第26話 『売れっ子×駆け出し ミックスインタビュー』

 インタビューの企画で用意された場所はホテル内にあるレストランの個室だった。 すぐ近くに控室があって、衣装とスタイリストさんまで用意されていてびっくりした。 さすがに大きい出版社の目玉企画なだけあるってことかな。

 それにしてもニットか。 今日はあったかいからちょっと暑い。 仕方ないんだけどさ。


 メイクは小野寺さんで、ヘアセットと衣装合わせはスタイリストさん。 スタイリストさんがヘアセットで最初に提案してくれたのは、編み込みのハーフアップだった。 衣装のニットに合わせてってことだったんだけど、イメージを掴むために髪をつまんでもらった。


 ――これじゃだめだ。危ない。


「申し訳ありません。 ハーフアップじゃなくて、ポニーテールか高い位置のお団子でもいいですか? 」

「あら、ハーフアップの方が大人っぽくて、ニットに合うと思うわよ」

「それが、普段バレないようにしてる髪型にそっくりでして……」

「ああ、なるほどね。 それじゃ、編み込みラインを入れたお団子にしましょうか。 こんな感じで」


 そう言ってスタイリストさんはあたしの髪をつまんで軽く編みつつ、頭のてっぺんでくるっと巻いて見せてくれた。


「はい! ありがとうございます! 」

「やーんかわいい。 小野寺さん、千春ちゃんいい子ねぇ」

「いいでしょー? ウチのエースだからね」

「ちょっとやめてくださいよ」


 少し緩めのニットに編み込みの入ったお団子。 ちょっと大人っぽいナチュラルメイクをすれば、なんだかとても自分とは思えない人が鏡に映っていた。


「よし、できあがり! 」

「うんうん。 かわいいね」


 いままでと少し違う雰囲気に、一足先に大学生にでもなった気分だった。




 小野寺さんに付き添われてレストランへと入る。 まだ、相手の方は来ていないみたいで、会場に入って待っていればいいとのこと。

 あたりを見回すと絵画が何点も飾られていたけど、どれも見たことはなく誰の作品なのかもわからなかった。 今日の相手の方が詳しかったらちょっと恥ずかしいかも……。


 ちょっと小さくなっていたところに、男性が二人入ってきた。 一人は、知らない人はいないんじゃないかというくらい有名なグループ「typhoon」のリーダー、アキラさんだった。 この人が今日ご一緒する人!? すごいところに来てしまったんじゃないかとすっかり萎縮してしまった。


 その空気を和らげてくれたのは、入ってきたもう一人の男性、よそいさんというインタビュアーの方だった。


「おや、ずいぶんと可愛らしいお嬢さんがいらっしゃるじゃありませんか。 これはタキシードでも着てきた方がよかったかな? 」

「あ、あの、4Seasonzというアイドルグループの春……、岬千春です。 よろしくお願いします! 」


 思わず立ち上がって挨拶をした。

 ――ひゃー……。緊張する……。


「おう、知ってるよ。 CMやってるだろ? 会いたいと思ってたんだよ」

「そうなんですか!? ありがとうございます」

「さあ、じゃんじゃかお話しして記事書いちゃいましょう。 カメラマンも連れてきてますからね。 ほら、おいで」


 部屋の隅に座っていた二人組がこちらへやってきた。 写真は話をしている最中に撮り続けるから、気にしなくていいとのことだった。 そんなこと言われても慣れてないから気にしちゃうけど。


 どうやらアキラさんと粧さんは顔見知りらしく、親しげに話をしていた。 兄弟みたいな感じ。



 こうして始まったミックスインタビューは、粧さんの作る柔らかい空気と、ちょっと強引なアキラさんによって順調に進んでいった。


 そろそろ一時間になろうかというところで、休憩を挟むことになった。

 お手洗いに行かせてもらい、戻ろうとした時に――その人はいた。


「千春ちゃん、連絡先教えてよ。 俺、キミ気に入っちゃった」

「えっ……? 」


 さっきまで見せていたキラキラとしたような瞳ではなく、獲物を狙うような深い黒の瞳だった。 この時、あたしの頭をよぎったのは、学校帰りに腕を掴まれたあの男のことだった。


「な? いいだろ? 」


 そう言ってあたしの手を取り、反対の手で頬を撫でられた。

 反射的に払いのけそうになったけど、相手は芸能界の、いや日本でも有数の有名人。

 声を上げてしまったクイズ番組の時は、芸人の人を怒らせてしまった。 あの時のようなことはしまい。


 ――ここは、ナツ先生に教えてもらったやつ。


 あたしは頬を撫でた手に自分の手を添えながら下に降ろして、両手で握った。


「そんなこと言って、アキラさんは素敵な女性からいっぱい言い寄られてるんでしょう? 」


 ちょっと俯き加減で、恥ずかしそうに手を押し返す。

 すれ違いざまにペコっとだけして、小野寺さんの元へと帰った。


 ――なんだったんだろう、あの瞳。 怖かった……。




 インタビューが再開されても、あの瞳のイメージが蘇ってきて、前半ほど楽しく会話することはできなかった。 それでも、粧さんは両方の立場をうまく引き出して語らせてくれたと思う。 あたしが大切にしていることも話せたし、アキラさんがこの立場までのし上がっていった努力の部分も垣間見ることができた。


 自分自身、勉強になった部分もあるし、このインタビュー企画をやらせてもらえて本当によかった。


 ……そう思っていたのに。


「千春ちゃんさ、俺、本気で気に入ったよ。 これ、俺のIDだから、メッセちょうだいね」


 と、強引に紙を摑まされた。

 これだけ知名度も、実力も、事務所の力も違う人からお願いされれば、それは命令と同じだ。



 ――はあ、どうしよ、これ。



 世の中にはこの紙切れが欲しい人がごまんといるだろうに、あたしには悩みの種でしかなかった。



 



 小野寺さんに夕ご飯をごちそうになったあと、家まで送ってもらって長い一日が終わった。 あまりにいろんなことがあって、ぐったりと疲れた体をベッドへと横たえた。 アキラさんにお礼メッセぐらいは送っておかないといけないのに……。



 体が動かないしもういいや、と意識を手放した。

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