第39話 反転攻撃

 普段ならとても怖くて入れないような幽霊駅のホームで、俺とルカは影山達と戦うことになった。


 相手は四人でこっちは二人。どう考えても不利な状況だが、外に脱出を始めているキングベヒーモスを追いかける為には、今速攻でこいつらを倒す他になさそうだ。


「じゃあ早速終わらせるわよ! ええいっ!」


 俺とシンクロしているルカが、連続で剣を振る動作をすると瞬く間に光の斬撃波が飛んでいく。三十メートルもない距離で放たれた鋭利な刃は、当たればプレイヤー達を軒並み切り刻んでくれるだろうと思っていたが、意外な奴が邪魔をしてきやがった。


「ここは俺におまかせください」


 自分の体と同じくらいデカイ盾を持ったおっさんが、最前列に出て盾を構えると、ルカが放った光の斬撃波が盾に飲まれていきやがて弾かれて消え去った。まるで吸い込まれたように見えて、なぜか俺はかなり嫌な予感がした。


「おいおい、今吸い込まれてたぞ……」

「は? 何なのよアイツ」


 ほくそ笑む影山と興奮で顔を真っ赤にしたヒドルストンは、殺意丸出しで突き進んで来る。


「くそ! これならどうだよ」


 俺はルカとのシンクロによって一発の攻撃が五連発になっている。単純に連発するだけで普段の五倍の数の矢が向かって行くことになるんだが、それでも一発も連中には当たらない。全てが掃除機みたいに盾に吸い込まれちまう。


「ははは! 無駄だよ圭太。林王の盾はね、飛び道具を引き寄せることができる特殊効果のある最高レアリティの盾なんだ。つまり君達に打つ手はない!」


 得意げに語り出した影山と並ぶように走っていたヒドルストンが、ハンマーを大きく振り上げてルカの近くまできている。


「おらあっ! たっぷりいたぶってやるぜ女」

「……遅い……え?」


 ルカはヒドルストンのハンマーをギリギリでかわしつつ、直ぐに反撃に出ようとしたところで、コンクリートが激しい衝撃で大きく陥没して吹き飛ばされた。ハンマーが妙にブレたように見えたのは、多分気のせいじゃない。


「はははぁっ! 幻惑効果が乗ってんのよ、今の俺はなあ」

「あぶねえ! ルカ」


 体勢を崩したルカに影山の槍が伸びてくる。避けれないような速さではなかったが、ルカは防戦一方になって槍を剣で弾くしかないみたいだ。よく見ると影山の槍に奇妙な残像が見えている。多分シンクロアタックによって目くらまし効果が付与されているらしい。すげえ厄介だ。


「くぅっ! こ、こんのぉ……」

「どうしたのかなー? もう終わりそうじゃない」


 余裕の影山を余所にヒドルストンが横からハンマーを振り、ルカの鎧を思い切り弾き飛ばした。


「あう!」

「はははー! たまんねえな。人間をぶっ叩く感触っていうのはよお」


 ルカの身体は俺から見て左にぶっ飛んでいき、遠くの壁までぶつかってめり込むと人形みたいに崩れ落ちた。心臓が止まりそうになった。もしかしたら死んだんじゃないかと心が震える。


「ぐ……う……」

「ルカぁ! ち、畜生!」


 俺は無意識にルカの元へ駆け寄ろうとしたが、迫ってきている影山とヒドルストンが立ちはだかってくる。暴漢に襲われて殺される人の気持ちが分かったような気がした。これは本当に、殺される前兆かもしれないと予感する。


「終わりだねえ、圭太君」

「死ねよ! クソガキ」


 逃げる隙もなくて、俺はもうどうしようもなくガードの姿勢にとり目をつぶってしまったが、影山の槍が刺さることもハンマーの直撃もなかった。


「のおわあ!」


 ハンマー野郎の叫び声と輝くような炎が舞い上がったのはほぼ同時だった。どうなってんだと驚く俺の目前に現れたのは、いつも通りの涼しい顔をしたウィザードだ。


「失礼。どうも空気を読むのは苦手でね。お呼びじゃなかったかな?」

「……ランスロット!」


 俺達の敵である三人はみんな目前にいるキザ男を忌々しそうな目で睨みながら、炎に苦しんで後ずさりする。どうやら超至近距離で魔法を放ったせいか、あの大楯が引きよせる暇がなかったらしい。


「君達は以前会ったよね。確か圭太君を襲っていた人達だと思ったが。しつこい男はモテないよ」


 ランスロットの言葉に、明らかに苛立ちを見せたヒドルストンが、


「うるせえ! いいところで邪魔をしやがって! 影山、俺が隙を作るから……お前の槍で消し去れ」

「ああ。そのつもりだよ。ここまで来て邪魔なんてさせない」


 盾野郎がヒドルストンの目前に立ち塞がり、さっきの攻撃体勢をもう一度再現する。なんて面倒くさいんだと思いつつ、そういえばめいぷるさんはと思って辺りを見回すと、線路に座り込んだままのルカに回復魔法を使用していた。


