第69話 Cursed Heroesの始まり

 俺は沙羅子と駅の改札で別れた後、もう一度Aタワーに戻った。今日やらなきゃいけないことはまだ残ってる。


 あれからランスロットはご丁寧にまたチャットをしてきやがった。Aタワーの地下一階にある一番奥のドアから幻の階層に行けるとかいう、余りにもピンポイントな内容だった。信じていいのかよ、これ。


 俺は奴のチャットには返信しないで、言われたとおりにエレベーターで地下一階に降りる。ここはAタワー内にある企業の事務所がわんさか入っているところなんだが、指定された関係者以外立ち入り禁止のドアは一番奥にあった。


「見るからに怪しいドアじゃねえか。本当に大丈夫なのか」


 俺は背後を見回して、誰もつけていたりしないか確認した。もしランスロットやカイ、星宮の元秘書辺りが罠を張っていたらたまったもんじゃないからな。影山がつけていないとも限らないし。


 チャットルームに貼り付けてあったURLを表示させ、中にある認証コードを見ながらドア横のキーをタップしていく。


『認証されました。どうぞお入りください』


 女の声がした後に鍵が開く音がして、ようやく俺は中に入ることができた。直ぐにドアは閉められてもう一度ロックが掛かる音がする。部屋の中は味気ない一本道で、俺は緊張しながら歩みを進める。


 つうか、普通に考えて高校生がこんな所に入ってきてたらバレバレじゃね? 何で見張りとかいないんだ?


 奥にあったエレベーターに入ると、確かに指定できる階層は一つしかなかった。Aタワーの地下五階。マジかよと思いつつボタンを押すと、エレベーターは民間用とは比較にならないくらい乱雑な揺れ方をして、猛烈なスピードで駆け降りていくのが解る。怖え。


 この際、もうアーチャーのデータをインストールしておくか? でも、ぶっちゃけあっちの姿のほうが不審者だからな。いや、この格好でも不審者じゃねえかとかグルグル悩んでいると、あっという間に地下五階に辿り着いてドアが乱暴な開き方をした。


「あ……これは間違いねえ」


 エレベーターを出て直ぐの扉に貼り付けられている札にはCursed Heroes開発室と書かれている。つまり、沢山のプレイヤー達にリアルな殺し合いをさせている総元締めがこの先にいるってわけだ。俺をターゲットにした殺人イベントを実行したこともある。


 ここまで来て思ったんだが、まずどうやって入ったらいいんだ? 間違いなく不審者だと思われて警察にしょっぴかられる未来しか予想できないけど。そんなことを悩んでいたが、不思議なことに扉横にある立て看板には、


「現在不在中です……か」


 じゃあ入れるのか。セキュリティとか絶対ある気がするんだけど、ランスロットの奴何考えているんだ。よし、こうなったらもうヤケだ。俺はCursed Heroesを起動させると、インストールをする一歩手前の画面のままにしてポケットに入れた。


 本当にランスロットの言うとおり、Cursed Heroesの秘密が解るなら入ってみたい。万が一捕まりそうになったら、アーチャーになって逃げよう。俺は静かにゆっくりと、運営事務局のドアを開いてみる。額に汗をかいて軽く指先が震えた。まるで泥棒になっちまった気分だ。


「……誰も、いない……?」


 室内は俺たちの教室八個分くらいはあるんじゃないかって思うほど広い上に電気が消されている。PCはいくつも置いてあるし、アプリの為のビルドマシンみたいな物もある。冷房が効きまくっていて、ちょっと寒い上に今は俺しかいない。そして一番奥に巨大な何かがある。


「何だよこれ。やっぱ誰もいない……え?」


 数十個あるPCの液晶画面だけが室内を照らしている。しばらく呆然と見回してから違和感に気がついた。無数にあるPCは誰もいじっていないにも関わらず、一人でに動き続けている。まるで幽霊が作業でもしてるんじゃないかと想像してしまう。


「おいおい……何で誰もいじってないのにキーボードが動いたり、画面が移り変わったりしてるんだ?」


 俺は無人のオフィスを恐る恐る歩いてみた。そういえば監視カメラもある筈だよな? 今更になって気がついたところでもう遅いけど、天井周りをひたすら見てもカメラらしきものはない。


「ここはまるで研究施設みたいな感じがするな」


 カイが使っていた施設を何となく思い出す。オフィスの向こうにはモンスター召喚装置に似ているデッカい機械が鎮座していて、そいつだけはこの空間で異彩を放っていた。気味が悪いなと思いつつ、この部屋のボスみたいな施設に触れることができるまで近づいた時、突然背後から声がした。


「貴方が圭太さんですね」

「うえ!? ……だ、誰だ!?」


 俺はビクリと体を震わせて振り返り、咄嗟にスマホが入ったポケットに手を突っ込んでそいつを睨んだ。入り口のドア付近に立っているコイツの顔は見たことがある。以前ルカと二人でAタワーの外を歩いていたイケメンだ。心の中に急激な苛立ちが沸いてくる。


