第62話 カイとの再会と、決戦の始まり
「カイさん。あのヒドルストンとかいう男と、影山君が負けてしまったようです。ヒドルストンは相当手酷くやられたみたいで、死にそうな顔でこっちに向かってますよ! 早く何とかしなければ危険です」
助手である二十代半ばの若い男は、向かいに座って取り憑かれたように作業を続けている男に声をかける。男は彼の言葉など聞こえていないようにキーボードを打つ手を緩めず、デスクトップPCから視線を外そうともしない。
「聞いているのですか? 彼らの侵入を許してしまっているんですよ! カイさん。何とかしなければいけないんです」
声を荒げて立ち上がった助手に、やっとパソコンから目を離したカイが面倒くさそうに返事をする。
「大丈夫だよ。彼らが負けるのも想定内だったのさ。ただ、もう少し粘ってくれると予想していたのだがね。思っていた以上に軟弱ではあったな」
カイはコーヒーカップを持ったまま立ち上がり、数百台程並んでいるモニター画面をじっくりと眺めていった。画面の中は混沌を極めている。うごめくゾンビや牢屋に転がっている人間、影山と一緒に通路内を走っている圭太、ルカ達やヒドルストン……全ての動きを目で追っていた。
「うん。間違いなく彼らはもうすぐここに来る。モンスター召喚装置を破壊しようとするだろう」
「え!? ま、マズイじゃないですか。一体どうするつもりなんですか?」
「ゲートを一刻も早く出現させなさい。後何分で出来るのかな?」
「は……はい。えー、残り十五分三十秒で指定のゲート全ての作成が完了します。今回出現させる十のゲートのうち、既に二つは開いています」
「よろしい。ところで君、家族はいるかい?」
「はい?」
カイは音もなく振り返ると、斜め前の席に座っている助手のテーブルまで静かに歩みを進める。
「勿論です。両親も兄弟もおりますし、私自身も今結婚が決まっていまして。だから心配なんですよ。就職先が潰れてしまって、私自身も路頭に迷うことになってしまったらと」
「何も心配などいらないよ。中学受験や高校受験、大学受験も難なく現役合格して、君は完全なるエリート街道を進んでいた。本来ならお役所辺りで勤めようかという君を雇えたことは、僕にとって非常に嬉しいことだったんだ」
言葉を交わしながら、助手はカイがじっと視線を外さないことに奇妙な違和感を覚える。
「勿体無いお言葉です。破格の給料とボーナス、会社内の待遇、そしてあなたが雨風グループの後継者だと知れば、誰だって面接を受けようという気になるでしょう。世界でも三本の指に入る大企業の御曹司であるあなたが、」
「僕のことはどうでもいいんだよ。御曹司なんて、二度と呼ばないで欲しいな」
カイは急に苛立った顔になり、助手は驚いて口をつぐんだ。機嫌を損ねた理由もわからず焦っている彼の前で、カイは懐から黒い拳銃を取り出し、
「君の仕事は終わったよ。これから僕は彼らの相手をしなくてはいけないようだ。なあに、こっちには強い味方がいるから心配には及ばないよ」
「あ、あの……カイさん。私にはよく解らないのですが、拳銃では彼らを殺すのは不可能では?」
「ん? ああ、これか! ははは。違う違う。これは、君に使う為の物なんだよ」
「……はい?」
「言ったじゃないか。君の仕事は終わったって」
「え? ちょ、カイさん……あの、」
青年が喋ろうとした瞬間に、真っ暗な室内に銃声が響き渡った。悲鳴をあげる暇もなく、彼の人生は終わりを告げる。
「僕が求める世界に、君のような男は必要ない」
カイは自分以外誰もいなくなった部屋のドアを開け、一階層下にあるモンスター召喚装置へと向かう。圭太が逃げ出した後、施設は大幅な改修を短期間で完了させていた。
十字架の通路の真ん中に設置されているモンスター召喚装置は、青白い光を放ったまま今も活動を続けている。カイは暗い室内で唯一輝きを保ち続ける機械を、まるで神を仰ぐような目で見上げた。
「カイさん、カイさんよおおー!」
静寂に包まれた室内に一人の男に駆け込んできた。先ほどまで全身を焼かれていたヒドルストンは、ようやく炎から逃れることに成功したが、至るところを大火傷してしまい皮膚がただれている。
「た、助けてくれ! 奴らがこっちに来るんだ。あの床の仕掛けじゃ無理だったんだよ」
「ふうん。君は彼らに負けて逃げ帰ってきたワケだね」
