第58話 最強の剣
カイの隠れ家である研究所前で、俺とルカ、ランスロットとめいぷるさんは闇龍の騎士リンディスと向かい合っている。
早々とインストールを終えた俺が、速攻で奴に攻撃を仕掛けようと思っていたところで、視界に映っているレーダーが異様な点滅を始めた。
「あん? 何だよ、レーダーがビカビカ光ってるぞ」
「……カイが終わらせにかかってるみたいね」
隣で剣を構えているルカの言っていることが、俺にはどうも理解できない。少し後ろにいるランスロットが、
「一度に沢山のゲートを出現させる前触れだろうね。恐らくは出現させるゲートの数が多すぎて、実際に誕生するまでにタイムラグがあるんだ。早くしないと大変なことになるだろう」
「は!? なんだって? それって滅茶滅茶ヤベエじゃん」
こいつ何冷静にとんでもないこと言ってんだよ。俺が認識できるレーダー内にゲートが出来ていれば遠くからでもCursed Skillで破壊できる。でももし遠すぎてレーダーの範囲外だったら……他のプレイヤーの活躍を祈るしかない。最後尾にいるめいぷるさんは消え入るような声で呟いた。
「きっとこの先にモンスター召喚装置があるんですよね? 早く行って壊したらゲートを消せないでしょうか?」
リンディスが脇に差していた赤い剣を引き抜き、初めて俺たちに向けて微笑を送る。嫌な予感しかない。
「ゲートのことなら気にするな。お前達を一掃した後、そこの少年をカイに届けてから、私がモンスター達を纏めて消してやる」
「闇龍の騎士さんは、ちょっと状況が把握できていないらしいね」
ランスロットは何か意味深なことをほのめかしてくる。
「……何?」
「モンスター召喚装置を使うと言うことは、内部に収納されているであろう蓮の力が消費されるということ。それはつまり、彼の体を大きく蝕んでしまう行為だ。耐えられずに絶命する可能性は充分にある。君は蓮君を見殺しにする気かい?」
「……だ、黙れ! 黙れこの詐欺師が! 蓮はこの研究所にはいない! カイにもちゃんと確認を取ってある。蓮はそんなことに使われてなどいない!」
リンディスが闇のオーラを爆散させながら突っ込んで来て、一瞬で俺とルカをぶっ飛ばした。
「うおおおっ!」
「くうう!」
ランスロットやめいぷるさんも攻撃を受けたのかまでは察知できないが、ともかく振り向きざまに俺は弓を構える。奴の心は動揺している。今なら当てれるかもしれない。
「喰らえっ! このチート野郎!」
慎重に狙いを定めて放った矢が、真っ赤な彗星を伴ってリンディスに向けて飛ぶ。ランスロットに蹴りを入れ、めいぷるさんに斬りかかっている奴はチラリと一瞥してから姿を消した。お得意の急加速か。
「ちい! 今度は何処に行きやがったんだよおアイツ」
「圭太……ここはあたしが食い止めるわ。アンタ達は研究所の中に行って、早くカイを止めてちょうだい」
「……は?」
草原の真ん中にいるルカの背中は、いつにも増して精悍に見える。脇に差していたエクスカリバーが数秒ほどで違う剣に入れ替わっている。どうやら武器チェンジをしたようだ。
「お前一人でどうにかなるわけないだろ! いいからこのまま奴を、」
「できるわ! ここで切り札を使う」
「切り札……?」
疑問に思っている暇はもうなかった。ランスロットやめいぷるさんに、奴の狂刃が勢いよく振るわれていて、めいぷるさんは右肩を、ランスロットは左腕を斬られちまってる。
「きゃああー!」
「ぐうう! ……流石だな」
「ランスロット! めいぷるさん!」
俺はもう一度虹の彗星弓を構えて連射する。矢の速度が徐々に上がって来ているのは気のせいじゃない。その証拠に、リンディスはギリギリかわせずに剣で凌いでいたからだ。
「舐めるな! 貴様ぁっ」
リンディスが真っ先に回復役のめいぷるさんを狙っていると解ったのは直感だ。俺がもう一発矢を放つのと、奴の剣がめいぷるさんを斬ることのどちらが早いかといえば、悔しいけど奴に軍配が上がっちまう。鋭利な刃は一瞬で、肩を斬られて棒立ち状態になってるめいぷるさんを惨殺しようとしていた。
