第15話 お母さん直伝のお弁当
一号路は舗装されていてとても山登りをしているような感じはしない。 でも道中にはお蕎麦屋さんやおみやげ屋さんがあって、ロケにはうってつけといった感じ。
15分ほど歩いたら108段の階段が出てきた。長い階段を上って少し歩くとそこにはお寺があった。どうも縁結びにご利益があるお堂もあるみたいで、愛染堂なんていかにもな名前。
石像なんかもいっぱいあるから、コメントも考えておいた方が良さそうかな。 写真を撮っておいてあとで見直そう。
パシャパシャと写真を撮りまくっていると、男の人から急に声がかけられた。
「写真、いいですか? 」
「えっ? あ、写真は……は、はい、大丈夫ですよ」
思わず構えてしまったけど、あたしに気づいているわけではなく、写真を撮って欲しかっただけみたい。 カップルさんだったのね。
そういうことならお任せください、と思ったものの、このカメラ、ボタンがいっぱいでどこ押せばいいのかわかんない。
うーん、と唸っているところに、大地先生がやってきた。 助かった!
「大丈夫か? 」
「あ、大地いいところに。 はい、これ」
「はい、チーズ」
大地はあっさりと写真を撮って、カップルの男の人にカメラを渡していた。 なんでそんな簡単にわかるんだろう。 不思議。
「お二人のも撮りましょうか? 」
カメラを受け取った男性は、そう言ってくれた。
いいね、せっかく来たんだし撮ってもらおう。
「いいんですか? カメラ持ってきてないからあたしのスマホで」
カメラのアプリを起動して、男性に手渡して大地の方に振り向くと、なんだか難しい顔をして佇んでいた。
その顔を見て閃いた。 手、繋いじゃおっ。
大地の横に立って手を繋ぎ、右手でピース! すぐに笑顔モードになれるのは、あたしもアイドル業に慣れてきたってことだね。
「はい、チーズ」
『パシャー』と間抜けなシャッター音を鳴らしたスマホを返してもらうと、男性にぺこりとお辞儀をした。
どれどれ、ちゃんと撮れたかな? とスマホの画面を見てみると……大地ったらなんて顔してるの。 電車降りた時のドヤ顔はムカつく感じだったけど、これは……魂抜けててちょっと人様には見せられない顔になってるよ。
「大地のこの顔、おもしろい」
スマホを見せたら、苦々しい顔をしていた。
――あたしのせいじゃないよ。
繋いだ大地の手は身長のわりに大きくて、安心感のある手だった。 なんとなく手を離すきっかけがなくなってしまって、手を繋いだまま登っていたけど、この手どうしよう。
急に離したら変かな、と心配してたけど、舗装路から山道になって細い道を進む時に自然と手は離れた。 緊張せずに済んでホッとしたような、なんだか名残惜しいような、複雑な気分。
もうすぐ山頂かな、といったところで急に視界が開けた。 はるか遠く、都心の高層ビル群までもが見渡せる。 晴れてて良かった。
「すごい景色! 」
「あんまり高くない山だから期待してなかったけど、これはいいな」
「もう上を見ても木が少ないし、もうすぐ山頂なのかな? 」
「そうみたいだな」
登り始めてから一時間くらい。 登るだけならこんなものなのかな。 ロケだとどのくらいの時間かけて登るんだろう。
見上げた先の木がなくなったところで、山頂を示す石碑が見えてきた。
「お、ついに山頂か」
「そうだねー。 なんかあっと言う間? 」
せっかくだから石碑とか、山頂からの景色とかも写真撮っておこう。 と、スマホを構えてたら、後ろからぐうーと音が聞こえた。 犯人は大地のお腹。
思わず笑っちゃった。
「お昼ご飯にしよっか。 実はね、お弁当作って来たんだ」
大地は驚きと喜びが混ざったような表情を見せた。 予想外、って顔に書いてあるね。
山頂の石碑から少し外れたところにあるベンチに腰掛けて、リュックを下ろした。 はー、重かった。
「ちゃんと味見した? 」
「失礼しちゃうわ。 こう見えてもお料理は得意なんだからね」
お母さん直伝の手料理をとくと味わうがいい。 なんてね。
「そういや、趣味・特技のところに料理、お菓子作りって書いてあったな」
「あ、プロフィール見たの? 大地はもうすっかりあたしのファンだね! 」
教室で話してた時にも岬推しだって言ってたし! さ、お弁当だよ。 おにぎりに、あと水筒。
「はい、大地。 大地の好みとかあまり知らないから、適当に作ってきちゃったよ」
「好き嫌いほとんどないから大丈夫」
「お好みを聞いてた卵焼きだけは、ほんのり甘めにしてあるからね」
「では、さっそく毒味を……」
またからかうようなことを! 普段はそんなこと全然言わないくせに。 教室だと猫かぶってるの?
「そんなこと言う人にはあげませーん」
「冗談だってば。 ごめんごめん」
「本当に申し訳ないと思ってる? 」
「思ってる思ってる」
適当な相槌を打ちつつも、卵焼きを頬張る大地。 どうかな、どうかな?
「どお? 」
「うまい。 今までの人生で味わった中で一番うまい」
ホント!?
「やったぁ」
手料理を誰かに振る舞うなんてことはないから、すごく嬉しかった。 お母さんのお仕事は、きっとこういう喜びに溢れてるんだね。
まだ他にも色々あるんだよ! 次は何がいいかな?
「次は、これと、これね」
「お、おう」
「これも食べて」
ちょっとテンションが上がり過ぎちゃったかもしれない。 渡した小皿にどんどん乗せていったら、山盛りになっちゃった。 でも次々と平らげていく大地を見ていたら、もっと食べてもらいたくなっちゃう。
自分も少しつまんだけど、大地の食べっぷりは本当にすごかった。 さすがは男の子だね。
「俺ばっかり貰ってたけど、ちゃんと食べたのか? 」
「うん。 そんなにたくさん食べるわけじゃないけどね。 多すぎるくらい作ってきちゃったけど、あっさり食べきっちゃったね」
「まーな。 正直、そこいらの店で食べるより断然うまかった」
「えへへ、嬉しいなー。 すごい勢いで食べてくれて」
「ミサキはなんで料理が得意なんだ? 」
「お母さんがフードコーディネーターなの。 共働きだからご飯作ることも多いし、せっかくだからお母さんの技を盗んでるんだ」
「なるほどねー。 確かにどれも美味かったもんなー」
お弁当作ってきてホントによかった。 こんなに喜んでもらえるなんて予想外だったし。
空っぽになったお弁当箱をリュックにしまって、今度は近くにあったビジターセンターへ。 中には高尾山に植生している植物や昆虫の標本が飾ってあるコーナーがあった。 隣の部屋には高尾山の鳥瞰模型があり、登山ルートが刻まれていた。
大地は模型を見ながら「滝か、吊り橋か。うーん」と唸るように呟いている。
「帰りは別ルートでもいいな」
「そうだね。 あんまりキツくなければ」
「この4号路ってのどうよ。 吊り橋があるみたい」
「つ、吊り橋!? 」
吊り橋……。 高いよね? 揺れるよね?
うー……。 でも、今度のロケで通ることになるかもしれないし、練習しておいた方がいいよね。
「別に……いいけど」
やっぱり吊り橋怖いよー。 大地と一緒なら大丈夫かな。 揺れるのが嫌なんだよなぁ。 でも……うーん。
「そいじゃ行くか! 」
「――うん」
こっちの気も知らず、大地は出発を宣言した。 こうなったらもう、意を決するしかない。
――はぁ。
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