第45話 笛とナイフと女騎士
鬱蒼とした森に佇む廃墟と化したホテル。
ただでさえ不気味な場所にモンスターを召喚するゲートが三つも出現して、プレイヤー達は我先にとホテルの中に飛び込んでいき、俺達四人は少し遅れて後に続いた。
「みんな大体西側のゲートに向かっているわ。アタシたちは東から行くわよ!」
「お、おう!」
「はいー」
「……承知した」
俺とめいぷるさん、ランスロットはそれぞれ返事をしつつ地下に降りて行く。ゲートはいつも湿っぽい場所というか、幽霊が出そうな場所に出てくるからいつも不快な気分になる。
狭くて長い通路を走っていると、突き当りに赤々とした光の扉が小さく見えた。間違いない。あれがゲートだ。
「みんなどいてろ! 俺がやる」
前を走っていたルカとランスロットが左右に避けたことを確認してから、俺は弓を構えて矢を放った。この前手に入れた新しい武器、虹の彗星弓を使ってみる。
放たれた瞬間に、同レアリティのグレートボウとは全然違うことがはっきり理解できた。
勢いよく飛ぶ矢はまるでガラスで作ったかのように細くて透き通っているが、レーザービームはまるで彗星そのものみたいにデカくて、綺麗な青色をしている。二発、三発と射るうちに解ったんだが、レーザービームの色はその時々で毎回変わるようだ。
「やった! もう一個粉砕したじゃん!」
ルカが大声をあげて小さくジャンプして喜んでいる。うん、俺もビックリだ。チャージアタックでもないのに三発で粉々にできるって、相当強力だと思う。
「残りは二つね。圭太君、次は二階に行ってみましょう」
「そっすね! じゃあ行きましょう」
隣で見守っていためいぷるさんが、少しホッとした顔で俺に促した。タメ口で話してくれるようになったのは凄く嬉しいし、心なしかいつもより綺麗に見えてしまう。彗星弓のレーザーの後にパラパラと舞っている蛍の光みたいなもんがそう錯覚させるんだろうか。
西側のゲートはまだ破壊できていないようだ。というか、ゲートを破壊できるのは俺だけだから、向こうは必然的にモンスターとの戦いをしなくてはならない。俺達は必死に階段を飛び上がり、今一番人手が足りてない二階のゲートを探しに行った。
「おかしいわね……この辺りの筈なんだけど」
ルカがホテルの一室に入って中をキョロキョロ見回している。俺も確かに変だと思う。火事か何かがあったのか、焼け焦げた和室は天井までがベリベリに破れて垂れ下がっていて、部屋全体が焦げ跡がついていた。
「ゲートっていうのはどんな隙間からでも出現したりするのかな。押入れとかにあったりして……」
俺が押入れを開いているとランスロットは苦笑して、
「流石にそこまで小さな所からは出てこないんじゃないかな? 僕としては、この部屋であればど真ん中か……もしくは……」
ランスロットはぼーっとして一番奥にいためいぷるさんの背後にあった障子を開けて、ヒビが入った窓ガラスをじっと見つめる。ルカが何かに気がついたように窓ガラスに手を当てている。
「あ、あったー! 嘘でしょ!? あんなところにゲートがあるなんて」
「何だ何だ? ゲートが何処にあるってんだよ?」
「わ、私にも教えてくださいー。へ!?」
俺とめいぷるさんは同時に気がついたと思う。何と十メートルほど先にある黒いゲートが宙に浮いていやがった。あの中から鳥みたいなモンスターが出てくるっていうのなら解るけど、もしゾンビとかだったら落下して自殺するだけになっちまうぞ。
「とんでもない場所に現れたもんね。さあ圭太、やっておしまい!」
「なんか嫌な頼み方するなお前!」
ルカが窓ガラスを蹴り割って狙いやすようにしてくれた。まあ別に、窓ガラスなんてあっても無くても特に影響はないんだけど、とか思いながら放った矢は瞬きをする暇もないくらい一瞬でゲートを粉砕した。
「これで二つ目か。増援的なものが無いのであれば、残るは一つしかないね」
ランスロットの言う通り増援ゲートには俺も警戒していたが、このペースで破壊していけるなら追加で来たとしても問題はないだろう。俺達のポイントが稼げるだけだ。
「増援とかあるのかしら、あたしは来ないような気がするなー。とにかく今日は超いい感じだわ! サクサクいけちゃって怖いくらい。じゃあ三つ目のゲートをぶっ壊しに行きましょう!」
俺達は三番目のゲートが配置されている東側への渡り廊下を走り続ける。向こうに着いた頃にはモンスターが出現しているかもしれない。今度はどんな化け物どもなのか、まだ姿形も知らないから緊張感が増してくる。
先頭を走るルカとランスロットが突然動きを止めたのは、渡り廊下を抜けた後だった。二人とも何故か周囲を見回している。こういう仕草を見ると嫌な予感がしてくる。
「どうしたんだよお前ら? もうゲートはすぐそこだろ」
「圭太君……君には聴こえないかい? 笛の音が」
「笛の音?」
長い廊下の向こうにある上り階段の先から、プレイヤー達とモンスターの悲鳴や奇声が聞こえる以外には、特に音なんて聴こえないんだが。
「あ……ホントですね。私にも聴こえました」
「え? めいぷるさんにも。じゃあ俺だけ解んないのか」
何で俺だけ聞こえないのか不思議だったが、ランスロットやめいぷるさんはともかくルカは相当気にしている感じがした。そして突然すぐ手前にあった階段をずんずんと降りて行く。
「この音色と曲。間違いない……間違いないわ。アイツよ!」
「お、おいルカ! どうしたんだよ一体」
「ゲートは後よ! アイツが、カイがここにいる!」
カイ? あのCursed Heroesを作り出したとかいう野郎がこのホテルに来ているっていうのか?
