけたポーズを決めた。同時に足元からは魔法陣が発生して全身を包み始めてる。
「て、てめえ待てこら!」
俺は焦ってもう一度矢を放った。これだけの近距離でしかもロックオンしてるんだから、どう考えたってかわすことはできない必殺の一撃なんだが、本当に寸前のところで奴は幻みたいに消え去っちまった。矢は壁を貫通して遠くに消え去って行く。なんてこった。
「くそ……あと一歩だったのに」
俺はやっと捕まえられそうだったやつに逃げられて、悔しくて堪らず近くにあった壁を殴っていると、鎌田があの黒い虫みたいに這いつくばって部屋から出て来た。
「お、お兄さん! どうしたんですか!? アイツは!?」
「大丈夫だ。終わったよ」
「ほ、本当っすかー。やっつけたんすか?」
「逃げられちまった……」
「へ、へえー。逃げやがったんですかあの野郎。つまり兄貴の勝ちっすね! いやあ良かったー。俺まじで死ぬかと思ったっすよ」
鎌田は立ち上がって俺に駆け寄って来る。お前のおかげでこっちは大変だよと言いたい気持ちをグッと堪えて肩を叩いた。
「これに懲りたら。もう危ない所には行くんじゃねえぞ。俺がここに来たのはたまたまだったんだからな」
「へい! もう金輪際ヤバイ所には行かないっすよ! マジでありがとうございました! じゃ、じゃあ俺、もう帰ります」
「ああ。気をつけて帰れよな」
体育の授業でも滅多に見せたことのないような猛ダッシュで鎌田はマンションを出て行った。俺はランスロットが持っていた儀式の本を手に取ってその場を離れる。鎌田からめちゃくちゃ興奮しているチャットが来たのは直ぐ後のことだ。マジでうざったい。
決戦までもう時間は残されていない。やっと気持ちが落ち着いたところで、今度はルカに会うっていう別の緊張感が俺を襲ってきた。
修学旅行よりずっと緊張して眠れなかった俺は、ほとんど寝不足な状態でルカとめいぷるさんに会いに行ったんだ。
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