after story 第5話 想定外

「大地、修学旅行のグループ一緒にしようぜ。 佐々木も一緒」

「やだよ」


 日直の仕事で黒板まで来ていた大地を捕まえて、中山くんがグループ分けのお誘いをしていた。 それをあっさりと断る大地も平常運転みたいだね。


「そんなこと言うなよ。 大地も誰か連れてきていいからさ」

「ったく、しょうがねえな。 ノッポでも誘うか」


 しょうがないとか言いながら、大地も実は悪い気はしていない反応。 でもこんなみんなの前で中山くんと一緒だなんて言ったら、競争率が高くなっちゃうんだよ?


 まぁ、四六時中一緒にいないと死ぬわけじゃないんだから、グループくらい別でもいいんだけどさ。 でも、彼女のことを少しくらい気にしてくれてもバチは当たらないのに。


『あんなこと言っちゃって、女子グループはみんな中山くんグループを狙ってるんだよ? 』

『マジかよ……そんなこと全然考えてなかった。 普通に誘えばいいかと思ってたよ』

『んもう。 水面下でどれだけ根回しされてることか』

『考えが甘かった……。ごめん』

『大地が悪いわけじゃないし、しょうがないよ。 それに、正面きって誘うのも、ね』

『それもそうだけどさ。 グループが違ってもどこかで時間作れるようにしたいな』

『うん』



 中山くんグループ狙いの勢力争いに参加するのも憚られるし、どのグループでもある程度楽しめるだろうし。 そう自分に言い聞かせて、友紀といつものようにコンビになっていた。


「どしたの? 元気ないじゃん」

「まぁ、ちょっと。 グループ分けが憂鬱で」

「ああ、タケと菊野のコンビ? アイツら妙に仲良いよね」

「仲良いのはいいんだけどさ。 少しくらいあたしのことも気にしてくれたっていいのにな、って」

「何言ってんの。 アイツ、美咲のことしか眼中にないじゃない。 でも、ま、グループ分けの件はウチに任せておきなさいよ」

「え? 」

「にっしっし」


 あからさまに怪しい笑い声を上げながら友紀は自分の席へと戻っていった。


 ホームルームの時間が来ると、女子の4人ないしは5人組のグループを作ってそれぞれ中山くんのところに押しかけていた。 あたしはその戦況を眺めていたんだけど、友紀がふとその中に混ざっていった。


 何を話しているのかはよくわからないけど、どうやらクジのようなものを作っているみたい。

 一方の大地はというと、中山くんに押しかける女子たちを見て、気圧されている。 決定権は全くなさそうだね。


 そんな中、ワッと声が上がった。 みんなの表情を見るに、クラスでも中心にいる宮嶋さんのグループに決まったみたい。 友紀は満足そうにこちらに戻ってきて、紙の束をくしゃくしゃと丸めた。


「あみだくじ……? 」

「そ。 特製のね」


 特製? グループ分けに何か用意してあったの?

 そんな疑問が解けないうちに、中山くんたちのところへ二人の男子が近づいていった。


「なぁ、俺たちも入れてくれよ」

「そうだ。 むしろ入れない理由がないとまで言える」


 でも、宮嶋さんたちは間髪入れずに拒絶した。


「えーっ!? 」


 引き下がる男子二人を尻目に、今度は友紀が近づいて言った。


「それじゃ、ウチら入れてよ」

「いいわよ。 じゃ、決まりね」


 ――えっ?


 意外な言葉に正直驚いた。 宮嶋さんたちがこんなにもあっさりと承諾するなんて。


 友紀はこちらを見て、軽くうなずいた。 してやったり、という表情で。


 まさか!?


 さっきのあみだくじがイカサマだったってこと? 宮嶋さんたちと結託して操作したんだとすれば、友紀の自信あり気な態度も、宮嶋さんたちの承諾も納得がいく。


 特製って、そういうこと……。 他の女子たちに知られたら修羅場になりそうね。

 

 友紀は大地のところまで近づくと、パシッと背中を叩いた。


「いてっ」

「なにおごってもらおっかな」

「お手柔らかに頼むよ」


 これは、友紀に頭があがらなくなっちゃったね。

「リーダーはタケで、サブリーは宮嶋さんね。 会計は佐々木くんがやってくれるって」

「うん、それはいいんだけど、大丈夫だったの? あたしのために」

「いいってことよ。 ウチのときも協力してもらってたし。 んで、相談なんだけどさ……」


 友紀の彼氏である山田くんがいる4組とうちの5組、それに隣の6組の3クラスが修学旅行では同じ日程。 相談というのは、クラス違いだけど同じところで落ち合ったりできないか、ということだった。

 あたしには断る理由がないし、大地も乗ってくれるはず。 あとは宮嶋さんたちをどうやって誘導するか、かな。



 修学旅行では、グループごとに自由時間の行き先や時間配分の裁量が与えられる。 ただし、レポートなんかも求められるけど。


 修学旅行を思い切って楽しむためには、事前に調べておいてある程度レポートを書いておくことが秘訣みたい。 洞窟ツアーに照準を合わせたものの申し込みはスマホからじゃできなかった。 そんなわけで、パソコンを自由に使える大地の家にみんなで行くことになった。