「こんな奴の魔法なんて大したことありませんよ。俺のCursed Skillで楽勝です!」


 盾野郎の体から黄色いオーラみたいなものが発現して、何か大きなバリアみたいになって奴の全身を包む。どんな攻撃が来るかと思って身構えていたんだけど、実際は攻撃系のSkillよりも厄介なものだった。


「これで俺の防御力は50%上がりました。もうこんな奴らの攻撃なんて怖くありませんぜ」


 奴の言葉を聞いて俺は焦る。ただでさえ硬い盾に邪魔されているっていうのに、この上防御力がハンパじゃなく強化されちまうなんて、マジで余計なことをしやがって。そんな時に、


「あぶねえ! ランスロット」

「おおっと」


 突然現れた風の刃がランスロットの首筋をかすっていった。そうだ、隠れている奴がいたんだ。ランスロットはそれでも焦っている様子を見せず、ただ涼しい顔で杖を影山達に向ける。


「対策ならもう考えたよ。団子みたいになっていれば安心だとでも思うのかい?」


 ランスロットは杖から深緑色の奇妙な液体を発生させると前方に放出した。余裕の表情で盾野郎が魔法を受け止める。ヒドルストンと影山は目の前にいる男をバラそうと詰め寄る一歩手前。本当に一歩手前で奴らに異変が起きる。


「ぐあっ! な、なんだあこりゃあ?」

「うう……こいつ、もしかして」と影山の顔が歪む。


 何が起こったのか解らないが、俺はその隙を逃すつもりはなかった。咄嗟に矢を連射して無防備になった連中に見舞っていく。やっぱり盾野郎に弾かれるが、あいつらはズルズルと後退していった。駆け寄った俺にキザ野郎は涼しい顔でこう言った。


「何をしたんだよ?」

「毒魔法バイオだよ。密閉された空間だし、効果はあったね」

「はあ? 毒ってお前」


 ランスロットは微笑を浮かべたままだ。こんなところで使っちまったら自殺行為だろと言いかけた俺を制するように、


「プレイヤーに毒は効かない。かと言って平気なままでもいられないんだよね。本能的に避けてしまうんだよ」

「む、無茶苦茶だな」


 影山達はようやく落ち着いた様子で、怒りに燃えてこっちを睨んでいやがる。まあ、そうなるよな。


「くだらない真似をしてくれるじゃないか。君も僕の槍で消滅させてあげるよ」

「消滅? ああそうか、君の槍はそういう武器か」


 刺しただけで敵を消滅させる槍。それを奴は俺のおふくろや妹に使ったらしい。考えただけで怒りが湧き上がってくる。だけどもうバイオは通じそうにない。ゲームキャラクターのデータをインストールした体には毒は効かないし、少し我慢できればなんの問題もないんだ。


「さてと、圭太君。この後どうしようか?」

「考えてないのかよ……いや、待てよ! ランスロット、こっちだ!」

「うん? おおっと! 圭太君?」


 俺はランスロットの右腕を掴んで走り出した。一瞬呆気にとられていたヒドルストンが叫んで走り出す。


「待てよおら! 逃がさねえぞ」


 逃げる俺たちの前方から氷の刃が飛んでくる。赤いフードの奴は魔法のレパートリーが豊富らしい。なんとかギリギリでかわしながら、俺はようやく立ち上がったルカとめいぷるさんの元まで全力で走った。


「ルカ! めいぷるさん」

「圭太! 待たせたわね。じゃあもう一回やるわよ!」

「圭太さん。わ、私どうすれば?」


 俺はホームに上がって来た二人を交互に見て、やっぱりさっき思いついた作戦ならいけると確信する。ランスロットは俺から少し離れて、今は爆発魔法でヒドルストン達の足止めをしているが、長くは持ちそうにないだろう。


「ルカ! めいぷるさん、聞いてくれ!」


 二人に急いで作戦を伝えると、ルカは目をまん丸にして驚き、めいぷるさんはふるふると緊張に震えているようだったが、やらなければやられるんだ。俺は二人の嫌そうな反応を押し切ることにする。


「勝つにはこれしかない! じゃあ頼んだ!」


 それだけ言うと俺は弓を構える。ランスロットはひらひらと影山の槍をかわしつつ、ヒドルストンのハンマーから逃げていた。槍が黒いローブを切り裂き、後少しのところで直撃するのかもしれない状況だ。


「オラオラこのクソロン毛野郎! 俺のハンマーが怖いのかあ?」

「まだか? 圭太君」


 俺は矢を連続で放ち続ける。ヒドルストンと影山、それから姿が見えないけど多分右奥に隠れている赤フードにそれぞれの矢が飛んで行った。さっきの魔法が飛んできた位置から、赤フードが大体どこにいるのかは推測できる。


「無駄無駄ー。全部俺が受け止めちゃうよ」


 一番前にいた盾のおっさんがいやらしい顔で笑いながら構えている姿を気にもとめず、俺はとにかく連射し続ける。ルカが一気に距離を詰めた。影山の槍に女騎士の剣が交差する。