「はあ、はあ! どうにかしてくれ。このままじゃ俺は本当に死んじまう。アンタなら治療させられるんだろ? 頼む!」
カイは自分の側まで走り寄って来た男に顔を合わせることもない。ずっとモンスター召喚装置を見上げたままだった。
「僕に助けを求めるなんて……君はそこまで愚かだったとはね。彼女に何をしたか解っているのか?」
「へ?」
ヒドルストンはカイの背中を朦朧とした目で見つめながら、何を言われているのか理解できないという顔をした。
「ルカに何をしたのか言ってみたまえ。僕は決して彼女には手を出さないように言ったはず。そしてブザーで撤収の知らせも教えたはずだ。それなのに君は……君は彼女に何をした?」
「いや……あれは。どうしても、あの女は叩くしかなかったっていうか」
振り返ったカイは、怒りを隠しきれない淀んだ笑顔のまま、優しい声をヒドルストンにかけた。
「叩くしかなかったか。そうかそうか。解ったよ。では君を治療してあげよう」
懐から出したリモコンにスイッチを入れると、まるで地震のような振動と共に床が揺れ始めた。十字架を思わせる通路を残して、全ての床が沈んでいった後辺り一面にカプセルの海が現れ、闇の世界に青白い光が幾つも灯っている。
「うおっ! な、なんだよ。一体俺に何を見せようってんだ? 早く治療してくれよ。ついでに生意気なアイツらもぶっ殺してくれ!」
ヒドルストンはカイの様子を伺いながらキョロキョロと周りを見渡しているが、右奥にあるドアが開いて何かが近づいて来ることにはまだ気がついていない。
「右手側をよく見なさい。君を根本から治療してくれる存在が、わざわざやって来てくれたんだよ」
「え? ほ、本当か……ああ。マジで助かったぜ。あ? ああ……何だよ。どう見ても医療班じゃねえぞありゃ。お、おいおい、来るな。来るな!」
褐色の肌をした大男は、戦うことはおろか走って逃げる力も残されていなかった。彼よりも遥かに大きい何かは、ヒドルストンを治療する気など更々ないとばかりに、巨大な手で彼を鷲掴みにした。
影山に案内されてエレベーターを降りた俺は、弓を奴に向けながら真っ暗な通路を進んでいた。目の前を歩いている野郎はブツブツと文句を言って来たり、こんな所に来ても無駄だと講義をしたりするが、俺は全く気にもとめない。
「うるせえ奴だな! さっさと歩きやがれ」
「け、圭太君。僕は本当にここまでにしてくれないかな? カイに君を案内しているところを見られたら、きっと殺されてしまうよ」
「お前はもう監視カメラに映っているだろうが。だったら案内していることは奴にバレてる。ここでカイを野放しにしちまったら、結局お前はいずれ奴に殺されるんだよ」
俺の言葉を聞くなり影山は溜息をもらし、それきり何も喋らなかった。今ランスナイトになる術がないコイツは、結局俺からもカイからも逃げられないんだ。
真っ暗な通路に薄ぼんやりとした光が見えてくる。間違いない。モンスター召喚装置とかいう奴はこの先にある。影山はやがてドアの前まで来ると、こっちを振り返ってオーバーに両手を上げた。
「ここまでだよ圭太君。カードがなければドアは開かないんだ。だからこの先は進めな……うわあっ!」
俺は歩きながらチャージショットを放ち、影山の鼻先をかすめてドアに命中させる。俺たち自身よりもずっと大きく重厚なドアは、まるで紙で作った城みたいに簡単に破れていった。
「カードなんて必要ねえだろ。影山、進め」
「す、進めって。この先には……」
言いかけて影山は黙り、また歩き出した。カイから逃げようとしても俺からは逃げれないと確信したのか、顔には疲れと諦めが見えている気がした。
部屋の中は知っているはずだった。なのに最初に入った時は違和感バリバリで、影山に騙されて全然違うところに来ちまったのかと思ったほどだ。十字架の通路の中心にモンスター召喚装置があることは変わらない。でも、全てが以前よりもずっとサイズアップしていたんだ。
通路の広さも長さも、カプセルの数も。そして何よりモンスター召喚装置が以前見た時よりもずっと巨大で、ちょっとしたタワーを連想しちまうくらいの代物になっちまってる。あの中に蓮が囚われているんだろうか。
「すげえ……この短期間で、どうやってこんなに大きく出来たんだ?」