 

 大地の家は駅からそこまで近いわけじゃない。 でも、男子たちはともかく宮嶋さんたちも結構乗り気だった。 中山くんと一緒にいられるから、とかかもしれないけど。


 友紀は家の用事で来られないって言ってたけど、それ以外はみんな来るみたいだった。 あ、ノッポくんもいなかった。


 普段は大地と二人で歩く道。 こうやってゾロゾロとクラスメイトと歩いていると、見慣れた景色も違って見えてくる。

 それは大地の部屋に着いても変わらなかった。


「へぇ、結構綺麗にしてんだね」


 宮嶋さんは、そんな感想を漏らしながらキョロキョロと部屋を見渡していた。


 あ、あの充電器あたしのだ。 そうだった、今日ここであたしの痕跡が見つかれば関係は間違いなくバレる。 せっかく大地が協力してくれてうまく隠しているんだから、バレないように気をつけなきゃ。


 友紀もいないし、中山くんたちと宮嶋さんたちのそれぞれの輪の中間に位置取って座っていると、宮嶋さんが話しかけてきた。


「春山さんって頭いいよね。 どうやって勉強してるの? 」

「頭いい、ってほどじゃないと思うけど、学校推薦の参考書解いてるだけだよ」

「それだけ? 天才なの? 」

「まさか。 あ、あとはお友達と教えあったりすると、自分の復習にもなるかな」

「そっかぁ。 でも矢口さんはそんなに成績良くないよね」


 ……。 うーん、まぁ特別良くはないけど、そんなズバッと――。


「あたし、唯香も中学から一緒だからさ……」


 ごめん、唯香。 成績がいい人といえば唯香が思い浮かんでしまったの。 友紀にも失礼だし、あたし最低だ……。


「唯香ってあの北条唯香!? 春山さんそこも押さえてんの!? 」

「えっ? えっ? 」

「春山さんコミュ力ハンパないね。 学年ツートップと仲良しとか……中山くんに告白されてたりするし……」


 小声になっていた最後の方は聞かなかったことにした。 でもこうして言葉にしてみるとなかなか目立つ二人と仲がいいのはあるのかもしれない。


「お、あったあった。 みんなでこれ見てみようぜ」


 中山くんが何を出してきたのかと思えば、中学のときの卒業アルバムだった。


 エッチな本とかじゃなくてよかった。 でも、大地ってあんまりそういうのに興味ある素振りを見せないけど、どうなんだろう。 あ、でもナツのグラビアのときに何か言ってたような……。


 若い大地の顔を見ながら、そんなことを思っていると背後に本人が現れた。


「ちょっとお前ら何してんだ」

「いや、そこに卒業アルバムって見えたからよ」

「勝手に出すなよ。 ったく」

「だって、人んち来たら定番だろー? 」


 確かに。 お友達の家に行くと、卒業アルバムってよく見る気がする。

 あんまりよく見えなかったから、また今度見せてもらおう。



 大地がデスクトップパソコンの電源を入れて、ノートパソコンを持ってきて、みんな分担しての作業が始まった。 あたしは宮嶋さんたちと一緒に洞窟ツアーの申し込みと、雨の日のプラン作成。 男子チームは洞窟ツアー前提のレポート作成に入っていた。


 パソコンが2台もあるから並行して作業を進められて、1時間もしないうちにほとんどの作業を終えてしまった。 普段なら本棚から雑誌を借りて読んだり、大地がかけてくれる音楽を一緒に聴いてあれこれ質問したりするんだけど、今日は完全に手持ち無沙汰。


