第23話 生演奏
「大地くんに会えるの楽しみだわ〜」
「ちょっと小野寺さん! やだもう」
今日はさすがに現地でメイクというわけにはいかないからということで、わざわざ小野寺さんが家まで来てくれた。
大地を知ってるお姉ちゃんがいなくてよかった。 何言われるかわかったものじゃない。
「小野寺さん、すごいわね……こんなに変身しちゃうの」
「いえ、私なんかまだまだ修行中です」
「それでもすごいわよ。 美咲がこんなに美人になるなんて……」
「ちょっとお母さん酷くない? 」
メイク中、そばで見ていたお母さんは驚嘆のセリフをこぼした。
あたし自身も、メイクされて変わっていく様を見ていると、魔法みたいだと思う。
「さ、できあがり! 準備して行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします。 じゃ、お母さん行ってくるね! 」
「いってらっしゃい。 しっかりねー」
車で学校まで来たけど、違和感がすごい。 なんか、自分がとてつもなくお金持ちになったような気分。 吹奏楽部の部室がある別棟に控室が用意されているとのことで、小野寺さんと一緒に向かった。
「ここがハルちゃんの通ってる高校なんだね」
「はい。 なんかこの格好で来てるのがすごい不思議な感じです」
「あははっ、そうだよね。 普段は地味子ちゃんにしてるんだっけ? 」
「目立たないようにしてはいますけど、地味子ちゃんってわけでは……。 あ、ここですね」
靴を履き替えて部室の方へと向かう。 吹奏楽部の看板が掲げられた隣に立ち入り禁止になっている部屋があった。 どうやらここが控室みたい。
広い部室をのぞいてみた。 まだ、誰も来ていない。 大地はいつもここで部活をやってるんだね。
控室に入ると、他の三人はもう揃っていて昨日放送していたドラマの話で盛り上がっている。 あたしはテレビをあまり見ないから、そういう話題に入っていけないんだよね。
「ハル! おっはよー」
「あ、ハルちゃんも来たのね」
「おはよ。 またドラマの話? 」
「ハルは無頓着。 もうちょっとテレビを見たほうがいい」
「だってー。 成績落とせないから勉強しとかないと」
出演している番組は録画してくれているみたいだけど、ドラマみたいに毎週見るようなものはない。
荷物を置いてみんなのところへ行くと、今日の流れについて打ち合わせを始めることになった。 原田さんが戻ってくると同時に、吹奏楽部の顧問の島西先生も入ってきた。
「本日はよろしくお願いいたします。 では、今日の流れを確認させていただきます」
そう切り出した原田さんは、今日のセットリストについて説明し始めた。
まず、最初に二曲、吹奏楽部だけで演奏。 そのあとあたしたちが出ていって、一言ずつセリフ。 その次はネズミのマーチに合わせて楽器の紹介。 そんなのできるのかな、と思ったけどカンペが用意されてた。
紹介が終わったら、一年のソロ担当から楽器紹介とワンフレーズ。 これだね、大地が話してたの。
あたしたちがやるのは三曲。 アンコールがあった場合は、最初にやる『恋のシーズン』だけ一回。 次の出演者がいるからそんなに引っ張らないとのこと。
一番不安なのは、楽器紹介かな。 手元にある楽器の登場順と紹介案のメモに目を落とす。 紹介案は各パートが趣向を凝らして考えたんだって。
『ピッコロ(春)高い音ならお任せ
フルート(夏)柔らかな風の音
オーボエ(秋)一度聞いたら忘れられない
クラリネット(冬)壊れてませんよ
バスクラリネット(春)縁の下の力持ち
ファゴット(夏)ただの筒じゃありません
アルトサックス(秋)武田さんも吹いてる
テナーサックス(冬)あなたを虜にしちゃいます
バリトンサックス(春)シブい音は好きですか
トロンボーン(夏)伸びます伸びます
トランペット(秋)俺がトランペットだ!
