第31話 一周年記念イベントの始まり

 都内から電車で行けば一時間程度はかかる片田舎のビル街を、一台のタクシーが孤独に走っている。


 車でさえほとんど通らないほど寂れてしまった街。ゴーストタウン一歩手前となってしまった廃ビルだらけの風景を不安そうな面持ちで眺めている黒髪の少女が、落ち着かない気持ちを晴らそうと助手席に声を掛けた。


「あの、ルカさん。本当にこの街であってるんでしょうか?」

「大丈夫よめいぷるちゃん。レーダーはこの街を表示しているんだから、間違いないわ」


 ルカと呼ばれた少女が後部座席に振り返って、イタズラ少年みたいに笑って見せる。


「それにしても今回は大幅な変更があったものよね! ランスロット」


 声をかけられた長髪の男は、窓の外を眺めていた瞳を助手席に移すと、


「ああ。全くだね。今回からチーム制が導入されるなんて、予想もしてなかったよ」


 ルカとランスロット、めいぷるの三人は新たに始まったCursed modeに参加する為にこの街にやって来た。現実世界に現れるモンスターを倒すことでポイントを獲得し、ランキング上位に入れば巨額の現金とアイテムを手に入れることができる。


「圭太さんは、やっぱりこないんですね」


 めいぷるが俯き気味に呟くと、ランスロットは目だけを左隣りの彼女に向ける。


「無理もないですね。彼は大切な存在をこのゲームに関わったことで失ってしまったんです。嫌になってしまうのも自然なことかと」

「残念です。せっかくチーム制が始まったのに……」


 Cursed Heroesのイベントが開始された通知が来たのは二〇時。めいぷる達のスマートフォンに届いたお知らせにはこう書かれていた。


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 一周年記念Cursed mode 悪魔達の根絶 がスタートしました!



 日頃よりCursed Heroesをお楽しみ下さり、誠にありがとうございます。

 プレイヤーの皆様のおかげで、とうとう一周年を迎えることができました!


 感謝の気持ちを込めまして、Cursed Heroes最大の目玉イベント「Cursedカーセッド modeモード 第二弾 悪魔達の根絶」を本日より開催いたします!


 現実世界に現れたモンスター達を倒してポイントを稼ぎ、豪華なランキングアイテムをGETしましょう!



 また、今回のイベントでは本日追加された新機能、チーム制が採用されております。

 ・最大四人一組のチームで参加すると、メンバーの倒したポイントがチームのポイントになり、ランキングもチームでのポイントが反映されます。

 ・今回のイベントではチームに所属するか、個人で挑戦するかを選択することができます。ランキング順位は個人とチームが混同したものになります。


 上記仕様により、個人ではなかなかモンスターを討伐できなかったプレイヤーもランキング報酬が獲得できるようになります!


 個人でランキング入りを目指して大量の報酬を独り占めするか、チームで参加して効率よくポイントを獲得し、みんなで安全に報酬を分け合うか、お好きな方法を選んでチャレンジしましょう!



■ 【注意事項】


1 本イベント開催期間は6月8日20時00分〜6月30日23時59分までとなります。

2 モンスター達は通知により存在を確認できますが、遅延による影響で該当の場所から移動もしくは討伐されている可能性があります。

3 本イベントにてHPが0となった場合、実際に死亡となりますのでご注意下さい。

4 個人で挑戦しているプレイヤーが途中からチームに参加した場合、それまで稼いでいたポイントはチームのポイントになります。逆に、チームに在籍していたプレイヤーがイベント途中で脱退した場合、ポイントは0からになってしまいますのでご注意下さい。

5 チームに在籍しているプレイヤーは個人での報酬を獲得することはできません。予めご了承下さい。


 今後ともCursed Heroesをよろしくお願いいたします。


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 タクシーの運転手は何も言わずに黙々と運転している。中年の男であること以外は何も解らない後ろ姿をぼうっと眺めながら、ランスロットはルカに一声かけた。


「そろそろじゃないかな。この辺りにゲートの反応がある」

「うん! 運転手さん、ここでいいわ!」


 運転手は無言のまま廃れたビルばかりの歩道にルカ達を降ろした。人が住まなくなったことであっという間に老廃化が進んでいる十階建てのビルを、めいぷるは不安げに見上げ、ランスロットはただ無表情に眺め、ルカは闘志に溢れた微笑を浮かべて睨んでいる。


「この中にゲートが出現するみたいね! さあみんな、片っぱしから退治しまくるわよ!」

「……はい!」

「仰せのままに」


 ルカはインストールを終えて、女騎士の姿になり真っ先にビルへ走る。少し遅れてプリーストになっためいぷるが小走りで追いかけ、ランスロットは涼しい顔で二人の後を駆けていった。



