第64話 魔法使いの神火

 ここは床も天井もドアも、何もかもが白く染まった空間。三メートル以上ある巨大な体を持った男は、突然先程までとは全く違う空間に転移させられてしまい戸惑っていた。


 彼はもう人間とは言い難い存在。カイによって強制的な改造を受けて、ほぼ顔だけを機械の体に移植されていた。そしてカイには決して逆らうことがないよう脳内を改造されている。


「一体どうなっていやがる。ここぁ何処だ!? あの野郎逃げやがったのか」


 キョロキョロと見渡しても人っ子一人いないように見えた空間の中央に、いつの間にか能面のように無表情なランスロットが立っていた。


「逃げてはいないよ。ここのほうが戦いやすいからね」

「てめえ……」


 言うなり目前にいる青年は、真っ白な空間をただのんびりと見渡して、まるで戦う気など無いような態度を見せる。


「カイっていう人は本当に素晴らしい発明をしているようだ。この決闘用に用意された部屋は、あらゆる衝撃や自然現象にもビクともしない素晴らしいフィールドだね。この空間なら僕も、本来の力が出せるというものだ」

「本気になったら勝てるってか? 中学生みたいなこと言いやがる! 現実の厳しさを教えてやらあ」

「僕はCursed Heroesの中では弱い存在だよ。厳密には英雄ではないからね。でも君相手なら、普通に勝てるんじゃないかな」


 ランスロットの杖から小さな火が湧き上がってきた。かろうじて確認できる程度の火種はみるみるうちに巨大な火球へと成長し、ランスロットの頭上で膨らみ続けている。


「ああん? なんだそのちっぽけな炎は。そんなもんで俺様を止められるとでも思ってんのか。おい」


 林王は巨大な体を揺らしながら走る。人間だった頃よりも遥かに俊敏な上に頑丈で、心は狂気に満ちていた。


「受けてみたまえ……エルフレイム!」


 声と同時に杖を向けて、巨大な炎が鋼鉄の体にぶちまけられる。林王は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに走り出した。


「確かにすげえ炎だ。だーがー……俺様にはこれっぽっちも通じねえんだよお!」


 林王の突進は止まらない。獰猛な右の拳が振り下ろされ、ランスロットの頭蓋骨に命中する寸前に、まるで幻だったかのように彼は消えた。


「ち! すばしっこい野郎だ」


 林王にはランスロットが避けた先が解っていた。瞬時に振り返ると、十メートル程の距離に彼はいる。直ぐにサイドステップで林王が攻撃し難い角度に入ると、もう一度火炎魔法を繰り出す。林王は火炙りの刑にあっているかのように全身を炎に当てられたが、いささかの熱も感じることはなかった。


「だから無駄だっつうの! これでも食らっちまえよ!」

「む!?」


 ゴーレムは炎から脱出するとボディ全体に変化が起こり、無数の小さな穴が出現した。中から大量の銃弾が発射され、ランスロット目掛けて容赦無く飛び続ける。彼の体には魔法のバリアが薄っすらと張られており、直撃はしていないが少しずつヒビが入っていった。


「なかなかの威力だ。他の英雄ならともかく、僕では当たったら危険だろうね」

「ケッ! 余裕かましやがって! だったらこれはどうだあ?」


 今度は胸部分がスライドして大きな二つの穴が姿を現した。穴から飛び出してきたのは赤い色をしたミサイルで、小型とは言え普通の人間が食らったら死は免れない。


「何でもありだな! 全く」


 ランスロットは追いかけてくるミサイルにフレアを当てることによって少し遠目から爆発させたが、自身も巻き込まれないわけにはいかなかった。


「ぬ……ぐうむっ!」


 吹き飛ばされたランスロットは床を転がり続け、最終的にはうつ伏せになって倒れこんだ。彼が着込んでいる魔法のローブは物理防御、魔法防御共に大きく上げてくれる希少な防具であり、本来どう考えても即死を免れない攻撃でも大きく被害を減らすことができるものの、今回受けたダメージはやはり大きかった。


「はん! 口程にもねえな。おーし。じゃあ次はコイツといくかあ」


 両腕を前に突き出した林王は、肩から二の腕から何かが移動している様子だった。続いて両手が腕部分に収納され、右手からは巨大なドリルが、左手からはチェーンソーが姿を現す。


