第41話 めいぷるさんと二人で

『圭太! 俺達今日スゲーヤベエもん見ちまったぞ! ホントホントこれマジ!』


 いつになく熱のこもっている鎌田からのチャットを冷ややかな目で眺めつつ、俺は疲れた足取りで自宅のドアを開いた。解ってるよ、だってお前の側に俺はいたんだからさ。面倒だから返信は後にしておこう。


 最寄り駅に辿り着いてから、俺は素っ気なく沙羅子に別れを行って走り去るしかなかった。変身していて気がつかなかったとはいえ、まさか沙羅子があんなことを言い出すなんて。マジで危なかった。後少し一緒にいる時間が長かったら、俺は変身が解けて普段の姿に戻っているところだったんだ。


 俺に告白するつもりだって? 沙羅子のやつが、前から俺のことを好きだったって?


 今でも信じられねえ。だってアイツは俺と鎌田のことをいつもバカにして、文句ばかり言って、男友達と変わんない空気でつるんで来たじゃねえか。そんなアイツが。


 頭の中が霧がかかったみたいにモヤモヤしていて、家に帰ってからも落ち着かなかった。テレビをつけるとキングベヒーモスの目撃情報とか、化け物が山で暴れてたけど急にいなくなったとかで大騒ぎだった。当事者からすれば全然面白くもないけれど、少し前の俺だったら目を輝かせて観ていたに違いない。


 次に沙羅子に会ったらどうしようか。本当に告白してくるんだろうか。でも俺は、アイツのことを異性として意識した時なんてなかったし、今更告白なんてされても正直困ってしまう。ソファでテレビを観ながら、悩みに悩んでいる時に携帯が震え、誰かからのチャットが届いた。


『圭太さん、今日はお疲れ様でした。あの、もし良かったらなのですけど、明日か明後日にお会いできたりしませんか?』


 この短い文面からでも上品さの伝わるチャットは間違いなくめいぷるさんだ。俺は光の速さでスマホに指を滑らせ、二十秒もしないうちに返信した。


『お疲れっす! 明日なら何時でも会いにいけますよ。だって停学中ですからね! まあ堂々ということじゃないっすけど笑』


 最後に笑っているような明るさを出しつつ変身したが、スマホを握りしめる俺の顔は完全に真顔だった。これはもしかして、ちょっとだけ年上のお姉様からのデートの申し出か!?


『そういえば今は停学中だったのですよね。すみませんそんな時に。実は付き合っていただきたいところがあるんです。ヨコハマでデジタル美術館っていうのが開かれているんですけど、一人じゃ入りづらくて。もし良かったら一緒に行きませんか?』


 美術館か。正直、芸術はこれっぽっちも興味のない分野だ。よく駅のポスターとかで宣伝されているけど、視界に入っても二秒とかからずに目を背けてきたくらい何も感じない。俺としてはあまりデジタル美術館など観に行く気にはなれない。


『めっちゃ良いですね! 俺前から行きたかったんですよ。是非お願いします!』


 送ってしまった……心にもない偽りの言葉を。だって仕方ないだろ。あんなお姉さんとデートできるなら美術館だろうが動物園だろうが何もない公園だろうが楽園に変わる。


『嬉しい! じゃあ明日の一七時にヨコハマ駅でお願いします』


 サクッと決まってしまった。俺は緊張に包まれつつも布団に潜り込む。沙羅子のことは気になってしまうが、やっぱり今更異性としては見れないと、あの時はそう思っていた。




 停学中だっていうのに俺は頻繁に外に出ている。というか、いつも外に出てばかりでむしろ忙しい六月十四日の金曜日。学校帰りのめいぷるさんと待ち合わせするべく、今は駅前の改札で暇を潰している。


「よっし! これでクリア……と」


 Cursed Heroesのイベントをクリアしていた俺は、また闇鉱石が溜まってきていることに気がついた。もう三十連くらいはできるだろうから、ガチャを回せば多分新しいDarkness5の武器が手に入るだろう。


 そういえば俺達のランキング順位はどのくらいまで上がったんだろうか。気になってCursed modeのイベント説明をタップする。右下にランキングを確認できる画面があるんだが……。


「あれ? なんだよこれ? 順位出てねえじゃん!」


 イベントが始まってるっていうのに、ランキング順位は未だに表示されていない。不思議に思っているとランキングの説明文の一番下に、小さな文字を見つける。


=====

■ランキングに関しての注意事項

・本イベントにて獲得したポイントは即時反映されておりますが、今回は特別にイベントが終了するまで獲得ポイント、ランキング順位はお伝えしないルールとなっております。

=====


「はあっ!?」


 俺は訳の分からない注意事項を見て思わず声をあげてしまった。何で自分達が今どの順位にいるのかを隠したりするんだと憤りを感じてたところに、清楚さが際立つ青いブレザー姿が駆け寄ってくる。


