第61話 放課後デート
学校の支度を終えたあたしは、シルバーの眼鏡を手に取った。
昨日踏んづけてしまった眼鏡は蝶番のところが欠けてしまっていた。 コンタクトも考えたけど、アイドル活動がバレるのが怖い。 止むを得ず、中学の時の眼鏡にすることにした。
一年前よりも視力が落ちてしまっているのか、眼鏡をかけてもどこかぼんやりとしている。 全く見えないわけではないけれど、テスト前とかじゃなくて本当に良かった。
「おはー」
「おはよ」
朝の挨拶をしにきたのは友紀だった。もちろん声でもわかるけど、視界をクリアにするのには一苦労。 わずか5メートルほどの友紀との距離でも、目に力を入れないとくっきりと見えない。
「美咲〜どしたん? 難しい顔して」
「普段の眼鏡踏んで壊しちゃって、昔のかけてきたらちょっとぼやけててね」
「ホントだ。 いつもはピンクがかってるっけ。 そりゃ災難ね」
はぁ、とため息をついたところに、大地がやってきた。
「おはよー、どしたの眼鏡」
「おはよ。 ちょっと昨日壊しちゃって」
大地は開口一番に眼鏡について質問を投げかけてきたから、たった今していた会話を復習するように答えを渡した。
「あんたよくわかるね。 さすがはMVP」
「矢口もいたのか。 つーか、なんでMVPの話知ってんの」
「もりりんに聞いたの。 今日一緒に来たからさー」
「もりりんって誰だ? 」
「森里りんよ。 知らないの? 」
「森里さんなら知ってるが、いきなりニックネームで言われても知らんわ」
MVP? 大地は何かのMVPだったの?
「ねえ友紀、MVPって? 」
「昨日の定演?のアンケートで、MVPだったって」
アンケート、って素敵だった人とかを書いたあれだよね。
「説明になってねえ。 昨日来てくれたときプログラムにアンケートあったろ? それの『一番輝いていた人』に名前書いてあった数が一番多かったんだって」
「大地すごいね! あたしも大地に一票入れたよ」
「ありがとう。 正直、MVPとかに興味はないんだけど、自分がやってきたことを評価してもらえたってところは素直に嬉しいね」
昨日のロビーでのちょっと暗い雰囲気とはうってかわって、とても晴れやかな表情だった。 変なこと言っちゃったかと思って心配していたけど、この感じなら大丈夫なのかな。
お昼休みにお弁当を食べ終えて友紀といつものようにおしゃべりしていると、どこかへ行っていた大地が息を切らせて帰ってきた。 そして、またいつものように三人組で何やら話している。
友紀はこちらを向いていたものの、意識は完全に後ろの会話に向いているみたい。 あたしももちろん気にはなるんだけど、身を乗り出すわけにもいかない。
そんな様子を眺めていたら、友紀がぷっ、と吹き出した。
「あんたたち相変わらずアホなこと言って。 ウケる」
「んだよ。 山田とお前がリア充に成り下がったいま、俺の仲間は大地しかいないんだぞ。 こうなったのもお前に責任がある」
田中くんは友紀に向かって、何故か山田くんと友紀の交際にケチをつけてる。 完全な言いがかり。
「何よ責任って。 だいたい菊野だって放課後美咲とデートでしょ? 」
え? なんで友紀が大地との約束のこと知ってるの?
話した覚えはない。 大地が話す? それも考えにくい。
「なにーっ!? そうなのか、付き合ってんのか大地!?」
「声がデケェよ。 いやまぁ、美咲と一緒なのは確かだが、付き合ってるわけじゃねえよ」
そう、そうだよね。 わかってることだし、当たり前だけど、こう本人から事実として突きつけられると苦しい。 追い討ちをかけるように、大地から同意を求められた。
「なぁ?」
そう言われれば頷くしかない。 認めたくない事実に、キリキリと胸の奥が締め付けられた。
「へっ? あんたたち付き合ってたんじゃないの? 別れたの? 」
「いやいや、そもそも付き合ってた事実がないぞ」
「えーっ!? ちょっと美咲言ってよー。 勘違いしたままだったじゃん」
「そんな勘違いしてたなんて知らないもの」
そういえば、いつだったかに付き合ってるんだと勘違いされたんだっけ。 あれは山田くんと友紀が付き合い始めたって話を教えてくれた時だったかな。 勘違いを訂正する間もないまま、衝撃の報告を受けたんだから仕方ない。
あの頃のあたしは、片想いでもいいから本当の自分で勝負するんだと腹を括ったはずだった。でも、今になってその決意が揺らぎそうになる。 だって、目の前にぶら下がっている幸せは『千春』でならすぐに手にすることができてしまうのだから。
「でもさ美咲、さっき菊野が言ってたけど、デートはデートなんだ? 」
「うーん、まぁ。 バレンタインのお返しをしてくれるって」
「やだぁ、やっぱり渡してたんじゃん。 今更、コクるだのコクらないだのって関係じゃない気がするけど」
「そうは言うけどさ。 大地って、他に好きな人いそうな感じ……じゃない? 」
「あっはっは。 全然」
「えぇ……」
「美咲は心配性だなぁ。 かわいいかわいい」
友紀に何故かなでなでされた。 何よもう。
大地の想いの方角がずれてるのを知らないからそんなことが言えるんだよ。
そんなことを考えていたら、午後の授業はさっぱり集中できなかった。 午前中までですっかり目は疲れ切っていたし、もう黒板を追いかける気もなくなってしまっていた。 ごめんなさい、先生。
長い長い午後の2時間を終えて、ようやく放課後がやってきた。 部活へ行く人、家に帰る人がホームルームの終了と同時に席を立って教室を後にした。
のんびりチームの友紀も、山田くんと並んで出ていった。 友紀もこの後デートなのかな。
「美咲、行くか」
「うん」
待ち合わせるのかとか聞かされていなかったから、とりあえず大地が動き出すの待っていた。 すると、あらかたのクラスメイトが出て行ったところで声がかけられた。 やっぱり連れ立って出ていくのを見られるのは憚られたのかな。
「えっと、どこ行く? 」
「なにかアイデアあるの? 」
「一応。 特に行きたいとこがないなら、電車乗ってモールまで行こっか」
「うん」
特に希望はなかったから、大地にお任せ。 でもすぐにモールをおススメするなんて、下調べしていてくれたのかな。 もしそうなら、嬉しいな。
スプリングセールと銘打ってやっているバーゲンのおかげか、平日の夕方なのにモールは混雑していた。 その混雑しているお店の一つを、大地は指差した。
「美咲、あそこ。 ふわっととろけるパンケーキ屋さんだって。 どう? 」
「あそこって、雑誌に載ってたとこだよ。 いまならそんなに並んでなさそうだね」
「それじゃ、そこにしよっか」
「うん! 」
雑誌を見た時に特集されていたそのお店は若い女性に大人気とのことで、実際お店の脇にある椅子に座って並んでいるのも女性ばかり。あたしたちよりもお姉さんたちが多いかな。
十数分後、二人席に通されたあたしたちはメニューを見て、その鮮やかさに目をパチクリとさせていた。
「遠慮しないで、食べたいの頼んでいいからな? 」
「うん、ありがと。 それじゃ、このフルーツとマシュマロのパンケーキのセットにしようかな。 いい? 」
「おっけ。 すんませーん! 」
そう言って大地は店員のお姉さんを呼び、選んだセットとブレンドコーヒーを頼んでいた。
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