「お前の悲鳴をたっぷり聴かせてもらうとすっかあ。ははは」

「悪趣味だねえ。君はどうしてそこまで心が歪んでしまったのだろう。ロボットのような姿にされて嫌じゃないのかい?」

「嫌なものか! 俺様は最高の体を手に入れたんだ。この体ならもう誰にも馬鹿にされねえしな」

「ほう……機械の体になってまで、自らのプライドを守ろうとしているわけか。君の人生に何があったのかね?」


 狂気の塊とも言える両手を見てもランスロットは全く動じない。埃を払いながら立ち上がり大きくため息を漏らした後、いつものようにのんびりとした目で機械となってしまった男を見つめる。


「俺様の人生がどうしたって? お前には関係ないだろうが」

「まあ関係はないかな。負け犬の人生なんて」

「……あ?」


 静かに殺意をたぎらせる林王を見て、ランスロットは左手を頭の後ろに当てわざとらしく微笑を浮かべた。


「おっとごめんごめん! 今のは失礼な物言いだったね。いやね、実は君達のことは調べていたんだよ。当然どんな生活を送ってきて、どんな人生を過ごしてきたのかも調べた。影山君にヒドルストン、名無し。中でも面白かったのは君だったね、林王君」


 林王はドリルとチェーンソーを起動させることもせずに、黙ってランスロットの話を聞いている。


「君は学生時代までそれはそれは充実した人生を過ごしていた人間だったようだね。一流の大学を卒業してから大手の企業に就職も成功し、新卒として働き出して以降十数年は順調だった。だが……バレてしまったんだよね」


 林王はまるで機能が停止したようにじっとしたままだった。


「君はどうしても自らの欲求を我慢することができない人間だ。昔から隠れて窃盗や性犯罪といった罪を犯し続けていた。それらが明るみになったのは三十歳を過ぎて、会社内でも役職まで上り詰めた時のことだ。君は犯罪者として刑務所に入り、出所してからは家族に捨てられ、満足な職にもつけなくなった。今まで自分が顎で使っていたような人間に、今度は顎で使われるような毎日。気がつけば既に四十歳を超えている。高速のように流れていく時間の中で焦った君は、」

「う……うるせえ!」


 コンピュータに包まれた顔から大声が響き渡る。


「てめえ人の過去をほじくり返しやがって……。ただじゃおかねえ。俺様に刃向かったことを後悔しながら嬲り殺してやる!」

「残念だけど君には無理だよ。そもそも、自分が圧倒的に不利だということにも気がつかないようではね」


 右手のドリルと左手のチェーンソーが起動し、表情の無くなった顔から笑い声だけが響く。


「はああ!? へへへへ! お前本当に馬鹿じゃねえのか。どう考えたって不利なのは自分のほうだろうが!」


 ゴーレムの巨体が一人の男を惨殺する為に駆け出した。しかしながらチェーンソーもドリルも一歩手前で青年の体に触れることができない。寸前で何かが邪魔をしている。


「ん? なんで……ああ!?」


 丸太のような腕や、熊のような胴体、像を思わせる足に何かが絡みついている。まるでピアノ線のような桃色の細い線が何本も巻きついて自由を奪っていた。細い線は遥か後方の、ドアの向こうにある闇から伸びている。


「時間稼ぎにも気がつかなかったか。君はどうやってもそこから先には進めないよ。僕は充分に力を振るえるけどね。さて、終わらせるとしよう」

「な、何だか知らねえけど舐めんな! こんなモンブチ切って……?」


 ランスロットの周辺から火種が舞い上がり、徐々に大きさを増して極大の火炎へと進化していく。それは普通の炎ではなく、火属性が最も得意な彼が長い修練の果てに獲得した、滑らかに動く奇妙な力。まるで生物のように部屋内を回り出している。


