第16話 吊り橋効果
下山はただひたすらに憂鬱だった。 吊り橋はあるし、山登りも終わっちゃうし。
山道で少し細いところもあるからぼーっと歩いてるわけにもいかない。 登りの舗装路と違って滑りやすくもあるから、注意深く進む。
空が木の葉に覆われて暗くなってきたから、サングラスも外しておかなきゃ。 さっきは木の根っこにつまずいて転びそうになったし、滑落でもしたら洒落にならない。
この先に待ち受ける吊り橋のせいで憂鬱な気分でいたのが出てしまったのか、大地に心配されてしまった。
「大丈夫か? どこか痛い? それとも気分でも悪いのか? 」
「ううん、痛いとかそういうんじゃないの」
「無理するなよ、休みながら行くから」
「ありがと」
心配かけるくらいだったら、別の道をお願いしておけばよかった。 これじゃ、大地にも申し訳ないよね。
気分を害してないかな、と不安になっていたら、大地が手を握ってくれた。 急なことだったからちょっと驚いた。 おかげで不安は和らいだけど、サングラスも外しているから見透かされそうで大地の方は向けなかった。
近くに沢があるせいか少しひんやりしてきたけど、あたしは顔が熱かった。
大地の手はやっぱり大きくて、握られているだけで安心する。 顔は可愛い系で童顔だし、背も少ししか変わらないけれど、守られてるんだって感じた。 頼りになるよね。
手を引かれて歩いていると、大地が何かを見つけたようで、声を上げた。
「おお、吊り橋だ」
その声を聞いて、体がこわばってしまった。
昔、ブランコから放り出されて以来、不安定に揺れるものが苦手。 もし切れたり、落ちたりしたら確実に死ぬ。 それなのに、ワイヤー数本で橋と何人もの体重を支えてるなんて。
こわばったのが繋いだ手を通じて伝わったのか、大地がこっちを向いた。 これは、バレバレだよね。
「高いところ、怖いのか」
「――うん。 高い、というか不安定なところ。 地面に足がついてればまだ平気なんだけど」
「無理に合わせることなかったのに」
「だ、だって……」
大地と一緒なら大丈夫かと思った、とは言えなかった。
怖いものは怖いの。
「どうやったら怖くない? 」
どうやったって怖いよ! 橋を吊らないで、固定してくれたら怖くないかも!
いくら現実から目を背けていても進まないから、やはり大地を頼るしかない。
「腕、掴まってていい? 」
「好きなだけ掴んでいいよ」
失礼しますと心の中でつぶやいて、大地の腕を抱えるようにしがみついた。
大地は歩きにくそうにしていたけど、ちょっとずつ橋に近づいていった。 最初の一歩を踏み出したとき、ギイと橋が鳴いた。
足元を見ないと危ないけど、見てると谷底まで目に入ってくる。 仕方ないから大地の腕に密着して目を瞑ったまま行くことにした。
「行くぞ」
「う、うん」
大地がゆっくりと動き始めた。 それに合わせてあたしは足を出す。
目を閉じて視覚を排除しているせいで、追い立てるように頰を撫でる風や、木の葉がクスクスと嘲笑う声に敏感になってしまう。 足元は相変わらずふるい落とすかのように上下に揺れている。
もうだいぶ歩いた気がするのに全然着かない。 確かに橋は長く感じたけど、もう五分くらい歩いてるんじゃないの?
「まだ着かないの?? 」
「もう半分以上過ぎたよ」
まだなの、まだなの。 もう歩き疲れたよ。
ワープとかできないかな、ってまた現実逃避し始めた頃に、死神のような甲高い声が聞こえてきた。
あひゃひゃひゃひゃ――。
死神は笑いながらだんだんと近づいてくる。 なんでこっちに来るの。
笑い声がはっきりと聞こえるようになった時、橋の揺れが大きくなって、足元が急になくなった。
――かと思ったら、すぐに着地した。
「ひっ」
声にならない声が出た。
驚いた拍子で大地の腕を離してしまった。
目を開けたら、大地はちゃんとすぐそこにいた。 良かった、落ちてない。
と、少しばかり安堵したところで、遠くに走り去っていく青い影が見えた。 子ども!?
