第59話 決闘場と、ルカのオーラ
カイの研究施設に侵入した俺たちは、まるっきり病院にしか見えない施設内をひたすら走り回っていた。
「くそ! アイツ何処に隠れていやがるんだよ」
後ろを続いているランスロットが、ちょっと惚けた声で囁いてくる。
「あれ〜? 君は一度ここに捕まっていたんだよね。どうしてモンスター召喚装置の場所が解らないのかな〜」
「う、うるせえな! とにかく地下に行くんだ。地下に進んでいけばあるから」
一番後ろを走っていためいぷるさんが何かを見つけたらしく、
「あ! 圭太君。あっちに階段が見えるよ」
「え? ホントだ! じゃああそこに行きましょう!」
「うむ。ただ、簡単にはいかない雰囲気だがね」
いくつもある病室から、明らかに人間じゃない生き物がドアを開いて出てきた。相変わらず気色悪い連中だ。俺は周囲を見渡しながら、コイツらを一掃しなきゃいけないことに溜息をついた。
「またゾンビどもかよ。しょうがねえ! 一気に片付けて地下へ急ぐぞ!」
「ウオエエ、アアア!」
威嚇しているのか悲鳴あげてるのか解らねえ声も、最近ではあまり怖くなくなってきた。慣れってマジで怖いな。俺は正面から向かってくる老若男女のゾンビ達に弓を向けると、連続で矢を放ちまくる。
「ガアアー!」
悲鳴も聴き慣れちまった。一匹残らずゾンビどもに矢が命中して、矢と同時に当たる彗星が綺麗に全身を消し去っていく姿は、ある意味幻想的なのかもしれないとか考えつつ、ランスロットやめいぷるさんが後方から猛然とダッシュしてくるゾンビ達を一掃していることに気がつく。
「めいぷるさんも強くなりましたね! そういえば団地で戦っていた時、俺に使ったのは何だったんです?」
「あれはこの杖を装備した時に使えるCursed Skillなの。どんなに遠くにいる人も回復させられるし、アンデット以外のモンスターにもダメージを与えられるみたい」
めいぷるさんは天使をモデルにしたような杖を新たに手に入れていた。今やめいぷるさんがいないと安心して戦えない感じがする。
ルカが全体をフォローして、俺が遠距離から攻撃してめいぷるさんが回復する。俺とルカで間に合わないところをランスロットが埋めるというのが自然と決まっていった役割分担だ。
地下一階に降りた俺たちを待っていたのは、灰色の壁と車二台ほど通れそうな広い通路、そして所々に見える牢屋に残された死体だった。
「きゃああ! なんて酷い」
「この辺りはまだ序の口だと思いますよ。多分奥には、もっと酷い人体実験の証拠がわんさか転がってます」
「ひええええ」
ランスロットはただ黙って背後をついてきてるみたいだ。二人の足音が規則的に聞こえて、しばらくは黙っている時間が続いていた。やがて二つの分かれ道を見つけたが、もう直感で考えるしかなさそうだ。
「あー、えーと……こっちだ!」
「は、はいー」
「了解」
確かに二人の声は聞こえていた。右側の通路に俺が入ってからしばらくのことだ。
「圭太君。君に伝えなくてはいけないことができた」
「え? 何だよ」
「めいぷるさんがいない」
「……は!?」
俺は背後を振り向いて、ランスロットしかいない状況をこの目で確認すると立ち止まった。ずっとついて来ていた筈なのに。
「どうなってんだ? 来た道戻るぞ! めいぷるさーん!」
俺は声を上げながらさっきの分かれ道まで駆け戻る。この戦場で孤立するのはマジでヤバイ。分かれ道のところでキョロキョロしていると、何か奇妙なものが視界に映っちまった。
俺が左の通路に向かっている立体映像だ。しかも、右側がまるで行き止まりになっているような立体映像も見える。
「なんだよこの映像!? お、俺が走ってるじゃねえか」