 成長し続ける火炎は徐々に形を変え、やがて巨大な赤い大蛇に変貌していった。


「な、何だそりゃ……バケモンか!?」

「神火の大蛇。君を終わらせる地獄の使いだ」


 ランスロットが杖をゴーレムに向ける。部屋全体を這い回っていた炎の大蛇は体をくねらせつつ動けなくなっている林王の体に巻きついてくる。


「こ、こんなもんが何だよ! 俺の体には効かねえっつうの!」

「本当にそうかな。君は完全に機械というわけじゃなかったよね」

「な、何でテメエ……そんなことまで知ってやがる」

「しかも君の全身には、大蛇が入り込める穴が空いてしまっているよ」


 全身を螺旋階段のように巻きついている炎が、銃弾を撃った穴やミサイルの発射口に侵入していく。炎は穴という穴に侵入して、内部から林王を喰っているようだった。


「う、うあ……ああああ!」


 たった一つの生身であった顔面に熱が伝わってくる。今まで経験したこともない猛烈な苦痛と、目を反らすこともできない恐怖に心が悲鳴をあげた。


「苦しいか。あまりジワジワと追い込むのは悪趣味だ。終わらせてあげよう」


 ランスロットが大蛇とは別に炎を作り出した。瞬時に増長する炎は左手に引き寄せられていく。全身を魔法のバリアでコーティングしている彼自身は火傷をすることもなく、左手に猛烈な神火の塊を集約させていた。


 次の瞬間、ランスロットは体を翻しながら優雅に飛んだ。巻きついていた大蛇もまた、左手に呼び寄せられ彼の周囲を周りだす。やがて大蛇の頭部はランスロットの左拳にぴったりと重なり、林王の視界には合体しているように映った。極大の神火を纏った左拳が、ゴーレムの脳天に突き刺さる。


「う……ひぃいいいあああ!」


 一瞬で頭部が溶かされ、林王の脳までも簡単に焼き原型を留めずに消し去った。全てが終わった後、ただの石像のようになってしまった機械を眺めていると、拘束していた細い桃色の線がするりと抜けて闇に引きずられてゆく。彼はドアの向こうにある何かに微笑を向けた。


「別に助けをもらう必要はなかったけど、礼は言っておくよ。ありがとう。そろそろ向こうもカタが着く頃だろう」


 ランスロットは話しかけた相手の元へゆっくりと歩いていく。そんな彼の様子を、モニター室で眺めている女がいる。入念にモニターを一通り確認して状況を把握すると、その女は早足で部屋から出ていった。





 モンスター召喚装置のすぐ近くにいる俺は、必死になって矢を連発する。カイはそんな俺を見てヘラヘラと笑ってやがる。


 しかもさっきよりも事態は悪化した。俺達がいる下の階層にゾンビがひしめいているのは変わってないが、奴らは今いる通路奥にある、全てのドアからも押し寄せてきやがったんだ。カイの野郎はゾンビ達をまだ温存していたらしい。自分は結界の中にいるから安心安全ってワケだ。


「きゃああー!」

「う、うわあああー」


 めいぷるさんは悲鳴を上げながら何とかゾンビ達と戦っているが、影山の野郎はただ逃げ回っているだけだ。当然二人だけじゃ状況を打破できないので、俺が助けに入るしかない。


「畜生! 結界を壊すのに集中できねえじゃねえか!」


 俺はめいぷるさんや影山、自身に向かってくるゾンビ達を矢で倒しながら時折結界を攻撃するという行為を繰り返すことになる。ゾンビ達はルカが相手にしているだろう数に比べれば全然マシだけど、それでも厄介すぎる。


