第46話 七色の光を描く最強の弓
廃ホテルの地下にあったパーティー会場みたいなところで、俺は呪われた装備を手にしたルカに襲われている。
天井ギリギリまで飛び上がって急降下してきたルカが、鮮血で染めたようなナイフの刀身を振り下ろして来た。飛びのいてかわすことができたのは、ただ単に運が良かったからだ。
「うおおっ! やめろルカ! おいぃ!」
「アアア……アー!」
まるで聴いちゃいないルカは、今や名無しとかいう姿を隠しているプレイヤーが奏でる笛の人形と化している。どうして名無しと影山の姿が見えないのか。間違いなくこの会場の中にいるはずなんだ。それなのに。
「ぐ……ああっ!」
考えているうちに突っ込んできたルカの体当たりに吹き飛ばされちまった。マジで交通事故で吹っ飛ばされた瞬間ってこうなんだと思う。あっという間に五十メートルは吹っ飛ばされて、廃れきった壁を突き破って厨房みたいなところで転ぶように着地した。
「いてて……くそ! あっ、みんなは!?」
俺がぶつかったことで出来上がった大穴からパーティー会場を除くと、ランスロットとめいぷるさんが必死にルカの攻撃を避けている姿が見える。
まずいな。二人は何とか協力して攻撃を防いでいるが、多分数分とかからずに殺されてしまうだろう。さっきの俺や二人が瞬殺されずに済んでいるのは、ルカが本来の武器である剣を使わないことと、動きがいつもの半分以下の速さになっているからだと思う。
多分あの笛とナイフは完全に人をコントロールできるわけじゃないんだ。多少の救いは見えるものの、驚異はルカだけじゃない。会場の中に潜んでいる名無しと影山がいつ、何処から攻撃してくるのか解らない。
でも俺は、今自分がこっぴどくぶっ飛ばされちまったことが逆に幸運だったと思った。あのまま接近戦を続けられたら間違いなく何もできずに殺されてしまっていたが、今はかなり距離が稼げている。アーチャーにとって有利な距離だ。
冷静になれ。ヤバイ時こそ頭を冷やして戦うしかないんだ。影山や名無しが何処にいるのかはまだ解らないが、さっき会場でデカイ声が聞こえていたから、今俺の近くにはいないはず。まずはルカを止めることが先決だ。
虹の彗星弓をゆっくりと構える。ランスロットとめいぷるさんが逃げ回っている中で狙うのは相当難しいが、チャンスは絶対にくるはずだ。そう思っていたんだけど。
「きゃあっ!」
「めいぷるさん!」と俺は思わず声に出しちまった。
ルカの振り回したナイフが、微かにめいぷるさんの白いローブを切り裂いて、中から少量の血が吹き出していた。ランスロットは氷の壁みたいなもんを出しつつ、電撃魔法も併用してルカを抑え込もうとするが上手くいかない。相手にしてみて解る仲間の強さ。焦りが増してくる。
早くしないとめいぷるさんが殺されちまう。駄目だ……待っていたら終わる。何とかしてチャンスを作るしかない。俺は冷静にルカの動きを観察する。それと同時にめいぷるさんとランスロットも観察する。サッカーの試合で全体の流れを見ていた時のことを思い出した。
荒くなっている呼吸を整え、冷静に弦を引っ張り始める。一か八かでは駄目だ。三人の動きを冷静に読むしかない。思考と直感で先回りした矢。それだけが今状況を打開できる唯一の武器だ。
ランスロットの頬をナイフが擦り、ルカの左手がめいぷるさんを叩き倒した。
「きゃああっ!」
猛獣のようになったルカが、めいぷるさんを殺すチャンスを得た。さっき俺にやった行動がデジャブのように瞳に映る。一瞬で膝を曲げてルカが飛び上がる。ランスロットの助けは間に合いそうにない。
だがルカのチャンスは、俺のチャンスだった。
「アアアア!」
叫びながら天井付近まで飛び上がったルカをロックオンして放たれた矢は、紫の光を帯びつつ若干山なりになって飛びかかり、コンマ何秒という速さでルカに直撃して吹き飛ばした。
「あうっ……う……」
ルカはさっきの俺みたいにずっと向こうまでぶっ飛んでいって、壁にめり込んで前のめりに倒れた。アーチャーになって普段より遥かに視力が上がっている俺には、赤い刀身が粉々に割れたのがはっきりと見えた。
何だろう。この弓は本当にグレートボウとは違うことが、使う程に解ってくる。普通矢って距離が遠いほどにスピードが落ちていくと思うんだけど、この矢はターゲットに命中するまでむしろ加速していくように見えるんだ。
「な!? 馬鹿な……」
影山の声が微かに聞こえる。驚くことに、俺は遠間から影山達を発見することに成功していた。紫の彗星から粉雪みたいな光が舞い降りていく中で、何もないはずの空間に赤いフードが映り、槍を構えて不意打を狙う背の低い男が姿を現した。これもどうやら彗星弓の効果らしい。
「見つけたぞこの野郎……汚い真似ばかりしやがって!」
俺は赤いフードを着た名無しとかいう奴と、影山に向けて矢を連続で放った。面倒になったので壁ごと破壊しながら矢を放っていこうと思ったが、彗星弓にはまだ隠された効果があった。
「あ、あれ!?」
俺は自分でやっていてビックリしちまった。ロックオンしているターゲット目がけて飛んでいくレーザービームは、まるで壁が無いものみたいにすり抜けて影山達に命中していたんだ。この弓、本当にどうなってんだ?
