after story 第2話 クラスマッチ
ゴールデンウィークは毎日のようにイベントが入っていたけど、最終日だけは大雨でイベントが中止になっちゃった。 でも、大地も部活の後なら空いてるっていうから、ウチに来てもらうことになった。
「こないだの記念ライブすごかったな」
「うん。 あんなに盛り上がったの初めて」
「ビックリしたわ。 ソロも良かった」
「そういえば、大地。 ソロの曲のとき、美咲って言ったでしょ」
明らかに焦りの顔を見せる大地。 まったく!
「違うよ、こうだよ、こう」
『岬』の文字を書いてみせる大地。
「また、下手な言い訳して。 あの時それで大地見つけちゃって、そのあとそっち向かないようにするのに大変だったんだから」
「悪い悪い。 なんかさ、美咲があまりに輝いててさ、思わず叫んじゃったんだよ」
「何それ。 でも嬉しい」
輝いてるだなんて、嬉しい言葉だった。 大地さえいてくれればいい、そう思う気持ちもあるけれど、アイドルとしても 輝いてるというのは最高の評価。
「なんて素敵な言葉なの〜? なんて心踊る言葉なの〜?
これがもし〜 これがもし〜 夢じゃないから覚めなーい♪」
「ちょっとあんたたち、イチャイチャするなら外でやってよ! こっちは課題に追われてるんだから! 」
「ひゃっ!? 」
ゴールデンウィークに旅行に行っていたお姉ちゃんは、課題か終わらずに焦っていた。 あたしのせいじゃないのに。
連休明け、いつものように学校へ行こうと駅に向かった。 今日も大地と待ち合わせ。 口だけ『おはよ』と動かして、大地のそばへ駆け寄った。
大地はあたしを見ては何やら思案げ。 どうしたのかと思ったら、いきなり甘い言葉が飛び出した。
「やっぱり美咲のこの柔らかい感じの雰囲気が好きなんだよな」
「えっ、大地、朝からどしたの? 」
「やべ、声が漏れてたか。 学校モード久しぶりに見たから色々考えちゃった」
大地がまさかこんなこと言い出すなんて。 いままでだったら「そんなこと言えるか」とか言ってはぐらかすのに。
「なんだ。 愛を囁くスタイルに宗旨替えしたのかと思った」
「そんなん恥ずかしくてできるか。 だいたい学校では秘密にしておこうって言ったのは美咲だろ? 」
「だって、先生たちはあたしが『千春』だって知ってる人がいるわけだから、大地と付き合ってるのがどう伝わるかわからないじゃない? 」
「そりゃ、わかってるよ。 だからそれをどうこうは言ってないだろ? でも俺だって、可愛い彼女ができたって自慢したいんだよ」
「ーーもう。 まぁ、大地が信頼できる人だけね。 絶対仕事のことは話しちゃダメよ」
「もちろん。 そんなことしたら、美咲と一緒にいられなくなっちゃうだろ。 そんなのは絶対に嫌だ」
「ありがと」
今日は最高の日。 だって朝から大地が可愛いって、好きだって、一緒にいたいって言ってくれたんだもの。 嬉しくなって大地の腕に絡みついた。
今日はクラスマッチという名の球技大会。 全員参加じゃないのがまだ救い。 ダンスはだいぶ上手くなったと思うけど、球技はどうしても苦手だから。
友紀も応援組だったから、一緒に大地や山田くんの応援をしようと約束をしていた。 最初は4組の試合があるから山田くんの応援。
山田くんはいかにもスポーツマンなだけあって運動神経も良く、野球経験者を差し置いて四番を任されてた。
「カズー! 頑張ってー!! 」
友紀は大声を張り上げている。 恋人関係を隠す必要がないからこそできる芸当。 ちょっと羨ましい。
4組の試合はあっという間に終わった。 5回コールド、10対0。 ピッチャーもすごかったし、山田くんは全打席でヒットを打ってた。 ウチのクラスはここに勝てるのかな。
そう思って、引き続きの5組の試合も見ていたけれど、こっちはこっちで点を取りまくり。 こちらも15対1のコールド勝ちになっていた。 ちなみに大地は、ふらりと上がってポトリと落ちたヒットの一本。 山田くんと比べると……ううん、大地の魅力はそこじゃないもんね!
