第21話 悪魔の切り札

 薄暗い灯りの先にある小さな部屋。そこにはゲームで見たことがあるゴブリンと拘束椅子に座らされている女が一人。


 間違いない、沙羅子だ。そう思った瞬間に俺は自分の中から湧き上がってくるマグマみたいなものを感じた。あんなに怖かったのに、今は全く逆の気持ちに駆られている。


「星宮……てめぇ。沙羅子に何をしやがった!?」


 壁際に寄りかかりながら奴は笑った。


「何をしたかって? 圭太くん。このステージに来るまでに散々見せてあげたじゃないですか。忘れちゃったんですか? まだボケるには早いんじゃないかな。……拷問していたに決まってんじゃないですか」


 ランスロットの溜息が聞こえて、めいぷるさんは後ろで「あ、ああ……」とか声を出していた。ルカは氷みたいな目で星宮をガン見したままだ。


 拷問なんてしてやがったのか。俺にも沙羅子にもあんな顔で笑いかけておいて、こんな酷いことをするつもりだったのか。沙羅子は確かに目を開けているみたいだが、まるで人形みたいに動かない。

 そうか。今芽生えている感情こそが、殺意って奴なのか。


「てめえだけは許さねえぞ。星宮」

「はっはっは! 陳腐なセリフを吐くじゃないですか圭太君。でもいいんですか? 私に手を出そうとすれば、あそこにいるゴブリンは沙羅子さんの首を掻っ切ってしまいますよ。そう命じてあるんです」

「……な!?」


 俺は焦って後ずさっちまった。こいつはどこまで、どこまで……、


「どこまでも下衆な奴ね。アンタって」


 ルカが俺の代わりに口を開いた。でもさっきまで構えていた剣は降ろしたままだ。人質なんて取られていたら攻撃できない。星宮はゆっくりと歩き出し、沙羅子がいる部屋と俺たちの中間地点まで来るとゴブリンに顔を向け、


「おい! こいつらがほんの少しでも抵抗するような真似をしたら、その女をブッ殺せ! いいな?」


 ゴブリンは沙羅子の頭を左手で掴み、右手でナイフを突きつけたまま頷いた。やべえ、ここまで来て俺達は星宮に殺されちまうってことか。刀を手に持っている星宮は、俺達へ体を向き直して文字通り悪魔の笑みを浮かべた。


「これであなた達は戦えませんよね? 抵抗した段階でアイツは殺しますから。ククク、アッハッハ! ざまあないですねえ。さあて、どいつから殺してやろうか……」


 ふるえながら星宮をにらみ続ける肩を誰かがそっと叩く。こんな時になんだよ。そいつは俺の肩から手を離した後、指先を上に向ける仕草をしながらちらりと視線を投げ、すぐに星宮の近くまで歩いて行った。


「星宮君。君ちょっと勘違いしているんじゃないかな?」

「おや。圭太君のお友達さんですか。これはおかしなことを言い出しますね。私がどんな勘違いをしているというんですか?」

「君はもう満身創痍だ。はっきり言って、ここにいる誰でも一人でやっつけることができるだろう。人質を取ったところで無意味だと思うよ」

「何が無意味なんでしょう。言っていることが解りかねますね。妙な時間稼ぎでもしようというんですか?」


 ランスロットの背中のせいで星宮もゴブリンも見えなくなってる。解るのは沙羅子だけだ。一体どうするつもりなんだよと焦っていると、ランスロットは両手を肩の高さまで上げてオーバーリアクションで、


「今時間を稼ぐべきは君ではないのかな? あのねえ、僕はランキングに入ってお金さえもらえればそれで満足なんだよ。正義の味方がしたくて参加したわけじゃないし、そこにいる傷だらけの女子が知り合いってわけでもない。殺したかったらさ……勝手に殺せば?」

「は、はい? 殺せですって? 何を言い出すのです」


 この言葉には星宮と同時に俺も狼狽えちまった。この野郎なんてことを言い出しやがるんだ。お前は目の前で人が殺されてもいいっていうのかよ。心の中で新しい怒りに身を焼かれそうになっていると、何故か不意に天井が気になった。ランスロットが指差していた天井が。


 高い。思った以上に天井までは高さがある。真っ直ぐに先にある沙羅子のいるところまで、この高さは続いている。俺は更に数歩後ろに下がってみる。大穴が背後に空いているからもうこれ以上は下がれそうにない。

