第38話 PVPバトル
既に使われなくなってから何十年も経つ地下鉄の階段を、ルカと二人で登っている。
恐らくは二階に位置している場所にやって来たところにいたのは鎌田と沙羅子だった。
二人とも平坦な通路に座り込んでいて、今にも泣き出しそうな顔になっている。やれやれ。人騒がせな連中だと皮肉を言いたくなったが、俺は内心無事でいてくれたことにホッとしていた。
「アンタ達、どうしてこんなところにいるわけ?」
開口一番大声を張り上げてきたルカにビクリとしたした鎌田は飛び上がるように立ち上がって、
「あ、す……すんません! ちょっと俺達心霊動画でも撮れないかなー……とか思ってたんですけど、なんか道に迷った挙句に幽霊みたいなもん本当に見ちゃって動転してて。もしかして、コスプレの撮影とかで来たんですか?」
「んなわけないでしょ!」と一括するルカ。
しどろもどろになって返答する鎌田をよそに、真っ暗な廊下に座っていた沙羅子が驚いた顔でルカを見上げた。
「あれ……すみません。確か以前お会いしてますよね? 星宮のとこで……」
「そうだったかしら。あたしは覚えてないかな。そこのアーチャー、アンタは覚えているの?」
ルカの奴めすっとぼけやがって。いきなり話を振られて挙動不審になった俺を見て、沙羅子はあっという顔をしてじっと見つめてくる。
「あなた! 星宮の家の地下で、あたしを助けてくれた人ですよね?」
「あ? ああ……そうだったな。こんな所で会うなんて、マジで奇遇だな」
今は変身しているから普段とは顔も髪型も、背格好も全てが違う。沙羅子は万が一にも正体は俺だなんて気がつかないだろう。でも、もしかしたら……万が一でもバレたらという妙なそわそわ感があった。だってバレたら、今後何かと面倒くさそうじゃん。
「とにかくアンタ達。ここは本当に化け物が出てくる場所なの。命が惜しかったら早く逃げなさい! いいわね?」
ルカの大声に鎌田と沙羅子は一緒になって頷いたものの、どう逃げていいものか解らないと言いたげだった。俺が助け舟でも出すとしようか。
「あのさ。君達帰り道も解らなくなってるんだろ? じゃあ俺達について来なよ」
「ちょっとアンタ! 今からあたし達はモンスターと戦うかもしれないのよ」
「少しくらいインターバルはあるだろ? 戦いなんてもうないかもしれないし」
俺はプンスカ怒っているルカを尻目に、体育座りをしていた友人に右手を差し出す。沙羅子は申し訳なさそうなうつむいた顔で手を掴んで立ち上がると、
「すみません……助けてもらってばかりで」
「気にするな。じゃあ行こうぜ」
俺達は一旦来た道を戻ろうと階段を慎重に降りて行く。そんな中だった。
「ちょっと待って……急にゲートが現れたわ!」
「……は? 嘘だろ」
俺は視界に映っているメニュー画面からレーダーを表示させると、入り組んだ地下鉄のマップの反対側の階段付近に、確かにゲートと思われるマークが表示されていることに気がついた。
「いきなりすぎる登場ね。しかもこのゲート……信じられないくらいデカイのよ」
「……一体何が出てくるんだ。クソっ!」
まだ間に合うかもしれないと思った俺は、一旦沙羅子の手を話して階段を駆け下りて振り返り、ゲートの方向へ弓を構える。何が出てくるのか知らないが、まだ未完成なうちに破壊してしまえばいいと思っていた。
「これでも喰らえっ!」
俺が放った矢が猛烈な速度でゲートに向かっていくが、巨大な扉を破壊するにはギリギリで間に合わなかった。中から出現したどデカいモンスターが駆け出し、顔面に矢を受けつつも気にせず突進してくる。自分たちに向かって真っ直ぐに。
「うわっ! なんだよアイツ!?」
「キングベヒーモスよ! 避けなさい!」
ルカが叫ぶような声をあげた後、背中に強い衝撃が走って俺はブッとんだ。沙羅子は手を離していたのでどうなったのか解らないが、地下鉄の壁に激突する姿はお世辞にもカッコいいとは言えず。潰れたように俺はズルズルと線路に落ちていく。すぐに起き上がり、吹っ飛ばした犯人を睨みつける。
「ルカこら! もうちょっとまともな助け方が出来ねえのか!」
「そんなこと言ってる場合じゃないわ! 追うわよ」
何を? と訊く間もなくルカは走り抜けて行ったモンスターを追っかけて行きやがった。俺と鎌田と沙羅子はポカンとしたままどうしようもない状況にいたが、
