第34話 浜辺の戦いと、BARに集まるプレイヤー達

 ある時は廃れたショッピングモールで、またある時は潰れた工場で、更にある時は建て壊しが決まった中学校で……どうしてこうも人がいないところにばかりモンスターが現れているんだろうか。


 だけど、今回は人がいないとも言いきれない場所にモンスターが現れていた。六月十日月曜日のことだ。


「結構数が多いんじゃない? 接近戦はあたしがこなすから、圭太とランスロットは遠間のやつらを頼んだわよ」

「はいよー!」

「了解」


 今回の舞台は夜の浜辺だった。俺達の倍以上はデカイ羽虫みたいな奴や、特撮に出て来そうな蟹人間とかがひたすら海から湧いて来て、とにかく気持ちの悪い眺めだ。俺達が駆けつけた時にはもうゲートは無くなっていた。なんだよ、もうちょっと前に来れていたら楽に終わっていたのに。


「せええい!」


 女騎士になったルカが砂場で体を回転させながら蟹人間を切り倒して行く姿をよそに、俺はひたすら飛んでいる羽虫達を矢で撃ち落としていた。


 めいぷるさんは気色悪いモンスターにドン引きしつつも後ろから気弾をせっせと飛ばしていて、ランスロットは特大の炎を蟹人間に見舞っていた。何でも火炎魔法が一番得意らしい。


 この戦場に集まっているのは俺達だけじゃない。十人以上のプレイヤー達がここで戦いを繰り広げている。正直ヤバそうなモンスターはいないから、今回はボーナスゲームみたいなもんだ。


「よおし! ゲージが溜まった! 早速終わらせるぜ」


 俺はモンスターを一掃させるべくCursed Skill『オールブレイク』を発動させる。百体以上はいるだろうモンスター達全てにロックオンが完了し、いざ撃ち込めるという時にそれは起こった。


「うおおー! 喰らえ……あれ?」


 俺は必殺技を決めようと力んでいて、いつもより余計な操作をしちまっていたんだ。ロックオンしてある敵を撃とうとした瞬間に、視界にある一体のターゲットを意識でクリックしてしまい、全員にロックされていたはずがそいつ一体だけのロックオンに変化しちまった。嘘だろ。


「あ、あれ? お、おいちょっと」


 で、俺の必殺オールブレイクは敵全員に向かって行くはずが、再ロックオンされた一匹にしか飛んでいかなかったわけで、見るからに壮大な無駄撃ちを披露することになっちまった。正直恥ずかしい。


「ちょ、ちょっと圭太! どうなってんのよ、一匹しか倒せてないじゃん!」

「あ、あれ!? な、なんか外しちまった」

「もうー! くっ」


 喚いているルカに遠慮なく蟹人間が迫って来て、鋭利なハサミや歯で切断しようとするが、ソードナイトはハサミを掻い潜りつつ走り抜けるように胴体を両断した。今日も冴えてるなコイツ。


「しょうがないわね! じゃあシンクロアタックするわよ」

「シンクロアタック? ああ、あれか!」


 シンクロアタックっていうのは、アビリティを持つプレイヤー同士が近くにいる場合に出来る特殊な攻撃で、お互いがシンクロっていう奴を許可した時に使用できるっていう制約がある。ランスロットはめいぷるさんを守ることに精一杯な様子で、もうここは俺とルカで決めるしかなさそうだ。


「うお……すげえ! これがシンクロ状態か」


 俺は早速ルカの近くまで来てシンクロを許可すると、白い光のチェーンみたいなものが俺とルカを繋いだ。だからと言って移動が制限されるわけでもないんだが、離れすぎるとシンクロは解除されるらしい。


「圭太! これでみんなを攻撃しなさい!」

「お、おう!」


 俺が海面から上がってくる蟹人間目掛けて矢を放つと、いつもとは違う白い光に包まれた矢は、一回につき五連発でモンスターを貫きまくっていく。


 これは普段と全然違うぞと驚いていると、ルカのほうもいつもとは違う攻撃を見せる。振った剣の軌道がそのまま光の刃となって羽虫に飛んでいき、見事に真っ二つに斬り落としていく。これがシンクロアタックか、Cursed Skillほどじゃないにしても、通常攻撃とは比較にならない。


「お、おいおい! こりゃすげえな」

「このまま一気に仕留めるわよ!」


 俺達はシンクロ状態を維持させたまま一気に攻めまくり、気がついた時には浜辺は静けさを取り戻していた。蟹人間や羽虫の死骸はいつもどおり消え去っていく。どういう仕組みなんだろうといつも思う。


「やりましたねー。今日も勝てました」


 砂場の入り口くらいで奮闘していためいぷるさんがニコニコ顔で近づいてくる。


「ですね! めいぷるさんのおかげで楽勝っすよ」と俺。

「え? そんな、私なんて何も」


 ランスロットはただ優雅に海を眺めている。俺が更にめいぷるさんをヨイショしようとしていたところに、ちょっとだけ顔を膨れさせたルカがずんずんと砂を蹴るように近づいて来た。


「圭太! アンタさっきの必殺技は何だったのよ? あれさえ決まっていたらすぐに終わっていたのに」

「うぐ! い、いやあれはだな。俺にもよく解ってねえんだよ。発動している最中にロックしてる対象を間違って変えちまったみたいなんだが」

「もしかしたら、システムのバグなんじゃないかな?」


 困り果てて頭を掻いている俺を助けるように、ランスロットがやって来て語り始める。


「本来対象全てを攻撃できる必殺技なわけだから、発動中にちょっとした操作を行ったくらいで攻撃が変化するはずはないんだ。アプリにお問い合わせでもしてみたらどうだろう? 修正してくれるかもしれないよ」

「そ、そうかー。じゃあ連絡してみようかな」


 ルカは不満げな顔で俺を睨んでいたが、やがてプイッと視線を外すと、


「もうすぐ警察が来ると思うから帰るわよ! 何かとめんどいでしょこんなところ見られたら」

「あ……ああ。じゃあ帰るか」


 他のプレイヤー達はもう撤退を始めていたから、俺たちもそそくさと帰ることにした。影山達は見かけなかったが、もしいたら交戦しようと決めていた。俺はモンスターよりも影山達を警戒していた。


 それと今回の戦場にも疑問が残る。今までは常に人目につかないような場所だったのに、ゲートが出現する場所も変化しつつあるのかとか考えていたところで、前を歩いていたルカに妙な違和感を覚える。


「……あれ……?」


 一瞬……ほんの一瞬だったが、なぜかルカの後ろ姿がノイズが走ったように透けた気がした。でもあの時は遠間だったし、ただ俺は疲れているだけかもしれないと考えて、さして気にも止めてなかったんだ。


 家に帰った俺は、また親父に数種類用意していた言い訳の一つを使ってやり過ごした。何とかしてこの一ヶ月は戦い続けなくちゃいけないんだ。俺達が一位になる為に。


 飯を食って風呂に入って眠りにつこうとした俺に、またワガママお嬢様からチャットが来る。


『明日からアンタを特訓するわよ! みんなが協力してくれるらしいから、ありがたく鍛えるのよ』


 ありがたく鍛えるってなんだよ。俺はとっても暇だから別にいいんだけど、本当にお節介なところがあるんだよなルカの奴。


 でも、ありがたいと言えば確かにありがたいことだ。結局俺は一介の高校生にしか過ぎないワケで、もうちょっと強くならないと勝てないことは薄々感じていた。


 ルカの言葉どおり六月十一日から、めいぷるさんやランスロットも巻き込んで強くなるための特訓が始まった。珍しく俺のやる気も続いている。だって妹とおふくろの為だからな。




 圭太達が浜辺での戦いを終えて帰路についていた頃、都内にある一軒のBARに影山はいた。


「ここは未成年はお断りだよ、ボウヤ」

「そうだったっけ? まあ僕は特例でしょ。で、どうだったの?」


 BARの若いママはカウンターに座っている影山に瓶を渡すと、壁に立てかけられているテレビ画面のスイッチを入れた。ゲームのキャラクターに変身していないから、今日は赤いフードは被っていない。


「林王が撮ってきた映像よ。間違いなさそう?」


 画面には浜辺を所狭しと飛び回っている羽虫と蟹人間、それを討伐しているプレイヤー達がひしめいていた。影山の知りたかった情報は確かにあった。何人かいたアーチャーの中で、自分達を襲った矢と同じものを使っている人間がいる。


「やっぱり圭太だったのか。クソ……僕の邪魔をするなんて生意気な真似をしやがって!」

「ふーん。アンタのお友達で正解だったってワケね。どうするつもりなの?」


 影山が怒りで鼻息を荒くしている時、BARの古ぼけたドアが乱暴に開かれて肌の黒い男が入って来る。


「どうするって、答えなんて一つしかないだろうが。あいつを叩き殺すまでだ。なあ影山」

「ヒドルストン。君はいつだって乱暴な答えしか言わないよね」


 影山の右隣に来たヒドルストンは、テーブルに置かれていた瓶を勢いよくラッパ飲みしてゲップをしつつ、


「俺はいつだってそうやって問題を解決してきたんだぜ」


 BARのママが呆れ顔になって酒癖の悪い男を一瞥する。


「その結果が警察に指名手配されて追われる身なんでしょ?」

「名無しよお。気にしてることを言うんじゃねえよ。ちょっとヤンチャしたのがバレただけなのによ、世間っていうのは世知辛いよな。で、どうすんだ影山。あのガキはいつ殺す? 俺はいつでもいいぞ」


