第24話 バスクラリネットとは
ナツが名案を思いついたとばかりに太ももをパシッと叩いた。
「よし、『大好きな人が吹いてるバスクラです』でいこう」
「何よそれ! ただの告白じゃないの! 」
「そういうつもりで変えていいか聞いたんじゃないの? 」
「そんなわけないでしょっ」
いくらなんでも『縁の下の力持ち』なんてつまんないから、変えちゃおうと思っただけなのに。
でも、大地が吹いているのもバスクラ。 コーンスープのCMで使われてる楽器もバスクラ。
一般的には馴染みがなくても、あたしが個人的に好きなのはやっぱりバスクラなんだよね。
あたしがバスクラが大好きだって言ったら、みんなに興味を持ってもらえるのかな?
それなら……よーし、これでいこう!
衣装に着替えて最後のチェックを終えた。 楽器紹介も覚えたし、念のためにポケットにも忍ばせてある。 モールの時みたいにシューズも間違えてない。
控室を出てコンサート会場である講堂に向かう。 生徒のみんなはあたしたちに気づくと歓声を上げてくれた。
中には「千春ちゃん」と声をかけてくれる人もいた。 実は普段から通ってるのにね。
講堂の裏手に着いた時、吹奏楽部のみなさんはもう準備ができていて、ステージ上でスタンバイしていた。
緞帳が下りたままのステージにいる部員全員の前で、こちらも四人一列に並んで挨拶した。 こういうのはリーダーであるアキちゃんのお仕事。
「みなさん、こんにちは。 本日はよろしくお願いいたします。 こんな大きなバンドを背にパフォーマンスするのは初めてなので緊張していますが、一生懸命頑張ります。 あたしたちは同い年の方がほとんどですし、一緒に頑張りましょう! 」
アキちゃんは軽く力こぶを作るポーズを見せてから、ぺこりと頭を下げた。 あたしもそれに続いて頭を下げた。
吹奏楽部の部長さんからも挨拶があって、お互い頑張りましょう、と締められた。
ステージの下手側からはけたところで、開演を知らせるアナウンスが流れた。
「只今より、吹奏楽部によるコラボレーションコンサートを開演いたします。 携帯電話やスマートフォンは、音の出ない設定にしてください。 会場が暗くなりますので、お足元には充分ご注意ください。 それではコンサートをお楽しみください」
アナウンスは、放送部の一年生らしいんだけど、上手だなぁ。 同級生なのにこんなに上手にアナウンスできるなんてすごい。
島西先生は緞帳が上がりきったのを確認してステージの中央にある指揮台へと向かっていった。
島西先生が指揮棒を振るのと同時に演奏が始まった。 最初に演奏したマーチはお姉ちゃんがいた時に聞いたことがある。 なんだか部員じゃないのに部員になった気持ち。
二曲目は知らない曲だったけど、迫力があってカッコいい。 あたしも何か楽器が吹けるようになりたいな。 クラリネットなら大地が教えてくれるかしら。
そんなことを考えているうちに二曲目も終わり、あたしたちの出番がやってきた。 さぁ、出発!
「それでは、ここでコラボレーション企画の目玉、4Seasonzのみなさんにご登場いただきましょう! 」
立ち位置の都合であたし、ナツ、アキちゃん、フーちゃんの順で中央に向かった。観客席に向かって手を振りながら、いつものように声を揃えて口を開いた。
「みなさんこんにちは。4Seasonzでーす!!」
ここからは用意されたセリフ。 ここはアキちゃん、ナツ、フーちゃん、あたしの順番。 これもセリフは違うけどいつもどおり。
「吹奏楽部のみなさん、コラボコンサートに呼んでくれてありがとうございます」
「わたしたちと一緒に、みんなをメロメロにしちゃいましょう!」
「いまから私たちが、曲に合わせて楽器を紹介しますので」
「みんな覚えて帰ってねーーっ!」
おおーっ!っと、歓声が上がった。 いつもより盛り上がりは大きいかも!
「じゃあ先生、指揮お願いしまーす!」
ナツが島西先生に合図をしたら、先生は指揮棒を構えて演奏が始まった。
初めのイントロ部分にあたる八小節が終わったらすぐにピッコロ。 最初だけに間違えられない。
「最初は、高い音ならお任せ。『ピッコロ』です! 」
「お次は柔らかな風の音のような『フルート』!」
序盤の滑り出しは上々。お次はクラリネットだ。
「次は、壊れちゃってない『クラリネット』です」
フーちゃんテンション低くない? 大丈夫?
次は大地とあたしの番!
「次は、あたしが一番大好きな『バスクラリネット 』だよー! 」
あたしのセリフに続けて大地はその場に立って四小節のソロを演奏した。 ソロを吹き終えた大地は深々とお辞儀。 その間にナツが次のファゴット紹介に入っていた。
大地の方を見ていたら、ちょうど頭を上げた大地と目があった。
あたしは、勝手にセリフ変えちゃってごめんね、という気持ちで舌をペロッと出した。 そして、これでバスクラ好きが増えるといいね!という思いで大地にウインクしてみせた。
ネズミマーチを終えると、アキちゃんからの紹介で大地が前に出てきた。
「ではここで、唯一の1年生でソロを披露してくれたバスクラさんに、楽器を紹介してもらいましょう」
「バスクラリネット担当の1年の菊野です。 見慣れない楽器かもしれませんが、意外なところで使われています」
――大地、ちょっと早口じゃない? 緊張してるのかな。
少し心配になって大地を見ていた。
「例えば、CMでも・・・」
そう言って大地は楽器を構えた。大きく息を吸ったけど、控室で演奏した時より随分と浅い。
ぷひー♪
間抜けな音がこだました。 こないだジュン散歩のオンエアで編集でつけられてた効果音と似てる!
そう思ったら、体が勝手にずっこけていた。
おとととっ。
ナツも同じことを思ったらしくて、ずっこけた先で頭をぶつけそうになった。
ナツはパッと起き上がり一言。
「これじゃ『ぬるいコーンスープ』になっちゃうよ! 」
うまい! さすがナツ!
大地っ! もっかい行くよ!
「ちょっと! スポンサーさんに怒られちゃう! バスクラさんやり直し! 」
大地は焦ったような顔をしていたけど、あたしの一言で目が変わった。
「それじゃ次はあたしたちも一緒に歌うね」
そう、その目だよ大地。 一緒に歌おう。
互いに目で合図して、――せーのっ。
『♪〜』
「あ〜ったかコーンスープ♪」
完璧!
一緒に演奏できたことが嬉しくて嬉しくて。 大地が戻るときにハイタッチをするべく手を挙げて待っていた。
やったね!
大地がハイタッチに応えるために掲げた手を目がけて右手を振り抜いた。
パーンと乾いた音が響いた。
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