「無駄だよ圭太君。君ではこの結界を突破することはできない。とある高名な魔女が、僕の為に長い時間をかけて溜め込んだ魔力で作り上げたんだ。そう簡単に壊せるものか」

「なるほどな。お前は俺達がここに乗り込んできて暴れることも、もう想定していたってわけか」


 矢は魔法の壁に当たっては、力を無くして床に落下することを繰り返している。きっと俺を観察しているお金持ちのお兄ちゃんはおかしくてたまらないんだろうな。


「さあ圭太君。もうそろそろじゃないかな。後二分しかないよ。どうする?」

「あと二分あるなら、何とかしてみせる」

「圭太君! 私もやる!」


 通路上のゾンビ達を何とか一掃した時、めいぷるさんが俺の隣まで走ってきて、必死に白い気弾を飛ばしてくれる。


「めいぷるさん……ルカは、アイツは大丈夫なんですか?」

「う、うん! 私がさっき下に行こうとしたら、一人で大丈夫だって」


 ルカなら何とかやってくれる筈だ。俺はずっと同じ作業を繰り返している。ひたすらに矢を連発し続ける。


「圭太君……少々ガッカリだよ。君にそんな浅知恵しかなかったとは……?」

「これでもちゃんと計算してるんだよ、俺は」


 魔法の壁に、ガラスのヒビみたいなモンが入ってカイは顔色を変えた。真顔になった奴の目には映っている筈だ。俺がゾンビと戦いつつも、一センチの誤差もなくずっと当て続けていた箇所は、ブチあけることができればそのままモンスター召喚装置のコアに最短で当てられるルートだ。


「ふん。だがもう時間はない! 後たったの一分さ」

「へえ、正確な時間を教えてくれるなんて親切だな」


 俺は連射をやめてチャージを始める。次で開けられる筈だ。


「壊れろ……このヤロー!」


 ダメージを与え続けた一点をぶちあけるべく、渾身の矢が指先から離れた。特大の彗星に包まれた矢は通常攻撃とは比較にならないくらい威力がある。ヒビが入った壁に穴が空いて、求めていた道が開いた。


「やった! これでいけるぞ!」

「壁が……壊れた!」


 俺と一緒にめいぷるさんは歓喜の声を上げるが、カイはそれがどうしたと言わんばかりに、


「残念だけど、ある程度の穴は修復されるんだよ」

「……は? あ、ああ!」


 カイに言われたことに従っているかのように、ゆっくりとブチあけた穴が塞がっていく。完全に計算外だったというか、まずい。俺はとっさに壁の穴めがけて飛んだ。


「え!? 圭太君!」

「うおおお! こうなったら………ぐぅううう!」

「何と……何と何と馬鹿な真似を! はははは! こいつは傑作だ」


 俺は壁にできた穴から中に入ろうとしたが、ギリギリのところで完全に閉じる寸前になり、体全体がしゃがみ込んだ首から足にかけて猛烈な力が押しつぶしてくるようだった。


「圭太君もうやめて! 死んじゃうよ」


 めいぷるさんの叫びにも返答することができず、嘲笑うカイをぶっ飛ばすことができず、俺はずっと塞ぎかかっている壁に押し潰されそうになりながらも、ぐっと堪えて中に入ろうとしていた。


「自分が死んでも構わないと言うのかい? ここまで愚かな行為をする男は見たことがないな」

「うるせえ! 理屈じゃねえんだよ。どうなろうと、俺は絶対に助ける! う、おおおぉ」

「助からないよ。助かる筈がない! 君は他人を助けようと踠き、無様に死ぬのだな」


 その時だった。背後から猛烈な何かが飛んできたのは。


「いいや! 必ず助かる!」


 誰かの声がする。俺のすぐ隣に直撃してブチ抜いていったのは、見覚えのある黒い槍だった。Cursed Skillとして使用していた時とは違い、ただ投げていただけみたいだが壁は完全にぶち破られた。


 この一瞬ならいける。俺は潰されかかった壁が再度破壊された隙に強引に体をねじ込み、カイのいる空間に侵入することに成功した。


「…………まさか」


 冷酷なつぶやきを背中に受けながら、落下中の俺は彗星弓を構える。どんなに不安定な状態にいても、今の俺なら外さない。黒い騎士のおかげで結界も崩壊した。これなら遠慮なく使える……俺のとっておきを。


 精一杯の願いを込めた矢を指から離す。今回は通常攻撃でもチャージショットでもない。俺の渾身のCursed Skill オールブレイクだ。モンスター召喚装置のコアと同時に、厄介なモンスター連中を纏めて倒す。


 コアまではあと少し。ゲートが全部放出されるまで、まだ時間が残っていると信じたい。


「当たれ、当たれぇ!」


 カイの声はしばらく聞こえない。あり得ないと思っていた状況が発生して絶句しているのか。


 まるで全ての時間が止まっているような気がした。矢は正確に、モンスター召喚装置のコアに向けて飛んでいる。

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