第33話 沙羅子と遊んで
「警察ですけど、古賀圭太さんはいらっしゃいますか?」
「……あ、はい。圭太は俺ですけど」
六月九日、日曜日の十一時に突然その人達はやって来た。玄関前にいるのは二人組のおっさん。
すげえイカつい感じの手前にいるおっさんが、警察手帳を俺に見せてくる。ああ、これは影山達に襲撃された後も見たわ。刑事さんだったのか。
「あなたが圭太君ね。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど、いいでしょうかね。実は以前大物芸能人が殺人事件を起こして行方不明になったことがあったでしょ。ほら、星宮魚馬さん」
そっちの話か。まあ、影山達に襲われた話は嫌っていうくらい伝えてるからな。全然動いてくれてないけど。
「はい。知っていますよ」
「いやね。実はあの星宮さんと、君が知り合いだったっていう話を聞いてましてね。間違いないですか?」
「……ええ。知り合いではありましたね」
「へえー! やっぱりそうだったんですね。驚きましたよ、一体どういう繋がりなんだろうって。知り合った経緯とか、諸々聞かせてもらうことはできますか? 実は我々の捜査も難航してましてね。どんな情報でもいいから知りたいんですよ」
俺はCursed modeのことは伏せつつ、沙羅子の知り合いだったっていうことで一通りの説明をした(ゲームのことを言ってもおかしな奴認定されるだけだったし)刑事さんはウンウンと相槌を打ちながら聞いているが、目つきの鋭さはドラマとは比較にならなかった。
「なるほどですね。いやー教えてくれてありがとうございます。ではまたお伺いするかもしれません。ご家族が大変な状況の中、こんなことばかり聞いてすみませんね。あちらの捜査も進めていますから。では」
時間にして二十分くらい話していたと思う。刑事が帰っていった所をドア越しに見送った俺は、朝から盛大なため息をつくしかなかった。
あの刑事さん達は沙羅子の所にも行ってるんだろうな。もう星宮のことは蒸し返さないでほしい。それに今日は、もうすぐ沙羅子と鎌田に会いにいくことになってるんだから。今朝唐突に沙羅子からこんなチャットが来た。
『ねえ、鎌田と三人で遊びに行こうよ』
星宮に酷い目に遭ってからそんなに日が経っていないし、沙羅子も本当に元気になったわけじゃないと思うんだけど、遊ぶ気力は戻って来たんだろうか。断るワケにはいかないと思った俺は電車を乗り継いで、あまり来たことがない街の改札前でボーッとしてた所に、突然首筋に冷たいものを当てられて飛び上がっちまった。
「うわあっ!」
「あはは! めっちゃリアクション大きいよね」
振り返った先にいたのは、缶ジュースを片手に笑っている沙羅子だった。こいつ一体いつの間に来ていたのか知らないが、こんなイタズラしてきたのは今までなかったことだ。
「沙羅子かよ。ビックリさせやがって」
「圭太ってリアクション芸人でも目指せばいいんじゃない? 今みたいに飛び上がってたら多分ウケるよ」
「お笑い芸人なんて無理だよ。俺には笑いのセンスはないからな!」
「ふーん、何のセンスならあるの?」
「うーん……恋愛かな?」
「ほざけ! 未だに誰とも付き合ってないくせに」
「お前久しぶりに会ったってのに手厳しいな!」
「圭太はサンドバッグ適正があるからね、いくら叩いても大丈夫でしょ」
「んな適正ねえよ! どんだけドMなんだよ俺は」
俺達がこんな調子でずっと喋っていたところへ、いつも通り時間に遅れて鎌田がやって来た。こういう時の第一声はいつも同じだ。
「いやー悪い悪い。ちょっくら遅れちまったぜい」
「お前本当に時間を守ったことがねえよな。十分遅刻だ」
「ホントだよ。罰としてお昼ご飯奢りね」
沙羅子の一言に驚いた鎌田が、俺達に薄っぺらい財布の中身を見せながら、
「俺の金銭状況を知って言ってんのかあ? 勘弁してくれよ。むしろ奢ってほしいぜ」
