after story 第8話 変身 part 2
記者発表の日を来週に控えて、あたしは大地の家の前に立っていた。
世間に発表する前に、伝えておかなければならない人たちに、真実を伝えるために。
いつもより少しメイクは強め。 あとでメガネを外した時に見てもらうから。 杏果ちゃんは4Seasonzを知ってくれてたけど、果たしてご両親はどうだろう。 息子の彼女がアイドルをやってると知ったとき、どんな反応をするだろう。
きっと世間の素直な反応を初めて見る機会になる。 それを考えるだけで少し及び腰になってしまう。
インターホンを鳴らすタイミングが掴めないままでいると、急に玄関のドアが開いた。 予想外の出来事に、思わずビクッとしてしまった。
「あ……大地……」
「なんだ、もういたのか。 遅いからどうしたのかと思ったぞ」
「だって……」
「大丈夫だって。 ほら、おいで」
「ぅ……」
大地が一緒にいてもドキドキして落ち着かない。 大地は先週こんな気持ちだったんだね。 もっと優しくしておけば良かったな……。
――――先週、大地はウチのお母さんに挨拶というか決意表明をしに来てくれた。 将来、結婚したいということを。
あまりに深刻そうに話し始めたものだから、あたしが妊娠でもしたんじゃないかと勘違いされたけど。 妊娠なんて……するわけないじゃない。 でも、いつかは、ね。
大地の決意表明に、お母さんは高校生のくせに、と笑っていたけど、その一方で大地の心意気は買ってくれたみたい。 とはいえ大地は人生設計に対する指摘にたじたじだったけど。
そして今日はあたしの番。 将来を見据えて、隠すんじゃなくて向き合う。 大地の見せてくれた覚悟に、あたしも応えたい。
「お邪魔します……」
「いらっしゃい、美咲ちゃん! 待ってたのよー。 あら、今日はなんだか雰囲気違うわね」
「あの、皆さんにこれを。 母からです」
お母さんが持たせてくれたお菓子の折詰を、大地のお母さんに渡した。 そこに杏果ちゃんが階段からとたとたと軽快なステップで降りてきた。
「あー、美咲さんこんちわ〜。 なに?お菓子? 」
「ちょっと杏果! 意地汚いっ! 」
「いいじゃん、美咲さんなんて家族みたいなもんだしー。 ね? 」
そう言ってもらえるのはホントに嬉しい。 菊野家はいつも垣根が低く、あたしを受け入れてくれる。 まるで小さい頃から知っているかのように。
リビングにはお父さんもいて、テレビを見ていた。 最近は週末になると単身赴任先の福岡から帰ってきては月曜日に会社に行きつつ福岡に戻っている、と大地から聞いた。
「ご無沙汰してます。 お休みの日に申し訳ありません」
「お、いらっしゃい。 堅っ苦しくしなくていいよー。 狭い家だけどゆっくりしてって」
「ありがとうございます」
そうは言われましても。 仕事のことを打ち明けるのは大地とのカラオケ以来。 どんな反応が返ってくるかわからないから、緊張してしまうのです。
大地のお母さんが語る昔話は、また小さい時から始まって小学校の高学年まで来たところでひと段落した。 お母さんはまだ話し足りなさそうだったけど、ちょうどテレビでやっていた音楽番組の特集が流れ始めたところで話題が移った。
「兄貴、ほら4Seasonzやってるよ」
「杏果、彼女がいる時にまでそんなこと言わないでやんなさいよ」
杏果ちゃんとお母さんは、大地はアイドル好きだとほのめかすかのようにからかっている。 その様を見て、あたしは大地と顔を見合わせた。 もちろん大地のアイドル好きを知ってしまったから、ではない。
大地はあたしの意図を汲んだのか、静かに頷いた。
「あの……実はお話があって」
「どしたの? 改まっちゃって」
「いま、テレビに映ってるの、あたしなんです」
テレビに映る自分の顔を横目に見ながら、意を決して真実を口にした。
「は? 」
「へ? 」
「ほ? 」
なんとも言えない反応が三人から返ってきた。 いまいち現実として受け取られていなさそう。
「どういうこと? もう一回お願いできる? 」
「あたし、4Seasonzの岬千春として活動してるんです。 その、こうやって……」
そこまで話して、メガネを外した。 お母さんも杏香ちゃんも、あたしとテレビ画面の間で視線を往復させている。 ここまで至近距離で凝視されることもないから、なんだか恥ずかしい。
