第4話 テレビ撮影

 例の私の前に立ちはだかった男の人は、一週間ほどしてから事務所の人が捕まえたそうだ。 捕まえたっても逮捕したとかじゃないけど。

 なんでもあたしに相当ご立腹だったらしく、理由を聞いたら自分以外の男と並んで歩いているのが許せなかったってことみたい。

 多分、数日前に菊野くんと一緒になって、帰った時のことを言っているんだと思う。


 事務所で『もう近づかない的な誓約書』を書いてもらっていた時に、「男連れなんて興味ない。 ボクにはもなみちゃんがいるから」と言っていたとのこと。 あたしのところに来ないなら有り難いんだけど、『もなみちゃん』は大丈夫なのかな。


 気にしすぎても仕方がないし、今日の打ち合わせ内容に頭を切り替えなきゃ。 そう、今日の打ち合わせはテレビ出演に関すること。


「ハルちゃんが地頭が良くて賢いのはわかってるんだけど、フーちゃんとかぶっちゃうんだよねぇ。 やっぱり少し抜けてるキャラがウケると思うのよね」

「えっと、それはキャラ作りってことですか? 」

「そうそう。ナッちゃんはセクシー寄りでキャラ立ってるし、アキちゃんはリーダーでしょ? ハルちゃんは歌上手くても、テレビだと活かせないしねぇ」

「そういうものなんですね。 ちょっと抜けてる感じにすれば良いと? 」

「そうね。 どっちかっていうと天然ボケっぽい感じ? 」

「……頑張ってみます」


 とは言ったものの、どう頑張ればいいんだろう。 キャラ作ってるみたいになって不評だったりしないのかな。 そもそもテレビ撮影自体初めてなのに。





 キャラ作りに迷走していても、撮影の日はやってきた。 もうこうなったら、あとは当たって砕けろ、ね。

 撮影前は原田さんに連れられて、出演者の方々のところへ挨拶まわり。 今までテレビで見ていたような人がいっぱいで、ちょっとドキドキ。


 スタジオに入ったら撮影スタッフの人たちがたくさんいて、当事者なはずなのに社会科見学みたいな気分になっちゃった。


「ナツ、こういうの慣れてるの? 全然緊張してなさそうだけど」

「まさか。 ただ、昔数回やった読者モデル的な撮影に似てるな、って」

「ほぇ? ナツって何者? 」

「ちょっとハル、『ほぇ?』ってなに? ウケる」

「ほら、あのキャラ作りってやつ。 なんだか迷走しちゃって」

「ああ、それね。 作り過ぎないでいいと思うよ。 ハルはそのままでも可愛いんだから! 」

「ルックス抜群のナツに言われてもなぁ」

「ほらほら〜こっちおいで。うりうり〜」


 ナツはそう言ってあたしを抱きしめ、頰を押し付けてきた。 ナツよりも背が低いあたしは、首元の鎖骨あたりに鼻を押し当てることになる。


「ちょっとナツ! 髪崩れる! 」

「あー、しまった!」


 ナツのがよっぽど抜けてるじゃないの! でもこれが抜けてるってやつなのか。 うーん、むつかしいなぁ。




 ピンポ〜ン♪

「はい、4Seasonzの岬千春ちゃん! 答えをどうぞ! 」

「えっと、チューリップ! 」

「正解です! 」

「やったぁ! 」


 柄にもなく、ピョンと跳ねて喜びを表現する。 その拍子に高く上げた腕からブレスレットがすっぽ抜けて、頭の上に落ちてきた。


 カーン……カラカラカラ……。


「いったぁ」


 スタジオ内でドッと笑いが起きる。


「千春ちゃん狙っとるんか? 自分ええネタ持っとるやん」

「そんなんじゃないですぅ。 いたた」


 『鬱金香』をチューリップだとわかったまでは良かったの。 まさかこんな恥ずかしい思いをすることになるなんて。 はぁ、たんこぶできてないかな。


 ナツは爆笑してるし、フユは我関せず。 アキちゃんだけだよ、慰めてくれるの。 くすん。




 ハプニングはあったものの、撮影は無事に終えることができた。 なかなかの長丁場で、立ってる時間も長かったから、後半は結構疲れちゃった。


 全体を締め終わったあと、原田さんのところへ行こうとした時、肩を掴まれた感触に身を縮こまらせた。


「ひゃっ!? 」


 あの時のことが急に思い出されて、つい大きい声を出してしまった。 周囲の注目を一斉に集めてしまう。


「そないにけったいな声出さんでもええやろ」

「す……すみません」

「感じ悪いわぁ」

「――申し訳ありません」


 何事かと、原田さんがこっちへやってきた。 と、到着するその前に、スパーンと頭をはたくいい音が響いた。 この芸人さんの相方さんみたい。


「いきなり声かけといて何ビビらしとんねん、お前。 すまんな、千春ちゃん」

「あ……あの」


 言葉を紡げずにいたところに、原田さんが間に入ってくれた。


「何か失礼なことをいたしましたでしょうか。 申し訳ございません」

「いや、コイツがな、千春ちゃん捕まえてナンパしようとしとったから、ど突いたったんや」

「そない言うたって、声かけよと肩に手ぇ乗せただけやで」

「ああ、なるほど。 申し訳ありません。 岬は、少し前にちょっと危なっかしいファンの男性に絡まれたことがあってですね。 過剰に反応してしまったかもしれません」

「ホンマか、そらスマンことしたな」

「岬がお騒がせして申し訳ありませんでした」

「いやいや、コイツがあかんねんから」

「スマンな、千春ちゃん」

「いえ……」






 悪いことしちゃったかな。 でもやっぱり男の人って力強いし、ちょっと怖いな。 こんなんじゃアイドルなんかやってけないよね、きっと。