「僕は一位になった男だぞ! ルカ、君なんかが勝てると思うのかい?」

「アンタ絶対不正してるでしょ! 一位になれる実力じゃないわ!」


 影山もヒドルストンもまだまだ余裕といった表情を崩さず、お互いのターゲットを狙っていく。ランスロットとの距離が開き、次のハンマーのターゲットは俺になる。


「クソ! チョコマカしてんな! じゃあお前からだクソガキぃ」

「……来たな。ハンマーのおっさん」


 全員が激しく交戦しているが、俺達は一枚攻撃のカードが足りない。姿の見えない魔法攻撃は圧倒的に有利だが、打開策は意外なところにある。俺はチャージアタックの溜め動作を始めた。


「え、えーい!」


 前線に出て来ためいぷるさんが、白い気弾を盾野郎に飛ばした。


「……は? 何、君?」


 いやらしい顔をした盾野郎が、必死に攻撃してくるめいぷるさんを見て、スケベオヤジ丸出しの顔になって彼女に近づいていくが、それ以上は俺がさせない。と思っている時に褐色の肌をした大男がやって来る。こいつは本当に面倒だと思う。


「クソガキ! 死ねよ」


 俺はハンマー野郎のデフォルトとも言える暴言を無視して、振り回すハンマーをジャンプでかわしつつ盾を持ったおっさんにチャージアタックを放った。特大のレーザービームが大盾に吸い込まれていく。


 はるかに強靭になった筈の盾。それなのに矢は同じように弾かれることはなく、むしろ盾にめり込んで貫通していった。


「え? ぐぎゃあああ!」


 盾のおっさんの叫び声に驚いた影山とヒドルストンの攻撃の手が止まると、今度はルカとランスロットが攻勢に出る。


「はああっ!」

「おっと! 僕達のターンってことかな?」


 ルカの剣が影山の槍を攻め立て始め、遠間からヒドルストンを電撃が襲う。


「な? ちょっと待って。林王、どうしたの!?」

「お、おいおい! お前がなんでダメージ受けてんだよ」


 おっさんの盾は完全に粉砕され、後は生身とほぼ変わらない姿に矢を撃つこむだけだ。盾のなくなったただのおっさんは何本も刺さる矢にもがき苦しんで逃げ出した。


「うぐあっ! ひいいい!」

「おいこら! 逃げんじゃねえ。名無し、早く攻撃魔法を……おい名無し!」


 名無しって名前なのか? 俺は疑問を持ちつつも今度はヒドルストンに矢を連射すると、奴は電撃と矢を同時に浴びてのたうち回った。


「があああ! ち、畜生! 畜生ー!」

「ま、待ってよヒドルストン。みんな逃げるな! まだリーダーの僕が、」

「アンタも逃げるな! このおっ!」


 へっぴり腰になっている影山に、容赦なくルカの剣が振り下ろされていく。渾身の袈裟懸けが槍の柄を切断してしまい、真っ青になった影山は背を向けて逃げ出した。


「う、うわあー! クソ、クソォ!」


 隠れていた奴もきっと逃げたんだろう。奴らはビックリするくらい逃げ足が早くて、数秒で俺達だけが駅のホームに残されていた。そうだ。今追撃しておけば影山を倒せたかもしれない。詰めが甘かったな。


「やったわ! もうちょっとぶっ飛ばしたかったけど」とルカは笑い、

「人を相手にするのも怖かったです……」とめいぷるさんはもっともなことを言い、

「どうやってあの盾を壊したんだい?」とランスロットは質問してきた。


 俺は静かに笑ってめいぷるさんを見る。


「簡単だよ。めいぷるさんのアビリティは【敵が受けている能力値の+を−に変える】ってやつじゃん。だから今回アイツが防御力を上げたことで、むしろ大幅に打たれ弱くなったってだけ」


 そう説明されてルカはポン! と手を叩いて、


「そっか。だから急にもろくなっちゃったわけね! アンタよくあんな土壇場で気がついたわね。さっすがあたしが見込んだだけのことはあるわ! めいぷるちゃんのアビリティとかすっかり忘れてた」

「リーダーなのにメンバーのこと把握してないんだな」

「何よ! 忙しかったから忘れてただけなの。それもこれもちゃんとあたしが、」


 言いかけたルカにランスロットが割って入る。


「お話もいいけど、あの大きな魔獣は外に出てしまってる筈だよ」


 ルカはハッとした顔になって俺達を見回すと、


「そうだわ! 早く倒さなきゃ。みんな、急ぐわよ!」

「は、はいー」

「了解した」

「ったく! あんな奴らに邪魔されなきゃあっさり解決したのによ!」


 俺達は勝利の余韻に浸っている間も無く、全力で来た道を戻って行った。正直駆けつけるのが遅かった。現実の世界ではあり得ないほど巨大なモンスターは、もう地上に這い上がって暴れていたんだ。

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