「えええええええええっ!? マジで!? マジで!? 」
「…………」
「――! 」
「うわっ、ホントだ、千春ちゃんがウチにいる!! 」
杏香ちゃんは半狂乱になり、お母さんはテレビと大地とあたしの間で視線を彷徨わせ、お父さんは口が開いたままテレビを見ていた。
「あの、それで……」
「大地とお付き合いしてるってのは、ドッキリか何か? 」
「いえいえ、まさか。 元々クラスメイトで仲良くしてもらってたので……。 その辺りは、大地が一番よくわかってるかと思います」
「そうだな。一年の時、ずっと隣の席だったしな。 さすがにアイドルやってるって知った時はビビったけど」
「うわー、本物だー。 すごーい。 何でこんなところにいるの? 」
「ちょっと杏香黙ってなさい。 それで、美咲ちゃん、いま話したってことはなにか理由があるの? 」
ようやくあたしが話す順番が回ってきた。 大事なのはここから。
「実は来週、あたしの所属事務所から記者発表があります。 グループの去就についてと、岬千春には恋人がいるということです。 大地とは将来の話をして、ご両親には記者発表の前にお伝えしたいと思いました。 なので、今日、こうしてお時間をいただくことになりました」
「そういうことだ。 それで、俺も先週、美咲のお母さんに話してきた」
「お、おい、大地。 結婚でもする気か」
「さすがにまだ高校生でそこまで言わないけど、将来的にはそうしたいと思ってる」
「勇ましいことね。 せいぜいフラれないように気をつけなさい」
「うるせー」
「さて、美咲ちゃん。 驚いたけど話してくれてありがとう。 それだけ大地のことを大切に想ってくれてることが親として嬉しいわ。 芸名で活動してるということは、広くは明かしてないのよね? 」
「はい。 学校でも先生の一部だけ、です」
「それじゃ私たちも気をつけないとね。 特に杏果」
「わかってるよう」
「しかしまぁ、大地がここまで明かさずにこられたことに驚いたわ。 どうりで急にアイドルなんて追うわけだわ」
「確かに。 兄貴ってば、出てる番組いつも追っかけてたもんね」
「おまっ、黙ってろよ」
大地ったら、そんな素振り全然見せなかったのに。 ちゃんとあたしの活動を見ててくれたんだね。
「ほらー、美咲さん、見て! 」
「うわぁ!? 」
杏果ちゃんがビデオのリモコンを操作して、録画一覧を見せてくれた。 そこには4Seasonzとあたしが個別に出てる番組がズラズラと……。
「ゲッ!? おキョンやめろ! 」
「ヤダぷーっ」
「ちょ!待てよ! 」
リモコンを持って逃げる杏果ちゃんに追う大地。 まるでネズミとネコね、なんて見ていたら、お母さんがしみじみと話し始めた。
「大地ね、変わったのよ、目が。 社会を意識してるというか、学生の目線よりも次元が上がった感じがしてね。 吹奏楽の部長を任されたところかなって思ってたけど、美咲ちゃんが理由だったのね。 彼女が社会で揉まれてれば、変わらざるを得ないもの」
「すみません……」
「違う違う。 むしろお礼を言いたいくらいよ。 大地、いい男になったでしょう? 美咲ちゃんのおかげよ、きっと。 本人には絶対言わないけどね」
お母さんは、ふふっ、と不敵に笑った。 妹とリモコンの追いかけっこをしている姿はまるで子どものようだけど、大地は付き合い始めたころより確かにカッコよくなった。
入学時に同じくらいだった目線は、いまではだいぶ差がついてしまった。 いまはもう170cm近くまで伸びてる。 だから、最近キスするときは、背伸びしないと届かない。
大地の家に来ると、いつも新しい発見がある。 あまり口数が多くない大地も、この家では一人の男の子。 妹とじゃれるように遊んでるし、遊ばれてるし。 でも、知らないところであたしを見守ってくれていた。
大地の愛は深い。
言葉にしてほしい気持ちもないわけではないけど、そんなのいらないくらいに包まれて、護られて、愛されていると感じられる。
「美咲、話は終わったろ。 部屋行くぞ」
「えー、ズルい! ウチも行く! 」
「リモコン返さないような奴は連れていかん! 」
「ヤダ、絶対行くっ! 今日だけ! 今日だけでいいから! じゃないと口がツルツルに滑っちゃう!フィギュアスケート並に!! 」