 事務所に戻って反省会をしていたら、さっきのことを思い出してヘコんできちゃった。


「あれ、ハルちゃんどしたの? 」

「天然ボケ炸裂でヘコんでるんでしょー? 」


 違うよ、ナツ。 それじゃなかったのに、思い出しちゃったじゃん……。


「一番目立ってたのハルだよねー。 正解も多かったし、笑いも取ってるし」

「笑いはいらないのに……。 アキちゃん代わってよぉ」

「代わってあげたいところだけど、あんなボケ私にはできないよ」

「あたしだってできないよう。 うぇーん」

「でも撮影はうまくいったじゃん? 初めてにしちゃ上出来だと思うけど、なんでそんなヘコんでるの」

「それが、撮影終わったあとにさ……」


 さっきのやり取りのことを話すと、フーちゃんが苛立ちを隠さずに言った。


「男なんてみんなクズ。 ヤることしか考えてない。 ハルも目が覚めて良かった」

「ちょっとフーちゃん、そこまで言わなくても」

「アキは甘い。 それじゃハルを守れない」

「そりゃ気をつけるに越したことはないけどさぁ」


 男の人が嫌いってわけじゃないけど、今は正直言って怖い。 同級生なら大丈夫なのかな。


「フーはなんでそんなに男嫌いなの? 」

「あれ、ナツには話してなかったっけ」

「聞いてないよ。 二人は聞いてたの? 」


 フーちゃんの話は聞いたことない。 そう思って首を横に振る。 アキちゃんも一緒みたい。 フーちゃん一体誰に話したの。


「私ね、幼馴染がいたのよ。思い出したくもないけど。 小中と一緒で、家も近いしよく行き来してたから、テスト勉強とかも向こうの部屋に行ったりしててね。 そしたら中三のある時、いきなり後ろから胸鷲掴みにされてね。 振り向きざまに往復ビンタしてやったわ」

「あちゃー……」

「そんなことがあったんだ」

「そいつ鼻血だしてね。 そのまま部屋出てきて、それっきり一切連絡取ってないわ。 だからハル、男なんて優しいフリして中身はただのケダモノよ。 心しておきなさい」

「は、はい」


 あまりの迫力に頷く以外のことができなかった。 でも、ここのところ絡みがあった男の人たちはそういう雰囲気があった。 菊野くん以外は。





「男の人ってみんなケダモノ? 」


 プッ、とお姉ちゃんが吹き出した。


「なに、いきなり」

「今日の撮影の後ね、あんまり知らない芸人さんに肩掴まれて声あげちゃって」

「あらまぁ。 でもこないだの誘拐未遂のこともあるし、仕方ないわね」

「うん、それはわかってもらえたから良かったんだけど――、ちょっと男の人怖くって」

「お父さんいたら多少は慣れるんだろうけどねぇ」


 そう言ってお父さんの写真が置いてある仏壇を見る。 お母さん曰く『美桜はお父さん似』らしく、確かにお姉ちゃんには写真の中の優しそうな笑顔の面影がある。


「それで、フーちゃんが、あ、冬陽ちゃんね。 フーちゃんが、幼馴染の男の子に胸を鷲掴みにされて男嫌いになったとかって話を聞いてさ」

「それでケダモノか、ってことね。 まぁ、どっかしらケダモノ的なところは持ってるんだろうけど、そうじゃない人の方が多いと思うよ。 ウチの彼氏だっていきなり体触るようなことしないし」

「結局は人次第ってことだよね。 はぁ」

「距離感は人それぞれだからね。 ホントにその気がなく触る人もいるし」

「それで、ちょっと触れられたくらいできゃーきゃー言っててアイドルやってけるのかな、って思って落ち込んでたの」

「いきなり触る人は少数派だと思うよ。 気軽に大丈夫なんて言えないけど、不安が少しでもあったら言うんだよ。 これからコンクールに向けて練習もあるから遅くなっちゃうかもだけど、一人よりいいと思うからさ」

「うん、ありがとお姉ちゃん」

「いいってことよ。 可愛い美咲のためだもん。 というわけでね、じゃーん! 見てこれ! 」


 そうやって見せられたのは、今週から販売が始まった『生誕記念マグカップ』だった。 あたしの顔写真まで入って恥ずかしいことこの上ない。


「何で持ってるの!? あたしにもらった分は事務所に置いてきたのに……」

「ネットでポチっちゃった」

「んもう! 恥ずかしいからわざわざ置いてきたっていうのに」

「食器棚のとこに飾っとこうよ。 せっかくだし、ね。 誰が見るわけでもないんだからいいじゃない」

「わかったよ。 でも今度から買わないでね」

「やだ」

「サンプルの持って帰ってくるから」

「それなら良かろう」

「もう。 でもお姉ちゃんがファン一号で嬉しい」

「よしよし。 というわけでさ、もうすぐお誕生日じゃん? なんか欲しい物とかないの? 」

「今んところないなー」

「コスメとかは? 」

「学校の時は使えないし、仕事の時はメイクさんにお願いしちゃうから使わないもん」

「ん〜、物欲のない子ねぇ」

「お母さんにも聞かれてたんだけど、今んとこないんだよね。 強いて言うなら、防犯ブザーとか? 」

「小学生かっ! 」


 長いこと話し込んだのち、女子トークの会は解散。 なんか聞きたかったことがあった気がするんだけど、なんだっけなぁ。




「あ、『ちゃいこ』」



 お姉ちゃんが部屋に戻ってから思い出した。 謎の言葉『ちゃいこ』。 答えはまだ出ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る