「あの化け物、一体何処に行くつもりだ」
嫌な予感がしていた。線路の奥に行ったら、いずれは人が暮らしている空間に出て行っちまうんじゃないだろうか。あんな怪獣みたいな奴が街に出たらシャレにならない。俺はルカとモンスターを追いかけるしかないと思った。
「君達! 反対側の階段に行けば出れるから! 俺は奴を追う」
鎌田は本物のモンスターを見て呆気にとられ、何も言えずに立ちすくんでいた。沙羅子はまだ冷静で俺の言葉を解ってくれたらしい。
「はい! じゃああたし達とにかく逃げますね。頑張ってください! ほら行くよ」
「へ!? お、おおい!」
沙羅子に強引に引っ張られて行く鎌田の間抜けな姿に吹きそうになっていたが、実際にはそんなことをしている場合でもなかったことに、数秒もしないうちに気がついた。レーダーには、さっきまで遠ざかっていたはずのモンスターが、Uターンするようにこっちに来ているのが解ったからだ。
「アイツ……戻ってくるのかよ?」
「もしかして行き止まりだったのかしら……来る!」
俺はもう一度弓を構えて、まだ小さい昆虫くらいに見えるキングベヒーモスに矢を放った。一発じゃとても倒せないのは目に見えている。とにかく弓を引いては離すを繰り返し、十発は放ったところで獰猛な魔獣は五十メートル近くまでやって来ていた。
「う、うおおお!」
「圭太! 避けなさい」
ルカは右側にジャンプし、俺は左側に飛んだ。ギリギリでキングベヒーモスの突進を逃れたのは良いが、今度は沙羅子達の方向に奴が向かって行くことは明白だったので、俺は慌てて奴を追いかける。
「う、うわああー! 化け物だあっ!」
「きゃあああっ!」
鎌田と沙羅子の悲鳴が遠くから聞こえて、俺は心臓が止まりそうになりつつ必死で後を追う。二人を助けることが俺の脳みその全てを占拠していて、正直あまり冷静じゃなかった。
「ま、待ちやがれー!」
「く! このままじゃ本当にまずいわ」
闇に包まれた地下鉄を一直線に走って行くと、沙羅子と鎌田が階段を駆け上がっていくのがわかった。キングベヒーモスは二人を追うように階段をノソノソと登り出していたので、慌てて弓を構える。
こいつは登ったりするのは苦手なんだろうか。
「お前は外の世界に出て行くんじゃねーよ!」
デッカい尻めがけて放った矢の数は五本に達していたが、あまりダメージを受けている様子は見受けられない。
「この野郎、待ちやが……」
言いかけた瞬間、何かがホームの柱の影から現れて急接近して来た。俺よりずっと背の高いそいつは、長くてデカいハンマーを力一杯振り下ろす。寸前のところで右に飛びのいてかわした俺を見て、そいつは舌打ちをして眉間にシワを寄せて睨みつけて来やがった。間違いない、こいつは知ってる。
「てめえは……ハンマー野郎か」
「ハンマー野郎じゃねえ、ヒドルストンってんだ。覚えておきな。まあ、お前はすぐに死ぬことになるんだけどな」
奴の額からは血が流れている。キングベヒーモスに攻撃でも受けたんだろうか。
「おいおい。なんでプレイヤー同士で殺し合いしなきゃいけないんだよ?」
「はん? お前こそ俺達を襲ったじゃねえか。すっとぼけんじゃねえぞクソガキ」
「……なんだ。気がついてたのか」
俺は悪びれる様子もなく言ってみた。そうだ。俺は以前復讐心からお前達を襲ったんだ。
「アンタ達ね。プレイヤーを何人も殺している連中っていうのは! ……隠れてないで出て来なさいよ」
いつの間にか俺の隣にきていたルカが声を上げると、線路から這い上がってきた盾を持った大男と、ヒドルストンの奥にあった柱の影からアイツが現れた。影山だ。
「勇ましい女の子だよね。まあ、僕らに会ったのは運の尽きだと思うけど」
「影山……やっぱり来ていたのか」
俺の言葉に影山はふっと笑い、槍を左手でクルクル回しながら答える。
「あれー? なんかテンション低くない? 圭太君、これはゲームなんだよ。ゲームは楽しくやらなくちゃいけないでしょ」
「ふざけんな!」
盾を持ったおっさんは体を小刻みに震わせて笑っている。ヒドルストンは殺気に満ちた眼差しをじっとこっちに向けていて、それぞれが違う思惑を持っているみたいだった。
「圭太君。あんまりじっとしている時間もないんじゃないかな? キングベヒーモスはもう地上に這い上がっているはずだよ。ここに集まって来たプレイヤーは何人かいるみたいだけど、下位ランカーがほとんどだろうし長くは持たない。街のほうまで行っちゃったら終わりだよね。大事なクラスメイトも殺されちゃうよ」