「!? …………ソードナイトめ」
禍々しさが募る赤い刀身を、七色の刀身が押さえ込んでいる。俺がルカを助けたように、今度はルカがめいぷるさんを救った。
「アンタこそ舐めんじゃないわ……アンタはあたし一人で取る」
ルカは剣を弾き、がら空きになったリンディスの懐に右ミドルキックを入れてぶっ飛ばした。回転しながら草原奥の森までぶっ飛んだ姿は圧巻で、キックボクシングの試合でもこんなダイナミックな展開はないだろう。
「圭太、ランスロット、めいぷるちゃん……早く中へ行って。あたしも後から追うから」
「おいおい! お前本当に一人でやる気かよ。無理だ、無理に決まってる!」
俺はどうしても賛成できなかった。もしルカが殺されちまったらと想像しただけで、心の中にデカイ台風がやって来る。めいぷるさんは自らの傷を回復させながら、じっとルカの姿を眺めていた。
「ルカさん……」
ランスロットは静かに俺のところまで歩み寄ると、ほんの少しだけ微笑を浮かべる。
「圭太君。仲間を信じることも大切だと思うよ」
「いや……でも……」
「大丈夫よ圭太! あたしは絶対に負けはしないわ。この新しい剣は、大ピンチの為に温存していた手段よ。必ず生きて、アンタに会いに行くことを約束する」
初めて見る七色の剣を頭上に掲げたルカの背中は、俺の記憶にくっきりと残っている。まさに女騎士って感じのカッコ良さに溢れている気がした。蓮を助けてモンスター達からみんなを守る為にも、俺は合理的な決断をしなくてはいけないみたいだ。
不本意だけど信じよう。今まで一緒に戦ってきたアイツを。
「解った……絶対に来いよ! 約束だからな。みんな行こう!」
「了解」
「は、はい!」
俺は研究所の中へ向かって駆けた。すぐ後ろをランスロットとめいぷるさんがついて来る。一見すると病院のように見える施設内は、実際には不気味なモンスターハウスそのものだった。
「行ったわね……」
ルカは少しだけ顔を研究所へ向けて、圭太達が去っていくのを確認すると、五十メートル以上離れた上空に浮かんだままのリンディスに視線を戻した。
「私には君の考えていることがわからない。どうしてわざわざ一人だけで戦う? 自殺願望でもあると言うのか?」
「自殺願望? あはは! 生憎だけど、あたしはそんなの持ち合わせてないの。二人きりになったのは、何の気兼ねもなくアンタと戦うためよ」
ルカが右手に持っていた剣から、まるで湯気のような白い靄が立ち込め始める。数秒もしないうちに靄はどんどん大きくなり、激しい勢いと共に突風のように吹き出し始める。
「それは何の剣だ?」
リンディスには初めて見る剣だった。ガチャを回していた時も、どんなピックアップでも確認したことのないもの。やがて白い突風がルカの全身を包みながら広がっていき、同時に全てが煌き出した。
リンディスは眩しさと吹き荒れる突風の激しさに顔を背けて、数メートル程後ずさる。白い輝きは収まるどころか、研究所や草原、空全体に広がっていくようだった。
「く! な、何が起こっている? ……これは!?」
刺すような光がようやく消え去り、リンディスはやっと目を開いてルカを確認することができた。目前にあるのは彼女が想定している以上の変貌。夜空も研究所も草原も、全てが白く染められている。正気を保っていられなくなるかもしれない不安すら覚える世界で、ルカとリンディスは向き合っていた。
二人は同じ高さにいる。飛行能力を得たソードナイトは兜や鎧まで変わっていた。赤と金のコントラストがより鋭利になり、より美しい姿に変わっていた。
「これがあたしの切り札。虹の覚醒剣よ」
「虹の覚醒剣? ふん。そんなものは……こけおどしだぁああ!」
リンディスは叫びながらコンマ一秒とかからずルカの上空に瞬間移動して剣を振り下ろした。真っ白な世界で自分と同じく色を保っている少女は、まるで元から存在していなかったかのように目前から消え、驚いているリンディスの背後から風が吹き荒れた。
「はああっ!」
「後ろか!? ぐぅっ!」
闇に染まった騎士は袈裟懸けを浴びる寸前で斬り返した。しかし圧倒的な力を誇っていた闇龍の剣は弾かれ自らも吹き飛ばされてしまう。
