after story

after story 第1話 結成一周年記念ライブ

 大地との交際報告と引き換えにもらったのは、4Seasonzの結成一周年の記念ライブをするという告知だった。 いつものホールよりも少し広い会場を押さえられたから、通常ライブの規模を拡大して開催するとのこと。 呼び出された四人で互いに目を見合わせた。


「まさか、一年でここまで結果が出るとは思ってなかったけどな」


 アツシさんはそう笑っていたけど、昨年の夏前にはCMに使ってもらったりして、運の要素もおおいにあったんだと思う。


 この一年で良いことも悪いこともあった。 それは、プライベートでも同じ。 スキャンダルで炎上したあの時のことなんか、もう思い出したくもない。


 中学までの生活とは一変した。 学校でも仕事でも両方に隠し事をしているこの状況は少し息苦しいし、悩みを打ち明けられる人がごくごく限られるのはちょっと辛い。 だからこそ、隠し事をしなくていい大地と一緒にいると安らぐのかな。


「アキが書いた曲もそこでお披露目だな」

「いいんですか? ハルちゃんに話したんですか? 」

「いや、これから」

「それじゃ私から話していいですか? 」


 アキちゃんはアツシさんの元で作曲を学び、アツシさんのツテでアレンジャーさんについてもらったりして、曲を一本書き上げていた。 出来上がったときのアキちゃんの喜びようはすごかった。

 

 でも、なんであたしにそれが関係あるんだろう?


「ハルちゃん! 私の曲ね、ハルちゃんのソロ曲なの! 」


 えーっ!? ソロ!?

 あまりにも急なことに驚いてしまった。


「――ハルちゃん? 反応なし? 」

「え? あっ、驚き過ぎて声出てなかった……。 急にソロなんて……」

「ハルちゃんは私の曲歌ってくれないの――? 」

「えっ、ううん、そんなことないよ」

「やったー! 決まりね! アツシさん、オッケーもらいました! 」


 しまった、やられた。 アキちゃんはこういうところで案外したたか。


「ハルちゃんはソロでもいけると思うよ。 そういう希望がないだろうから企画しなかったけど」

「ちなみにフーちゃんは作詞で参加してるんだよ! 」

「私だけ仲間外れじゃん! 私もハルをプロデュースしたいっ! 」

「じゃ、ナッちゃんは衣装ね」

「あたしの意思は!? 」


 結局のところ、あたしの意見が聞かれることはなく、作曲アキ、作詞アキ&フユ、衣装&演出ナツでソロのステージを一曲持つことになった。


『というわけでね、大地にも来て欲しいなって』

『もちろん行きたい。 どこでやるの? 』

『東京ドーム』

『マジか! すげえ!! 』


 駆け出しをようやく卒業したくらいのアイドルが東京ドームでできるわけないじゃない。 でもそんなことを知らない大地は祝福のスタンプまで送ってよこした。


『ウソよ。 そんなとこでできるわけないじゃん(笑)』

『なにー!? 騙された! 』


 メッセだとこんなにリアクションあるのに、どうして会ってる時は口数減るんだろう。


『ホントは、東京ドームの近くにあるライブハウスだよ。 関係者で入るから、チケット取らないでね』

『おう。 ライブなんて、ショッピングモールで見たとき以来だ』

『その節はお世話になりました』

『そんなことあったな。 まさか美咲だとは思わなかったけど(笑)』

『かわいいと思った? 』

『おっちょこちょいだと思った』


 ぶぅー! なんでそっちなのよ!






 ライブ会場には開場前から行列ができていた。 ざっと見積もって50人はいそう。 まだリハ前だよ!?