 ルカ達が乗り込んでいった雑居ビルから二百メートル程先にある駐車場に、一台のスポーツカーが停まっている。小柄な黒髪の少年がのんびりと助手席を倒してスマートフォンを弄っていた。運転席にいるのは坊主頭をした褐色の大男で、後部座席には赤いフードを被っている女と太った中年の男がいた。


「いいのかよ影山。アイツら真っ先にビルん中に入っちまったぜ」


 坊主頭の男がハンドルに肩肘を乗せたまま少年に質問する。彼は今すぐにでも戦いに行きたかった。早く自分の力でモンスター達をぶちのめしたかったのに、リーダーはなかなか指示を出さない。


「僕達が向かうべき相手はいないよ。いいかいヒドルストン。このゲームはね、いかに大物を仕留めるかっていうことに意味があるんだよ。低ポイントのモンスターなんていくら倒しても意味ない。それと」


 影山はヒドルストンと呼んだ男の懐からタバコを一本抜き取る。


「僕の名前はニックネームのとおりシャドウナイトって言ってくれない? 身バレしちゃうと危ないからさ」

「へっ! んなダサいニックネーム口にできっかよ」


 二人が喋っている間を割って入るように、後ろにいた中年の男が身を乗り出して来た。


「あ、あのー。ちょっといいですかね? さっきの話ですけど……本当なんですよね? ランキングに入ったら報酬を山分けしてくれるっていうのは」

「あたしたちはちゃんと山分けしてくれるって言うから、子供のアンタの誘いに乗ったんだよ。もし裏切るような真似なんかしたら……」


 中年男に続くように、赤いフードを目深に被った女が呟いた。影山は全く動じる様子もない。


「勿論本当だよ。僕が約束を破るような男に見えるかい? ちゃんと均等に山分けするさ。前回のイベントで一位を取った僕は、もう勝ち方って奴を心得てる。君達は指示したとおりに動けばバッチリだよ! それにさあ……僕達には実質ライバルはほとんどいない。どうしてか分かる? 林王くん」


 中年の男は卑しい愛想笑いを浮かべて、膨れた腹を摩りながら首を横に振った。


「ランキングに入ってた三十人のランカーはほとんど、もうこの世にいないのさ」


 ヒドルストンはクックと笑いハンバーガーに噛りつく。林王にはまだ言葉の意味が解らない。


「ええと。この世にいないっていうのは、モンスターに殺されたとか?」

「あっははは! 違うよぉ。僕とヒドルストンとそこにいる名無しで、強そうなプレイヤーを一人一人殺していったんだよ。変身する前に潰してやった。ただ、どうしても上位ランカーは無理だったんだよね。特にあの三人。ルカとランスロットは隙があるようで無い。リンディスには負けるのが目に見えてる。だから出来る限り勝てそうな奴らから片付けたよ。ついでにバカなクラスメイトも潰しておいた」


 林王はハッとした顔になって、チラリと隣にいる赤いフードの女を見て背筋を震わせる。


「何人もハンマーで頭をカチ割ってやったぜ。もう俺達にとって勝利は約束されたようなもんだ。おっと! 影山、始まったみてえだ」


 雑居ビルの中で猛烈な爆発音がして、モンスター達とプレイヤーの声が交差しているのが遠くからでも解った。ヒドルストンは、持っていたハンバーガーの袋と空き缶を外へ投げ捨てるとカーオーディオ のスイッチを入れる。


 影山はタバコの煙を吐きながら、雑居ビル内でのルカ達の戦いに想像を膨らませていた。


「どうせあんな所に出てくるのは雑魚ばっかりだよ。ほら見なよ、あれ」


 雑居ビルの八階窓から叩き落とされていく人影が、あっという間にアスファルトに激突して全身が破裂していた。


「おいおい! メチャメチャグロいじゃねえかよ。ゾンビってマジで見てらんねえな。でもよ影山、何であのビルに出るモンスター達が雑魚だって知ってんだよ?」

「僕は攻略情報を先取りしているんだ。そういうコネがあるわけ。ほら見なよ、他のゲートから出てきた奴らもいるだろ。じゃあそろそろ車を出してくれ。とびきりの獲物を狩りに行こうじゃんか」


 いつの間にかビル街には何人もゾンビが闊歩し始めている。ヒドルストンは音楽のリズムに乗りながら目一杯アクセルを踏み込み、向かって来たゾンビ達を容赦無く引きながら突き進んでいった。