「ははは。資金力が違うからねえ。彼は僕らなんかじゃ一生かかっても手に入らない大金を、好きなだけ受け取りながら研究に勤しむことができたんだよ。そうでしょ? カイさん」
影山は部屋の入り口から離れようとしない。だが俺は弓を奴に向け、強引にモンスター召喚装置まで進ませることにした。装置の前に突っ立っている男の顔は忘れようとしても忘れられねえ。
「影山君。こんな夜中にお客さんを連れて来るなんて初耳だが。しかも随分と厄介なお客さんだ。君は完全に破れてしまったようだね」
「……く」
影山の背中が怒っているようだった。俺には決して負けたくなかったんだろうなと思いつつ、これっぽっちも同情をする気にはなれない自分がいる。
「久しぶりじゃねえか。カイさんよ! 蓮はその中か?」
「お久しぶりだね圭太君。彼はこの装置の中で眠っているよ。僕の研究に最大限の協力をしてくれている」
反吐が出るとばかりに俺は影山を小突いて前に進ませる。入り口とモンスター召喚装置の、ちょうど中間くらいの距離で足を止めた。この先には罠があるかもしれない。
「テメエが無理やり閉じ込めて、いいように利用しているだけだろうが! 蓮を騙し、姉である闇龍の騎士も騙し、俺だってお前は騙していた。お前は今まで嘘をつかなかったことがあるのかって疑うくらいロクでもない奴だ!」
カイは俺の言葉にも全く動じることなく、召喚装置の前に立ったまま気味の悪い微笑を浮かべる。腹が立つ奴だ。
「この世界に人を騙していない者などいるのかな?」
「何?」
「誰だって嘘をついて生きているじゃないか。どんなに親しげに話していても心の中では舌を出している者、人が持っている何かを奪おうとする者、味方を装い大切なものを奪い取り踏みにじっている存在など山のようにいる。僕はむしろロクでもない嘘つきどもを淘汰したいんだよ。理不尽で不公平で、どうしようもなく腐りきった世界を洗い流した後に本当の理想郷を作る。僕は本当は正しいことをしているのさ」
コイツは自分がしていることが正義だとでも言わんばかりだった。遠くからでも見える瞳の奥は汚れて、まるで死んだような目をしている。
「アンタの詭弁なんて誰も聞かないわよ。カイ」
ナイフを突き刺すような冷徹な言葉に思わず振り返った視線の先にいたのはルカだった。後ろにはランスロットとめいぷるさんがいる。
「ルカ……とうとうここまで来てしまったのか。君がここに来る必要などなかったのに」
「来る必要は大アリよ! アンタを止めるのはあたしの役目なんだから」
俺は背後から聞こえるルカの声と、前から聞こえてくるカイの声を聞いて、どうも違和感を感じていた。コイツらには一体どんな繋がりがあったんだ? ルカは以前として、俺に奴との因縁を教えてくれはしないが。
「残り五分もしないうちに大量のゲートを発生させられるというこのタイミングにやって来るなんて。君は相変わらず僕を困らせるのが好きなんだな。でも、邪魔はさせないよ。僕はちゃんと守り神を用意してあるんだからね」
カイの言葉に応えるように、モンスター召喚装置の背後に隠れていたそいつは姿を現した。見たことがある姿だ。Cursed Heroesにイベントボスとして出現していた鋼鉄のゴーレムが、右手に黒い何かを持って、悠然とこっちに歩いて来やがった。
「カイさん。俺に任せてください! こんな奴ら、ボロ雑巾みたいにしてやりますよ。コイツみたいにね!」
聞いたことがある声だと思った。確かデッカイ盾を持っていたおっさんだ。奴はこのゴーレムの中に入ってやがるのか? だがもっと気になったのは、奴の右手に捕らえられている何かが、恐らくあのハンマー野郎だってことだった。
「何だよお前。ワケ解んねえけど、ボロ雑巾になるのはテメエのほうだ! やってやるよ」
俺は苛立ちながらも奴に向けて弓を構える。
「アンタの言うとおりね! これ以上被害が増える前に、ここで全部終わらせましょ!」
「……了解した」
「は、はいー」
気がつくとルカやめいぷるさん、ランスロットが俺の側までやって来ていた。ここまで来たら絶対に勝ってやる。俺は静かに奴を見据え、矢を放った瞬間にルカは走り出す。
やっとのことでカイ達との戦いが始まろうとしていた。
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