杏果ちゃんの勢いは凄まじい。 絶対、今日だけじゃ済まないと思うけど、大地と二人で会うのは今日じゃなくてもできるしね。 大地は手を合わせて謝意を示したけど、あたしはあまり気にしてなかった。
「お前、ホントに居座るのかよ」
「いいじゃん! ウチだって混ざりたいもん! 」
「まぁまぁ、大地。 あたしは気にしないからさ」
「ほらぁ〜」
「おめーが言うな」
なんだかんだ仲のいい兄妹は、雑な言葉遣いをしながらもケタケタと笑っている。
「で? で? どこで出会ったの? 」
「いや、お前知ってんだろ。 もともとクラスメイトだよ」
「あ、そうだった。 んじゃね、なんだろ。 なんでこんな兄貴? こんなのより、いっぱいイケメンいそうなのに」
「お前な」
「大地はね、ピンチにいつも助けに来てくれるヒーローなんだよ。 それに、どっしり構えてブレないの。 その辺のイケメンよりカッコいいんだよ」
「おいおい、美咲もなにマジに語ってんだよ」
「やだぁ、兄貴照れてんの? 」
「うっせ」
ふふっ。 自分のアイドル活動を知ってる人が増えたのに、なんだか楽しい。 いままでずっと怖かったのに。
「美咲さんって、どうやって4Seasonz入ったんですか? 」
「オーディションだよ。 あたしのお姉ちゃんが勝手に応募したのがきっかけだけど」
「ホントにそんな話あるんだ! ってか、ホントに千春ちゃんなんだね。 不思議な感じ」
「お前、ホントに周りに言うなよ。 マジでシャレにならんから」
「わかってるよっ。 早く結婚してあたしのお義姉ちゃんになってほしいもん」
「お前な……」
「あたしは嬉しいよ、そう言ってもらえるの」
「ほらぁ〜」
「うぜえ」
いくら仲がいいといっても、妹が兄べったりだったりすると面倒だとは聞いたことがあるけど、杏果ちゃんの場合その心配は無さそう。 二人がいい関係でホントに良かった。
「それにしたって美咲さんさ」
「なに? 」
「料理もできるし、頭もいいんでしょ? その上アイドルまでやってるとか、どんな完璧超人? 」
「えっ!? そんなことないよ……ただただ必死なだけだし」
「おまけに性格までいいときた。 なんでこんな人が兄貴を……」
「お前な。 美咲はあれだよな、高くて不安定なとこ苦手だよな。 あと雷」
「うん。 吊り橋とか雷とかホントダメ」
「何よそれ! そんなの、ただ可愛いだけじゃん! 」
ええ……。 ホントに苦手なんだけど、そう言われると返す言葉がなくなる。
「ちょっと兄貴、ちゃんと美咲さんをつかまえておきなよ。 こんな上玉の物件、油断してるとかっさらわれるよ」
「言われんでもわかっとる。 こちとら、常にその脅威に晒されてんだぞ」
大地ってば。 あたしは他の人なんか見てないのに。 むしろ最近の大地は余裕が感じられるようになって、あたしの方が焦るくらいだっていうのに。
「じゃ美咲さんまたね! いっぱいお話聞かせてください! あと、お菓子一緒に作りましょ」
「うん。 杏果ちゃん、お出かけ? 」
「そです。 冬季講習。 いってきまーす」
「いってらっしゃい」
「いってらー」
マシンガンのようなトークの弾丸を撃ち終えて、杏果ちゃんは部屋を出て行った。 菊野家の賑やかさはお母さんと杏果ちゃんのおかげだね。
「ウチの高校受けるんだってさ」
「そっかぁ、それじゃ後輩ちゃんだね。 まさか部活も? 」
「いや、あいつはバド部のマネージャーやってっから」
「そうなんだ。 それはそうと、今日はありがと。 ちゃんとご両親に話せて良かった」
「そこまで律儀に仁義切らなくてもいいと思うんだけどな。 でもま、俺にとってもちゃんと報告できて良かったよ」
「うん、ありがと。 でも……お父さん静かだったね」
「ああ、いつもあんな感じ。 今日は美咲の前だから特に静かだったけどな」
「いつかお酌してあげなきゃ」
「何年先のことになるやら」
ふふっ、と互いに目を見合って笑った。 一緒に将来のことを話せるのって楽しいな。 同じ未来を見通してるのかと思うと、こんなにも幸せなことってないよね。
ずっと、この幸せが続きますように。
胸で光るガラスのネックレスに、そう祈った。
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