最終話 二人の未来

「おはよっ」

「おう」

「もうちょっと喜びを表現してもいいんだよ? 」

「んなこと恥ずかしくてできるか」

「もう、シャイなんだから」

「てめえ」


 久しぶりの学校。 今日から二年生で、後輩たちができることになる。 代わりに三年生だった先輩たちは卒業して、大学生になったり浪人していたりする。


 その三年生だったお姉ちゃんは、彼氏さんのいる大学に見事合格して昨日から大学へと通い始めた。 大学でも吹奏楽のサークルに入ると息巻いていた。


 そんなわけで、二年生最初の日は大地と待ち合わせして一緒に登校することにしていた。 あくびをかみ殺す仕草を見せる大地。 夜更かしでもしてたのかな。


「眠いの? 」

「いや、久しぶりの早起きでリズム崩れてるだけ」

「また授業中寝てちゃダメだよー? またテストで勝っちゃうからね! 」

「そいつはマズイな。 大学受験も他人事じゃないしな」

「そうだね。 一緒の大学行きたいしねー? 」

「美咲、そういうことよくサラっと言えるよな」

「ふふっ。 大地も言ってくれていいんだよ? 」


 からかうように言うと、大地はプイと横を向いて窓の外へと視線をずらした。 繋いだ手はそのままだったから、ただの照れ隠しかな。


 最寄り駅からはさすがに手を繋いだまま歩くのは憚られるから、電車を降りるのと同時に手を離した。 頭ではわかってるけど、手がちょっと寂しい。


 大地の希望でコンビニに立ち寄ってから、見慣れた通学路へと進んだ。 ここは桜並木が有名な場所。 今年の開花は早かったから、もう散り際の木が多くてまさに桜吹雪。


 ピンク色のトンネルの中を、大地はコンビニで買ったカフェオレを飲みながら歩いていた。


「あたしにもちょっとちょーだい」

「ん、ほら」


 何回か二人でお出かけした春休みの間に、ペットボトルの飲み物なんかは自然とシェアするようになっていた。


 なのに大地ってば「好きだよ」って言葉にしてくれることはほとんどない。 それでも、行動の端々からあたしのことを大切にしてくれてるっていうのは感じられるようになった。


 ホントに表現するのが苦手なんだから。 でも、それでこそ大地。 きっと他の人にはわかってもらえないいとおしさを感じながら、預かったペットボトルを返した。


「ねぇ、大地。 今日、終わったらウチに来ない? 実力テストの勉強一緒にやろ? 」

「お、いいな。 今日は部活も新入生歓迎のが終わったらフリーだし」

「そいじゃ決まりね! 」


 午後の約束もできたところで、丁度校門が見えてきた。 見慣れているはずなのに素敵に感じるのは、大地と一緒にいるからなのか、それとも二年生になって気分的に余裕ができたからなのか。

 

 

 教室に入ると、座席表が黒板に貼り出されていた。 大地の名前、それに友紀も。 あたしは……と、いた。 窓際の一番前の席。


 座席は五十音順になっているだけのようで、後ろの席は平野君という会ったことない人。 あたしは自分の席にカバンを置いたところで、その平野君の席の主――ではなく、友紀が座ってきた。


