第21話 ……バカ

「お母さん、ごめんなさい。 スマホを壊しちゃって」

「どしたの!? これ」

「道路で落として、そのまま車に踏まれて……」

「ケガとかはしていないのよね? 」

「うん、それは大丈夫」

「わかったわ。 それじゃ近いうちに買いに行きましょ」

「そ、それでねお母さん、月曜日が振替休日だから、そこで一人で行ってこようかな、って」

「一緒じゃなくて大丈夫なの? 」

「ほら、平日だし、空いてるし。 いざとなったら相談に乗ってもらうから」

「誰によ」

「店員、さん? 」

「ふぅん。 まぁ、わかったわ」


 うまくごまかせたかな……?

 でも、悪いことしてるわけじゃないし。 ね!


 壊れたスマホからSIMカードを取り出して、前に使っていたスマホに差してみた。

 電源を入れてみてもうんともすんとも言わない。


 仕方ない、とお姉ちゃんの部屋に向かった。

 お姉ちゃんにはうちに帰ってすぐにスマホが壊れちゃったことを話していた。そしたら、自分のお古が使えなかった時は貸してくれるとのことだった。


「お姉ちゃん、こないだ買い換えたスマホのお古ある? 」

「うん、あるよ。 昔のやつ動かなかった? 」

「うん、ダメだった。 お姉ちゃんのなら動くかな」


 お姉ちゃんは、わりと最近買い換えたからお古といっても最近まで使っていた機種。 あたしのよりは新しいから動くんじゃないかと期待が高まる。

 引き出しから出してくれたスマホは充電残量表示が一桁だったけど、あたしのSIMカードをちゃんと認識して動いてくれた。


「月曜日に買いに行くつもりだから、そこまで貸して? 」

「はいよー。 電器屋さんだよね。 一緒に行こっかな」

「あ、えっと――」

「誰かと行くの? お母さんは仕事だもんね。 お友達? 」

「うん、そんなとこ」

「はは〜ん、男だね? 」


 ぎくり。

 何でわかったんだろう。 そんなに顔に出てるのかな。


「美咲もそんな歳になったのかぁ。 恋する乙女だねぇ」

「そんなんじゃないってば! 」

「美咲、あんたって結構わかりやすいから気をつけなよー」

「そんなことないもん! 」

「はいはい」


 こういう時は何を言ってもお姉ちゃんには勝てない。 こうなったら、戦略的撤退だよ!


「スマホ、借りてくね。 おやすみなさーい」

「はいはい。 おやすみ〜」






 翌朝、お姉ちゃんは模試があるからと、家を先に出て行った。 あたしは別にゆっくりでもよかったんだけど、結局いつもの電車に乗ることにした。


 駅に向かっていると、談笑しながらやってくる男女がいる。 一人はあたしの隣に座る彼。 もう一人は、彼女……ではなさそうだから妹さんかな。 二人は並んで歩きながら、こちらには気づくことなく改札を抜けていった。


 下りのホームに着いた時、大地は一人で電車を待っていた。 気づかれないように回り込みながら後ろに立った。



「妹さん? 」

「わっ!」


 急に大きい声を出すもんだから驚いちゃった。 おどかしておいて驚いてたら世話ないね。

 大地は周りからの視線に肩をすくめながら、小さな声で答えた。


「そうだよ。 つーか、びっくりさせるなよ」

「ふふ、ごめんね。 今日っていつもより早い? 」

「そうだな。 夢見てベッドから落ちて早起きしちまった」

「そうなんだ。 どんな夢? 」


 大地の目を見ていたら、視線が下に落ちた。

 胸? さては大地、エッチな夢でも見たのね。 女の子は視線に敏感なんだから、気をつけなきゃダメよ、大地くん。


「別に大したこっちゃないよ」

「言えないような内容なの? 」

「違うっつーの」


 エッチな夢だもんね。 言えないよね、それは。

 期せずして二人っきりになれたし、いまのうちに月曜日の約束をしなきゃ。


「スマホ買うの、月曜日の振替休日に行きたいんだけどついてきてもらえないかな? 」

「月曜日なら部活もないし、いいよ」

「ありがと。 やっぱり菊野くんは優しいね。 今日は美桜姉ちゃんのお古を緊急で借りてきたんだけど、やっぱり動きが遅いし早く買いたくって」

「わかった。 んじゃ待ち合わせは、噴水広場のとこでいいかな? 」

「うん。 メッセのIDももう一回きいてもいい? 」

「ああ、そうか。 そこは復元できてないのか」

「そうなの。 他の人の連絡先は、月曜日までお預けだね」


 日頃からメッセをするのは友紀とナツ、それに大地。 友紀は今日聞けばいいし、ナツは仕事スマホからでも連絡できる。 とりあえず月曜日でも問題なし。



 この時間は登校するには少し早いから、普段だったら人は少ない。 今日は人が多いのは、明日に迫った文化祭の準備のためなんだろうね。


 昨日、大地に抱きしめられて助けられた現場の交差点にも、信号待ちの生徒たちがたまっていた。


 

 こうやってあらためて現場に来てみると、それなりに人通りがある。 周りを見てる余裕がなかったけど、昨日のこと誰かに見られてたりしないよね!?


 思わずキョロキョロと辺りをうかがってみたけど、昨日入ったカフェくらいしかお店はない。


 まぁ大丈夫かな、と安堵して大地を見たら、大きな口を開けてあくびをしていた。



 一人で舞い上がって、慌てて、ドキドキして、バカみたい。

 そう思ったら、理不尽な怒りが込み上げてきた。



「大地の……バカ」

「ん? なんか言ったか? 」

「なんにも」



 大地が悪いわけじゃないけど、なんだか悔しかった。

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