第55話 お母さん登場

 紅茶を淹れてくれた杏果ちゃんは早速疑問をぶつけてよこした。


「兄貴のクラスメイトなんですよね。 なんでまた家に? 」

「今日、お誕生日だよね。 だからちょっとサプライズでプレゼントでも、と思って」

「なるほどー。 あんなクソ兄貴のためにすみません」

「えっ、いやいや。 そんなひどい言い方しなくても」

「いいんですいいんです。 そいや、こないだのバレンタインのブラウニーも美咲さんですよね? 」

「うん、まぁ。 料理とかお菓子作るのは得意だから」

「手作りだろうから貰わなかったんですけど、すごい美味しそうに食べてたんですよねー。 今度教えてくださいっ! 」

「も、もちろん」


 ケーキはお世辞じゃなくてホントに美味しく食べてくれてたんだね。

 それにしても、杏果ちゃんは大地の無愛想っぷりからは想像がつかないくらい人懐っこいね。 圧倒されるくらいグイグイくる。


「あの、お兄さんってアイドル好きだったりする? 」

「んー、どうかな。 あーでもでも、4Seasonzって知ってます? あのグループの曲は最近口笛吹いてるの聞くかも。 でも裏メロとか吹くからわからんのですよ」

「うん、まあ知ってる……かな。 裏メロってバスクラの譜面ってこと?」

「ですです。 バスクラバカでしょ? 」


 ふふっ。 すごい言われよう。でも、バカにしているようで、親愛の情がこもってる。

 こうして話したのは初めてだけど、大地と杏香ちゃんは仲がいいのが伝わってきた。


 大地が階段から降りてくる音が聞こえてきた。 そして、妹と同じような質問をぶつけてきた。


「ほんで、美咲は何してたんだ? 」

「このバカ兄貴! 」

「えっ、いきなり何だよ」

「ちょっと、杏果ちゃん、そこまで言わなくても……」

「美咲さん、兄貴の誕生日プレゼント持ってきてくれたのよっ! 」


 ちょっ、それ言っちゃう!?

 まぁ、いいけど。 杏果ちゃんって考えるより口が出るタイプ?


「ええっ、そうだったの? 」

「――うん。 ちょっと驚かそうと思って」

「いや、そりゃ驚いたよ。 わざわざありがとう」

「あたしも家に上がるのは想定外、なんて。 それで、これ。 お誕生日おめでとう」

「ありがとう! 開けていい? 」

「うん、もちろん。 気に入ってくれるといいんだけど」


 想像していたのとはだいぶ違うシチュエーションだけど、ちゃんと渡せてよかった。

 大地はラッピングとして施されたリボンをしゅるしゅるとほどいていく。

 

 ほどなくして、革の輪っかとバスクラが顔を出した。


「おっこれっ――」

「わー!すごーい!! これももしかして手作りですかぁ!? 」


 大地の声は完全にかき消されていた。 全部妹に持っていかれてる。 でも手にとって見ている大地には笑顔が浮かんでいるから喜んでくれているみたい。


「早速つけよう。 んっと、この穴に通せばいいんだな。 こんな感じか? 美咲、どうだ? 」

「うん、大地っぽくて似合ってるよ」

「おう、ありがとな」


 素直にお礼を言われると、ちょっと恥ずかしい。 なんせ、杏果ちゃんがすぐそこでニヤニヤしているから。


 さて、無事にミッションを終えたことだしお暇しようか、と思っていたところに杏果ちゃんから思わぬ提案があった。


「美咲さんもご飯食べていきません? カツカレーなので、カツがウチと半分こでよければ、ですけど」

「えっ、悪いよ。 急に押しかけた上にご飯もだなんて」

「ご飯はいっぱいあるから変わらないですよ。 むしろ悪いと思うなら、兄貴と二人でご飯じゃない方がうれしいなー、なんて? 」


 そう言われてしまうと断る理由がなくなってしまう。 家のほうはお母さんとお姉ちゃんにメッセを送っておけばいいかな。


「杏果ちゃんにはかなわないな。 それじゃご相伴にあずかってもいいかな」

「やったぁ! ありがとう美咲さん! 」


 飛び跳ねて拳を突き上げた杏果ちゃんは、そのままキッチンへとスキップしていった。


 お友達(?)の家でご飯なんていつ以来だろう。 大地には来てもらったことがあったけど。

 まぁご両親がいるわけじゃないから、そこまで緊張することはないしね。

 

 そう思った矢先、ガチャガチャと玄関で音が聞こえた。 思わず背筋が伸びる。 だって、呼び鈴も鳴らさずに入ってくるなんて、ご両親くらいしか思い当たらない。


「ただーいまーーっ! 」

「おわっ、びっくりしたぁ」

「ななな、なに!?」

「きゃっ」


 緊張した体にその大声を浴びてすくみ上った。


「お母さまが大地のために帰ってきたわよー、ってあら?」

「あの、お邪魔してます――」


 恐る恐るご挨拶と自己紹介をしようとしたけど、最後まで喋らせてもらえなかった。


「あらあらあらあら〜、 これはまた可愛いお嬢様、いらっしゃい。 美咲ちゃん、よね? 」


 覚えてていただけたんだと思って嬉しかった。 しかも『ちゃん』付け。


「はい、ご不在の間にお邪魔して申し訳ありません」

「いいのいいの、堅っ苦しいこと言わないの。 ご飯食べてくんでしょ? おきょんちゃん、できる? 」

「もちろん、そのつもりで準備中。 けどお母さん、帰ってくることくらい言っといてよ」

「だって驚かすことが目的だもの。 無理なら外食よ、お父さんには悪いけど」


 ケラケラと笑いながら話す姿は杏果ちゃんを彷彿とさせて、やはり親子だと感心してしまった。


「アタシね、大地が女の子連れてきたら話そうと思ってた昔話がいっぱいあんのよ。 ちょっと聞いてくれる? 」

「こら、やめろ」

「あたしは聞きたいです」

「おい美咲っ」


 本人は意識してないのかもしれないけど、大地のお母さんがいるところで「美咲」と名前呼びされるのは非常に恥ずかしい。 なんだか、ご両親に紹介されてるようでむず痒いよ。


 でも受け入れてもらっている感じがして、居心地は悪くなかった。

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