一面にある灰色の壁から光が発せられていて、デジタル美術館で見た細工の応用というか、俺が選んだ逆側に仲間を誘導するように映像を流していたみたいだ。
「じゃあめいぷるさんは左の道に入っちまったんだ! しょうがねえ、追うぞランスロ……あれ?」
気がつくとランスロットもいなくなってやがる。ちょっと待ってくれ。めいぷるさんはともかく、ランスロットがいなくなってるのはもっと意味が解らないぞ。
「おいおい……どうなってんだよ!?」
もうワケが解らない俺は、とにかくめいぷるさんが向かったと思われる左側の通路に走り出した。先にあったのは長い一本道だが、徐々に下っているように見える。今度は三つの分かれ道を見つけた俺は、真ん中の通路奥にちらっとめいぷるさんが見えた気がした。
「いた! めいぷるさーん! 待ってください」
俺は真っ直ぐに走り続けているが、なんていうかまた騙されているような気がしてきた。でも、これが嘘だったとしても俺は進むしかない。他に考えられる方法は見つからないからな。
結論から言うとさっきのめいぷるさんはやっぱり幻影だった。通路を抜けた俺は陸上競技場ばりに広い真っ白な部屋に出た。いくつも柱がある空間は、まるでどっかの神殿を意識しているような作りというか、こんな所前に来た時は無かったんだが。
「学校生活は楽しんでるかい? 圭太君」
忘れようとしても忘れられない声が密封された空間に響く。この野郎、団地にいなかったと思ったらここで待っていたのかよ。
「ああ! すっげえ楽しいぜ。お前こそ入院生活はどうだ? まさかこんな所で入院中とはな」
部屋の一番奥にいたのかと思ったら、影山は俺の右側五十メートルの位置から顔を出した。奴が左手に持っている槍は、おふくろと妹を殺した忌々しい武器だ。アドレナリンが大量に出て我を忘れそうになってくる。
「退屈で退屈で堪らなかったよ。でもそんな生活も今日で終了さ。君をここで殺してね」
奴はこっちに顔を向けながらまっすぐに歩き出す。時おり柱で見えなくなるニヤケ面を、俺もまた歩きながら睨み続ける。白い無音の世界にいるのは、俺とあいつだけ。
「お前じゃあ俺は倒せない。いくらその槍を上手く使えたって、矢は防げねえよ。お前には到底倒せないくらい強くなったぜ」
「ふん! 思い上がるんじゃないよ。学校の成績でもスポーツでも僕に勝てたことなんてないだろ。僕はクラスでも上に位置していた人間。君はどうだったのかな? 鎌田と一緒に底辺にいたじゃないか」
影山のやつ、俺を挑発しているな。この際だ。こっちもイライラさせてやろう。
「成績はともかくスポーツじゃ負けてなかったと思うけど。ていうか学校の成績と戦いは全く別もんだろ。一緒に考えているんだったらお前、ここで終わるぜ」
影山は部屋の中央まで進んでから足を止め、やっと俺のほうへ向き直る。同じく奴と向き合った俺は、奴のニヤケ面を今すぐぶっ叩きたい衝動に駆られつつもぐっと耐えた。
「ランスロットとめいぷるさんを何処へやった?」
「ああ、あの二人かい? 実はねえ。二人はそれぞれ違う部屋に入って行ったんだよ。今僕と君がいる部屋と同じものがこの施設には幾つもあるんだけど。彼らをそれぞれ待ち受けているプレイヤーがいるんだ。僕の仲間がね」
「じゃあ一対一でやろうっていうのか?」
俺は凶悪さを全く隠さなくなった、目元が黒ずんでいる影山を睨みつけながら、めいぷるさんのことが心配になった。一対一なんて状況では彼女は圧倒的に不利だ。早くなんとかしないと。
「ああ。一対一で正々堂々と決着をつけようと思ってね。カイさんが持ちかけてくれたアイデアだよ。僕は二つ返事でOKした。ほら、あの巨大モニターをご覧よ」