「それはこちらのセリフですよ。私達はいつもここで仕事をしていて、貴方は侵入して来た身でしょう」

「悪い。確かにそうだよな。なんで俺の名前をしってんだ?」


 完全に奴の言っていることは正論だった。ここは変身して逃げるしかないと思った俺が、静かにスマホの中で指を滑らせ、アーチャーのデータをダウンロードしようという時に、あいつは慌てて手を振って近づいてくる。


「ああ! 大丈夫ですよ。気にしないでください。あなたをしょっ引くつもりなんてありません。どういう経緯で入って来たのかは全く解りませんが、我々の切り札を捨てるワケが無いでしょう」

「……は? どういうことだ」

「聞いていないのですか? 貴方は最強のアーチャーのデータをダウンロードできる唯一の男です。カイを止め、異世界の扉が完全に開かれることを防ぐ為には必須の存在です。カイを止める為にCursed Heroesも、この施設も生まれたのですから」


 ランスロットから聞かされたことはあるけど、本当にさらっと言われただけだ。俺は半径五メートルの位置まで近寄ってきた奴がどうしても信用できず黙っている。


「……」

「挨拶が遅れましたね。私の名前は大河と言います。この開発室の責任者でもありましてね。折角ですから教えてあげましょうか? 全ての始まりを」

「……ああ。是非教えてくれ」


 彼は静かに俺の隣まで歩いてくると、左奥の壁に設置されていた巨大なモニターを付けた。中にはあらゆる人間のファイルが入っていて、手前にあるPCをいじって動かしていく。


「話は六年前に遡ります。雨風グループの長男であり、時期社長最有力候補だった雨風甲斐。あなたもよく知る男です。彼は科学者でもあったのですよ。全く考えもつかない独自の研究を開始したことが全ての始まりでした」


 大河とか言う男は冷静にモニターを見て喋っているけど、どこか苦々しい顔をしていた。俺はまだ黙って聞いている。


「最新の科学製品を生み出すために研究をしていた彼は、転移システムを作り上げる……などと突拍子もないことを言い出しました。彼自身の理論では可能だと言うのですが、そんなことは誰も頼んでもいなければ考えもしないことです」

「転移システム? それってもしかして」


 モニターにある矢印が飛び交いフォルダみたいなものをクリックすると、中から妙な資料がいくつも表示されてくる。企画書みたいな感じに見えるけど、やっぱり俺には理解できそうもない。


「おや、ご存知なのですか? 念の為簡単に説明すると、この世界以外にも違う世界が存在すると甲斐は信じきっていました。そして自分達がその異なる世界にワープすることができると言い出したんですよ。あの時はビックリしました。彼は頭がおかしくなってしまったのです。あの時止めていれば、今のようなことには決してならなかったでしょう」


 モニター上の矢印が、さっきのフォルダよりもずっと奥にあった動画をクリックしていく。何を見せようってんだ。


「この映像を観て下さい。甲斐が行なっていた転移実験動画の数々ですよ。まあ結果は失敗ばかりでしたが、思わぬ奇跡が一度だけ発生しました。これです」

「あ……」


 間違いない。ランスロットが俺に渡したUSBに入っていた動画だ。装置はボッコボコに破壊されたが、中学生くらいの男が姿を現しやがった。これっぽっちも感動できない映像だったことは覚えてる。


「自分達が異界にワープするという彼の願望は叶いませんでしたが、何と向こうから一人の少年がやって来たわけです。この事実はしばらく甲斐により隠蔽されました。後で知った話ですが、少年はあっという間に私達の言葉を理解し、文章を使いこなせるまでになったとか」


 大河は丁寧な口調だけど、温和に見えていた顔は自然と眉間にシワがよっていた。


 「甲斐は彼から与えられた情報があまりにも面白かったらしく、どんどん心酔していったと聞いています。そして少年は、一つの提案を彼にしました。ゲートという存在を甲斐に伝え、モンスター達ならばこちらの世界に連れてこれるということ。そしてモンスターの放つ瘴気によって徐々に異界との繋がりが深まり、最終的には本当に行き来することができるようになると」


 ずっと黙って聞いているが、多分動揺していることが彼には伝わってる。ゲートの存在を教えたのはそのガキだったわけか。


「彼は歓喜して少年の言うとおりに研究を開始しました。私達が甲斐の異変に気がついたのはその時でしたが、時既に遅しといったところです。実際にゲートを作り出すことができるようになった甲斐を私達は捕まえて中止させようとしましたが、少年の手引きによって逃亡したのです」