 でも充分か。


「ランスロット! アンタ本気で言ってるわけ!? あそこにいる女の子を見殺しにするっていうの!?」


 今度はルカがランスロットに言い寄ってる。めいぷるさんはチラリと俺を見たが、あとはルカ達を見てオドオドしていた。


「ああ殺すさ! 選んでくれよ星宮君。全身を焼き尽くされるか凍らされるか、はたまた感電死か爆死か……風の刃で首を斬り落とされるか。僕はいろんな処刑法を持ち合わせている」


 星宮の奴が慌ててる。そうだ、もっとランスロットを見ていろ。


「……き、貴様。私を殺すだと? そんな真似をしてみろ。あそこにいるゴブリンは本当に沙羅子さんを殺すぞ。ハッタリじゃないんだ。そうしたら君は後ろにいる圭太君や姫君に殺されるだろうよ!」


 俺は今話の中心にいるキザ男に話しかける。


「やめろよ……ランスロット。もしこのまま星宮を殺すつもりなら……」

「殺すつもりなら? 何かな。君は一体どうするつもりなんだろう」


 星宮はランスロットへ矢を向けている俺を見てせせら笑いを始めた。コイツはやっぱり甘ちゃんだと言わんばかりの顔に思えた。胸糞悪い。


「ほら見なさい。圭太君がああして背中を狙っているんですよ。あなたは何もできないまま、ただ黙って私に殺されればいいんですよぉ!」


 ボロボロの悪魔が刀をゆっくりと前後に振った後、ランスロット目掛けて構える。俺は大声で叫んだ。


「……俺はゴブリンを倒す!」

「……は?」


 今にも斬りかかろうとしていた星宮の笑い顔が止まり、フロアにいるランスロット以外の全員がこっちを見た瞬間には、もう俺は矢を上空に放っていた。


 高速の矢は一瞬のうちにランスロットを超えて山状に飛んでいき、何がなんだか解らない状況でオタオタしながら沙羅子からナイフを離していたゴブリン野郎に命中した。


「ピギエエエェ!」

「あ! やりました! 今なら」


 脳味噌を一瞬にして消しとばされたゴブリンは前後にフラフラしつつバッタリと倒れ込み、めいぷるさんは急いで沙羅子のところまで走り出した。だが、悲鳴は一つじゃ終わらない。


「ぐぅああああ! こ、このおお野郎ぉ!」


 星宮が燃えている。全身を炎に焼かれて悶絶しながらフラフラと動いている姿は、これっぽっちも可哀想には思えない。ランスロットのファイアボールが決まっていたようだ。俺はみんなのところまで歩いた。

 今度こそ勝ちだ。


「圭太君。君なら僕のサインに気がついてくれると思っていたよ」

「もう少し解りやすくしてくれよ。気がつかなかったらどうするんだよ!」

「ふふふ。その時は仕方がないだろう。彼女は殺されていた。僕としてはどっちでも構わなかったけど」


 ルカがプロボクサー顔負けのボディブローでランスロットの腹を叩いた。こりゃ相当効きそうだ。


「ぐおっ!」

「本当に薄情な男ね! そうなったらあたしがアンタを斬っていたわ! さあ星宮、トドメを刺させてもらうわよ」


 ルカが星宮に近づいてる。荒い息をしながら後ずさる奴は、虚ろな目で今にも死にそうに思えた。俺からすれば、自業自得だとしか思えなかったし、きっと誰もがそう考えるだろう。ルカが剣を構えて星宮に迫る。


「役立たずのゴブリンめ。殺し尽くした最後の一匹だったから可愛がってやったものを。何処までも使えない種族だ」

「へえ、アンタって……人間以外も殺しまくっていたのね。地獄で償いなさい」

「ま、待ってください姫! カイはもうすぐ近くにいますよ」


 ルカの振り上げた剣が止まった。


「何処だか教えてあげましょう。確か地図を持っていたんです。ああ……あったあった! これですよお」


 星宮が焦げたジャケットから取り出したのは、今まで沢山の仕掛けを発動させていたリモコンだった。中央にある赤いスイッチを押しているのが分かった時には、猛烈な爆発音がいろんなところから鳴り響いてきて、フロアそのものが崩れ始めていた。もしかして、これって自爆行為ってことか?