 気が抜けちゃったし、ちょっとトイレにでも行こうと立ち上がった。


「だい……、菊野くん、お手洗い借りるね」

「お、おう」


 あぶなっ。 油断して名前で呼びかけちゃった。 逃げるように部屋を出てトイレに向かった。

 帰り際に廊下から窓の外を見ると、いつの間に雨雲がやってきたのか、ザーザーと強い雨が降っていた。 いわゆるゲリラ豪雨のような。

 スマホで雨雲レーダーを見ると、あと三十分もすればこの雨雲も抜けてしまいそう。 流石にこの雨の中帰るのはしんどいから、もう少しお邪魔することになりそうね。 


 そう思った時だった。

 外が急に明るくなって目を閉じた。 続いてパリパリパリと空気が引き裂かれる音が耳に入る。


 脳が雷だと認識してする前に轟音が届いた。

 反射的にその場にしゃがみこんで、その轟きが治まるのを待った。 雷を合図に外は雨音が強くなっている。


 バタンとドアを大袈裟に鳴らして部屋から出てきた大地は、少し焦ったような表情を見せながら駆け寄ってきた。

 たったそれだけで、すくみあがった身体がほどけていく。


「大地……びっくりしたよぅ」

「突然だったからな。 大丈夫か? 」

「うん。 出てきたあとで良かった」

「ちびりそうだったのか? 」


 大地は口を開けて笑いながら、手をあたしの頭に乗せた。


 ――大きな手。 いつでも守られている気がする。

 そのまま目を閉じると、雷の恐怖は安らぎに追いやられて霧散した。


「先に部屋戻ってな。 なんかおやつになりそうなもん追加で持ってく」

「うん、わかった。 もうちょっとしたら戻る」


 雷が少しだけ怖くなくなった気がする。




 部屋に戻ると宮嶋さんたちが何か言いたげにこちらを見た。 輪の中に収まるように座ると、堰を切ったように質問攻めを受けた。


「春山さんって、菊野と付き合ってるの? 」


 ええっ? 大地ってばあたしがいない間に話しちゃったの!? いや、大地が断りもなくそんなことをするはずない。


 それならまだあてずっぽうなはず。 だったら――。


「えっと、去年隣の席だったからよく話すだけだよ。 なんで急に? 」

「春山さん、お手洗いにいく時、場所も聞かずに出て行ったから、知ってるんだなーって」


 しまった。 呼び方に気を取られて、初めて訪問したふりをするのを忘れてた。 大失態だ……。


「いや、そういうわけじゃなくて、ほら、札かかってるし」

「それにさ、 」


 追求の手を緩めない宮嶋さんが次の言葉を発しようとした時、ちょうどドアが開いた。


 ジュースを持って入ってきた大地に視線が集まる。 さっきまでパソコンで動画を見ていた中山くんと佐々木くんも、ちょうど動画の切れ目らしく目を向けていた。


「菊野って春山さんと付き合ってるの? 」


 質問の標的が大地に移った。 けど、全く解決になってない。問われているのが、あたしたちのことだから。


「いやいや、なんでそんな話になってんだ。 一年の時に隣の席だったからよく話すだけだ」

「春山さんと同じこと言うのね。 なんで隠すの? 」

「いや……隠すもなにも……」

「さっき、春山さんが部屋を出て行く時、トイレの場所も聞かずに迷いもなく出て行った。 春山さんはここに来たことあるわけでしょ? 」

「いや、そんなの、別に、一人で来たわけじゃなくても……」

「それに、菊野はさっきの雷のあと一目散に出て行った。 春山さんが雷が苦手なのを知ってたわけでしょ? 」

「別に外に出たのはそう言うわけじゃなくて」

「ここで女子が悲鳴をあげてるのを見向きもせずに出て行ったのに?」

「……ぅ、えっと……」


 大地……あの雷で心配して出てきてくれていたんだね。 追い詰められたはずなのになんだか嬉しい。


 沈黙で重くなった雰囲気に似つかわしくない軽快な音がコンコンと鳴った。

 誰だろう? 杏果ちゃんかな?


「大地? お友達にこれ」


 そう言って顔を出したのは大地のお母さんだった。 予想外の人物の登場に面食らっていると、言い逃れようのない言葉が続けて降ってきた。


「あら、美咲ちゃんも来てたの? んじゃ、これみんなで食べてねー」


 ……。『美咲ちゃん』はアウト、かな。


 あたしは初めて来たてい、大地は一人ではないけど来たことがあることを匂わせた。 トドメに家族から『美咲ちゃん』と呼ばれるような間柄。 いくらなんでも状況証拠が揃いすぎてる。


 ドアが閉まると、やはり宮嶋さんが沈黙を破った。


「何か事情があるんでしょ。 別に言いふらしたりしないわよ。 でも、同じグループになったのも何かの縁なんだから話してよ」


 こうなってしまえばもう白旗をあげるしかない。 次にできるのは被害を最小限に抑えることくらい。


 恋人同士であることはもはや明白。 なぜ隠そうとしたのか、それが『アイドル活動がバレる可能性があるから』なんて言えるわけがない。



 ――どうしよう、大地。



 救いを求めるように大地を見ると、優しい微笑みを見せた。 そして大地は、しばし目を閉じたあと、ふーっと大きく息を吐いた。


「わかったよ。 でもここにいる人たちだけの話にしてくれよ。 実は、俺と美咲は2年になる時から付き合ってる」

「やっぱり……」

「だけど、部活の顧問の先生が、全国を目指すなら恋愛にかまけてる場合じゃない、って感じでな」

「仮にも部長がそんなんでいいの? 」


 そっか、そういうことにしてくれたんだね。 ノッポくんもいないから真偽の確かめようもないし。


「仕方ない、だろ。 そんな簡単に折り合いつけられねえよ」


 宮嶋さんに言い切った大地の目は力強く、自信に満ち溢れていた。 あたしに向けられた眼差しではなかったのに、引き込まれてしまった。


「そういうわけだ。 頼むよ」

「……わかったわよ」


 

 大地から目を逸らした宮嶋さんの反応に違和感を覚えた。


「だからって私たちの前でイチャイチャするのはやめてよね」

「んなことしてねえだろ」


 ダメ、大地。 これ以上宮嶋さんを見ないで。 あたし以外の女の子をドキドキさせちゃダメ。

 いつの間にか背も伸びて、勉強も学年一桁に入るくらいできて、部長もやってて、最近の大地は必要以上にカッコいいんだから。


「良かったわね、春山さん」


 こちらに戻ってきた宮嶋さんの言葉に、あたしは曖昧に笑みを浮かべるしかなかった。

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