 こうやって応援してもらって過ごしてきた一年だったんだな、ってしみじみと思う。 誰が見てるわけではないけど、ペコリと頭を下げて集合場所へ向かった。


 今日来てくれることになったお姉ちゃんと大地に入る場所を伝えて、リハのために楽屋へと向かった。

 そこにはもう三人が揃っていて、あたしのソロステージの衣装を見てニヤニヤとしていた。


「おはよ、みんな。 ナツ、服見てニヤニヤするのはちょっと引くよ」

「ハル! おはよっ。 今日の衣装どう? 」

「ベアトップを選ぶあたりがナツらしいわ。 でも、あたしナツみたいに胸ないんだけど」

「大丈夫! これなら落ちないから。 って言っても、ハルもそこそこあるじゃん? ないのはそっちの二人――」

「うるさい、そんなのただの脂肪の塊よ」

「ナッちゃん酷い! 私だってもうちょっと大きくなる予定なんだから」


 様々な反応を見せながらも、着せ替えを楽しんでいる様子。 この四人でやってこられてホントに良かったな。

 衣装を合わせてみても、落ちるような感じはしないし安心。 そもそもゆったりとした曲調で、激しく踊ることはないからきっと余裕。


 ステージ衣装も一旦合わせて、問題なさそうなのを確認できた。 レッスン着に着替えて、リハーサルだ。


 会場の規模が大きい分 普段よりもスタッフさんの人数も多い。 チケットは完売したそうだから、お客さんもいっぱいになりそう。

 あたしも演者として、できることを精一杯やろう。



 リハーサルが終わって休憩に入った頃、お姉ちゃんからのメッセが入った。


『菊野君と一緒にいるけど、どうすればいいのー? 』

『どこにいる? 行くよー』

『グッズ売ってるテントから駐車場に向かったコーンがあるとこ』

『オッケー! 』


 楽屋口から表に出ると、コーンで仕切られた先に大地とお姉ちゃんがいた。 近くに歩み寄ると、大地は驚いたような表情を見せた。


「なんかやってたのか? 」

「うん、リハーサル。 この後着替えて本番だよ」

「すげーなぁ。 ホントにアイドルなんだな」

「私もそれ思った」


 二人してなんて言い草だろう。 これでも一年間どうにかこうにかやり通してきたというのに。

 それはさておき、こんなところで立ち話していてもなんだから、ということで楽屋口から中へ案内した。


「はい、これ」

「ん? 」

「STAFF証。 これ持ってて『岬千春の関係者です』って言えばとりあえず大丈夫だよ。 今日は知らないスタッフさんも多いから、向こうも勝手がよくわかってないと思う」

「なんか仕事してるって感じで、美咲が大人びて見えるよ」

「全然そんなことないよ。 あたしなんて迷惑かけてばっかりだし」

「そういうところも、さ。 謙虚で周りを気遣ってて――」

「……どしたの、大地? 」

「いや、どうもしてないよ。 ステージ、頑張ってな。 特等席で応援してる」


 大地はそう言って奥の部屋へ引っ込んでしまった。 どこへ行ったらいいのかわからないはずの大地をそのままにするわけにもいかず、お姉ちゃんに今後の流れを早口で説明した。


「ごめん、お姉ちゃん。 あとお願いっ」

「うん、わかった。 ステージ頑張ってね! 」

「ありがと。 お姉ちゃん大好き! 」


 急いで楽屋へ戻ると、軽食を食べ終えたみんなが衣装に着替えようとしているところだった。


「なんだハル、逃げ出したのかと思ったよ」

「そんなわけないじゃない。 ソロでもなんでもドンと来いよ! 」


 内心ドキドキだけど、そんな弱音を吐いていられない。お客さんもたくさん入ってる。 大地とお姉ちゃんだって見にきてる。 この一年で成長したのを見せなきゃ。

 小さなサンドイッチを喉の奥に押し込んで気合を入れ直した。





 本番のステージが始まってしまえば、雑念のようなものはスポットライトの明かりに照らされて影も形もなくなった。

 最初の曲はいつものとおりデビュー曲である『恋のシーズン』。この盛り上がりでステージの可否が決まると言っても過言ではない。 そして今日の出来は上々で、お客さんのみんなの反応も抜群だった。


