after story 第7.5話 SHUN-KA

 修学旅行から何週間か経ったある日、あたしは事務所でアツシさんや他のスタッフの皆さんも含めてミーティングに参加していた。


 このミーティングは、あたしたち4Seasonzの行く末を決める極めて重要な集まり。 もちろんあたしの話だけではない。 あたしたち4人とも、それぞれ人生の岐路に立たされていた。


「だから、声優としてちゃんと勉強したいの。 こないだのアニメ監督さんからも、またキャスティングしたいって言ってもらえたし」


 フーちゃんは、2クール前のアニメにヒロインのライバルにあたるキャラの声優として出演していた。 その時の評価はいわゆるアイドル枠として期待された以上のもので、本人としてもその道を頑張りたいという気概でいると、とのこと。


 アキちゃんとナツは、高校卒業を控えて今後の進路について語った。


「やっぱりアツシさんの元で作曲とか作詞とか学びたいんです。 アイドルをやりながらだとどうしても片手間になっちゃうし、アイドルという肩書がない状態でどこまでできるのかを知りたいんです」


 アキちゃんは結成時から作曲をやりたいと話していたし、あたしに書いてくれた『夏ミカン』も好評。 その世界に飛び込みたい気持ちも充分にわかる。


「え、解散の流れ? 私はもっとやりたいかなぁ。 せっかくお友達もできたし。 何より女優を目指すならアイドルをやりながらチャンスをモノにしてくしかないし」


 ナツはかねてから『いずれは女優』という目標を口にしていた。 ナツのパッチリとした瞳は目力があるし、女優という目標もうなずける。


 あたしは、どうなんだろう。 すぐに辞めるつもりはないけど、ずっと続けられるものでもない。

 将来……イルカの調教師、お母さんみたいにフードコーディネーター、ナツみたいに女優? いまだに将来を決め切れたわけではない。 ただ、二年ほど前にお母さんに言われた『他人にできない経験は武器になる』って言葉が、今更ながらありがたく感じる。 もしあの時お断りしていたら……いま、女優なんて候補は挙がらなかった。


「ハルは? どうするの? 」

「あたしはまだあと一年あるけど、大学には行きたいと思っています。 アイドルとかこの世界に残るのも一つの選択肢ですけど、まだ将来を決め切れていないので」

「それじゃ、今まで通りね! 」

「ちょっとナッちゃん、そんな短絡的にいかないでよ」

「そうよ。 ツアーやりながら養成学校はキツい」

「んもう、じゃあどうすんのよ」


 グループを続けたいあたしとナツ、辞めて次のステージに進みたいアキちゃんとフーちゃん。 今までずっと四人でやってきたから、違うメンバーってのも考えにくい。


 罵るとまでは言わないけど、互いの言葉が強くなり始めたとき、アツシさんがストップをかけた。


「ちょっと落ち着け。 実はな、アキとフーから相談された時から考えてたんだがな。 週末を主にした活動でよくもまぁここまで成長したとは思うんだよ。 ただ、最初のコンセプトを考えると、二人の門出を祝うほうが俺のやりたかったことに近い」

「そんな……ハルぅ」

「あたしに言われても。 ――アツシさん、あたしたちはどうするお考えなんですか? 」

「ハルは聡明だな。 ホントに最年少か? ハルの言う通り、ハルとナツのことも考えてある」

「えっ!? ホントですかぁ?アツシさん! 」

「ああ、まぁな。 んでそれなんだが、二人でユニットを組むか、それぞれソロで行くかの二者択一だな。 二人ともどっちがいい? 」

「そりゃユニット組む方がいいですっ! ねっ? ハル! 」


 ナツの問いには即答できなかった。 だってあたしがこれからやろうとしていることはみんなに迷惑をかける。 ナツはホントにそれでいいのかな。


「ハル? 」

「えっと、できるならユニットでやりたいとは思いますけど、その、先日アツシさんに相談した件が気になってて……」

「ああ、話しておいた方がいいだろうな」

「はい」


 深呼吸をして、顔を上げた。 そして、あたしの覚悟を口にした。 炎上覚悟で公表しようとしていることを。


「なんだ、そんなこと」


 ナツはあたしの決意を『そんなこと』と切って捨てた。 なんでそんなこと言うのかと、少し反抗しようと思って顔を見ると、ナツもちょっと怒ったような表情をしていた。


「ハル! アンタってなんでいつもそうなの。 もっと欲張りになっていいんだよ。 私がその程度の炎上に怯むとでも思った!? 」

「ナツ……」

「だ、そうだ。 話を聞いた時からナツには話してたんだ。 すまんな、ハルちゃん。 そしたら俺まで怒られたよ。 ハルの人生なんだと思ってんだー、ってな」

「ちょっ、アツシさんそこは言わない約束……! 」

「そうだったか? まぁ、ナツの言うことももっともだわな。 それに俺の考える今回のコンセプトは『普通』の女の子がアイドルとして活躍することだからな。 恋愛の一つや二つ、『普通』なら当たり前だろう」


 ナツは腕を組んでうんうんと頷いている。

 ヤバい、最近涙もろい気がする。 たくさんの人に支えられて生きてるんだな、と思ったら泣けてきた。


「ハル〜だから一緒にやろうよー」

「う……うん」

「やった! いいって! アツシさん!! 」

「はっはっは。 ナツの寄り切りだな。 さて、ユニットだが、四季が揃わない以上4Seasonzとはいかんからな。 新ユニットは『シュンカ』だ」

「シュンカ? 」

「春と夏で春夏。 書くとこう」


 アツシさんは手近なホワイトボードに新しいユニット名を書いた。



『SHUN-KA』



 そっか、これからはこの名前で活動するんだね。 なんだか不思議な感じ。

 それにしても即答ということは、すでにアツシさんは考えてあったんだね。まるでこうなることがわかっていたみたいに。


「とりあえず、色々と根回しも必要だし、まずは発表の準備から。 二人の活動は次の春から。 3月に二人の卒業ライブもやるぞ。 あと、ハルは言いたいことをまとめて原田とすり合わせしといてくれ」


 アツシさんは矢継ぎ早に指示を出していく。


 あたしはあたしで、ちゃんと自分の言葉で伝えるべき内容を整理しなきゃならない。 あたしに恋人がいても、応援してくれる人はいると信じて――。

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