「うわあああ! ち、畜生! 覚えていろよ圭太ぁ!」
影山は持っていた槍を粉砕されて怖気づき一目散に逃げ出した。構えている弓を見て怯えている目は、もう恐れるような存在じゃないと実感する。だが、名無しはいつの間にか消え去ってしまっていて、いつ逃げたのかさえ解らなかった。あの赤フードには気をつけないとヤバイ気がする。
「みんなー! 大丈夫か!?」
俺がみんなの元へ走っていくと、めいぷるさんがランスロットに抱きかかえられているのを目の当たりにして、ちょっとだけイラっとした。
「あ、ありがとう圭太君。私は大丈夫。ちょっと掠っただけだから。あ、あの。降ろしてもらえませんか」
「おっと失礼。レディの救済は僕の役目だと思ったものでね。ああそうだ。ルカさんは……」
駆け寄るとルカは前のめりで倒れたままだった。女騎士の姿だから大したダメージを受けていないはずなんだが、ずっと寝ているままだから心配になってくる。しゃがみ込んで必死に声をかける。
「ルカ! おい……ルカ!」
頭を打っているならゆすらないほうがいいと聞いたことがあるので、俺は迂闊に動けなかった。声をかけても起き上がる気配のない姿に困っていると、ランスロットは苦笑いを浮かべて俺の隣にしゃがみ込み、
「君の攻撃によるものじゃない。誘惑のナイフによる状態異常が治っていないのさ。大丈夫だよ」
「そ……そうか……ならいいんだが」
「大丈夫です。私に任せてください」
めいぷるさんは倒れているルカに両手の平を向けると、暖かな白い光を当てていく。彼女の回復魔法キュアを受けているルカはまだ眠ったままだ。めいぷるさんはまるでお母さんみたいな微笑を俺達に向けると、
「あのナイフの呪いは相当強かったようなので、しばらくは眠ったままとは思いますがもう大丈夫です」
「よ……良かった」
ホッと大きなため息が自然に出た。ここ数日で一番安心したような気がしていると、ランスロットは何やら悪意を感じるようなニヤケ面をしてから立ち上がる。
「直ぐにでも彼女に起きてほしいなら、僕に良い考えがあるのだが」
「あ? なんだよ考えって?」
「ほら。こういう時は、王子様のキスで目が覚めるって言うだろう? 試してみる価値はあるんじゃないかい? 王子様」
「ばっ……バカ言ってんじゃねえよ!」
俺は気がつけば立ち上がってキザ男に文句を言いまくった。多分耳まで真っ赤になっていたかもしれない姿を見てめいぷるさんはクスクス笑っていたし、マジで災難続きだ。
「ははは! 冗談さ冗談。どうやら最後のゲートも無くなり、モンスター達も消滅したようだ。今回はこれで終了みたいだね。早く終わって助かった」
ランスロットはそう言うとパーティー会場から優雅に去っていき、俺はルカを抱き上げてめいぷるさんと一緒にホテルを出た。ヒドルストンとか、あの盾おっさんは見なかったけど影山達とは別行動だったんだろうか。他のプレイヤー達もどうやら帰ったようだ。
「今タクシーを呼んでいたところさ。しばらく待っていてくれたまえ」
「ランスロットさん、ありがとうございます」
めいぷるさんがペコリとランスロットにお辞儀している姿に癒されていると、俺の腕の中にいた女騎士がピクリと動いた気がした。
「んん……」
「! ルカ……起きたか?」
違ったらしい。どうやら寝言を言っていたみたいで、気持ち良さそうに寝息までたてていやがる。見ているうちに変身も解除されて普段の背格好に戻っていた。その時だった。なんていうか、寝顔を見ているうちにすげえドキドキして来ちまったんだ。
キザ男は背後から、俺の心を読んでいるみたいに、
「圭太君。今ならキスしてもバレないよ」
「う、うるせえな! そんなことする気にもなれねえよっ!」
こいつさては俺をからかってやがるな。プロレス技でもかけてやろうかと思ったが、今腕の中にルカがいるから動きも取れない。ずっとこうしている訳にもいかないので、比較的綺麗なアスファルトの上にバッグを枕にして寝かせた。