ホルン(冬)ぐるぐるぐるぐる
チューバ(春)筋肉つきます
ユーフォニアム(夏)ユーフォーじゃありません
マレットパーカッション(秋)鉄琴木琴色々あります
ティンパニ(冬)実は色んな音が出せます 』
あたしは(春)のとこだから、ピッコロと、バスクラと……バスクラ!? 大地だよね! あたしが紹介するんだよね! でも『縁の下の力持ち』って紹介は地味過ぎない?
「あの、この紹介文って一部変えてもいいですか? 」
「何かいい案がありましたか? もちろん、大丈夫ですよ」
島西先生から許可がもらえた。 よし、
「こりゃあいつだな。 せっかくなんでみなさんに紹介させてもらっていいですか」
島西先生はそう言って控室を出て行った。 誰かを連れてくるみたい。 部長さんかな?
四人で紹介文に目を通していたら、島西先生が、そして連れられてもう一人入ってきた。
「あっ、大地! 」
「あれ? なんでここに?」
あいつ、って大地のことだったんだ! 島西先生ナイス!
「菊野、あんまり驚かないんだな。 今日コラボする4Seasonzのみなさんだ。 菊野もテレビとかで見たことあるだろう」
島西先生は反応が薄い大地に驚いたみたい。 そりゃ、普通は初対面だったらもっとリアクションありそうだし。
「こいつが、一年の菊野です。 ソロと中間の楽器紹介に入ってもらいます。 菊野、挨拶しろ」
「一年、バスクラリネット担当の菊野です。 本日はよろしくお願いいたします」
思わず大地って口走ってしまったおかげで、みんなにこの人があたしの好きな人なんだってバレることになった。
案の定ナツはニヤニヤしてこっちを見ている。 原田さんや小野寺さんは大地をジロジロと値踏みするような目線だ。 これは自分が見られるよりも恥ずかしい。
「ハル、この子が大地くん? 」
「そうよ」
そうよ! さっき思わず口に出しちゃったんだからわかるでしょ! わざわざ確認するようなマネをして。
「なんかちっこくて可愛い〜」
「ちょっとナツ! 男の子に可愛いはないでしょ」
「あははー、ごめんね。大地くん」
もうナツったら! 大地のこと話してたのがバレちゃうじゃないの。
「ネズミマーチの楽器紹介と、菊野のソロフレーズは彼女たちにMCとしてやってもらうことになったからな。 ワンフレーズは何やるんだ? 」
「CMの『あ〜ったかコーンスープ♪』ってやつをやろうかと思ってます」
やっぱりコーンスープにしたんだ! あの話をした後、事故にあいそうになったからすっかり忘れてた。
「あ、いま吹いてみますね」
そう言って大地は楽器を構えた。 大地が演奏するところは初めて見る。 正確にはコンクールのメンバーだったから、その時は見てたはずだけどね。
すうっと息を吸ったあと、イントロからメインのフレーズまで軽やかな音楽が流れた。
大地すごい!!
ほかの人たちも感心してるみたい。 ナツやアキちゃんも歓声をあげていた。 男嫌いのフーちゃんですら、なんだか驚いたような顔をしていた。
「生演奏だとなんだか贅沢ね」
「すっごーい! 本番が楽しみだね! 」
フーちゃんやナツが感想を漏らした。 あたしはなんだか感動してしまって、言葉が出てこなかった。
「では、のちほどよろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
島西先生と大地は連れ立って控室を出て行った。 大地には声をかけられないまま、行ってしまった。 ちょっぴり寂しさを感じたのもつかの間で、すぐにナツやら原田さんやに囲まれてしまった。
「大地くん、いいじゃん! 」
「楽器上手だったねー」
「ナッちゃんの言った通り、可愛い感じだねぇ」
「あ……はい、そうですかね」
事情をよく知らなかったアキちゃんやフーちゃんは不思議そうな顔をしていた。
「あれ、アキもフユも聞いてなかったの? 今のが、ハルが好きな人なのよ」
「ちょっとナツ! 大声でそんなこと暴露しないでよっ」
「えええええっ!? 」
「ほほう、ハルはああいう可愛い系が好きなのね」
ついにはあたしをおもちゃに恋バナ会議が始まってしまった。
あたしは、原田さんや小野寺さんから慰められていた。
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