確かに視界のレーダーにはプレイヤーが何人か外に表示されているのが解る。もしかしたらランスロットとめいぷるさんも外に出て魔獣を止めているのかもしれないが、そこまではレーダーからは確認できないのがもどかしいところだ。
「この野郎……お前も止めなきゃいけない筈だろうが」
俺は堪らず影山に悪態をつこうとするが、奴はヘラヘラ笑っているだけで気にもとめない。
ルカがエクスカリバーを構えて切っ先をヒドルストン達に向けながら、静かに近づく。俺ももう待ってなんていられなそうだから、女騎士に前衛を任せて弓を構える。
「あの化け物に人間が襲われても構わないっていうのね。アンタ達はプレイヤーである以前に、人としてどうかしてるわ。今すぐにそこをどきなさい」
ヒドルストンが舌を出しながらハンマーを上段に構えた。
「嫌だと言ったらどうするんだい? お嬢ちゃんよ」
「……勿論斬る」
影山が槍を構えたところでルカは走り出した。俺は影山とヒドルストンと盾男、誰を狙おうかと考えていたが、まずは一番手前にいるヒドルストンにするべきだと思い、すぐに矢を放つ。
「ちぃっ! どこまでも忌々しいガキ!」
ギリギリハンマーで脳天に迫っていた矢を防いだヒドルストンだが、目前に迫る剣は防げないだろう。
「今だっ! ルカ」
俺の声と同時に、ルカの剣がヒドルストンの胴体を捉えようとした瞬間だった。
「きゃあっ!?」
猛烈な爆発がヒドルストンの手前で巻き起こり、ルカが一直線にこちらに吹っ飛んで来たので、俺は慌てて両手でキャッチした。
「大丈夫か!? おい!」
「あ……ゆ、油断したわ。降ろしなさい」
俺の手からひょいと離れたルカは、周りをキョロキョロと見回す。
「誰なの? まだ他にいるわね」
ルカの声に応えるように、どこからか解らない笑い声が響く。まるで幽霊みたいじゃねえか。
「あたしは何処にいるでしょうねえ。決して見つけることは出来ないところにいるわ……」
色っぽいけど気味の悪い声だと思う。そういえば今の爆発は、影山達から車で逃げていた時に受けた魔法と同じような気がした。あの赤いフードを被ったやつか。
「はっはっは! お前達は何処から魔法で攻撃されるか解らねえだろ。人数も四対二。こっちのが断然有利だ」
得意げに言うヒドルストンの目は真っ赤に充血していて、もう同じ人間とは思えない形相になって来やがった。まるで吸血鬼だな。
「逃がさないよ圭太君。君達はここで死ぬんだ。さあみんな、二人を僕らなりの誠意を見せてあげよう」
「へへへ! 了解っす。俺は盾でみんなを守りますからご安心を」
「回りくどい言い方すんなよ影山。さあて、行くかー」
俺は三人の言葉を聴きながら必死で考えていた。早くあの超デカイ魔獣を追いかけないといけないっていうのに、こんな所で足止めを喰らっている。本当なら逃げながら矢を放って戦いたいんだが、大きくタイムロスする可能性があるし、遅れた分だけ被害の拡大に繋がっちまう。
「圭太、アレをやりましょ」
「アレ? ああ……分かった」
そうか、アレか。ルカに言われて俺は一瞬で理解した。シンクロアタックだ。二人でシンクロ状態になって様々な攻撃を繰り出すことができるシステムだが、こういう時こそ使うべきだ。
「ほーう。よおし影山、俺達もやるか」
「いいねー」
考えていなかったけど、同じプレイヤーなのだから、向こうだってシンクロアタックが使えて当然だった。静かにゆっくりと近づいて来る三人。影山とヒドルストンは光のチェーンで繋がれ始める。対する俺たちも、同じように輝くチェーンで繋がっていた。
二対四っていう圧倒的に不利な状況で、更に一人は何処に隠れているか解らないときてやがる。普通なら逃げるのが懸命なんだけど、俺達には時間がない。
「圭太……アンタを信じるわ。あたし達なら勝てる」
「まあ、俺もお前を信じるしかないな。それに、ここは譲りたくないし」
俺とルカは立ち止まり、それぞれの構えをしつつ奴らを睨みつける。
絶対負けねえって心の底から決意していたところへ、ヒドルストンと影山、盾男がほぼ同時に飛び込んで来た。
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