直ぐに離れようと思ったが、ルカの寝顔が気になりすぎた俺は、正直あんまり離れたくなくなっていた。でもランスロットにこれ以上茶化されたくないので、必死にポーカーフェイスを装い立ち上がると、ルカをめいぷるさんに任せてタクシーが来るのを今か今かと待っていた。
夜空が本当に綺麗だ。ランスロットは俺の隣に来ると、一本のタバコを渡そうとしてきた。悪い奴だよコイツ。
「いいよ。タバコは吸わねえんだ」
「へえー。やっぱり君は真面目だね。僕とは大違いだ」
「やめたほうがいいぜ。体に悪いからよ」
「ご忠告ありがとう。ところで一つだけ質問してもいいかな?」
「質問? なんだよ。言ってみろ」
「君は今誰が好きなんだい?」
「は? 何の話だ?」
「おやおや! 惚けているのかな。君の好きな異性の話だよ」
げ! マジでしつこい奴だ。
「……いねえよ。好きな奴なんて」
「ほう! 君は嘘が下手だね」
「嘘じゃねえ! 本当にいねえっつうの」
「圭太君。君は嘘をつく時に、必ず目線が左側にいくんだよね」
な、なんだと? コイツ俺の癖とかを調べてやがったのか。戸惑って一歩だけ後ずさったけど、なんか悔しいから平然とした顔に戻って、スマホを弄りながら弁明してみる。
「まずそれが間違いだ。俺は嘘なんてついてねえ」
「そういうことにしておこうか。これ以上君を困らせたくもないからね。しかし君のクラスメイトとやらはしつこいね。まさかここまで執拗に狙って来るとは思わなかった」
影山のことは俺も同感だ。俺だって奴らを許せない。
「圭太君。今の君なら、もうアイツらを倒すことは難しくないと思うんだが。そしてさっきの戦いでも、本当は仕留めることができたはずだよね? どうしてしなかった?」
「……人殺しなんてできねえよ。俺は」
「君はまだまだ甘い」
いつもとは全然違う冷たい声で、隣で夜空を見上げている男は言い放った。
「僕達がいるのは戦場なんだよ。戦場っていうのはね、普段の日常で好かれる人間程殺されやすいんだ。明るい人、元気な人、優しい人……そんな人から不思議と死んでいく。今のままでは君は、自分も大切な人も無くすことになってしまうと思う」
「まるで以前から、戦場にいたみたいなこと言うんだな」
「……」
ランスロットは返事を返さず、タバコを吸いながらただ夜空を眺め続けている。俺は背伸びをしてから、今日の戦いも無事終わったって安心してキャラデータをアンインストールしかけたところで、視界に映るレーダーに妙なものが映っていることに気がついた。
「あれ? 今からこっちに向かって来る奴がいるぞ。し、しかも尋常じゃなく速え!」
レーダーに向かって来るプレイヤーを表す一個の丸が、まるで新幹線かと思うくらいの速度でこっちに近づいて来る。奴は真っ暗な草むらから飛び上がり、月明かりの下で木の枝に着地してみせた。
「あ……あれは……」
ランスロットが咥えていたタバコが自然と地面に落ちる。さっきまでの余裕のある顔とは違い、明らかに動揺していた。なぜか右手で腹の辺りを抑えているようだったが、理由はよく解らない。
「知ってんのかよ? アイツのこと」
「ああ、恐らく知っている。僕の予想が間違っていなければあれは……闇龍の騎士だ」
闇龍の騎士? そんなクラスあったっけ? 黒い鎧と兜、刀身の赤いつるぎが満月に照らされている。只者じゃないことは俺にもすぐに解る。恐らくは上位ランカーだろう。
チラリと背後を振り向くと、めいぷるさんが心配そうな顔で木の枝に止まっている奴を見上げている。ルカはまだ眠ったままだ。そいつは月と同じくらい冷たそうな切れ長の目でこっちを一瞥すると、
「圭太君というのは……君?」
俺はまだ自分が変身を解除していなくて良かったと思った。コイツは戦いに来たんだろうと直感したからだ。
「ああ。圭太は俺だ。お前は一体——」
言葉を言い終える暇もなく、一瞬で目前に現れた闇龍の騎士に何かをされて、俺の意識は完全にブラックアウトしちまった。後のことは全く覚えてない。
次に目が覚めた時、俺は一度も訪れたことのない場所にいた。
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