俺は左側の天井付近に設置されているでけえモニターに電源が入ったことに気がついた。ここまで凝った真似をするなんて、余程暇なのか悪意があるのか。二分割された画面がから見える部屋は、どちらも俺のいる所とほぼ同じ作りに見える。
一方ではフードを目深に被った女とイケメンが、一方ではハンマーを持った大男とめいぷるさんが対峙している。やばい。ランスロットはともかく、めいぷるさんとハンマー野郎じゃどう考えても勝てそうにない。
「なんてこった! これじゃ俺達が圧倒的に不利じゃねえかよ」
「フェアな条件にしているつもりなんだけどね。助けに行きたいなら、僕を倒さなきゃいけないよ。さあ、始めようか」
影山は懐から取り出したリモコンのスイッチを入れてモニターを消した。直ぐにリモコンを投げ捨てると、槍の先を俺に向けて腰を落とし、ニヤケ面をやめてこっちに駆け出した。
「僕の人生の邪魔をするなんて生意気すぎるよ。今度こそ、死んじゃえよ圭太ぁ!」
「お前に構ってる暇はマジでねえんだけどな。速攻で倒してやるぜ影山!」
俺と奴はお互いに、もう修復することのない憤りを抱え続けていた。溜まりきった忿怒を渾身の一撃に変えて、今決着をつけようと俺は弓を構える。
研究所の外には真っ白な世界が広がり、唯一色を保ったままの二人が空中で激突している。ソードナイトであるルカと、闇の龍騎士リンディスは目にも止まらぬ斬撃を放ち続けていた。
「それにしてもアンタは頑固よね! いつまでもカイの言うことを信じて従い続けて、それで本当に自分の望みが叶うとでも思ってるの!?」
「黙っていろ! 君につべこべ言われる筋合いなどない!」
リンディスが振り上げた龍の剣と、ルカが振り下ろした虹の覚醒剣がぶつかり周囲には猛烈な衝撃波が巻き起こる。押し切ったルカの剣とは対照的に、リンディスは吹き飛ばされて地面すれすれで踏みとどまった。
「くっ! やはり押し負けている? なぜ私以上の力を手に入れられたのだ?」
「この剣はそれだけ強い武器なのよ。ピックアップにはない幻の剣だけどね! 一気に決めてやるわ……はああっ!」
ルカが急加速して草原を低空飛行しているリンディスに突っ込んで行くが、彼女は冷静に動きを読んで真横に飛んで直撃を逃れる。そのままリンディスは宇宙まで向かおうかという勢いで真上に飛んだ。
「逃すかっ! 大人しくここで倒されなさい」
「逃げも倒されもしない。何故なら私にも、奥の手があるんだよ」
遥か上空を見上げていた闇龍の騎士が下を向いて、目前まで迫りつつあるソードナイトと目を合わせる。漆黒の兜から覗く切れ長の瞳から真っ赤な光が溢れ出していた。
「な、それは……!?」
「一気に仕留めるのは、私の方になりそうだな!」
全身を黒に包まれている体から、猛烈な闇のオーラが爆散した。リンディスはほとばしる力を龍の剣に込めて、ルカ目掛けて叩きつける。ギリギリのところで受け止めたルカは、今度は自分が吹き飛ばされて地面に激突した。
「かはああ! ま、まだまだぁ」
「遅いぞ! そんなものか」
叩きつけられてもなお飛び上がり、ルカは上空で待っていたリンディスに反撃の袈裟斬りを見舞おうとしたが、直前で標的は姿を消してしまった。次にリンディスが現れたのは彼女の懐で、水平に振り抜かれた剣をルカはかわすことも防ぐこともできない。
「あぐうぅっ!」
鎧のおかげで致命傷にはならずに済んだものの、奥から血が溢れ出て彼女は後退した。闇龍の騎士の瞳は今も真っ赤な光を放ち続けている。
「き、聞いたことがあるわ。それは確か……龍の目とかいう技ね」
「へえ。よく知っているんだな。この目が発動している間は、全ての能力が何倍も跳ね上がる。君に勝ち目はもうない!」
トドメと言わんばかりにリンディスは剣を構える。腹の辺りを左手で押さえていたルカは、額に汗をかきながらも僅かに口角を上げている。