こんなこと言ったら怒られてしまいそう。 この思いは胸にしまっておかなきゃ。
次の試合は5組と4組の直接対決。 バックネット裏付近にいれば両方応援できるかと思ってたけど、そこには中山くんや山田くん目当ての女の子が学年問わずにたかっていた。
山田くんは友紀と付き合い始めてからすこし落ち着いたみたいだけど、中山くんとともに学年トップを争うモテ具合だったんだ。 その二人が直接対決なんだからこの熱狂っぷりも頷ける。
友紀って、中山くんが元彼で、山田くんが今彼とか、とんでもない経歴の持ち主ね。 実は一番すごいの友紀じゃないかしら。
結局バックネット裏は諦めて、5組が陣取った三塁側のベンチ裏にやってきた。 試合はさっきと打って変わって緊迫した投手戦。 さすがの山田くんも中山くんの球は打てないらしく、悔しそうな表情を見せていた。
そんな中、最終回の裏の攻撃になって突破口を開いたのは大地のバットだった。 コーンという金属バットの音が聞こえたかと思えば、ボールは広い校庭を転々としている。
外野の人が追いついた頃には、大地は二塁に到達していた。
「三塁行け!行け!」
ベンチからの声に大地は嫌そうな顔を隠さずに三塁まで走っていた。
その顔に思わず笑いが出てしまった。
それなりの距離を全力疾走して、息を切らせた大地。 ある意味貴重な光景かもしれない。
でも大地が大チャンスを作ったのは事実。 あたしは小さく賛辞の拍手を送った。
まだ肩で息してるな、なんて思っていたら、ランナーは次々と溜まっていって満塁のチャンスになっていた。 そして、バッターには中山くん。 流石の役者だね。
キィン!
大地の時とは違って、鋭く甲高い音が鳴った。 ボールを見失ったあたしに、隣にいた友紀がボールの行方を教えてくれた。
「あそこ、外野」
「あ、見つけた。 落ちてくる」
「この後タッチアップ。 菊野、帰ってくるかな」
「タッチアップ? 」
「菊野が走るってこと」
え? と思って大地を見たのと同時にパンと音が聞こえて、大地がホームに向かって走り出した。
大地がホームに向かって走るのを見ていたら、目の端に白い物体が横切った。 その物体は大地にまっすぐ向かっていき……頭を直撃した。
ーーー! 大地!?
大地はそのあとホームベースへ倒れこむようにして滑り込んだ。 腹でスライディングをして、数秒後、球が当たったところを押さえつつ起き上がった。
大丈夫なの!?
駆け寄りたくても金網が邪魔して向かうこともできない。 ホームに向かおうとしたけれど、今度は人だかりが邪魔をしてグラウンドの中にたどり着けない。
ーーーもう、邪魔!