俺達はルカに続くように階段を降りていく。荒れ果てて小さな瓦礫とか虫の死骸、埃が散乱している汚い道を降り切った時、パーティー会場の跡地みたいなすげえデカイ部屋に辿り着いた。そしてやっと俺も笛の音に気がついた。
確かにこの先から音色が聴こえてくるが、中には赤い絨毯とテーブルがいくつか置いてあるくらいで誰もいない。
「どうなってんだ一体?」
俺の左隣にいるめいぷるさんが、小さな肩を震わせていた。
「ここから、とても怖い何かを感じます。皆さん、早く出たほうがいいかもしれないです」
「僕も同感だね。誰が笛を吹いているのかは知らないけど、長居して得する場所じゃあない」
先頭にいるルカの背中が微かに震えているように見えた。怒りか、焦りか、それとも恐怖なのかは解らないが、どうも普段の冷静さとは違う。俺は奴が心配になってきた。
「大丈夫かルカ? よく解んねえけど、録音されたのをどっかから流してるのかもしれないじゃん。とにかくゲートから破壊したほうがいいんじゃないか?」
「ダメよ……カイは何処かに隠れているはずよ! アンタも探して」
ルカは広い宴会場をそわそわしながら歩き始める。本当にカイって奴に拘っているんだな。なんか悔しい……って、何で俺がそんなこと考えてるんだ。
「なあルカ! カイって奴のことが気になるのも解るけど……?」
俺は宴会場の一番奥に、一つだけ綺麗に置かれた丸テーブルを見つけた。
「何かしらあれ!」と駆け出すルカ。
「ちょっと待て! ルカ」
ランスロットとめいぷるさんはルカに続いた。仕方なく俺もテーブルの側まで来たんだが……。
明らかに怪しいことに、一通の手紙みたいなもんがテーブルに乗っていた。このご時世に手紙なんて書いてくる奴がいるのかよ。
「どう見ても怪しいなこれ」
ルカは俺の言葉なんて御構い無しに手紙を開いて中を黙読する。しょうがなく背後から俺とランスロットとめいぷるさんも読んでみると、人の手による達筆でこう書かれていた。
=====
僕が堅苦しい挨拶が嫌いなことは、君自身が一番知っていることだと思う。
だから、この手紙も気軽に簡潔に書かせてもらうことにしたよ。
Cursed Heroesがリリースされて以来、君の噂は僕の耳にもしっかり届いている。
どうしても君は僕を止めたいようだね。
でも君には不可能だ。いくら君がどんなに強くなろうと、どんなに優れた知恵を手に入れようと、君である限り僕を止めることも殺すこともできはしない。
本当は解っているじゃないか?