「……まんまとしてやられたってワケだ」


 俺の隣にいる大河は俯いて、ちょっとだけ悲しそうな顔になっている。


「カイはモンスター召喚装置を外部に作っていました。我々は警察を含め、政府にも相談したものの対応は困難でした。どうしようもないかと絶望していた時、甲斐が残していった転移装置が突然動き出したんです。私達は慌てましたよ。中から化け物が出てくるかと予想しましたが、そうではありませんでした。モンスター達と敵対する者、異界の英雄と天使が現れたんです」

「異界の英雄と……天使? 英雄っていうのはランスロットのことだよな? 天使っていうのは初耳だ」


 大河は俺のほうをチラリと見ると頷いて、


「天使をご存知なかったのですね。我々の元へ現れたのは、異界を守っていた天使の一角シャム様です。異界に転移した少年に気がつき追ってきたとのことでした。シャム様は確かに少年を見つけ出して討伐しましたが、甲斐は以前行方不明。そしてモンスターもゲートから召喚され続けてしまいました」


 モニターにいろんな画像が小さく表示され始めた。ゾンビとか吸血鬼とか、いろんな化け物が街や建物の中で暴れまわっている胸糞悪い写真だ。俺はもうゾンビ映画は二度と観れないだろう。


「自分だけでは対処しきれなくなると判断したシャム様は、転移装置から英雄を召喚することを試みるが失敗します。瘴気が強くなり過ぎてしまった為に、聖なる存在が入り込む余地がなくなってしまったのです」


 彼は部屋の一番奥にある一台のデッカいマシンへ顔を向ける。


 「ですが、彼らの持つ力程度なら時間限定で転移させ貸し与えることは可能でした。そこで代替案として考え出したのが、英雄の力をこちら側の人間に貸し与え、モンスター達と戦わせるというものです」


 やっと繋がってきた気がする。俺はハッとした顔で大河を見た。


「そうか……それがCursed Heroesを作った経緯か。でも待てよ! なんでわざわざゲームにしたんだよ?」

「ゲームという媒体が一番手軽に人を集めることが可能だからです。そして、普段からプレイして擬似体験させることにより、本番でもすんなり対応しやすくさせることができる。このアプリは今もシャム様が作り出した人工知能によって運営が続いています。ほぼ人間の手は加えられていません」


 天使が作り出した人工知能によってアプリが誕生しただって? どうなってんだ一体。つまりこう言うことか。俺をターゲットにしたイベントを作り出した人工知能の主が、シャムって奴だってことだ。


「天使が作り出した人工知能って、マジでぶっ飛んだ話だよな。で、シャムって奴は何処にいるんだよ? そいつに会わせろ」


 俺が騒いだせいとは言え、結果的におふくろと妹が殺されることになった張本人と言っても過言じゃない。どうしても湧き上がってくる怒りが収まらない。


「残念ながら会わせる権限は私にはありません。この雨風タワーの何処かにいるとだけお伝えしておきましょう。私達から言えることはそれだけなのです。彼女は自らの存在を伏せておくことを条件として私達への協力を了承してくださいました。今回の話に関してもくれぐれもご内密に。……おや?」


 大河は自分のスマホの着信が気になったらしい。液晶を見つめていると急に不安そうな顔に変わってきて、


「すみません。ちょっと急用ができましたので失礼します。ああそれと! 貴方にお願いしたいことが」

「……なんだよ、お願いって」


 嫌な予感がする。奴は急ぎ足で俺から離れてドアまで行くと振り返り、


「貴方のスマホにマップを送っておきます。そこへ明日にでも調査に向かっていただけませんか」

「調査だ!? ちょっと待ってくれ。俺の連絡先知らないだろ?」

「いいえ、知っていますよ。私達はいくらでも調べられますから」


 大河は憎たらしいくらい爽やかな微笑を浮かべて言った。大企業の力なのか知らないけど、正直とっても怖い。


「どうして俺が行かなきゃいけないんだよ。他の奴に頼んでくれ」

「貴方が適任かと思いますがね。鎌田くんでしたっけ? お友達の。彼は明日そちらに侵入するご予定みたいですが」

「はあ!? なんで鎌田が。どうしてお前が知ってんだよ?」


 俺の友人まで知ってやがるし、動向まで把握してんのかよ。ストーカー力高すぎて怖い。


「ははは! 貴方のことも、貴方の周りも……隅々まで知っているんですよ。では失礼!」


 そう言って大河とかいう奴は出て行きやがった。てか、部外者の俺を残したまま出て行っていいのかよ。モニターはもう消されちまってた。ここにいても調べようがなさそうだ。


 俺はショックのあまりフラつく足で、なんとか部屋を出て行く。正直驚くことばかりで何も言葉が出てこない。


 Aタワーから出て電車に乗った後、家に帰るまでの道のりは全然覚えてない。とにかく俺は鎌田を止めつつ、大河から送信されたマップの所へ行ってみることにした。

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