第44話 大吉
どこかの山寺が映っている画面を見ていたら、新年まで三十秒を切っていたらしく、テレビの画面ではカウントダウンが始まっていた。
大地へ連絡するとしたら、この機会を逃したらいつになるかわからなくなる。
そう思ってスマホを開いて、大地へメッセを打ち始めた。
『あけましておめでとう。 今年も、今までどおり仲良くしてね』
こんなところかな。 無難といえば無難だけど。
カウントダウンが0になるのと同時に、送信ボタンを押した。
一緒にテレビを見ていたお母さんとお姉ちゃんに新年の挨拶をしていたら、スマホが鳴り出した。 でもメッセじゃない、電話だ!
画面には『菊野大地』と表示されている。
「そ、それじゃ、おややふみなさい! 」
――噛んだ。
そんなことお構いなしに、鳴り続けているスマホを持って自室に駆け込んだ。
「もしもし? お待たせ」
「ごめん、突然電話で」
「ううん、大丈夫」
「あけましておめでとう。 今年も、その、よろしく」
「あけましておめでとうございます。 こちらこそよろしくね」
「――ごめん、なかなか連絡できなくって」
久しぶりに聞いたその声は、乾いた気持ちに潤いをもたらしてくれた。 高熱ですっ飛んでいった水分が利息と一緒に返ってきた感じ。
「大地ってば、新年から謝ってばっかり 」
「悪い。 ……ってまた謝っちった」
「ちょっと――避けられてるのかな、って思っちゃった」
ちょっと……じゃなかったんだけどね。 結局、待ち切れずにあたしから連絡してしまったけれど、それでもメッセじゃなくて電話をかけてきてくれたのが嬉しかった。
「違う、避けてるつもりなんてないんだけど、きっかけ掴めなくって」
「そうだったの? 待ちくたびれて泣いちゃったよ」
「えっ、あ、その、ごめん」
焦ってる焦ってる。 このくらいの冗談は許してもらおう。
この感じがちょっと懐かしくて、くすりと笑いがこぼれてしまった。
「ふふ、冗談だよ。 良かった、また大地とお話できて」
「冗談キツいよ。 体調崩したって? 」
「ちょっと前に熱出しちゃって。 もう今は大丈夫」
「まぁ、その、元気になってな」
「うん。 ありがと」
日付が変わったところで夜も遅いし、電話は早々に切り上げた。
でも眠気は一向にやって来ず、ふわふわしたような気持ちのままスマホの画面を操作していた。
目を覚ました新年最初の朝、もう亡くなったお父さんの方も含めて両家へ挨拶に行った。 親戚が大勢集まるといったような行事は両家ともなく、挨拶もそこそこに引き上げてきた。 病み上がりっていうのも考慮に入れてくれたんだと思う。
お母さんは親戚へあたしのアイドル活動を話していないらしく、騒がれたりせずに済むのは本当にありがたい。 ただ単に騒がれるほど知られてないだけかもしれないけど。
翌日は、例年通り家族での初詣に向かった。 駅の北口からバスに乗ると十分ほどの場所にある神社は、交通安全や恋愛成就にご利益があると言われている。 テレビの中継なんかもよく来ていて、よく紹介されているお蕎麦屋さんには長蛇の列ができていた。
列の先頭まで来たところで、手のひらに乗った小銭を賽銭箱へ滑り落とす。 礼儀になっている二礼二拍、までしたところで目を閉じた。
――今年も平和に過ごせますように。
――大地と、もっと仲良くなれますように。
顔をあげて最後の礼をして、そそくさと列の横へと逃げてきた。 行列を眺めるとさっきよりも列が長くなったように感じる。 きっと並んでる間にも人が続々とやってきて、列を伸ばしているんだろね。
行列の横を最後尾に向かって歩いていくと、絵馬やおまもりが並んだ建物が見えてきた。 今年のおみくじはどんなかな、なんて考えながら何気なく行列を横目に砂利道を歩いていた。
と、その時だった。 目に入ったのはスマホをいじっている大地で、自分の口から言葉が飛び出ていくのを止めることができなかった。
「あっ、大地」
大地はスマホから目を離してあたりをキョロキョロと見回していた。
――もしかして聞こえた?