わずかな間のあと、お尻のあたりに衝撃を受けた。
「ひゃあっ! 」
大地の腕を離していたから、揺れた橋の上でバランスを崩してしまった。 ワイヤーに掴まりたかったのにうまく掴めない。 橋はさっきにも増して揺れている。 もうダメ。
なんとか半歩大地に近づいて、体ごと預けて抱きついた。 もう何も考えられなかった。
どのくらいしがみついていたんだろう。 少しずつ揺れが収まってきた。 それでもまだ随分揺れているように感じるけど。
「収まってきたし、行くぞ」
そんなこと言われたって、足がガクガクになっちゃって、動けないよ。 それを伝えようと必死に声を出す。
「だ……いち、もう……ダメ」
必死の訴えも伝わらず、しがみついていた大地の胸元から引き剥がされた。 と思ったら、今度は手を引っ張られた。 あまりの強さに小走りになる。 震えた足でもなんとかついていこうと必死で前に出していたら、5秒もかからずに地面までたどり着いた。
手は自然に離れ、うまく立っていられずにその場にしゃがみこんだ。 胸の鼓動はまだ治らない。
「なんなのあの子供たち……。 もうやだ」
必死で落ち着こうと深呼吸する。 もう地面の上だから大丈夫。 そう言い聞かせてなんとか落ち着きを取り戻してきた。
恐怖心が和らいでくると思い出されるのは、大地に抱きついてしまったことだった。 その事実がまた心臓を高鳴らせる。 両手を胸に重ねると、トクントクンといつもより早く鼓動を刻んでいる。
突発とはいえ、大地に抱きついちゃったんだ。
ちらりと横目で大地を見ると、後ろ頭をポリポリとかきながら吊り橋を眺めていた。
「もう大丈夫。 大地、行こう! 」
「――おう」
大地の横顔を見ていたら、なんだかとっても凛々しく見えた。 夕日に照らされて眩しいのか、時々顔をしかめたりしている。
「ねえ、大地ってば」
「ん」
「だいぶ降りてきちゃったね。 もうすぐ終わりだよ? 」
「おう」
「寂しい? 」
「まーな」
それからは細い道が続いていたから手を繋ぐ機会もやって来ず、前を歩く大地に向かって話しかけ続けていた。 返事は、普段みたいに短くなってたけど。
少しだけ振り向くその横顔が見たくて、くだらないことで話しかけてしまう。
「ほら、この木の形おもしろい」
「根っこ気をつけろよ」
「ここってムササビもいるってよ。 どこかにいるかな? 」
「夜行性だろ」
短い問答を繰り返しながら降りていたら、少し広い道に出た。 登りで通った舗装路みたい。 あと少し歩けばケーブルカー乗り場にたどり着ける。
大地は、どんな風に話しても返事は短いし、さっきまでと違ってちゃんとこっち向いてくれない。
「疲れちゃったのー? 」
「そ、そんなんじゃねーよ。焼きダンゴでも喰って食レポの練習しとけ」
「むぐっ、イタいとこを突かれた」
すっかり忘れてたけど、ロケの下見なんだった。 一人で大地の横顔を眺める選手権やってる場合じゃなかった。 お団子買ってこよう。
「おいひー」
「食べながら喋るなと言うとるだろうが」
炭で焼かれたお団子は熱々で、ちょっと疲れた体にじんわりと染み渡った。
大地は水筒の中身を飲みながら秋が近づいた空を見ていた。 あたしは、ケーブルカーのアナウンスが流れてくるまでの間、お団子を頬張りながらその横顔を眺めていた。
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