「菊野と一緒だったの? 」


 そうだった。 友紀にまだ話してなかった。 あたしと大地も付き合い始めたんだ、って。 友紀はいったいどんな反応をするだろう。


「あのね、春休みから付き合い始めたの。 それで駅も一緒だから」

「なんだー。 やっとくっついたか。 美咲はともかく、菊野はわかりやすいもんね」

「え、そうなの」

「うん。 美咲にだけ妙に優しい」

「そうなの? 大地が他の女の子と話すとこなんてなかなか見ないから」

「いやん、恋は盲目ね」

「それ使い方違うでしょ」


 友紀はチラチラと大地とあたしを交互に見ながらニヤニヤとしている。 そんな時に隣の席に人がやってきた。


「うぃーっす」


 隣にやってきた長身の姿は見覚えがあるもので、あたしとナツの関係を知る人だった。


「あれ、タケじゃん。 同じクラスだったの」

「お、友紀。 お前席そこ? 」

「ううん、私は一番後ろ。 美咲がここ」

「お、マジで!? 春山さん、よろしく! 」


 別によろしくすることなんてないけど、という言葉を飲み込む。 わざわざ喧嘩を売る必要はない。 それにしても、友紀と中山くんが妙に親しげで、そっちの方が気になる。


「うん、よろしくね」

「おっしゃ、やる気出てきた」

「タケ、アンタ何言ってんの? 」

「んじゃ、隣の席になった記念でデートしよう」

「無視すんな! 」

「なんだ友紀、邪魔すんなよ」

「ふんっ」


 友紀が背中をバシンと叩くと、グッと唸るように声を出して席にカバンを置いた。 そして、そのまま教室から出ていってしまった。


「友紀と中山くんって名前で呼び合うような仲だったの? 」

「あー……えっと、一時期付き合ってた時代があってね」

「ええっ! 初耳! 」

「中学の卒業間際から高校の最初だけね」

「そうだったんだ。 なんで別れたの? 」

「アイツってホラあんな感じだから、中学の時からいつも周りに女の子がいてさ。 それで私が癇癪起こしちゃって。 別に浮気とかしてたわけじゃないんだろうけどさー。 わかるでしょ? 」

「うーん。 不安に思う気持ちはわかるかも」


 意外な事実に心底驚いた。 まさかの元カレだなんて。 少しだけ中山くんと友紀のイメージが変わったのを感じつつ、始業式が終わって初めてのホームルームになった。


 クラス委員や文化祭の実行委員、生徒会委員なんかの役員が続々と決まっていくなか、あたしは役職を与えられることなく終わった。 土日忙しいからありがたいんだけどね。


 ホームルームが終われば、今日はもう放課後。 明後日からは実力テストだから勉強もしておきたい。 そう思って帰り支度をしていたところに、担任の細井先生から声をかけられた。


「春山さん、校長先生が部屋に来て欲しいそうですよ」

「そうですか。 では校長室に伺います」

「よく呼ばれるのですか? 」

「いえいえ。 学期ごとに1回くらいでしょうか」

「一緒に行きましょうか? 」

「大丈夫ですよ。 以前聞いていただいた相談ごとのことだと思いますので」


 そう答えると細井先生は小さく頷いて教室を出て行った。 ぐるりと教室を見回してみたけれど、早々に帰れるとあってほとんどのクラスメイトは引き上げた後だった。 大地の姿もないから、きっと部活に行ったんだね。


 校長先生の話は前と変わらず、一言で表すなら『二年生でも頑張って』といったところだった。 それなのに、なんで一時間も経っているんだろう。 確かに、副校長や三年生の進路指導の先生がやってきたのもあるけどさ。


 とてもいい人なんだけど、話が長すぎる。 不満のぶつけ先もないままカバンを取りに教室へ戻ると、そこには友紀の元カレで学年でもトップクラスのモテ男さんがいらっしゃった。


「あれ、春山さん帰ってなかったの? もしかして俺を待っててくれた? 」

「そんなわけないでしょう。 早いところ帰って勉強しなきゃならないの。 学生ですもの」

「うひゃ。 俺も春山さんと一緒に勉強するならやる気出るのに」

「軽口はいいから。 だいたいあたしじゃなくても、いくらでもいるでしょうに。 ほら」


 そういって見た先には、あたしの知らない女の子が二人、後ろのドアの脇でキャイキャイ言っていた。 中山くんが手を振ると、一層大きい声で「キャー」と言って走り去って行った。