「地下全体に爆弾を仕掛けておいたんですよ。どうにもならなくなった時の、最後の手段です」


 コイツは何処まで周到な準備をしてやがるんだ。何重にも策を練っていたっていうんだろうか。確実に俺達を殺す為に。


「ハハハ! あなた達も道ずれですよ。私と一緒に死んでいただきましょう」

「ふざけないで。誰がこのくらいで死ぬもんですか。みんな、脱出するわよ!」


 ルカは沙羅子とめいぷるさんがいる部屋へ向けて走り出そうとしつつも、俺達に指示を出す。


「仰せのままに」


 とランスロットは軽いお辞儀をしてついて行く。だけど俺は星宮を倒したかった。どうしても許しておけない、このまま爆発に巻き込まれてくたばるって解っていても、自分自身の手で倒したいって気持ちに勝てなかった。


「…………てめえ、星宮……」

「何してんの圭太! 早くしなさいよ、ちょっと!」

「うるせえ。星宮ぁっ!」


 俺は奴の側まで駆け寄り、渾身の力で思い切り殴りつけた。奴の歯が飛んで血が吹き出して背中から倒れてもなお、火山みたいに湧き上がる怒りは収まりそうになかった。


 でも俺ができたことはその一発だけ。グラウンド状態の星宮を殴りつけようとしたところで、ルカとランスロットに肩を捕まれ、強引に引き剥がされたからだ。


「ぶはああっ! こんのガアキぃ!」


 殺意が顔全体に出ている星宮が叫んだ。もうイケメン芸能人の面影はない。


「お楽しみのところ悪いが、もうここは崩れるよ圭太君」

「コイツはもう終わりよ! 早く脱出するの。急ぎなさい!」


 俺は歯を食い縛りながら怒りを喉元まで押し込んだ。


 このフロアにも仕込んでいたらしい爆弾が作動し、床や壁が次々と破壊されていく。こいつはマジでヤバイ状況だと思っていた時、フロア全体が破裂するほどの強烈な爆発が巻き起こり、俺達はゆっくりと衝撃に飲まれていった。

逃げるのが少し遅かったことは間違いない。




 星宮の別荘は大爆発を起こして跡形もなく吹き飛んだ。


「フフフ……アハハハ! あのマヌケども。結局は私に殺されて終わっちまったなあ」


 真っ暗な人気のない海浜公園を、フラつく足取りで星宮は歩いている。別荘からあまり離れていない距離だ。あの地下フロアに隠されていた秘密の抜け道はこの公園まで続いていた。星宮は最初から死ぬつもりなどなく、最後の最後に生き延びる手段として自爆スイッチを押し、結果的に逃げ延びることに成功している。


 今は悪魔の姿から人間体に戻っている為、Cursed Heroesのレーダーに反応することもない。


「この程度の傷なら直ぐに治るだろう。完治したら他の人間どもを一人残らず捕まえて殺し続けてやる。ククク……ハハハハ!」


 まるでリゾートに来ているように浮かれきった星宮は、目の前で何かが光ったことに気がつかなかった。


「!? があっ! こ、これは……」


 何かが右膝を貫通し、体勢を崩して前のめりに倒れる。痛みに悶絶しつつ顔を上げると、そこには星宮の知っている顔が遠目に見えた。


 つまり、俺だ。


「信じられねえな。ゴキブリよりしぶといぜ、お前」

「圭太? 馬鹿な……なぜここにいる!? 何故だ?」

「種明かしが欲しいのか。ご自慢のジャケットの内ポケットでも見てみろよ」


 星宮は乱暴な手つきで内ポケットを探ると、中から薄いチップのような物を取り出した。お前には解らねえよな。まあ、俺もよく解らなかったが、さっきランスロットから説明は受けてる。


 GPS的な機能を持つ小型の装置で、どんなに離れていてもレーダーに反応してくれる優れものらしい。例え正体を人間に戻してアプリのレーダーから逃れたとしても、このチップからは逃れられない。俺は小さなスマートフォンよりも小さいレーダーを懐から取り出して奴に見せる。


「お前を焼き払った男がさ、こういう便利な物を持ってたからさっき借りたんだよ。地下でぶん殴っている時、ジャケットの中に入れておいたんだ」

「な……姑息な真似しやがって、このクソガキが! 俺を、この悪魔王を舐めるなよ。殺してやる。殺してやるぞ圭太ァ!」


 射抜かれた足なんて気にすることもなく奴は立ち上がり、猛然とダッシュして来た。悪魔に戻らないのか。てっきり刀を飛ばしてくるものかと思ったが、もう魔力がなくなったのか、ただ単に頭がおかしくなってるのか、どっちでもいいが俺にとっては好都合だ。


