第63話 ゴーレムとゾンビと結界

 俺とルカ、めいぷるさんとランスロットは、カイが作り出した研究施設の最深部で戦いを開始した。


 今一番倒すべき野郎は、なんか知らねえけどモンスター召喚装置を見て考え事をしている。


「おかしいなー。装置にエラーが発生してしまっているよ。解消させないと」


 だが口調には余裕がたっぷり感じられる。目前に立ちはだかるゴーレムの中には、恐らく影山のチームメイトだったおっさんが入っているんだろう。だけど一番最初にやられちまったのは、俺達でもおっさんでもない。


「は、離せこらぁ! 林王……て、てめえ一体何しやがるんだよお」


 ヒドルストンが弱々しい声を上げている。俺が放った矢はゴーレムの胴体に命中したけど全く効いていない様子で、どうも変な感じがした。俺と同じように奇妙な違和感を覚えたのか、突っかかっていたルカが急停止して、二十メートルほど先にいるゴーレムを観察していた。


「……アンタ! そいつ仲間なんじゃないの?」

「はん? コイツが仲間だあ!? 冗談じゃねえよ。今までこの俺様を散々コケにしてやがったカス野郎だぞ」


 ずっと後ろにいるカイは俺達が戸惑っている姿を見て、心から楽しんでいるようなとびきりの笑顔を浮かべている。だけどやっぱり目は死んでいる。


「奴は僕の指示に逆らったどうしようもないクズさ。君達にショーをみせてあげるよ。そろそろ彼らから受け取れるものは受け取ったからね」


 最初は何の話か解らなかった。カイはまた懐にしまっていたリモコンを取り出しスイッチを入れる。若干だけど部屋全体が振動した。モンスター召喚装置の通路下に腐るほどあったカプセルが一斉に開いていく。


「あら? カプセルが開いていきますよ」

「おやおや……これはどうしたことでしょうねー」


 めいぷるさんが下を覗いて声を上げ、ランスロットは適当な返事をしてただ眺めている。


「うわあ……カイさん。ここで彼らを解放しちゃうワケですか」


 俺の隣まで後退してきた影山は何か楽しそうだ。マジで嫌な予感がしてきたと思ったら、カプセルの中からよろけた細い腕が見えて、徐々に人が出てきたのが解る。いや、人だった連中だ。


「お、おいおい……どうなってんだよこれは!? アイツら……アイツらどう見たって」

「みんなゾンビになっちゃってるわね」


 思わず声が出ちまった。ルカのいつもとは違う冷たい声とほぼ同じタイミングで、林王とか呼ばれた野郎は右手で捕まえていたヒドルストンを顔の前まで持ってくると、肩から上を右手に……両足を左手に持ちかえて俺たちに見せる。


「へへへへ! こんなゴミみたいな野郎はぁ、こうしてやる!」


 ゴーレムの両腕は、右手と左手が逆の方向に力が入っているようだった。まるで棒切れみたいに見える人間を雑巾絞りしてるみたいだ。


「うぎいいいい!」


 ヒドルストンの強面だった顔はすっかり変わり果てて、お化けに怖がる子供の泣き顔みたいだった。林王は左手を話して、奴の肩付近だけをプラプラ持つと、


「じゃあなー。勘違い野郎」

「や……やめろ。やめてくれえええ」


 ゴーレムはヒドルストンを軽く放り投げた。通路から大きくはみ出た体は、蠢くゾンビ達の中へ飛んでいく。奴はゾンビ達の渦に墜落して動けない。今の落下で死んでもおかしくないんだけど、悲しいことにまだ生きている。ここで意識を失っていればまだマシだったのかもしれないと思う。


「ひい。誰か助けてくれ! 影山、お前ら! う、ひいあああぁあ!」


 カプセルから這い出たゾンビ達は、天から降ってきたご馳走だと言わんばかりにヒドルストンに群がり全てを貪り食っていく。身体中のあらゆる部位を噛みちぎられている奴は、あっという間に肉片になっちまうことは間違いない。


「きゃあああ!」


 めいぷるさんは悲鳴を上げて後ずさり、ルカは顔を背けた。ランスロットは全くの無表情でぼうっとしている。


「圭太君。君の最初の相手は奴らなんだよ」


 カイは遠間で睨みつける俺に、余裕たっぷりのニヤケ顔のまま言った。


「生体エネルギーを吸い取り切った連中は普通ならただ死ぬだけだ。でもエネルギーを抜き切った後、カプセルからウイルスを注入することによってゾンビを生成することができるんだ。使い切ったゾンビ達は輸送して、あらゆるところに放っていたんだよ。そうすることで瘴気が溜まる速度も上がるのさ。効率的だろう?」


 ルカの背中は怒っている。そして怒っているのは俺も同じだ。コイツは人間を何だと思っているんだ?


「アンタは最低すぎるわ……カイ。ここで絶対に倒す!」

「僕はどうにもできないんだよ。常に守られているんだから」

「どうにだって出来るんだよ! お前なんて」


 俺はとうとう黙っていられなくなり、虹の彗星弓を構えて矢を放った。どんな壁をもすり抜ける魔法の矢が、獲物を捕らえるチーターよりも早くぶっ飛んでいく。俺はゴーレムおっさんやカイよりも、まずはモンスター召喚装置を狙った。


 矢がモンスター召喚装置に命中するかという直前に、何か急にスローモーションになったかと思うと、ただの空中浮遊みたいな状態になって、ゆっくりと床に落ちていった。


「……は!? な、なんで……くそ!」


 こんな筈じゃねえ。俺は矢を何発も何発も連続で放ち続ける。なのに矢はさっきまでと同じく、モンスター召喚装置直前で力を全部失って床に落下するばかりだ。


「よーく見るんだ。圭太君。アレは特殊な結界を張っている」

「は? け、結界?」


 俺の左隣にいるランスロットは、面倒くさそうな顔をして装置全体に張られている薄っすらとした何かを指差した。

よく見ないと解らないほど透けている。


「いくらあらゆる物をすり抜ける矢であれ、あの結界は無理だと思うよ。すり抜けるんじゃなくて、ぶっ壊すしか道はないだろうな」

「マジかよ……」

「あんな魔法の結界を使える存在なんて、モンスターやプレイヤーの中でもほとんど存在しないだろうね。できるとしたら、余程強力な賢者か、もしくは……魔女かな」


 簡単に破壊できると考えていた俺が甘かったのか。でもゴーレムも倒せないのはどうしてなんだ? 中に人間が入ってるなら、分厚いボディをすり抜けて矢が決まる筈なのに。


「せっかくだから彼も見せてあげようか」


 カイは続いてリモコンを操作している。モンスター召喚装置の中心がスライドされて両側に開き、緑色のカプセルに包まれた子供が、まるで浮かんでいるみたいな姿で眠っている。


「蓮!? ちくしょう! このクソ野郎どもがー!」

「ふざけんじゃないわよ! このロクでなし」


 俺とルカはほぼ同時に叫んでいたと思う。俺が矢を連発してルカが迫る。めいぷるさんは後方から気団を飛ばしてフォローに回り、影山は呆然とした顔で側にいるだけだ。


 だが、ランスロットはまだぼうっとしたままらしく、攻撃をしようとしない。この状況に飲まれちまったのか。俺はチラッと少しだけ後ろにいる奴のほうを一瞥して、


「ランスロット? お前何やってんだよ!? さっさと攻撃しろ!」

「…………」


 何を押し黙っていやがるんだこいつ。


「残念だねえー! 俺様がいる限り君は進めないよう!」

「……あうっ!」


 ゴーレムは巨大な体を揺らしながら、モンスター召喚装置に飛びかかろうとしていたルカを巨大な拳で撃ち落としやがった。女騎士の姿をしたアイツが吹っ飛ばされていったのは、ゾンビ達の海。


「ルカぁ!」


 体が勝手に動いた。俺がルカを助けようと下の階層にジャンプしかけた時、静観していたランスロットが肩を掴んで止めにかかる。


「てめえ何してんだ! 離しやがれ」

「彼女なら大丈夫さ。それよりも圭太君。前を見たまえ」


 目前にまで迫って来ていたのは、あのオッサンゴーレムだ。畜生! コイツ思っているより動きが速え。


「ヘッヘッヘ! そういうこった。お前もボッコボコに殴って、ゾンビ共のエサにしてやんよ」

「うおお! な、舐めんな」


 俺はゴーレムの突進をジャンプしてかわす。ランスロットはめいぷるさんを抱き上げて飛ぶ。下のほうでルカがゾンビ達を斬りまくっている姿が見える。どうやら無事みたいだが、あれだけの数に囲まれているとなかなか抜けられないだろう。


 以前より広くなったとは言え、ゾンビ達の所へ落ちないように着地するのは結構難しい。とか考えているうちにゴーレム野郎も、なんか背中からロケットみたいなもんを出して飛びやがった。


「おそいぜえ、小僧」

「クソ……コイツ。だが!」


 俺は正面まで急接近して両手で捕まえようとしてくるゴーレムに、僅かの時間だけどチャージできていたショットを胴体に当ててぶっ飛ばした。反動で俺も飛んじまって、ゴーレムの巨体はさっきまで俺がいた位置に、こっちはモンスター召喚装置の目前に墜落した。


「い、痛えなあ。……でも、お前の側まで来たぜ」

「ふうん。やっぱり君は侮れないな」


 カイと俺はすぐ近くの距離にいる。だけど魔法で作られた結界が、世界中の誰よりも俺達を遠い存在にしようとしていた。今の距離ならはっきり結界の正体が見える。幾層もの白い光の粒子みたいなもんがビッシリと張り巡らされた壁。


 彗星弓の矢は全ての属性を付与する魔法に包まれていて、その力で障害物をすり抜けるとかゲーム内にある武器説明には書いてあった。同じように魔法で作り上げた壁だけが遮断できるってわけだ。


 カイは何があってもこの結界から出てこないだろう。攻めてきてくれるならまだチャンスはありそうなんだが。


「これがある限り余裕ってわけかよ。カイ」

「そういうことだ。残りのゲートを全部出現させることができれば蓮の役目も終わりだ。彼もまた、カプセルに注入されるウイルスに侵されてゾンビとなるだろう。そうすればもう自由に解放してあげるよ」


 暗がりから見える微笑は悪魔そのものだった。底なしの悪意だコイツ。でも俺は、こんなところで引き下がるわけにはいかない。


「諦めねえよ。ルカだって必死に戦っている。俺は助けるって約束したし、まだ自分の望みを叶えてねえ! 壊す方法ならあるんだ!」

「うん? 君は何を言ってるのかな? 壊す方法ならある? ははは、馬鹿なことを!」

「そうっすよぉー! 馬鹿なことを言っちゃうクソガキには、たっぷり現実ってもんを解らせてやらねえとなあ」


 思わず振り向くと、背後からゴーレムおっさんが迫ってきているようだ。だけどもっと後ろのほうから、キザな声が助けに入った。


「いいや。現実を知ることになるのは君だよ。カイの人形君」

「あ、あのランスロットさん。あんまり挑発したらまずいのでは?」


 めいぷるさんの弱々しい声は戦闘中ならいつもどおりだが、今日はいつにも増して不安な気がする。


「離れていて下さいめいぷるさん。デカブツ君が邪魔してると圭太君が動けないからね。僕がキッチリ仕留めておかないと」

「ああん? 何言ってんだこの野郎。俺様を仕留めるだあ? 顔が良ければ勝てるとでも思ってんのかよぉ」


 ランスロットの歩く姿は隙だらけに見えるけど、実際に無防備だったことは今までなかった。いきなりだったから驚いたが、奴が左手を大きく引いいて殴りかかろうとした瞬間に音を立てることもなく二人は消えた。ランスロットのCursed Skillが発動したと思うんだが、一体何処に行ったんだ?


「う、うわああー! 助けてくれえ」


 影山の悲鳴が聞こえるなと思ったら、床から下に落ちかかって足をプラプラさせてやがった。必死に床を掴んでいる両手をめいぷるさんが掴んで持ち上げようとしていた。


 俺はめいぷるさん達を見るのをやめて、カイのいる方向へ振り返った。蓮のカプセルの上に見えるのは、カプセルと召喚装置を連結しているコアのようであり、恐らくは装置の命とも言える部分だと思う。装置にあるいくつもの光の線が全部そこに繋がっているように見える。


 あのコアっぽい部分さえ突き破れば蓮を助けられるし、ゲートの発生を防ぐことも出来る筈だ。カイは時計を見つつ死人の目でこっちを見つめる。


「やっとエラーが解消されたよ。喜びなさい圭太君。残り十分に延長されたよ。だが今度こそ時間延長はない。たった十分後には都内にいる沢山の人々の命も、ここにいる少年も、THE ENDだ!」


 俺は奴の言葉を鼻で笑って見せる。そんなことにはならない。俺がさせない。


「おいおい、十分もあるなら楽勝だぜ。必ずぶっ壊す! 後悔すんなよ、カイ!」

「面白い! やって見せてもらおうか。不可能を可能にしようという君の試み……是非とも拝見したい」


 奴はモンスター召喚装置の前で腕を組んで、お手並み拝見とばかりにまた笑っている。本当にムカつく野郎だ。俺は虹の彗星弓を構えて、ひたすらに矢を放ち続けた。

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