「もう! 二人ともさっさと行くよ」
以前のようにサバサバした感じで駅構内を歩いて行く沙羅子を、俺達は追いかけるようにしてついて行った。ただ今まで通りの姿を見せてくれるだけで、俺と鎌田はちょっと安心しているようだった。
「遊びたい所ってここかよ」
「何よ圭太。なんか文句あんの?」
「いいえ。全然ないっす」
俺達がたどり着いた場所はバッティングセンターだった。しばらくバットを振ってなかったけど、上手くできっかなーって思いながら券売機に鎌田と並んでいると、既に130キロの球をカキンカキンと打ちまくっている沙羅子が見える。
「相変わらずスゲえよなアイツ。なあ圭太。星宮に拉致されてたって本当なのかな?」
「本当だよ。それは間違いないと思う」
実際見てるからな俺は。口だけでロクに球を打てない鎌田と一緒に、小学校以来のブランクを感じて速球に苦戦している俺をちょっと遠くのベンチから眺めている沙羅子は、もうすっかり元どおりに見える。
やっとのことで二、三球かっ飛ばした俺は、まあこんなところだろうよと満足して、沙羅子の休んでいるベンチの隣に腰掛けた。
「圭太、やっぱ野球は下手になっちゃったね」
「バッティングはな。多分投げるほうは落ちてねえよ」
「どうかな、自分が思っているより、落ちているものなんだよ。どんなことだってそう」
鎌田はまだ130キロの球を打とうと奮闘してやがる。お前じゃ絶対無理だと思うが、諦めの悪さは昔から変わってないから誰も止めない。
「ねえ、圭太は部活か何かやってるの?」
「うん? 別にやってねえよ」
「そうなんだ。ちょっと見ないうちに変わったなって思って。圭太、昔みたいにいい顔になってるよ」
部活をやっていないことは本当だが、何もしてないワケじゃなかった。いい顔してるとか言われても嬉しくはない。野蛮な殺し合いみたいなゲームに参加しているんだからな。
「言ってなかったけどさ。俺今停学中なんだよ。暇だからスッキリした顔になってんじゃねえの」
「知ってるよ。鎌田から聞いた」
「アイツ本当にお喋りだな!」
「あたしは入院するし、アンタは停学になっちゃうし散々だよね。ねえ、影山君と何があったの?」
俺は飲んでいたジュースを傾ける手を止めた。正直に言ってもコイツは信じてくれるだろうか。悩んでいるのが伝わったのか、沙羅子はもう一度バットを振り続ける鎌田に視線を移した。
「圭太が言いたくないんだったら、言わなくていいよ。誰だって言いたくないことはあるよね」
「お、おお……。まあ、今度話すよ」
「あたしね。本当は今でも怖いんだ。あの人がまた来るんじゃないかって……病院にいる時も、家に帰ってからもずっと。刑事さんにも言ったんだよ。でも、なんか微妙な反応だった」
やっぱり刑事が来ていたのか。ある程度は捜査の状況とかも話してくれたんだろうか。でも、本当の原因っていうのは俺にあるってことを、沙羅子も刑事も知らない。
星宮は俺のことを徹底的に調べたかった。何故か俺の存在が邪魔で仕方がないらしいんだけど、一体何故なのか。きっと答えは、俺がこの前習得した固有アビリティ『ゲートブレイカー』なのだろうと思う。
モンスターは必ずゲートから出現するが、普通のプレイヤーにはゲート自体を破壊することはできない。現在ゲートを壊すことができるのは、俺しかいないらしい。だが、推測が当たっていたとしてもまだ謎は残る。星宮は事前にそこまでの情報を何処から入手したのか。
まあ、今は考えていても仕方がない。問題は沙羅子だった。やっぱりコイツは心の奥で、まだ傷ついたまんまなんだ。もしかしたら一生癒えないかもしれない心の傷を治す方法ってあるんだろうか。俺には解らない。でも、ただじっと見ているだけなのは嫌だった。
「星宮は、もうお前の所へは来ないと思うぜ」
「……え?」
沙羅子は、お見舞いの時に見せたような気の弱そうな顔でこっちを見つめる。