それなら僕は? 僕は君のおかげで自身のアイデンティティーを確立することができた。
殺意など欠片もなく、あるのは君への愛情と感謝だけだ。僕は君を誰よりも愛しているし、誰よりも想っている。
もう僕を追いかけるのはやめなさい。2019年6月は、僕の念願が叶い愚かな連中が粛清される記念すべき月になるだろう。その後で僕はルカ……君を迎えに行くから。
全てが終わった時、君と信頼のおける数名の人達と、静かに豊かな暮らしをすることを約束する。もう君を泣かせるようなことにはならない。
その日まで、後少しだ。 カイ
=====
普通に考えて手紙の書き方としては全然なっちゃいないと思うんだが、まあそれは置いておく。問題は中身だった。
「お、おいルカ。なんだよこの手紙……」
ルカの手紙を持つ手が震えているようだった。
「これって、どういう意味なんでしょうか? ルカさんとカイさんってどんな関係なんですか? 粛清って……」
めいぷるさんが訳も分からず、金髪の女騎士の背中に問いかけたけど返答はない。ランスロットは特に動揺していない様子で、手紙よりも部屋のほうを気にして見回している。
「説明しろよルカ! これって一体どういうことで、」
言い終える前に奇妙な物音がして、ようやくルカは振り返って音の方向を見た。いつになく真剣な眼差しの奥に、何か淀んだものを感じたのは気のせいだろうか。俺も釣られて振り返ると、さっきまでなかったはずの位置に丸テーブルがあった。丁度広間の真ん中に。
「あん? どうなってんだ?」
そしてまた一枚の手紙が置いてある。明らかに今誰かが置いたんだ。
「ちくしょう! 誰だ!? 何処にいるんだよ! 出てこい!」
俺の叫び声は虚しく部屋に響いて消える。ルカはテーブルに駆け込んで手紙を取り、中を開こうとした時に封筒から何かが落ちた。慌ててルカがそれを手で掴んだ時、ランスロットが突然叫んだ。
「ダメだルカさん! そのナイフは!」
ビクリとした俺とめいぷるさんがランスロットを見ると、珍しく顔が青くなっている。よく見るとそれは俺にも覚えのある物だった。星宮が俺に握らせようとしてきた呪われたナイフ——。
「ああ……あああ……」
ナイフを持った後ろ姿がガクガクと発作を起こしているみたいに揺れている。
「ルカ!? お、おい!」
慌てて駆け寄ろうとした俺を、前にいたランスロットが左腕で掴んで止めてくる。
「何すんだよ離せ!」
「圭太君……あれは誘惑のナイフだ」
めいぷるさんが背後から小さく震えた声で、
「え!? 誘惑のナイフって、もしかしてあの……混乱しちゃうっていう武器ですか? じゃあ今、ルカさんは」
ガクガクとした体の揺れが収まったルカは、まるで幽霊のような棒立ちになったかと思うと、静かにゆっくりとこちらに振り返る。瞳がサファイアみたいに光っていた。
「そうだ。つまり彼女は今混乱状態にある。ソード・ナイトは精神異常に弱い……どうやら罠にはまったらしい」
「う、嘘だろ。ルカが混乱するなんて……」
もしかしたら俺達は、今までで一番のピンチを迎えているんじゃないだろうか。慌ててどうしたらいいのか解らない俺の耳に、胸糞の悪い笑い声が響いてきた。
「あははは! 圭太君、自分の仲間に殺されるって……一体どんな気分なんだろうね?」
この声は何処からしてくるんだ? キョロキョロと見回しているが、声の主は一向に姿を現さない。だが正体はもう解っている。俺が心から嫌いな野郎だ。
「影山か……。てめえ、ここで俺達を同士討ちさせようっていうのが目的だったのかよ?」
意思を無くしたようにルカは全く動かない。笑い声の主は続ける。
「ああそうだよ。君達にはここで戦線離脱してもらわないといけないからね! ルカさんに働いてもらおうという作戦さ」
ランスロットは鼻で笑うと、声の主に反論をした。
「混乱状態で同士討ちっていうのは、Lvが低い連中が焦って引き起こす偶発的な事故に過ぎない。彼女は僕達を敵とも認識できずに暴れることはあっても、追い詰めることなどできないだろうよ」
「んー……ランスロットさん。君も解ってないよね。じゃあ混乱しているはずの彼女はなぜ人形みたいに突っ立ったままだと思う? 僕らは操作できるんだよ。彼女をね」
得意げに話す様子は最高に腹立たしいが、どういうことが喋ってもらわないと困るから突っ込まない。
「操作だと? コントローラーでもあるっていうのか? 影山!」
めいぷるさんは俺の隣で、必死に声の主を探そうとそわそわしていた。どうして影山は姿が見えない? レーダーに映らない? 俺達三人は多分、闇に包まれた地下の宴会場で追い詰められつつも脳内をフルスロットルで回し続けていたに違いない。この窮地を脱する為に。
「この笛だよ。まあ僕が吹いてるんじゃないけどね。僕のチームメイトがとある杖の力で僕達を透明人間にして、そして笛によって彼女を操作する。名無し、もうトークタイムは終了にする。やっちゃってよ!」
名無し? もしかして前回のランキングに入っていた奴か? そんなことを考えていると笛の音が変化して、ホラーテイストの怖い曲が流れ出した。
「ガアア……ああああ!」
唸り声と共にナイフを右手に握ったルカが飛び込んで来る。今までにない程強い死の恐怖を感じつつある俺に、真っ赤なナイフが振り下ろされてきた。
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