第54話 張り込み

 大地と知らない女の子が座って談笑している姿から目が離れない。 制服着てるから学校の人だ。 誰、それ。 聞いてないよ、そんなの。


「ハル? どした? 」


 あたしの視線を遮るようにしてナツの手のひらが目の前に現れた。 ハッとなってナツを見ると、不思議そうに小首を傾げてこちらを見ていた。


「急に止まってどしたの。 なんかあった? 」


 そう言いながら外を見たナツは、大地の存在に気がついたみたいだ。


「あれ、大地くん? って女の子と一緒じゃん。 彼女いたの? 」

「そんなことは聞いたことなかったんだけど……」

「あ、しかも制服じゃん。 休みだよね、今日」

「部活やってるから。 演奏会近いから土日も出てるみたいだよ」

「ってことは相手も部活の人か」


 多分そう。 でもなんでここで二人きり? ましてや誕生日に。 付き合ってる人いたの? 『千春』ですら勝てなかったの?


「んー、でも紙持ってなんかしゃべってるし、デートっぽくないね」


 ホント!? 第三者から見てそう思う?


「ハル、メッセしてみなよ」

「ええ、そんなのできないよ」

「いいから。 うじうじしてっとあの人に取られちゃうぞ」

「う〜。わかったよ」


 プライベートと仕事用の両方のスマホを出して、それぞれメッセの画面を出してみた。


 もう『千春』では連絡しないと決めた。 でも、美咲で出したら大地はどう思うだろう。 その上、彼女だなんて言われたら、明日からどう接したらいいの。


 決心がつかないままスマホを握りしめていたら、ナツにふんだくられた。 返す言葉を発するまもなく、ナツは入力し始めた。


「あ、ちょっと! 」


 取られた仕事用スマホを見せられた時には、すでに大地へのメッセが送られたあとだった。


『デート中? 』


 スマホを取り出した大地が見える。 画面を触ったかと思えば、こっちのスマホが揺れた。


『デートなんかしてないし』

「デートじゃないってよ」

「そうみたい、だね」

「何してるか聞こう」

『じゃ、なにしてるの?』

『部活の先輩とコンサートの準備』

「だってさ」


 なんだ。 ふぅ、と息をついたのもつかの間、ナツがニヤニヤしながら続きを打ち出した。


『どうせかわいい先輩と二人っきりでファミレスとかでやってるんでしょ』

「ちょっと何打ってんのよっ! 」


 慌てて大地を見ると、店内をきょろきょろしている様子だ。 まさか外にある車内から打っているとは思っていないみたい。 こうしているとなんだか張り込みをしている刑事さんのよう。


『違うってば。 面倒な人だから早く帰りたいんだよ』

『ふーん。 それが終わったらお家帰る? 』

「ちょっとナツ、いい加減返してよっ」

「ありゃ」


 ようやくナツからスマホを取り上げた。 どうやらデートでもないし、好意を持ってる相手というわけではなさそう。 とりあえず聞きたいことは聞けた。 ちょっと不服だけどナツのおかげ。


「わちゃわちゃは終わったの? 」

「あ、はいすみません」

「いいのいいの。 青春だなーって」


 原田さんは遠い目をしていた。



 ファミレスの前を通らないように迂回して、一旦マンションに戻った。 お母さんもお姉ちゃんもいないし、大地が帰る頃を見計らって出ればいいかな。 何時に帰るのか聞いておけば良かった。


 仕事のスマホを見たら、最後に大地からのメッセを受信していた。


『ん、そりゃな』


 家に帰るかどうかを聞いた返事がきていた。 これなら、またどっかに行っちゃうことはなさそう。 空は薄暗くなってきてるし、もう大地も帰っている頃かな。


 自転車のカゴにプレゼントとバッグを入れて、自転車にまたがった。 手袋してても手が寒いし、顔が痛い。


 駅からまっすぐ国道に向かう道路を進む。 もうすぐ大地に会えるかと思うと漕ぐのが自然と速くなってしまう。 渡した時、どんな反応するだろうかと思うと楽しみで仕方がない。


 5分ほどこいだところで、前方に人影を見つけた。 あの後ろ姿、あの制服は大地だ! おうちに着く前に出会えるなんて、これって運命かしら。


 大地に近づいて、チリンとベルを鳴らした。 少し避けられただけで、こっちを振り向いてくれない。 もっかい、とチリンチリンとベルを鳴らした。


「んだよ!」


 そう言ってイラついた表情で、大地はこちらを向いた。


 ――!


「……ごめん」


 かすれるような声でなんとか言葉を絞り出した。

 これほど敵意を向けられたことなんてあるわけもなく、声がうまく出てこなかった。 ずっと楽しみにしてきたのに、こんなことになっちゃうなんて。


「美咲っ!? 何してんだ、こんなところで。 お、おい、ごめんって、泣くなよ」


 泣いているつもりなんてなかったけど、涙が勝手に溜まってきた。


「――泣いてないもん」

「涙目じゃねーか。 とりあえず、ウチにでも来い、な? 」


 精一杯強がってみたけど、涙は引っ込んでくれなかった。


「うん」


 もとより行くつもりだったから、行くもん。 大地の誕生日は今日しかないんだし。

 結局そのあとに続く言葉が出てこないまま、大地の家までやってきてしまった。


「ただいまー」

「おかえりんさーい」


 帰宅の挨拶に呼応するように声が返ってきた。


「お邪魔します」


 他人の家に上がるのだから、その挨拶は当然なのだけど、その直後、野生のライオンが獲物を見つけたような音がこちらに近づいてきた。


「兄貴、誰か連れて来たの!? 」

「あ、すまん。 美咲を拾ってな」

「あーっ、あの美咲さん!? はじめまして! 妹の杏果ですー! 」

「春山です。 一応、お蕎麦屋さんで、ね? 」

「あ、そうでした。 猫の額ほどしかない狭い家ですけど、どうぞー」


 杏果ちゃんに出してもらったスリッパを履いて、リビングへと通された。


「着替えてくる」


 大地はそう言い残して二階へと上がっていった。


 紆余曲折はあったけれど、プレゼントは渡せそうなところまでやってきた。

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