「いいえリンディス。勝ち目がないのはアンタのほうよ。この世界では、勝敗はあたしが決めることができる」
「ほざけ! 今すぐ黙らせてくれる」
龍の剣が唸りをあげて、ルカの首筋目掛けて飛び込んでくる。血を求め続けた赤い刀身が白い柔肌に吸いついた瞬間、リンディスは自分の目を疑った。
ルカがいなくなっているだけではない。カイの研究所付近にいたはずが、今は見知らぬ大海原の上で立ち尽くしている。
「この世界はただ真っ白になったわけじゃないわ。白く塗られた空間をあたしは自在に行き来することができる。そして、アンタも好きなように移動させられるのよ」
「貴様……何処だ? 何処にいる!?」
ルカの声だけが響く空間が、また姿を変えた。次に移動した景色はリンディスにも見覚えがある。ホッカイドウの大地を彼女は見下ろしていた。
「馬鹿な……そんなことができる力など」
そしてまた景色が変わった。狼狽する彼女の目に映ったのは、さっきまで自分が戦っていた研究所の上空だ。数メートル先に標的だった女がいる。斬り裂いたはずの鎧が元の水晶のような輝きを発していて、腹から流れていた血も止まっていた。
「じゃあ終わらせるわよ! あたしのアビリティで」
「何を……私が負けるものかぁ」
ルカの全身から黄金の光が溢れ出し、それを見たリンディスは闇の輝きを発して、異空間から長く鋭利な一本の槍を召喚した。
「いくら貴様が世界を操れようが、この巨大なエネルギーまで簡単に移動させることはできないだろう! この距離なら外さない!」
「もうここで終わりにするべきだわ。アンタだって、自分が騙されてるって解ってるんでしょう? カイは誰も助けない。あたしが一番よく知ってるのよ!」
「う、うるさい! うるさいうるさい! 私は蓮を助ける為なら、悪魔にだって身を捧げる! あの子が無事ならどうなっても構わない! おおおぉ!」
リンディスは思い切り振りかぶった龍の槍を、渾身の力でルカに投げる。槍は禍々しい黒い光線となって正面にいるルカに命中したように見えた。しかし黒い光は見えない壁に弾かれるように散開し、槍もまた彼女に届いていない。
「槍ですら効かないだと? き、貴様……貴様こそ何故ここまでするのだ!?」
「カイがモンスターを召喚するようになったのは、あたしにも責任があるからよ。この、大バカ女ー!」
ルカが纏っていた黄金の光があっという間に巨大化し全てを飲み込んでいく。それは神秘的な爆発であり、神の奇跡であり、万物を消滅させる無慈悲な天罰だった。
「な、にを……ああああ!」
リンディスは光に押し込まれ、ついには飲み込まれて白い世界から消えた。少しずつ空は黒色を取り戻し、草原や山は緑色に染まっていく。
黄金の光が消え去り、世界が再び色を取り戻した後ようやくルカは草原に着地した。リンディスの姿はなくなっていて、世界はまた元どおりになっている。
「あーあ。使っちゃった……これ、残しておきたかったんだけどな。もうイベント中は使えないわね。さてと」
ルカは通常のソードナイトの鎧に戻ったことを確認すると、直ぐに研究所の中まで走ろうとした。
「あ……うう!」
しかし彼女は前のめりに倒れ、体を震わせたまま起き上がることができない。初めて使用した神の力は、確実にルカの体を大きく消耗させていた。身体中に激痛が走り呼吸が苦しい。
「はあ……はあ。行かなきゃ。早く、カイを止めなきゃ」
それでもルカは立ち上がり、よろめきながらも前に進む。視界が回り身体中に力が入らなくても、止まるわけにはいかない。後少しで、ようやく彼女はカイと会えるのだから。
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