「すみませんー。お待たせしちゃいましたか?」

「え? ああ別に! 今来たところなんですよ! 暇で暇でどうしようもなくて」


 苛立っていた顔から力が自然に抜けていく。まるで女神様のような微笑が目の前にある。少しだけ立ち話をした後にめいぷるさんが、


「では行きましょうか。こっちにあるみたいですよ」


 彼女に連れられて駅構内を抜けてオフィス街を進んでいくと、一際大きなビルにお目当の美術館はあった。


「いらっしゃいませ」


 受付のおばさんにチケットを切ってもらって、俺とめいぷるさんは陸上競技場よりちょっとだけ小さいくらいの展覧会場に足を踏み入れる。マジでデカすぎるぞこの美術館とやら。


「わああ! 凄いですね。こんなにスケールが大きいなんて」

「本当ですね。あり得ないくらい広いっすよ。しかもここ、床も全部絵になってるし」


 会場の中に入るともう別世界だった。プラネタリウムが描かれたブースやら、お花畑に囲まれたブースとか、深海で魚が泳ぎ回っているように見えるブースなど、とにかくいろんな世界がこの会場に混ざり合っていて、まるで異世界にでもいるみたいだ。


 試しに床を触ってみると、指が擦ったところだけうっすらと白いセラミックタイルが顔を出したが、一瞬で御花畑に戻った。どんなテクノロジーなんだろう。何でもこのデジタル美術館っていうのはトウキョウでやってるミュージアムをパクリ……いやリスペクトして作ったものらしい。


 めいぷるさんは目を輝かせて、俺と歩調を合わせるようにしてキョロキョロと歩いている。こんなところで何を話したら良いものか分からなかったけど、彼女は時折楽しげにこっちに笑いかけてくれる。


「知っていますか圭太さん。ここにあるアートはみんな機械で作り出されているんですって。千台以上もあるコンピューターが、歩く度に私達に違う姿を見せてくれるらしいのです」

「せ、千台以上のコンピューターですか。マジで凄いっすね。常套句しか思いつかなくてすみませんが、すっげえ綺麗です」


 デジタルアートで作り出されたひまわり畑を、目を輝かせて歩き回るめいぷるさんは、マジで美人だと思ってドキドキしながら見惚れていると、不意に誰かとぶつかっちまった。


「いてっ!」

「あら……申し訳ございません」

「い、いえ……こちらこそすみま……!」


 どっかで見かけた顔の女だった。スレンダーな体型に似合いすぎな7部丈のレディースシャツとインテリ眼鏡。以前会ったことのある女だ。忘れようがない。


「あんた……星宮の秘書だよな?」


 俺の声を聞いて、少し前を歩いていためいぷるさんが怪訝な顔をして振り返る。眼鏡をかけた女は微笑を浮かべると、ゆっくりと礼儀正しくお辞儀をしてみせた。


「また再会できるとは光栄ですわ。あれから星宮は行方不明となってしまいましたが、彼のビジネスは今も続けられております。実は、元秘書である私が会社を受け継ぐことになったのですよ。今日も圭太さんを含めまして、これだけのお客様がご来場されたのは喜ばしいこと」


 星宮のビジネス? 多分俺の顔は凍りついていたと思う。めいぷるさんも不安な顔をして俺に近づいて、ちらりと星宮の元秘書を一瞥した。


「あんたはさ、星宮が何をしていたのか知っていたのか? いや、勿論知ってたんだよな?」

「はい? ……何のことでしょうか」


 首を傾げている姿は、もう惚けているとしか思えなかった。俺は拳を握りしめてインテリ眼鏡が手に取れるほどに接近する。


「星宮は影で、何人も拉致して拷問や殺しを繰り返しただろ! テレビ局の連中を皆殺しにしたり、警察を殺しまくったり、沙羅子をあんな目に合わせたり!」

「星宮が犯罪に手を染めていたことは、私達も警察の方から初めて聞かされたのですよ。信じられないことでした」

「とぼけんな! いくら星宮が浴びるほどの金を持っていたとしても、一人で拉致を繰り返したりするのは不可能だ。お前らが協力してたに決まってる」


 元秘書はクスリと笑って、首を何度か横に振っている。まるでおちょくられているような気分だった。


「私達がそんな凶行に手を貸すなんてありえないことですよ。忙しいのでこの辺で……」

「ちょ、待て! まだ話は終わってねえ」


 俺は去ろうとする奴の左腕を掴んだ。シャツの袖が引っ張られ、細い腕が露わになった時、奇妙なタトゥーが目につく。まるで鬼のような顔と筋骨隆々の上半身が描かれているが、中途半端なことに右半身だけしかなかった。