「弓を持った変な男とかが戦ってたんだっけ? じゃあそいつらにボッコボコにやられて、きっと死んじまってるよ。だから大丈夫さ」
「そうかな……」
「そうだよ! もしアイツが生きていたとしたって、お前に向かって来たら俺がブッ飛ばしてやる。絶対に」
「……圭太」
沙羅子はちょっと泣きそうな顔になりつつも笑った。まあ、星宮はもう死んでるけどな。でも、どんなモンスターがこの先現れても、どんな悪質なプレイヤーが向かって来たとしても、俺の友人に手を出させはしない。
鎌田は結局一回もヒットを打てなかった。それなのに券売機の所へ走って行って、またホームベースに立ちやがった。本当に懲りない奴だけど、愛すべき奴だった。
二人となんだかんだでブラブラと夕方まで遊んだ後、俺は自宅の最寄り駅を降りて喫茶店に向かった。今日は大切な話し合いをしなければいけなかったからだ。バイトがあっても無くても俺は喫茶店に向かってるんだよな。
「マスター、お疲れっすー!」
「おお、圭太君。この前は休んでいたみたいだけど、大丈夫だったかい?」
「はい。すいません休んじゃって」
「いいんだよ。それより、もうルカさん来てるから」
え? 俺はちょっと戸惑った。予定の時間より三十分前に来た俺よりも早くやって来るとは、ルカの奴どんだけ暇なんだと思っていつもの窓際席を見ると、確かに暇そうな仏頂面で紅茶を飲んでやがった。
「あら、圭太じゃないの。三十分前行動とは関心ね」
「俺より早い奴がいたなんてな。明日は台風でも来るんじゃねえか」
ルカはフフン、と言いたげなドヤ顔になる。
「あたしはいつだって行動が早いことに定評があるのよ。学校へはHR三十分前には着席してるし、このお店でバイトの時も十五分前にはエプロン着て待機してるし、大好きなラーメン屋さんには開店前に列の一番前にいるどころか店の中にまで入ってるわ」
「店の中にまで入るなよ! 不法侵入だろ」
「あたしが入っていけば喜んでくれるのよ。合法侵入だわ」
「結局侵入じゃねえか」
背後からドアを開ける鈴の音が聞こえて、その鈴と変わらないくらい爽やかな声が聞こえてきた。
「お邪魔します。あ、圭太さんにルカさん。こんばんは」
「おつかれっす!」
「めいぷるちゃんこんばんはっ! こっちよこっち、野獣の隣に座っちゃいけないわ」
「誰が野獣だ誰が」
めいぷるさんの登場から五分もしないうちに、今度は無言で入ってきた奴がいる。
「みんな早いね。僕の他にはまだ来ていないのかと思っていたが」
「ランスロットは五分前行動なのね。よし! 遅刻者がいなくて良かったわ。じゃあ早速会議を始めるわよ」
ランスロットが座るより先に、ルカは声を高らかに本題に入り出した。
「今日集まってもらったのは他でもないわ。一周年記念イベントであたし達はチームを組んで戦っています。ちょっと遅れたけど圭太もメンバーに加わりました。この調子で戦っていけばあたし達は一位になれるでしょう。そこで分け前の相談をしなくちゃいけないと思ってね」
もう一位になれるって思ってるのかよ。本当に自信満々なんだなコイツは。まあ、そうは言いつつ俺も一位しか狙ってないけど。
「はあ……分け前、ですか」とぼーっとした感じで受け答えするめいぷるさん。
「まあ、普通先に決めておくよね。こういうことは」と納得している様子のランスロット。
言い出しにくいんだけど、ここは俺から切り出すか。
「あ、あのさ。みんなに折り入ってお願いしたいんだけど。神々の雫ってあるじゃん? 死んだ人間を生き返らせるっていう奴。あれは俺にくれないかな? 他は全部みんなに譲るからさ! 頼む!」
俺はとにかく頭を下げた。いきなり図々しいお願いしてると自分でも感じてるけど、これだけは譲りたくない。
「あたしは構わないわよ。生き返ってほしい人いないし。めいぷるちゃん、生き返ってほしい人いる?」
「は、はい?」