「てめえが言うんじゃねえよ!」


 俺は横に走りながら矢を放ち、今度は奴の左足をえぐった。


「ぐううう! この……」


 明らかに足が遅くなって来たのを見計らって公園の茂みに隠れていく。この辺りはライトも届かずよく見えない。お前には俺が解らないだろ。でもこっちにはハッキリ見えるんだ。


 茂みの中を移動しながら矢を二発、三発と放っていき、星宮の肩や肋骨を粉砕していく。とうとう奴はひざまずいた。


「うあああ! ……待て、待ってくれ圭太君! 君は勘違いをしているぞ」

「は? 勘違いだって?」

「そうとも……私は自分の意思でこんなことをしていたわけじゃなんですよ。全ては私を召喚した男、カイの差し金なんです。あの男がね、私に沢山の人間を殺してほしいってお願いするものだから……仕方なく」


 俺は茂みを抜けて奴の目の前に出る。念の為刀が届かない位置で弓矢を構えながら、


「カイって奴は一体何者なんだよ? Cursed Heroesに関係があるのか?」

「関係があるも何も。彼がいるからこそ成立するゲームなんですよこれは。そして、私とあなたは只の被害者。圭太君! もう二度と私は、人間に悪事なんて働いたりしません。必ずです。約束します! だからこの場は見逃してくれませんか?」

「てめえ……自分が何をしてきたのか解ってるのかよ!」

「勿論解っていますとも。君と別れた後、私は警察に出頭します。死刑になるのでしょうが、しっかりと罪を償ってから死にたいのです。ここは……ここだけは、どうか。お願いします。圭太さん!」

「……しょうがねえな。くそ! 約束だぞ。じゃあな」


 俺は奴に背中を向けて歩き出した。


「ええ。勿論ですよ……約束です。ありがとう圭太君……ありがとぉ!」


 俺は弓矢を引いたまま離していない。視界にはゲーム画面と全く同じものが映し出されている。俺が背中を向けた時、ここにモンスターの反応が現れた。


「言い忘れたことがあったよ星宮。俺はもうお前を、ロックオンしている」

「……ああ?」


 俺は地面に下げていた矢を放った。Cursed Skill『オールブレイク』は、レーダーに映る敵全てをロックオンし全員に必ず矢を飛ばす。普通はどう考えてもあり得ない軌道を描いてでも、対象へ矢が向かっていくんだ。障害物か防ぐ手段がない限り必ず当たる。


 地面に放った矢が急旋回するように後ろに飛んでいき、


「ぎゃああー!」


 俺は悲鳴が聞こえてから立ち止まり、後ろを振り返った。刀を持っている星宮が胴体に大穴を開けて大量の血を流して、それでも立っている。最後の最後まで、こいつは不意打ちを狙ってやがった。


「この……このままで終わってたまるか。長い時間勇者に封印され……やっとのことで解き放たれ、楽園に来れたというところで! 力さえ取り戻せば再び私は王になれる。今度こそ神を超える力を手に入れ、唯一無二の存在になれるんだ! 諦められるはずがない。そうだろ、圭太君?」

「はあ? なんで俺に訊くんだよ。知らねえっての」


 俺は奴の脳天めがけて弓を引っ張り、チャージアタックの溜めを開始する。星宮は焦り出した。


「やめてくれ圭太君! 君はここまで命乞いをしている者を殺すというのか?」

「お前は今まで命乞いした人を殺しまくってたんだろ? 罪もない人間を!」

「罪もない人間なんていないよ圭太君。君は勘違いをしている。それにね、私が殺してきた人間なんてそんなに沢山いないんだよ。せいぜい、この国の人口より少し多いくらいしか、」


 俺は矢を放った。通常の攻撃よりもずっと眩いレーザーみたいな光が真っ直ぐに星宮の脳天に直撃し、醜い皮膚や頭蓋骨全体を粉砕。一切の情けもなく貫通していった。


 首から上を失った体は糸が切れたマリオネットみたいに崩れ落ちて、やがて黒い砂に変化して消え去った。俺は虚しさに軽く震えながら、静かにスマホを取り出して電話をかける。


「ルカか……ああ。終わった。お前とランスロットに訊きたいことがある。チャットじゃなくて口頭でな」


 真夜中の公園で俺は一人空を眺めていた。

 そして次の日、入院した沙羅子に会いにいったんだ。

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