第34話 美咲と呼んで
大地とのデートから数日が経った。
あの日もらったコツメカワウソのぬいぐるみは本棚の特等席からいつもあたしを見守ってくれている。
守り神のおかげか、うまく集中して勉強ができたし、試験が終わったあとの手ごたえもそれなりにあって、前回よりも成績はいいんじゃないかな。
焦ったのは大地の理科。 98点って何!? 信じられない。 当然クラスで一番だと発表され、思わず大地を見たらすごいドヤ顔だった。
だから、たった今返された古文のテストでやり返してみた。 古文はクラスで一番だったからね。 ピース!
「春山、今日の放課後いいか? 部活休みだからさ」
「うん。 どこに行くの? 」
「んー、カフェ図書館でも行くか」
「あ、いいね。 行ってみたい」
唯香や大地から話は聞いたことあるけど、行ったことがなかったカフェ図書館。 ちょっと気になってたんだよね。 大地と唯香だけが知ってるってのも複雑だし。
家の反対側なこともあってあまり来ない南口から、裏道を通ってしばし歩いていると、少しだけ大きな道に出た。 信号を渡った先に古めかしい外観の喫茶店がある。
古そうと思ったらそれは外見だけで、扉は自動ドアだし中は真新しい什器が目立つ。 リフォームでもしたのかな。
大地について行くとコーヒーの香りが強くなってきた。 安らぐ香りで落ち着いた気分になれる。 唯香や大地がお気に入りになるのも納得。
でも、コーヒーはあまり飲まないからココアを注文。 甘い香りにとろけそうになる。
「さて、では本題。 順番に点数並べていこうか」
「うん、そうだね。 どうかなぁ? 」
返ってきたテストの点数をスマホの計算機アプリに入れて、最後に結果を出せば『505』となった。 これは中々の高得点。
「準備できたか? 」
「うん、いいよ」
「では、いざ尋常に勝負! 」
「せーの、はい」
大地の画面には『503』と表示されていた。 ん? 勝ってる。すごいギリギリ。
大地は大地で自分の画面と見比べてショックを受けているようだった。
「なんということだ――」
「ふふ、競争はあたしの勝ちみたいだね」
「やはり、あの古文か――」
古文の先生にクラスで一番であることを発表されたとき、大地はそのことに驚いて立ち上がっていた。 先生からツッコミを受けるほどに。 大地は古文の授業中、いつも眠そうにしているから苦手なんだろうな。
「ふふっ。あの時の狼狽え方すごかったもんね。 古文苦手なの? 」
「いつも赤点ギリギリ。 それでも今回は平均よりちょい下くらい」
「古文なんて授業聞いてたら、全部答えに近いこと話してるのに」
「春山は古文得意なんだな。 今度教えてよ」
「もちろん。 あ、でもそしたら負けちゃうから、あたしにも数学教えてね」
「え、次もやんの?」
もちろん、次もやるよ! こうやって二人の時間を作る口実になるし。
さ、次回は次回。 考えてあったお願い事をしなきゃ。
「お願いごと、話してもいい? 」
「ああ、そうだった。 男に二言はない。 なんなりと」
「それじゃね、あの、あたしのこと、これからは名前で呼んでほしいな」
そう、『美咲』ってね。
「ええっ!? それめっちゃ恥ずかしいぞ。 ほかに何かないのか? 」
「男に二言はないんじゃなかったの? 」
「――わかった、わかったよ」
「はい、どうぞ」
「み…さき」
いいわ、大地が恥ずかしそうに言うのがいい。 でも、よく考えたら千春のときに呼ばれてるのも『ミサキ』だった。 大地はそのつもりで言ってないだろうけど。
「これでいいだろ。 めっちゃ恥ずかしかったぞ」
「え? 今日からは、って言ったのに」
「はぁ!? 無理無理無理。 だいたい周りになんて言われることか」
ええーっ!? 今日だけなんてそれは困る。 あくまでこれは『大地』と呼ぶための伏線だし。
「んじゃ、二人の時は、ね? 」
うーん、まぁそれならまぁ良しとしよう。 慣れてくれば『美咲』と普段から言ってくれるようになるだろうし。
「んじゃ、とりあえず今日返ってきた古文教えてくれよ」
「うん、では居眠りして授業を聞いてない菊野くんに美咲先生が教えてあげましょう」
そこから一時間ほどみっちり復習した後、大地はげんなりとした顔で言い出した。
「春山、そろそろ行くか。 送ってくよ」
早速、『春山』になってる。 しばらくは特訓ね。
「美咲」
「あ、――美咲」
「うん、行こっか。 でも送ってもらわなくても平気だよ。 まだ時間早いし」
「いやいや、外もう暗いし。 時間早いから俺のことは気にせんで済むでしょ」
「うん、ありがと」
大地のこの優しさは自然なんだよね。 下心があったりするわけじゃない。 だから、千春の時も、素の時も態度が変わらない。
試験の復習がてら問題を出し合いながら歩いていたら、あっという間に駅に近づいてきた。 駅から伸びる道に出てくれば、マンションが見えてきた。
「もう、ここの道からなら大丈夫だよ」
「おう。 んでも、こっからなら俺も駅まわりで帰る方が近いから、気にすんなよ」
「そうなの? それじゃよろしくね、ありがと」
いつも行く本屋さんの前を通りすぎれば、すぐうちのマンションのエントランス。 二人でここに立ってるのがとっても不思議。
「ここだよ。 わざわざありがとね」
「どういたしまして。 んじゃ春山また明日な」
また『春山』って言った!
「美咲」
「――美咲、また明日」
「うん」
よくできました。 この調子で、次のプランを考えなきゃ。
「ずいぶんと仲良しね、お二人さん」
――ひっ! あまりに驚いて飛び上がるところだった。
振り向いた先にはお姉ちゃんがニヤニヤとこちらを見ていた。
「お姉ちゃん、おどかさないでよ」
「いやー、知った顔が仲睦まじく歩いてるんだもの。 なに、付き合ってるの? 」
「違うわよっ。 こんなとこでやめてよ」
「そんな顔真っ赤にしても説得力ないよ? 」
「もーっ! 」
一緒にいるときに焦ること言わないでよっ。 大地になんて思われるかわかんないじゃない。
「菊野君もウチでご飯食べて行きなよ。 今日の当番美咲だけど」
「へっ!?」
「ちょっとお姉ちゃん、さっきからなに言ってんの!? 」
いきなり何!? ご飯とか、そんなのいきなりできるわけないじゃん!
「まぁいいから、いいから。 ほら行くよ」
「先輩マジすか」
お姉ちゃんマジすか、とあたしもその意見に同意だった。
大地はお姉ちゃんの勢いに押されて家に電話をかけていた。 うちで食べるの本気なんだ。何作ろう。
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