 影山は名無しからもう一度ビール瓶をもらい、グラスに注ぎながらヒドルストンを冷めた目で見つめた。


「話はそう簡単じゃないよ。だってアイツは、今ルカのチームに在籍しているんだろ。もしアイツだけを手にかけたら、流石にルカやランスロットは黙ってないはずだ。必ず報復してくる。そうなると無事にランキング一位で終われるか不安だよ。僕らが殺される可能性もあるんだ」


 ヒドルストンは回りくどいと言わんばかりにバーテーブルを叩きつける。


「ちょっと! あたしの店を壊さないでくれる?」

「うるせえ! おい影山。じゃあ黙ってアイツを放置するっつうのかよ。また俺達に矢を飛ばしてくるのかもしれねえぞ。やらなきゃやられる。こっちはハラワタが煮えくり返ってんだよ! ここまでコケにされたのは初めてだぜ」


 影山は何も動揺するような仕草は見せない。ただ、圭太に対してのイラつきは隠しきれていなかった。


「解ってるよ。アイツはギタギタにしてやらなきゃいけない。早とちりはやめてほしいねえ。僕はアイツだけを手にかけたらって言ったんじゃん」

「あん?」

「この際だから、ルカ達を含めて一気にやっちゃえばいいのかなって思ったまでだよ。ルカ達さえ潰しちゃえばもう残ってるのはリンディスだけじゃん。アイツはチームなんて組めそうにないからさ。もう僕らが一位になるのは目に見えてる」


 ヒドルストンの開きっぱなしだった口が、次第にいやらしいニヤケ顔に変わっていく。


「はは、ははは! そういうことかあ。だったら賛成だぜ影山。いつ殺す?」

「……次のCursed modeはもうすぐさ。その時に闇討ちしちゃおうよ。君達二人はそういうの得意だろ? 林王にはガチャで特別な盾を引かせてあげたしね。万が一でも負ける可能性はないよ」


 ヒドルストンは声をあげて笑った。彼が求めていた答えをリーダーは口に出してくれた。自分よりずっと年下の子供に指図されても我慢しているのは、自分では知り得ない大切な情報を教えてくれるからだ。


「任せておけよ。俺は闇討ちなら得意なんだ。邪魔者は誰一人生かしておかねえ。大金を手に入れて死ぬまで遊んで暮らしてやる」


 三人しかいないBARのドアが今度は静かに開かれる。みんなの視線がその男に釘付けになった。


「やあ皆さん。楽しんでもらえているようで何よりだ」

「あれー。わざわざ来てくれたんですか、カイさん」


 影山がまるで親しい先輩にかけるような声をかけた。男はただ静かに影山の左隣に座ると、名無しが手渡したワイングラスを受け取った。彼はもう常連になりつつある。


「何の相談をしていたのかな?」

「ちょっとね! 僕らの今後について話し合っていただけですよ。あなたという情報提供者がいる限り、僕らの優位は変わりませんけど」


 ヒドルストンはカイに向けてウインクをして見せる。誰しもが彼に愛想を振りまいていた。


「頼むよ。今度の討伐戦で、どさくさに紛れて圭太君を殺してくれ。僕としては不安材料は早めに削除しておきたいんだ」


 影山は生徒会で見せている優等生の見本のような笑顔でうなずいた。


「任せておいて下さいよ。僕らが必ず消してやりますから!」

「グッチャグチャにしちゃうけどいいかい? 俺は加減が効かねえからよ。はははぁ!」


 ヒドルストンは笑いながらバーカウンターから離れていく。彼にとっての用事は終わった。


「ちょっと! お会計は?」

「今日はツケだ! 大丈夫。ランキング報酬の金で倍にして返すからよ」


 褐色の大男は、今度は優しくドアを開いて出て行った。


「次のイベントは木曜日です。それまで、しっかり作戦を練っておくように」

「木曜……十三日ですね! 解りました。必ず成功させますよ」


 カイはそれだけ聞くと、静かに微笑を浮かべてBARから去って行った。まるで亡霊のように影山の隣には誰もいなくなったが、気味の悪い残気のような何かを名無しは感じている。

 それはまるで、人間の心に忍び寄る悪魔の残気だった。

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