それほど大きな声じゃなかったと思うのに、大地には声がとどいていたんだろうか。 そんなことを思っている間に、お母さんとお姉ちゃんの背中が遠ざかっていく。
いけない、いけない。 これだけの人混みではぐれたら大変。
慌ててその背中を追いかけた。
どうにか追いついたのは、もう巫女さんが立っている建物にたどり着く直前だった。
あたしはいつもの学業お守りをお願いし、受け取ったその足でおみくじを引きに向かった。
百円玉を小さな賽銭箱に入れて、棒がたくさん入った箱を逆さまに振る。 しゃかしゃかと何度か音を鳴らした後、一本の棒が顔を出した。
そこに書かれた数字は、三番。
さて、本年の運勢やいかに!
『第三番 大吉
……
勉学 安心して勉学に励むこと
……
仕事 望んだ結果が得られるであろう
……
恋愛 邪魔が入るが叶う。 自分を磨くこと
…… 』
おお、何年か振りの大吉だ! 書いてあることも全体的にいいけど、『邪魔が入る』ってなに?
でもまぁ、叶うっていうなら頑張れる。 でもどっちの姿で叶うかまでなんてわからないから、結局どうなるのかはわかんないな。
マジマジとおみくじを眺めてから、折りたたんでポーチへと仕舞い込んだ。 毎年恒例となったお蕎麦屋さんは、今年も少し行列ができていたけど、お店の外までは伸びていなかった。
あたしはここのとろろそばが大好き。 メニューを見ることなく注文を済ませて、さっきのおみくじをまた眺めていた。
「美咲、さっきから見すぎ。 そんなにいいこと書いてあった? 」
「ええ~だって久しぶりの大吉だったんだもの。 転居以外は全部いいこと書いてあるんだよ? 」
「ひゃーうらやましい。 私なんて受験の年に小吉だというのに」
お姉ちゃんの恨み節を聞いていたら、助け船を出すかのようにお蕎麦がやってきた。
粘り気の強いとろろが風味豊かなお蕎麦と絡み合って口の中に飛び込んでくる。 高尾山の時に食べたお蕎麦もよかったけど、やっぱりここのお蕎麦はおいしい。
つるつるとお蕎麦を楽しんでいたときに、お姉ちゃんが声をあげた。
「あれ、菊野君じゃん」
菊野くん? って大地?
声につられて顔を上げると、そこには驚いた顔をした大地が立っていて、あたしも至近距離での登場に声を失ってしまった。
「あっ、美咲! あけましておめでとう」
「あけましておめでとう、大地」
電波越しじゃない新年のあいさつをしながら、これはもう運命じゃないかしら、なんて考えてしまった。 少女みたいな思考回路におかしくなってしまう。
「ちょっと、私もいるんですけど」
「あ、先輩もあけましておめでとうございます」
「あなたが菊野くんね、はじめまして。 美桜と美咲の母です」
「はじめまして、菊野大地です。 美咲さんと、先輩にはいつもお世話になってます」
あたしとの会話に続いてお姉ちゃんやお母さんと挨拶した大地はあたしへと向き直り、小声で話しかけてきた。
「さっき、参拝の列のとき、呼んだ? 」
「呼んだつもりはなかったんだけど、見つけたときに呟いちゃって」
「やっぱりそうだったか」
「すごいキョロキョロしてたよね、大地」
ちょっと口にしちゃっただけなのに、ちゃんと聞こえてたんだね。 モールでスマホ無くしたときもバイブも聞き分けてたもんね。 大地って地獄耳?
そう思ったらおかしくなってきちゃって、笑いが漏れた。
「美咲はもう食べ終えてるのよね? 」
「うん」
「それじゃ行きましょうか」
「はーい」
「ほーい」
最後に空っぽになったお蕎麦の器に手を合わせて、帰り支度を始めた。
「また学校でね」
大地へ小さくバイバイと手を振って、後ろ髪引かれる気持ちを心の奥へ押し込めてお母さんについていった。
振り向くのはやめた。 また席に戻りたくなっちゃうから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます