第40話 キングを狩るもの

 俺とルカ、めいぷるさんとランスロットの四人は、急いで地下鉄の階段を駆け上がって地上に出た。


「やべえ……本当に暴れてやがる」


 思わず声が出る。体長何メートルあるのか定かじゃないけど、像とかキリンよりもずっと大きいキングベヒーモスは、山の中で暴れまわって木々をなぎ倒していた。距離にして百メートルもない場所にいる。俺の隣にいたルカは険しい顔でエクスカリバーを構えて走り出す。


「人里に出て来る前になんとしても仕留めるわよ! 圭太、援護お願い!」

「お、おう!」


 キングベヒーモスはとにかく背中が硬い。だから今俺とルカがシンクロしたところであまり有効な攻撃はできないだろう。ルカはチラリとランスロットにも目をやると、


「アンタも来て!」と大声をあげた。

「承知した」


 いつもどおりあっさりしたもんだなと風のように駆けていく男の後ろ姿を見ていると、めいぷるさんがやって来て顔までそわそわさせて、


「あ、あのー……私はどうすれば?」

「え? う、うーん。どうしましょうね。とにかくまずは様子見でいいんじゃないですか」


 俺は言いながらキングベヒーモスに弓を構える。よく見るとルカ達の他にも戦っているプレイヤー達が沢山いるみたいだったが、いずれも決定打を与えるまでには至ってない。


 魔獣は山から降りて人里に向かおうとしているだろう。プレイヤー達の攻撃をあまり気にしていないような素振りだったが、奴にとって無視のできない攻撃が脳天に降り注いだ。


「はぁあっ!」

「グム? グウウウ」


 ルカの跳躍はキングベヒーモスの頭部にまで届いたらしく、額に向かって放たれた斬撃に奴は顔をしかめて、大きな二本角を振り回し始めた。角に当たったルカが吹き飛び、代わりにランスロットが下から火球で奴を攻撃していく。


「あぐ! い、痛あ」

「参ったね。ここまでタフとは思わなかった」


 ランスロットの魔法攻撃にも応えている様子のない魔獣は、一際大きな唸り声をあげてルカ達に突進して来た。どうやら電気を帯びているらしく、体毛全体がバチバチと鳴っている。ルカとランスロットはギリギリでかわしたものの、近くにいた茶髪のシーフはもろに激突して吹き飛んだ。


「うお! こ、こりゃやべえな」


 俺は焦りつつも矢を何発か射る。キングベヒーモスの体毛に飲まれていくように消えていくレーザービームが効いているのか解らないが、ダメージがあったとしても雀の涙みたいなもんだった。


「ガアアアー」


 大きな叫び声と共に、巨大な魔獣は山中に黒い液体を飛ばし始める。まるで俺のレーザービームばりに素早いそれは、沢山のプレイヤー達に悲鳴をあげさせることになった。


「あああー!」


 目前で液体を浴びてしまったシーフの男が、頭部をドロドロに溶かされつつ動かなくなった姿を見て、俺は凍りつかずにはいられなかった。なんてヤベエ攻撃なんだ。電流を体に帯びていることといい、今の酸みたいな攻撃といい、一筋縄じゃいかない。


「このおっ! アンタは博物館で剥製にでもなっていればいいのよ!」


 沢山のプレイヤーがダメージを受けて疲弊していく中、ルカは全く諦める様子がない。自分だって暴れる魔獣とやり合って、相当なダメージを受けているだろうに。コイツは本当に倒せるのか? 不安に思いつつ矢を放ち続ける俺の視界に、見覚えのある学生服を着た奴らが見えた。


「あれは……鎌田と沙羅子!」


 山側のだいぶ奥というか、今キングベヒーモスが暴れながら向かっている森の中を走っている。でも無理だ。このままじゃ二人は追いつかれて殺されてしまうかもしれない。そう思った俺は一目散に走るしかなかった。他に方法は浮かばない。


「え? 圭太さん!? 何処に行くおつもりなんですか?」

「ちょ、ちょっと救出してきます」


 めいぷるさんの声を背中越しに受け止めつつ、俺は矢を放ちながら走る。プレイヤー達やキングベヒーモスと同じくゲートから出ていたと思われるモンスターの死骸があちこちに転がっていた。


「この化け物があ!」


 どういうわけか魔獣は動きが速い時と、非常にゆっくりな時があって、大きく迂回するように俺は沙羅子達の前まで辿り着くことに成功した。鎌田は足が竦んでいて、沙羅子は腰が抜けてしまっている。


「な、なんだよコイツ……誰かー」

「助けを呼んでも無駄だよ。こんな化け物……」


 魔獣は大きく息を吸い込み、こちらに大口をあげて何かを吐き出した。


「あ、あぶねえー!」


 俺は叫びつつ飛び込み、二人いっぺんに抱き寄せて草原を転がる。


「うわひい! なんだなんだあ!?」

「きゃあああ!」

「……怪我はないか!?」


 俺の腕から離れた二人は、放心状態のまま頷いた。とにかく無事だったみたいだ。キングベヒーモスは尚も前進を辞めない。このままじゃ本当に山道を下って市街地に突っ込んで、街は大パニックになるだろう。


「いやー。流石はレイドイベントのボスキャラだよ。Cursed modeに出現しても強さは健在だね」

「お前なあ……なんか呑気じゃねえの」


 いつの間にか目の前にランスロットが立っていた。なんでこんなに涼しい顔してられるのか理解に苦しむね。俺が立ち上がって、かなり先まで進んでしまった魔獣を追いかけるようとしたところで、


「圭太君。僕と君が力を合わせれば、一発で仕留めるチャンスが来るんじゃないかな?」

「あん? どういうことだよ」

「シンクロアタックさ。僕の魔法と君の矢を合わせることで、奴の体力を大きく削る」


 俺とコイツがシンクロしたらそもそもどうなるんだ? 解っていないような顔を察した奴は俳優みたいな爽やかな笑顔を作った。


「とにかくやってみよう。時間がないしね。後三分くらいで決めないと、街まで奴が出て行って大変なことになるよ」

「チッ! 解った。行こうぜ!」


 俺はランスロットと一緒に走り出した。魔獣はまたのんびりと歩いていて、どうも行動に一貫性がないが、こういうケースでは助かる。


 山道の道路を下っている巨大な背中に、後十メートルというところまで接近した俺たちは、白い光のチェーンでお互いを繋げた。


「さあ圭太君。君と僕のショータイムだ」

「いちいち変な表現を使うな!」


 とにかく俺達はウルトラ巨大な魔獣の右横まで走り寄るとそれぞれの通常攻撃を行った。俺は矢を飛ばし、ランスロットは吹雪の魔法を放っていく。パッと見は単なる普通の攻撃にしか見えなかったんだが。


「グオオ!?」


 キングベヒーモスが戸惑う表情を見せて地団駄を踏んでいる。俺の矢に氷が纏わりつき、レーザービーム自体も吹雪になったようだった。攻撃を受けた肩の一部分がカチカチに凍った様子で、さっきまでのように平然としていることができない。


「な、なんだよこれ?」

「僕の魔法と君の攻撃が合体したんだ。これでどんどん動きを止めていこうじゃないか」

「そういうことか……よし!」


 魔獣が怒りを露わにこっちをガン見して突進して来るが、俺もランスロットも同じように左右に飛んで攻撃を回避し、今度は足元に向かって矢を飛ばしまくった。


「ギイオオオ」


 白熊よりも遥かにデッカイ両足があっという間に凍りついていく。これならキングと呼ばれた魔獣でも上手く太刀打ちはできないはず……と思っていたところで、四方がバチバチと鳴っていることとに気がついた。

 次の瞬間、体全身に言いようのない衝撃が走る。


「ん? うあああ!?」

「ぬうう!?」


 俺とランスロットは広範囲の電流攻撃を受けて倒れちまったらしい。徐々に両足を縛っていた氷にヒビが入り、奴はバタバタと体を揺らして脱出しようとする。追撃をしないといけないところだが、二人ともまだ地面に突っ伏して立ち上がれない。電流攻撃もまだ続いていて、このままじゃ殺される。


 何度も経験しても慣れることのない死の予感、恐怖。唐突すぎて覚悟すらしてなかったけど、死ぬ時ってみんなこうなのかもしれない。


「はあああー!」


 聴き慣れている声と同時に誰かが俺たちの側をかけて魔獣に接近すると、体全身から巨大な白い光を放出させて、何トンもあるに違いない図体をぶっ飛ばした。ルカのアビリティであるオーラが発動したらしく、眩しくて目を開けてられなかった。


「皆さん! 大丈夫ですかーっ」


 その直後、体全身が緑色の暖かな光に包まれて俺とランスロットは動けるようになった。めいぷるさんのCursed Skillである全体回復魔法により、全滅を免れた俺達はすぐに立ち上がる。


「みんな! ここで一気にやるわよ!」

「お、おう!」

「はいー」

「……了解」


 俺とランスロットがシンクロ状態になって氷属性の攻撃で魔獣を凍らせていき、ルカが奴の弱点である額めがけて斬撃を決め、めいぷるさんがダメージを回復させる。俺達の息はぴったり合っていて、王の名を持つ魔獣はどんどん追い込まれていった。


 そしてやっとのことでチャンスが訪れる。闇雲にこっちに突進していたキングベヒーモスの体がグラつき始め、攻撃の手が緩んだ。俺もルカも、ここが勝負だと思った。


「行くぜ! 最後は決めろよルカ!」

「勿論、一気に仕留めるわ!」


 俺はCursed Skillオールブレイクを奴に放つ。まあモンスターは一匹だけだから真価は発揮できないが、通常の攻撃と比較すれば全然威力は違う。続いてルカが大ジャンプして天高く剣を振り上げる。


「ゴアアアア!」


 ルカのCursed Skillを受けたキングベヒーモスが断末魔の悲鳴をあげた。剣に降り注がれた一筋の光が、何度も斬られてヒビ割れた額に当たった瞬間、辺り一面が真っ白になる程輝いた。


 光が収まった時と魔獣が倒れた地鳴りがしたのはほぼ同時で、着地を決めたルカは甲子園出場を決めた野球少年みたいに爽やかな笑顔で俺を見る。


「イェイ! 超大物を倒しちゃったわ! これであたし達今ナンバーワンよ!」


 俺はちょっぴり苦笑いしつつ、とにかく被害が出なくて良かったとため息をつく。ルカの後ろではランスロットが軽く腕を組んで微笑を浮かべていて、俺の隣では緊張と恐怖から解放されためいぷるさんがヘナヘナと座り込んでいた。


 巨大なキングの体は、他のモンスターと同じく砂に変わって消え去った。近くにいた他のプレイヤー達も帰っていったらしい。


 今日はどうなることかと思ったけど、とにかく無事に済んでよかった。ルカが懐からピンクのスマートフォンを取り出し、誰かを呼んでいるようだった。


「じゃあ早速ズラかりましょ! これだけ騒いだらいろんな人達がやって来ちゃうわ」


 いつも通りというか、俺達はまたルカの奢りでタクシーで帰ることになった。鎌田と沙羅子はさっき出会った場所にまだいた。鎌田は現実に起こったSFに目を輝かせている。きっと後で言いふらすだろうな。


 また時間を指定してたのか、タクシーは不自然なほど早く来た。それと今度は車が二台来ている。そうか、鎌田と沙羅子も乗せてやるわけか。


 まあいつもの流れで、これで家まで帰って解散……となるはずだったんだが、今日はちょっと風向きが違った。


「じゃあ帰りましょうかー! そこのアーチャー。アンタはこっちに乗りなさい」


 ルカは一人でタクシーの助手席……かと思ったら後部座席に乗って、俺に乗るように催促して来る。「はいはい」と言いかけた時、俺を抜かして誰かが後部座席に乗り込んだ。ちょっとギョッとするルカ。


「へへへ! なんか悪いっすねー」


 鎌田だった。多分アーチャーがアンタに聞こえて、更には自意識過剰にも自分だと思ったらしい。その後も車にはランスロットとめいぷるさんが乗り込んで、ルカのほうは一杯になってしまった。


「な、なななー!」


 とかよく分からん声を出しているルカを気にすることもなくタクシーは走り出す。残されたのは俺と沙羅子の二人だった。


「……あ、あの。私達も乗ります?」

「そう、だな。じゃあ乗るか」


 沙羅子が先に後部座席に乗り込み、俺が隣に座った。場所は何処までなのかと訊かれた時、特に考えもなく駅名を伝えると、沙羅子はちょっと驚いた顔になって、


「え? 実は私も近くなんですよ。以前から住んでいたんですか?」

「うん? ああ……つい最近、かな」


 そういえば俺はまだアーチャーの姿のままだ。今アンインストールして本来の姿に戻ると、沙羅子はなんて言うんだろう。面倒くさいことになりそうだから隠しておこうと思った。


 車が市街地に出ると、少しだけ道路は渋滞になっていた。反対車線にはタクシーとか消防車とかがしきりに走っている。


「今日みたいなこと、いつもしてるんですか?」

「……え? いつもじゃないよ。まあ、たまにかな」

「ふーん。そうなんですね。あの時お礼も言えずにいなくなっちゃったから、ずっと気になっていたんです。あの時は本当に、ありがとうございました!」


 正面から見つめられてこんなにお礼を言われるって、なんだか照れくさい感じがする。俺は頭を掻きながら顔を逸らして紳士服の店とかを眺めた。


「当然のことをしただけだからさ。気にすんなよ」

「……なんだかあなたの話し方とか、仕草とか。あたしの友達の圭太にそっくり」


 言われて俺はドキッとした。もしかしたらバレてるんじゃないかと思ったからだ。まあ別に、バレたからどうってことはないんだけど。


「へ、へえー……俺に似ている人がいんの? きっとロクな奴じゃないな」

「はい。でも悪い人じゃないんですよ。昔からの付き合いですけどね。会うといつも口喧嘩とかしちゃったりするけど、でも……」


 でも……なんだろう? 俺は興味なさげに黙って、相変わらず移りゆく風景を眺めるフリをした。


「本当はとっても優しくて友達想いなんだなって、この前改めて思ったんです。お見舞いにも来てくれて、冷たそうだけどいつもあたしを気にかけてくれて……この前遊んだ時も、ずっと励ましてくれて」


 滅茶苦茶照れくさい。勘弁してくれ。俺は身体中が痒くなって堪らなかったが、次の一言で全てが吹っ飛んだ。


「その時に気がついたんです。あたしその人のことが……大好きなんだって。多分今片想いだけど」


 か、かたかた片想い?


 もし今何かを飲んでいたら盛大に吹き出していただろうし、スマホをいじっていたら手を滑らせて落下させてる、確実に。一体何を言い出すんだ沙羅子は。


「ほ……ほほう。好きなんだ。ふ、ふーん」

「はい……すいません。いきなりこんな話しちゃって、でもなんだか。あなたって知らない人って感じなくて、つい言っちゃいました。あはは!」


 落ち着け。とにかく落ち着け。俺は頭の中で念仏みたいに言葉を繰り返している。チラリと一瞥すると、沙羅子はちょっと顔を俯かせて、右手を胸に押し当ててじっとしていた。


「小さい頃からの友達で、今更なんだけど。あたし彼に……今度告白しようと思ってるんです」

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