第22話 二人っきり大作戦

 今日からはプレオープンで、準備ができたところから始めていいことになっている。 ただ、食べ物系のクラスはほとんどやらないみたい。 ドーナツ屋さんをやるウチのクラスも、今日は確認だけに留めて、実際に売り物を出すことはしない。


 あたしも準備のために裏手に回っていたら、友紀が目を輝かせてやってきた。


「みっ、さっ、き! このあとプレオープン見てまわるでしょ? 」

「うん、そうだね」

「一緒に行こ! できれば、山田も誘いたいんだけど、協力してくんない? 」

「お客さん、わかってますって。 多分山田くんは菊野くんと一緒だろうから、四人で一緒に周るように仕向けるでしょ。それで途中で菊野くん連れ出して、別行動って感じでどう? 」

「え? そこまでしてくれんの? ありがと美咲っ! 」

「あたしにできるのはここまでよ。 報告を楽しみにしてる〜」


 なんて言ってるけど、実は自分のためでもあったりするんだけどさ。


 レシピも材料も大丈夫そうだし、あたしの仕事はここまでかな。 そう思って表に出てきたら大地と吹奏楽部のノッポくんが喋っていた。

 どうやら議題は昨日大地が話していた、ソロのワンフレーズのことみたい。


「ダイチ、結局ソロの曲決めたん?」

「まーな。 でも言わねーぞ? 」

「何でだよ!もったいぶるなよ」

「世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」

「何吹くつもりだお前」


 今年のコンサートはあたしも関係者だよ、と思って会話に入ってみた。


「吹奏楽部のコンサートは、今年は一段と盛り上がりそうだね」

「そうか? 」


 え? あたしたちってそんなに魅力ない? ああ、久しぶりにショック。 大地に言われると余計に……。


「本気で言ってんのか? ダイチ」

「ん、まぁ。 去年も中学のやつと一緒に来た時も、楽しかったけど吹奏楽に興味ない人が盛り上がる感じでもなかったけど」

「だって、去年と違って今年は・・・」


 ちょっと悔しくなって食い下がってみる。 でもノッポくんに止められた。


「春山さんストップ。 ダイチさては今年のコンサートの目玉聞いてないな? 」

「目玉? 何だそりゃ」


 え? 大地わかってないの? ホームページでも告知したのに! ってわざわざ見ないか。


「ふはは。 世の中には知らない方がいいこともあるってことよ」

「なっ!? 」


 どうやら舌戦はノッポくんに軍配のようだね。

 ちょうど友紀が出てきたところで、ノッポくんは自分のクラスへ戻っていった。


「終わったの? 」

「うん、終わり。 んじゃ、行こっか」


 目配せして、頷く。 隣を見れば、同じように移動しようとしていると山田くんがいた。


「菊野くんに山田くん、あたしたちもプレオープン行くんだけど一緒に行かない?」

「男2人で寂しく見るよりいいっしょ!? 」


 ちょっと友紀、張り切りすぎ! あたしまで肉食系みたいじゃないのっ。


「どうする大地? 」

「俺は別に構わんが」

「んじゃけってーい! 」


 ――友紀ったら。



 ぶらりと歩いていたけど、やっぱり食べ物を出すところはなさそう。 最初は新聞部の展示に来てみた。 でも、全く面白くなかった。申し訳ないけど。

 化学部もスライムみたいのをつくるだけで、それで?といった感じ。 ただ、大地も山田くんもちょっと楽しそうだった。 男の人って不思議。


 どこだったら大地を連れ出せるかなんて考えながら歩き慣れない上級生のフロアに来てみた。

 すると、とある看板が目に入ってきた。


『怖そうで怖くない、でも実は怖いお化け屋敷』


 屋号長っ! 怖いのか怖くないのか全然わかんない。

 でも、ここなら大地を連れ出せそう!


「友紀、ここどう? 」

「ええ、お化け屋敷やだよ」

「違うって、別行動の話」

「え? ああ! 」

「二人っきりになれるチャンスだね」


 よし! それじゃ作戦決行!


「菊野くん、一緒に行こう? 」

「え? 2人で? 」

「おばけ屋敷といえば男女2人組が定番でしょ? 」

「ん、まぁ」

「ほら、行こ」


 大地の腕を取って暗幕の中に入った。 怖そうで怖くないとの屋号は全くもってその通りで、全然怖くなかった。 暗いだけ。 作戦にはもってこいだ。


「お、おい」

「いいから」


 もっと引き離そうと、大地の腕を掴んだまま順路を進む。 速すぎてお化け役もついてこられないのかな? 全く脅かされる素ぶりがない。


 出口の明かりが見えてきたところで、腕を離した。 ここまで来れば大丈夫でしょ。


「ごめんね、強引に。 友紀と山田くんを2人にしたくって」

「えっ!? あの2人そうなの!? 」


 驚きすぎ! 結構わかりやすいと思うんだけど、大地って鈍感?


「ちょっと声大きいよっ。 友紀が気になってるって言うから……」

「ああ、なるほど。 理解した」


 出口に近づくにつれ、壁に何か書いてあることに気がついた。 なんだろう、これ。


 蛍光塗料で書かれたそれはブラックライトに反応して光る化学式だった。 答えは書いてないから、これを解けってことなのね。


 なるほど、化学のお化け屋敷だったの。

 ある意味、屋号が全てを物語っていた。


 表に出てきたらお昼を過ぎていた。 友紀はうまくいったかな、なんて思っていたら、大地から部活に行くことを告げられた。 友紀は、二人にしてあげた方がいいし、残されても仕方ない。


「んじゃ俺はそろそろ部活あるし、その前に学食行くわ」

「あたしも一緒に行っていい? 友紀には伝えておくから、ね? 」


 友紀にメッセを送りながら学食の前までやってきたけど、混雑が凄まじかった。 食べ物系のお店がやってないこともあるけど、文化祭特別メニューが販売されていることが理由かもしれない。


「すごい人だね」

「ん、こりゃ無理だな」

「どうするの? 」

「コンビニで買ってくることにするかな」

「そうだよね……。 それじゃあたしも帰って食べることにしよっかな」


 この混雑で食べるのもなんだし、大地と二人でいるところを目撃されるのは本意ではないし、今日のところは諦めよう。


「それじゃ菊野くん、明日のコンサート頑張ってね」

「ん、頑張るよ。 じゃ、月曜日だよな? 」

「うん、なんかあったらメッセするね」

「わかった。 またな」


 ばいばい、と声をかけて荷物を取りに教室に戻る。

 大地とは明日も千春としては会えるし、月曜日はあたしのままで会える。


 荷物を揃えて校門から外に出る時、ちょうどコンビニ帰りの大地とすれ違った。

 ひょいと手を挙げたその挨拶に、また明日ね、と心の中で呟いた。

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