第60話 青白い床

 カイが作り出した研究施設内にある真っ白な部屋の中で、俺と影山は戦うことになった。


 奴は真っ直ぐにこっちに走って来た。マジかよ。本当に正面から来るなんて思わなかった。


「だああああ!」


 攻撃が当たった人間を消滅させる槍。奴が持っている武器は確かに強力だが、当たらなきゃ意味はねえ。俺は奴が突っ込んでくる前に矢を放つ。丁度顔面に向けて飛んだ矢を奴は槍で弾き、一瞬だが視界が隠れて動きが鈍る。俺は近くにあった柱の影に隠れた。


「あれー? 圭太君……どういうつもりなのかな? それは」

「どうって? 隠れているんだが」

「はああ? 正々堂々と勝負しようっていうのに、柱の影にコソコソ隠れるとはね。見損なったよ」


 ああ見損なってくれ。俺はその十倍以上お前を見損なったさ。別にこれは反則ってワケじゃないしな。お前の得意な状況には持っていかせねえ。


「ていうか、そんなことしちゃったら僕の勝ちなんじゃないかな?」

「いいや、隠れているほうが俺は戦いやすいぜ。こういうことができるからな!」


 俺は視界に映っているレーダーを見ながら、目前の柱に向かって弓を構える。レーダーにはなぜか俺達の周辺しか表示されない。何か遮断するものがあるのかもしれない。とにかく俺は矢を放った。


「ふん! 君にはガッカリ……うわあっ!」


 影山があからさまに動揺したことがはっきり解った。俺の矢は障害物をすり抜けて飛ぶ。だから影山には攻撃し難い位置にいても、こっちは関係なしに狙い続けられるってわけだ。


「くそ……そうか。お前のその弓は」

「忘れていたのかよ。学校の勉強は忘れないのにな」


 俺は奴が動揺しているのも気にせずに矢を放ち続ける。以前よりも矢を連発する速度も、矢が目標に届く速度も段違いに早くなっている。レーダーには影山を表す青いマークがあるが、ジリジリと後ろに下がっているのがはっきり解った。


「がはあっ! こ、この野郎ー……」


 俺はようやく柱の陰から姿を見せる。奴は俺の矢こそ直撃しなかったが、矢を包んでいる彗星には当たってしまいもうボロボロで、仰向けに倒れたまま動かない。俺は三十メートル程離れた距離にいて、決してここからは近づくまいと思った。どんな不意打ちがあるか解ったもんじゃないからな。


「もう諦めたらどうだ? 俺だって命まで奪おうとしているわけじゃない。警察に自首するんだったらこれ以上はやらねえよ」

「何……僕が自首?」

「ああ。お前は人殺しなんだから、ちゃんと罪を償え!」


 奴の腹が静かに震えている。やがて何かが壊れたみたいに馬鹿笑いをしやがった。


「ははは。はははは! はぁあ……アホくさ! 君さあ。このくらいで僕を追い詰めたつもりなの? だとしたら大間違いだよ」

「? どう見たってもうボロボロじゃねえかよ」


 影山はゆっくりと上半身を起き上がらせ、狂気に染まったような目でこっちを睨んだ。


「終わっちゃ……いないん……だーよ! カイさん! お願いします」


 いきなり奴は天井に向けて大きな叫び声を上げる。今度は何をするつもりだと考えていると、足元に妙な光が発生していることに気がついた。部屋全体の床も同じように光っている。罠か?


「な、何だよ!? この光は……あ!?」


 急に体の力が抜けたような気がした。いや、力が奪われたというべきかもしれない。アーチャーの服が学生服に変わり、虹の彗星弓は手元から無くなってしまい、俺は普段の姿に戻ってしまった。


「ははは! この床には細工がしてあるんだよ。Cursed Heroesのキャラクターデータをアンインストールし、床にいる限りインストールもできない。つまり君は、生身で僕と戦わないといけないのさ」

「う、嘘だろ!? ちょっと待て! じゃあお前はどうしてランスナイトのままでいられるんだよ?」


 影山は立ち上がって身体中の埃を落とすと、思い切り顎を上げて下目使いになって、左腕に着けている銀色の腕輪を見せてきた。


「コイツがあれば床の効力は発揮しない。僕はずっとランスナイトでいられるよ。残念だけど、これで勝負あったよね」

「て、てめえ……やっぱり正々堂々と勝負する気なんかねえんじゃねえかよ!」

「はあ? あったり前じゃん。圭太君もしかして本当に信じていたの? 馬鹿だよねえ、君は本……当に!」


 影山は俺目掛けて走り出した。今の俺じゃどう考えても奴には勝てない。直ぐに背を向けてダッシュして、入ってきたドアに戻ろうとしていたんだけど。


「やべえ、このドア開かねえじゃんか!」

「もうロックされているんだよお! この間抜けがあ!」

「うおおっ!」


 影山の槍がギリギリで俺の眉間に刺さるところだった。思い切り横にかわしたから何とか凌げたが、このままじゃマズイ。


「さあ逃げろ! 逃げろ逃げろこの雑魚野郎」

「く、くそぉー」


 俺はまるで猫に追い詰められてる鼠の気分で逃げる。影山の笑い声が背中に聞こえて、遊ばれつつも逃げ回るしか方法が浮かばなかった。




「あ……あなたは……」


 圭太の後を追って入ったはずの部屋にいたのはヒドルストンだった。どうして圭太ではなく、褐色の肌をした大男が待っていたのか、彼女には全く理解できない。ヒドルストンは首を鳴らしながら、ゆっくりと彼女に近づき始める。


「おやおや。俺の相手はアンタだったのかい? 綺麗なお嬢ちゃん。なんか嬉しいねえ。アンタみたいな奴をいたぶるなんてさ、久しぶりだから」

「わ、私をいたぶる? どうしてですか。同じプレイヤー同士なのに、どうしてあなた達は私達の邪魔をするんですか」


 体を強張らせているめいぷるを卑しい目つきで眺めているヒドルストンは、右手に持ったハンマーを軽く振りながら質問に答える。


「どうして? だってアンタらがいたら、俺達ランキングで一位になれねえだろうが。一位と二位じゃ報酬が大違いだぜ。ちまちまポイントを馬鹿正直に稼ぐよりもよお。プレイヤーをぶっ殺しちまうほうが手っ取り早いからだろうが」


 めいぷるは杖を持ったまま後ずさり、ドアに背中が当たったことに気がついてビクリと振り向いた。


「と、閉じ込められた?」

「そういうこと。ここはどっちかがぶっ殺されるまでは出れねえぜえ。まあ、どっちが死ぬかは考えるまでもないけどなぁっ!」


 ヒドルストンはゆらりと振っていた長く巨大なハンマーを頭上に上げ、思い切り地面に叩きつける。ハンマーから緑色の光と共に地面を衝撃波が伝っていき、正面にいためいぷるに命中して爆発した。


「きゃああっ!」

「へへへ! 俺のCused Skill 野獣の狂爪だ。コイツは大抵のモンスターもプレイヤーも一発で死んじまう」


 煙が消え去った時、プリーストの服が所々破れているめいぷるが地面にうずくまっているいるのが見えた。


「う……うう……」

「何だ何だ〜? もうお終いかお嬢ちゃん。カイさんよお! 俺の所にはあの床は発動させなくていいからな」


 ヒドルストンはぐったりとして動かないめいぷるの頭を掴んで強引に立ち上がらせた。


「あ! ううう」

「いい顔するじゃねえかお嬢ちゃん。せっかくだからよ。ちょっと死ぬ前にいい思いさせてやろうか」


 揺るぎようのない勝利を確信したヒドルストンがめいぷるの服を掴み、強引に破こうとした時だった。


「うがっ!? い、痛えええ!」


 ヒドルストンはめいぷるを離してずるずると後ずさった。前屈みになっている唸りつつ、右手に刺さっているナイフを見て顔を青ざめる。


「だ、誰だ!? こんな舐めた真似しやがったのは!」


 ヒドルストンの叫び声が部屋中に響いた時、半壊したドアから一人のソードナイトが入ってきた。


「うるっさいわね……アンタの相手はあたしよ」

「て、てめえはルカ! よくもやりやがったなあ! う、うああああ!」


 ヒドルストンは右手に刺さっていたナイフを思い切り引き抜いて、小さく悲鳴を上げて体を震わせた。憎悪に満ちた両目は赤々と充血して、ソードナイトへの殺意をたぎらせている。


「めいぷるちゃん、大丈夫!? めいぷるちゃん?」


 めいぷるは気を失って倒れたまま動かない。


「ははは! そいつはもう殺される一歩手前だ! 今度はやられねえぞ小娘ぇっ」

「くっ!」


 ルカはエクスカリバーを構えて二、三歩前に出ると、ヒドルストンが向かってくるのを待った。大男は一切の容赦がない横からの攻撃を見舞う。


「はああっ!」

「ぶほおうっ!?」


 ハンマーの懐に入ったルカが放った横蹴りが、ヒドルストンの腹筋を陥没させて吹き飛ばした。


「テメエ……ん? 何だ。何で今剣を使わなかった?」

「アンタなんて、別に素手でも充分かと思っただけよ」

「んんー。いいや、違うなあ」


 ヒドルストンは何かに気がついたように余裕の笑みを浮かべ、猛然とルカ目掛けて突っ込んで来る。ルカは剣を構えつつ、その場から動こうとしない。ハンマーの射程範囲まで接近した時、ヒドルストンは急に動きを止めた。


「……?」

「へへへ、どうした? かかってこいよお嬢ちゃん! もう相手は目の前だぞ」

「……」

「やっぱりそうか! お前はさっき剣を使わなかったんじゃない。使えなかったんだ!」


 ヒドルストンはハンマーを捨てると、渾身の右フックをルカの顔面にぶち当てて吹き飛ばした。半壊したドアの隣に大穴を開けて突っ込んだ女騎士は、人形のように力なく前のめりに倒れる。


「があうっ!」

「お前はここに来るまでに消耗しすぎちまって、実はほとんど戦う力が残ってない。その剣も本当は満足に振り回せないことを隠す為に、さっきはわざと蹴りを入れたんだろ? カウンター効果もあって確かに効いちまったが、あれがお前の精一杯だ」


 ヒドルストンは床に仰向けになったルカの腹を思い切り蹴り上げた。ルカが悶絶した瞬間、部屋全体から緊急警報のような音が鳴り響き始める。


「ああっ!」

「へへへ! いいなあ。こうやって痛ぶっている時程生きがいを感じることはねえぜ!」


 ルカは何度も腹を蹴られるが、最初の声以外は押し殺して耐えている。ヒドルストンは床に転がっている二人の女を見て、狂気とやましさが溢れる笑い声を上げた。


「はははは……やべえ! こんなボーナスステージがあるなんてな。この警報……あのにいちゃんはやめろって言ってるみたいだけど、もう関係ねえや。ルカ……お前もたっぷり虐めてやるよ」


 褐色の男は床に転がったエクスカリバーを拾うと、静かにルカの元まで近づいて、これ見よがしに彼女の頭上で剣を振ってみせた。


「さあ〜どうしてくれようかなあ……」

「アンタって、本当に小さい男よね」

「……あ?」


 床に倒れたまま動けないルカは、冷笑していたヒドルストンを一切恐れていないような目で見つめている。まるで哀れむような視線を感じ取ったヒドルストンは、あっという間に真顔に戻った。


「こうやって弱い者いじめばっかりしてきたんでしょ? そんなことばかりしている人間がランキングで一位になったって、結局は隠れてコソコソ生きていくことに変わりないわ。男らしさなんて全然ない。アンタはずっと最低なままよ! 恥を知りなさい」


 表情のなかった褐色の顔から、みるみる憎悪が溢れ出してくる。


「テメエよお。調子こいてるとマジで泣かすぞぉっ!」


 ヒドルストンはエクスカリバーをナイフのように振り上げ、思い切りルカめがけて振り下ろす。


「んん!? な、何……うおおおおっ!」


 エクスカリバーの刀身に、赤く細い繊維のような物が張り付いている。ピアノ線のような物はエクスカリバーを掴んでいたヒドルストンごと引きずっていく。まるで車に牽引されているかのような勢いでヒドルストンは部屋の中央まで引きずられると、とうとうエクスカリバーを手放した。


「だ、誰だぁっ!? 邪魔しやがったのは」


 ドアの向こうにある闇の中から誰かが歩いて来る。黒色のローブを着た青年は余裕たっぷりの微笑で応えた。


「失礼。あまりにも見苦しかったものでね。しかし僕はついているな。魔女の次は街のチンピラとは。なかなかのボーナスステージだ」

「テメエはランスロットとかいう野郎か! けっ。俺を街のチンピラ呼ばわりとは大きく出たなあ」

「ああ! 失礼。君は街のチンピラではなかったね。訂正するよ。君は街のチンピラ以下だ……正直、例える存在がいないくらい下等だね」

「ああーん? はは……ははははは! 舐めてんじゃねえよ! 泣かすぞコラァ!」


 ヒドルストンはハンマーを持って、本物の殺意を抱いて走る。部屋の中に入ったランスロットは顔色一つ変えず杖を床に立てると、目を閉じて魔力を集中させる。


「貰ったぁ! この馬鹿があ」


 何かが大きく弾ける音がした。ヒドルストンは、自分が両手で横から振ろうとしていたハンマーが急激に軽くなったことに気がついて視線を向けると、持っていたグリップから先がなくなっていることに気がついた。


「あ!? な、なん……」

「これは僕からのプレゼントだよ」

「う、うわああー!」


 猛烈な爆発魔法フレアが褐色の体を滅多打ちにして弾き飛ばした。ランスロット自身は魔法のバリアを張っていた為にダメージを受けていない。


「ぐうぅえ……な、何だあコイツ」

「勉強不足なんだねえ君は。正面から突っ込んできたら、それは魔法のいい鴨だろうよ。圭太君ならこんなミスは絶対にしないけどね」

「ん、んだとお……」

「さて、僕はみんなのように優しくはない。君にはここで死んでもらうことにしよう。どんな死に方がいい? 感電死か凍死か、それとも首を切断するか……」

「へ、へへ。お前もう勝ったと思ってんのか? カイさん! カイさーん! アレを使ってくださいよぉ!」


 ヒドルストンが天井に向かって大声を上げると、部屋内の全ての床が青白く光り出した。ルカとめいぷるが本来の姿に戻ってしまったところを見ても、ランスロットは表情を変えない。


「こ、これって……何なの?」


 フラフラと起き上がって動揺するルカを尻目に、ヒドルストンは卑しい顔をしてランスロットに近づいていく。


「へへ……へへへへ! テメエはもう終わりだぜキザ野郎。英雄の力をダウンロードできない以上、この場で俺に叶う奴なんていねえんだよ! しかも俺自身はインストールしたままだ。もう絶対負けねえ!」

「そうだったのか。実にまずいな」


 言葉とは裏腹に笑っているランスロットと向かい合うヒドルストンは、彼の歯を数本砕いてやろうとばかりに胸ぐらを掴み、渾身の右フックを放った。

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