 あたしはカバンを手にして、廊下へと向かった。 外ではユニフォーム姿で声をかけている部員と、真新しい制服に身を包んだ一年生の攻防が繰り広げられている。

 さっきの光景を見て、友紀が言っていたことがよくわかった。 でも、大地に限ってそんなことは――。


 ……あった。


 眼下には楽器を持った大地が、女子何人かに囲まれている。 大地は喜んでいるというよりは、女性恐怖症を絶賛発症中で、困惑しきった顔をしている。


 とりあえず現場を押さえた証拠写真を撮った。 さて、クギでもさしに行こうかな。

 

 友紀が言っていた、女の子にいつも囲まれる状況は、まさに吹奏楽部そのものだった。 友紀が失敗したようなことにならないようにしなきゃ。


 そんな思いが伝わったのか、大地がこっちを見た。 困惑の表情がより一層強くなる。


 ――いいこと思いついちゃった。


 靴に履き替えて校門に向かうと、大地がいるところにさしかかった。


 眼鏡を外せば、そこまで地味っぽさはなくなる。 アイドル用のメイクをしてなくたって、後輩の女の子たちへの牽制にはなるだろう。 息を吸って、普段とは違う、ライブでMCをする時の声で言ってやった。


「大地、先に帰っておウチで待ってるね! 」


 そして、一年前から必死で練習したウインクをお見舞いした。

 眼鏡かけてないから大地の表情はよくわからないけど、きっと慌ててるんだろうね。 歩みを止めずに通り過ぎたら後ろから名前を呼ばれた。


「お、おい、美咲っ」


 今度は眼鏡をかけて振り向いて、舌をペロっと出した。 女の子に囲まれてデレデレしたら怒っちゃうんだからね。


 また校門へと歩き始めると、背中の方では女の子たちがキャイキャイと騒いでいた。 任務完了ミッションコンプリート



 

 シュークリームを焼いていたオーブンがチンとなった。 これに、別で用意したカスタードクリームを詰めれば出来上がり。

 うちについて着替えてから作り始めたから、およそ2時間ほど経ったのかな。 できあがるのを待っていたかのように、インターホンが鳴った。


「みぃさぁきぃ~」

「きゃーっ」


 おふざけをしながら、大地をリビングへと案内した。 そして、できあがったシュークリームでご機嫌をとる。


「はい、愛情たっぷりのシュークリームをどうぞ」

「お、うまそう。 いただきまーす」


 本気で怒っているわけではないだろうから、あっさりとシュークリームに意識がいった大地。 もう一つあったあたしの分も、ペロリと平らげてしまった。



 あたしの部屋に移動して勉強道具を出したはいいものの、勉強なんてすぐに始まらなかった。


「囲まれてデレデレしてるように見えたもん、ほら」

「どう見たって困惑してるだけじゃん」

「そだね」

「わかってたんかい。 んじゃなんであんなこと――」

「だって大地がそう思ってなくても、向こうはわかんないでしょ。 可愛い彼女がいるんだぞ、って見せておかなきゃ」


 大地がデレデレするようなことはなかったから、それは一安心。 けど、相手がどう思ってるかなんてわからない。


「アイドル活動のことがバレたらどうすんだよ」

「そんなことよりも、吹奏楽部に可愛い女の子いっぱいいることの方が心配だもん」

「俺は美咲しか見てないってば」

「大地のことは信じてる。 でもね、女の子は時々すごいパワーを発揮する時があるから。 大地も隙を見せたりしないでね」


 彼女がいるかどうかなんて関係ない、っていう人たちは一定数いる。 大地がそんなのに靡くなんて思いたくはないけど、あたしは大地を手放したくはないから可能性は少しでも排除しなければ。


「お、おう。 わかったよ」

「わかればよろしい。 んっ」


 目を閉じて唇を突き出すと、最近では割とすぐにキスしてくれるようになった。 やっと慣れてきたのかな。


「大地、大好き。 ずっと一緒にいようね」

「ん、そうだな」



「好き」って口にするのはまだまだ慣れてないみたい。 これから、いっぱい言って慣れてもらわなきゃ。



 そんなこれからのあたしたちを象徴するかのように、サメとコツメカワウソのぬいぐるみたちが寄り添っていた。

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