「ハッハー! さあ何処だ? とびっきりの獲物がいるゲートはよ」

「もうすぐそこだよ。あの奥にある十字路だよ」

「あん? おおー。マジかよ、なんだありゃ」


 ビル街を一キロ程突き進んだ先にある十字路の真ん中に、大きな魔法陣と光の扉が出現している。三十メートルほど手前で車を停めた影山達は、まるで遊園地に遊びに来た子供のような顔で車を飛び出した。


「マジかよー! 本当に大物がいるじゃねえか! やったぞぉお前ら」


 ゲートと呼ばれる扉はうっすらと透けて中が見えており、ゼリー状の体をした生き物達が今にも扉を突き破らんばかりに溢れていた。黄金に輝くゼリー状のモンスターは、どんなプレイヤーでも倒せる上にボスモンスターよりも獲得ポイントが高い。その代わりほとんど現れることがない貴重な存在でもある。


 ヒドルストンは持っていたハンマーを上機嫌に頭の上で振り回している。彼の少しだけ後ろで赤いフードの女は口元をほころばせ、林王は盾を持った大男に変身してウォームアップを始める。影山は一番後ろで悦に浸りながらスマートフォンを取り出し、自らもインストールを開始する。


「あれだよな影山。もう俺達二、三日やればぶっちぎりなんじゃね? だってレアモンスターども、何十匹といるじゃねえか」

「あっはっは! 勿論だよ。恐らく僕達は直ぐにランキングトップに立つだろうさ。多分六月中旬までしっかり戦えば、ダントツで一位のままラストまでいけるはずだよ」


 フードを少しだけ上げて、女は影山に怪しい微笑みを向けると、


「アンタのこと疑っていたけど、思ってた以上に頼りになるみたいね」


 林王はもう扉の奥にいるモンスター達に夢中になり、三人の会話を聞いていない。長身の坊主頭がゲートの手前に立ち、ゆっくりとハンマーを上段に構える。


「おいおい、いくら何でも近すぎじゃないかい? 雑魚とは言っても、万が一があるんだよ」

「問題ねえよ。俺がしくじるかっての」


 ランスナイトとなって槍を構えた影山は、ヒドルストンよりも十歩ほど後ろで笑っている。少年に小馬鹿にされても彼は気にもとめていない様子だった。目の前にあるご馳走から目を離せない。


「さあ、開け開け! 俺の可愛い獲物を解き放てよぉ〜。ゲートちゃんよ」


 透けていたゲートが徐々に実体化を始める。魔法陣と扉の光が増していき、ようやく赤い扉は重く軋んだ音を立てて両側に開き始めた。


「おらああ! 行くぜえぇ!」


 ヒドルストンが渾身の力でハンマーを振り下ろそうとした瞬間、背後から頬をすれすれで通り抜けた何かがゲートに衝突して青い光を発した。


「ぐあっ!? な、なん……」


 まるで巨大なレーザービームのように見えるそれは、開きかけたゲートに直撃して少しずつバリバリと赤い扉を、魔法陣の輝きを……そして影山達の求めていた存在を消し去っていく。


 眩い光に固まっていた四人は、やっと目を開けるとただ呆然とするしかなかった。


「お……おいおい。なんだよ。どうなってんだよ、これはぁ!?」


 ヒドルストンがハンマーを力なく地面に垂らして叫ぶ。林王とフードの女は言葉も出せずに静観するしかない。


「あ、あり得ない……どうなっているんだ。僕らはゲートを破壊できないはずなのに。どうして」


 影山は槍を持ったまま、軽く額に汗をかいてヒドルストンの隣までトボトボと歩く。


「んなこと言ったってよ、現にこうして壊され……ぐあ!」


 苦痛に顔を歪めるヒドルストンがハンマーを落として片膝をつく。影山の目に写っていたのは、褐色の右腕に深々と突き刺さった黒い矢だった。


 何十本という矢が影山達の背後からひたすらに飛びかかり、彼らはそれぞれに抵抗を試みるが、矢を完全に防ぎ切ることはできずに肩や足を擦り切られていった。


「があ! こ、この僕の足を……誰だ? まさか圭太か? いや違う。アイツに僕を襲う勇気なんてあるものか。きっと新しいプレイヤーの仕業だな」

「なろお……舐めやがってえ。俺様に喧嘩を売ったらどうなるか教えてやるぜえ!」


 ヒドルストンは腕に刺さった矢を苦悶の表情で引き抜くと、落ちていたハンマーを拾って矢の方向に走り出す。何処から飛んできているのかも解らない矢は、怒りにまみれているように血で染まっていた。

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