質問の仕方おかしいだろ! めいぷるさんは天井を仰ぐようにしてしばらく考えると、
「えーと、特にいないですね。圭太さんにお譲りします」
「あ、ありがとうございます!」
「ランスロットは? 非業の死を遂げてしまった兄弟とか、大恋愛の末に婚約寸前で亡くなった人とかいる?」
「いるわけねーだろ!」
思わずランスロットより先に突っ込んでしまった。隣に座っているキザ男は、マスターに入れてもらったコーヒー片手に微笑を浮かべると、
「まあ、生き返らせたい人もいるにはいるけど。ここは圭太君に譲るよ」
「そ……そうか! 悪い、ホント助かる!」
俺は素直に感謝するしかなかった。ここまで簡単に承諾してくれるとは思ってなかったし。ルカは俺を見てニヤニヤ笑っている。
「あたしへの感謝の気持ちが高まっているみたいね、圭太」
「い、いや……お前だけじゃねえよ」
「よし! これで一個は決まったわ。黄金の羽が欲しい人は?」
「は、はいー!」
めいぷるさんがふらっとした感じで右手を上げる。まるでこの時を待っていたかのようだ。
「めいぷるちゃんはどうしても黄金の羽が欲しいのね。赤い羽根とかじゃダメなの?」
「だ、ダメです」
「駄目に決まってるだろ。なんか効力あるのかよ」
「まあいいわ! 決定。じゃあ次は現金二十億」
素早く反応して小さく挙手したのはランスロットだった。改めて聞いてもホントあり得ない金額だ。
「僕が貰ってもいいかな? 称号とか武器には興味がない。だから僕は現金が欲しい」
「いいわよ! じゃあランスロットが現金で、D5の限定武器と称号をあたしがもらうって感じでOKね!」
想像していたよりサクッと決まっちまった。現金で揉めない集団って珍しい気がする。まあ別にいいんだけど、一つ引っかかってることがある。俺はマスターからいただいたスパゲティを食べながら隣の奴に質問する。
「ランスロットよお。二十億も貰って何すんの?」
「さあね。働かなくて済むようになるから、それだけで充分魅力的だろ?」
「ま、まあ……確かにな。それにしても二十億なんて大金、本当に手に入るのかよ」
「間違いないっていつも言ってるでしょ! じゃあ今日はこれで解散ね。みんなも学校忙しいんでしょ? 中間テストも終わったばかりでしょうし」
うぐ……。嫌なことを思い出しちまった。俺の青くなった顔を光の速さで検知したルカは前のめりになって、
「圭太! アンタもしかしてテストの点数悪かったの? どのくらいなの? ちょっとテストの紙見せてよ」
「い、嫌だ。テストの紙なんて持ってきてるワケないだろ」
「今度持ってきて」
「無理だ! プライバシーの侵害だ。拒否権を発動する」
「拒否権を却下するわ! 早く教えなさいよ早く」
「お前に関係ないだろ!」
言い合っている最中、また忍者みたいに気配を消していたマスターがすぐ後ろにいて、とっても余計なことを言い出した。
「圭太君はいくつか赤点を取っていて、他教科も赤点すれすれみたいだよ。担任の先生に凄く怒られているらしいし、今は停学中だとか」
「な、なななー! 本当なの圭太!?」
あらー……という顔でめいぷるさんが俺を見つめ、やっぱりか……というしたり顔でランスロットが流し目を送り、正面にいるルカはUFOでも見つけたように唖然とした顔してやがる。
「いや、まあ……そうだけど」
「アンタね! 勉強をサボっちゃいけないわよ」
「解ってるよ! でも今停学中だからさ」
我ながら全然理由になっていないが。ルカはキッと睨みつけるような顔になった。
「じゃああたしが教えてあげる」
「……は?」
俺は口を開けて固まっていたと思う。事実その日から、ルカは本当に勉強を教えてくれるようになった。ありがた迷惑な話だが、なんていうかちょっとずつ、俺はルカと一緒にいるのが普通になっていったんだ。
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