「このタトゥーは一体……」

「そこの君! 何をしているんだ!」


 俺が強引に腕を引っ張っていた姿を見て、遠くにいた警備員が走ってくる。元秘書から俺を引き剥がすと力強く押さえ込んで連行しようとする。


「くそっ! 離せ、離しやがれ」

「あ! ま、待ってください。あの!」


 めいぷるさんが必死に俺を引っ張っていく警備員を止めようとしている最中に、元秘書が警備服の肩をつついていた。


「大丈夫ですよ。その方は私の友人なのです。何も大したことはございませんので、お下がりください」

「は……はあ……しかし」

「ご心配なさらなくて結構です。ねえ圭太さん、私達は友人ですよね?」


 納得のできない警備員の顔と、氷みたいな微笑を向ける元秘書がこっちを見ている。


「……ぐ」


 俺は黙っているしかなかった。嘘でもこいつを友人とは言いたくない。星宮に加担していたのは解っているんだから。警備員のおっさんは渋々俺たちの側から離れていき、めいぷるさんはホッとしてため息をついた。


「よ、良かったですー。何事もなくて」

「ええ。私もここで騒ぎなど起こされては堪りませんからね。それでは、ごゆっくり」


 俺は一礼をして去っていく元秘書を睨んでいた。何だか居心地が悪くなっちまった俺とめいぷるさんは美術館を出ると、もう帰ろうということになり駅までの道を並んで歩く。さっきまでは楽しい雰囲気だったのに、取り乱して暴れそうになっちまった。


「すみませんー。何だか気分を悪くさせてしまったみたいで」

「いえいえ! めいぷるさんは何も悪くありませんよ。それに、けっこう楽しかったです」

「でもでも、圭太さんにとって嫌な人に会うことになっちゃいましたよね」


 俺は俯きながら歩いているめいぷるさんに、できる限り自然な笑顔を作って言ってみた。


「たまたま嫌な奴には会っちゃったけど、めいぷるさんと一緒の時間のほうがずっと長かったから良かったです。ぶっちゃけ場所なんて何処でも大丈夫だったし、笑っているめいぷるさんを見れただけで、今日は幸せでしたよ」

「え……?」


 彼女は俺の顔をぼーっと見つめている。あれ? おかしいな、なんか宜しくないことでも言っちまったのだろうか。それからめいぷるさんは急に喋らなくなって、あっという間に駅の改札まで辿り着いてしまう。彼女はまだ用事があるみたいだからここでお別れだ。


「じゃあ今日はこれで。楽しかったっす! 本当にありがとうございました!」


 何だか気まずくなってしまった俺は、手早く挨拶をするとすぐにICカードをタッチして改札を抜けてホームに向かおうとするが、


「あ、あの……圭太君っ!」

「へっ!? は、はい」


 呼ばれ方に違和感を感じて俺は振り返った。桃を連想させるような頬をしていためいぷるさんが、少し遠くから小さく手を振っている。


「また……その……二人で遊ぼうね」

「え!? は、はい! 喜んで!」


 年上なのにいつも敬語を使っていためいぷるさんが、初めて俺にタメ語で喋ってくれた。これってけっこう好かれてきてるんじゃないかと思った俺は、電車に乗ってから家に帰るまで口角が上がりっぱなしで、ついでに変な妄想が溢れて止まらなかったんだ。なんて幸せな日なんだ今日は。


 親父は仕事で帰れないらしいけど、今日はあまり寂しさも感じない。口笛を吹きながらフライパンでチャーハンを作っていると、リビングのテーブルに置いていたスマホが振動していることに気がつく。


「あ……ま、まさか」


 Cursed modeの通知か? 俺は足早にテーブルに近づいてスマホを取ると、緊張はため息と一緒に出ていった。何だよこいつかよ。


『アンタ明日暇でしょ? ていうかいつも暇よね? ちょっと付き合いなさい!』


 あーあ。こいつはいつも強引なんだよな。面倒くさいなと思いつつも断れない俺は、ルカと会うために土曜日の朝から外出することになっちまった。

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