「うぐううう! く!」
研究所を超えて未知の領域まで飛ばされていた彼女は、何とか自力で態勢を整えて踏みとどまったが、初めて息が乱れてしまっている。
「私が力で負けている?」
「今ここで終わらせるわ! リンディス」
白い世界の主となったルカは、彗星のように飛び込み輝く剣を見舞っていく。リンディスもまた負けずに斬撃を繰り出し、二人は誰も割り込めないほどの濃厚な殺し合いに身を投じていった。
監視カメラのモニターは研究所の中だけではなく、外にも数十台と設置されていた。カイは溢れんばかりのモニターが並んだ薄暗い部屋で、助手の男と二人で座って注意深く画面を覗き込んでいる。
「ルカ……とうとう切り札を使ったようだな」
「あ、あれが切り札ですか。一体どうなっているのです? もうワケが解りませんよ」
「あれは白夜の世界……彼女が神になることができる崇高な世界だよ。ここで使ってくれたのは本当に成功だった。僕の懸念点の双璧が、今一つ消滅したんだ」
「では、もう一つの懸念点は?」
「それはね」
カイが答えを教えかけた時、モニタールームの自動ドアが開いて誰かが入ってきた。
「カイさん。アイツら、とうとうここまで入ってきちゃいましたね」
影山とヒドルストン、名無しはモニターに映っている圭太達をそれぞれの思惑を抱きながら眺めている。
「影山君、僕は追い詰められていると思うか?」
「へ? ……どうでしょう。その余裕たっぷりの表情からすると、あんまり追い詰められている感じはしませんね」
「ふふふ。そのとおりだ。むしろ順調に進んでいるんだよ。これを見てくれ」
カイは自らが編集していたデスクトップPCの画面を影山に見せた。棒グラフのような図と数字が目まぐるしく動いている。棒グラフは徐々に上がり続け、隣に表示されている八桁の数値も上がり続けている。
「これは何ですか?」
「この世界を包んでいる瘴気の数値なんだよ。この数値が上がれば上がるほど強いモンスターが召喚され、やがては……」
「やがては?」
カイは突然椅子から大きく体を仰け反らせて笑い出した。まるで精神が壊れてしまったような異様さに、ヒドルストンはあからさまに不快な顔をしてそっぽを向いている。
「ははは! はははは! 君達のポイントが鰻登りに上がり、たった一日でランキングでトップを取ることができる。願ってもないチャンスを生み出せるのさ」
「おい! そりゃ今回のこととは関係ねえだろ。本当に大丈夫なんだろーなカイさんよお。今度俺達が失敗したら、アンタだろうがマジで許さねえぞ!」
ヒドルストンは堪らずカイが座る椅子まで早足で近づくと、殴りかからんばかりの勢いのまま睨みつける。カイは食ってかかることが解っていたかのように、全く動じずにテーブルにあったコーヒーを飲み干す。
「ヒドルストン君。安心してくれよ。君達の成功はもうほとんど決まっているようなものさ。さあ、そろそろ圭太達がやって来る頃合いだ。配置についてくれ」
影山はカイに背を向け、久々に明るい声でカイに返答した。
「解りましたよカイさん。正直今回ばかりはあなたを尊敬します。僕達にここまで素晴らしいシチュエーションを用意してくれるんだから」
「ふふふ! 圭太君に存分に思いの丈をぶつけてやりなさい」
「言われなくても。……失礼します」
カイとヒドルストンが自動ドアから出て行き、少し遅れて続いた名無しの足が止まった。静かに振り向いてカイを見つめる。二人はお互いに微笑んでいた。
「頼んだよ、名無し」
「ええ、あなたもしっかりとお願いしますね」
名無しが音もなく部屋から消えた。カイの助手は頼まれた作業をこなしながら、不気味な雰囲気を日に日に漂わせる上司に密かに怯えている。
薄暗い病院の廊下のような道を、影山とヒドルストンは風を切るように進む。二人の顔には、殺意と狂気がブレンドされた醜い薄ら笑いがベットリと張り付いている。
「圭太……お前は僕が、ここで殺す!」
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