 セットリストの半分ほどをこなしたところで、トークタイムになった。 あたしはこの時間を使ってソロステージの衣装に着替える。 猶予は数分だからのんびりとしている暇はない。


 ステージ横の控え室で着替えて、衣装の最終チェック。 メイクよし、肩よし、腕よし、腰よし、脚よし。 うん、オッケー。


 最後にぴょんと飛んでみる。

 ベアトップの衣装も問題なし。 ポロリなんてしたら洒落にならないもんね。


 次はあたしのソロ。 アキちゃんが素敵な曲を書いてくれて、フーちゃんが詞を書いてくれて、ナツはあたしが輝くようにと衣装を選んでくれた。 みんなの気持ちを乗せて、歌を届けなきゃ。


 大地が定期演奏会でソロを吹いていたときも、こんなにドキドキしたのかな。 あの時の大地、カッコ良かったな。 しかもあの演奏はあたしへの『プロポーズの言葉』だったってことなんだよね。

 姿を思い出すだけで勇気が溢れてくる。 ましてや、今日はすぐそこで見てくれてるんだ。


 ――見ててね、大地。


 ステージ監督に準備ができたことを伝えた。 すると、ステージ上のアキちゃんへも司令が飛んで、こっちを見て指でオッケーを意味する輪っかを作った。


「それでは皆様お待たせしました! 我らの一番星、千春を私たち三人でプロデュースしました。 千春のソロ、『夏ミカンな恋』をどうぞ! 」


 その言葉を合図に、ステージへと上がった。代わりに三人がハイタッチをしながらはけていく。


  みんなと一緒じゃないステージ。 こんなにも心細いなんて。

 でも、あたしのことを近くで見ていた三人が、あたしのために作ってくれたステージ。 一人だけど、一人じゃないよね。


 流れてくる曲。 アキちゃんがあたしをイメージして紡いでくれた曲。

 もう歌詞見なくても歌える。 だって、前のあたしの気持ちそのものだったもの。




『退屈な学校 キミと目が合った

 たったそれだけで 胸が踊った


 キミが好きだよ その一言が

 どうしても言えずに 刻が過ぎてく


 なんで気付いてくれないの?

 なんで振り向いてくれないの?

 こんなにも こんなにも キミだけを見ているのに


 振り向いてもらえないなら

 いっそ嫌いになれればいいのに


 私の恋は夏ミカン 酸っぱさだけが広がる

 届かない私の想いは 渋い皮に包まれたまま』




 歌い終えた時、会場から大きな拍手と一緒に「ハルー!」とか「千春ー!」って叫ぶ声が聞こえた。 ちゃんと歌えて良かった、と胸をなでおろしていると、ステージの袖からみんなが飛び込んできた。


「ハルっ! チョー素敵! 」

「わわっ、ちょっとナツ」


 抱きつかれた勢いで、ミカン色の帽子が落ちた。 アキちゃんはそのままフーちゃんとのトークに入って、曲と衣装のプロデュースについて話をしていた。


「千春ちゃんは、こんな恋したことあるのかな? 」

「うーん、どうでしょう。 幼稚園の頃なら? 」

「あはははははっ。 いるよねー、足が速くてモテる男の子とか! 」


 ははははは。 つい数ヶ月前までこんな恋でしたけど。 まさかそんなことを、この千人近いお客さんの前で言うわけにはいかない。 ――その恋が成就したなんてことはなおさら。



 そのあとの曲は、一周年記念アルバムに収録した曲も多いからか、すごい盛り上がって熱気は最高潮に達した。

 あたしたちもその熱気に乗せられて、汗だくになりながらパフォーマンスをしまくった。 こんなにもアツいステージは初めてかもしれない。


 いつまででも踊り続けられる気がする。 そんなステージも終わりが来てしまった。 最後にアツシさんがプロデューサーとしてのお礼と挨拶をして、一周年記念ライブは幕を閉じた。

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