もたもたしているうちに、大地の側へ駆け寄ったのは山田くんをはじめ4組の男子たちだった。 山田くんと大地は何やら話しながら、並んでグラウンドから出ていった。
「カズがついていったね。 保健室かな? 」
「そうだよね、きっと」
「ちょっと見てくる……」
「私も行くよ」
人混みを掻き分けて校舎に向かった。
傍らに大地を差し置いて大喜びするクラスメイトを見ながら。
保健室に着いた時にはちょうど山田くんが出てきたところだった。
「あれ、カズだけ? 」
「おう、大地は少し休んでけって」
「そっか。 じゃ邪魔しない方がいいね。 美咲どうする? 」
「あたしはなんか飲み物でも買ってこようかな。 二人はこの後一緒でしょ」
「うーん、そうね。 でも美咲は? 」
「あたしは自販機とこ行くから。 気にしないで」
そう言って、自販機のある食堂の方へ向かった。 ペットボトルのスポーツドリンクを買って、再び保健室へとやってきた。
「失礼します」
「あら、どうしたの」
「あの、菊野くんて来ましたか」
「うん、そこで休ませてるわよ。 そだ、ちょっと留守預かってもらえるかしら。 薬屋さんの納品が来てて行ってきたいのよ」
「もちろんです」
保健の先生は承諾の返事を聞くなり、ペンケースを携えて出ていった。
カーテンに仕切られた先のベッドを覗くと、大地が口を開けて寝息を立てていた。 油断しきった姿がなんとも愛しい。 ベッド脇にある丸椅子に腰掛けて、寝顔をしばし眺めていた。
大地は運動がさほどでもないのに、なんでこんなに頼りになるんだろう。
背がそんなに変わらないはずなのに、どこにパワーを秘めてるんだろう。
自分のことよりもあたしを大切にしようとしてくれるその気持ち、ちゃんと受け取ってるよ。
いつもありがとう、大地。
その時だった。突如として外から風が吹き込んだ。 長いカーテンが大地の顔を撫でる。
大地は半目を開けて天井とにらめっこした後こちらを向いた。
「大丈夫? 」
「あれ、美咲、来てくれたんだ」
「だって、頭に当たってて気が気じゃなくて……」
「ちょっと痛いけど、大丈夫かな。 ありがとう」
頭を打ったから大丈夫か心配だったけど、大丈夫そうで本当に良かった。
「先生、お邪魔しました。 戻りますね」
「はいはい。 菊野くんも? 」
「はい」
扉を開けて外に出ると、廊下は西日が入ってきていた。 クラスマッチももうほとんど終わってるみたい。
「野球ってどうなったんだ? 」
「あ、あのあと見てないからわかんない……ごめん」
「いいのいいの。 見に来てたから知ってるのかと思って」
「大地いなかったら行く必要ないもん」
そう言うと、大地はにっこり笑って手を繋いできた。 大地から手を繋ぐだなんて珍しい。 でも、嬉しかったからそのまま握り返した。 こんなところ見られたら一発でバレちゃうな、なんて思いながら。
教室に入ると、黒板には『野球 二年の部 優勝!!』と書かれていた。 決勝も勝ったみたいだね。
あたしたちが教室に戻るのを待っていたかのように、細井先生が入ってきた。 そしてホームルーム、じゃなくて祝勝会みたいなことが始まった。 急いで自分の席に向かう。
「やったなお前ら。 野球出たやつ全員立って前に来い! そんで一言ずつ言え! じゃ菊野から順番に」
いきなりの無茶ぶりに、またしてもうんざりした表情を見せる大地。 しかもトップバッター。
「え、俺すか。 んじゃ、邪魔になる前に休めて良かったです」
「お前なに言ってんだ。 準決勝は菊野のタッチアップだろ。 よくやった」
先生は大地の活躍もちゃんと見てたんだね。 やるじゃん先生。 続く他の人たちの話はよく聞いてなかった。 ごめんなさい、みんな。
最後は一番目立っていて、なおかつ活躍していた中山くんだ。 一部の女子たちが色めき立っているし、やっぱり学年トップクラスのモテ具合を見せつけられた。
逆にこれだけモテるのに特定の相手を作らないのは何か理由でもあるのかな。 ま、興味ないけど。
「俺、今回優勝できたら言おうと思ってたことがあるんです。 いいスカ、先生? 」
「お? 好きにしろ」
「それじゃ、ふぅ」
んんっ、と咳払いをして、中山くんは何故かこちらを向いた。
「春山美咲さん! 」
はい?
「春山さんが好きです! 俺と付き合ってください!! 」
ーーえっ?
何を言ってるの? あたしを好きだって言った?
何を考えてるの? いつも言ってた「デートして」っていうのも本気だったってこと?
あたしは大地とお付き合いをしているんだから、当然中山くんと付き合う気はさらさらない。 だけど、いかんせんナツとのことを知られているのがよくない。 変な断り方をして言いふらされたりするのも困る。
それにごく親しい人にしか付き合ってることを話していないから、彼氏がいるという断り文句もちょっと……。
どうやって断ったらいいの、と思って中山くんを見ると、キラキラとした目があたしを捉えていた。 一方の大地は、呆然とした表情でこちらを見ていた。
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